松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2013年10月13日(日)
説教題「イエス・キリストが癒してくださる」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第9章32〜43節

 ペトロは方々を巡り歩き、リダに住んでいる聖なる者たちのところへも下って行った。そしてそこで、中風で八年前から床についていたアイネアという人に会った。ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。ヤッファにタビタ――訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」――と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて、二人の人を送り、「急いでわたしたちのところへ来てください」と頼んだ。ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。ペトロは彼女に手を貸して立たせた。そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。ペトロはしばらくの間、ヤッファで皮なめし職人のシモンという人の家に滞在した。

旧約聖書: 列王記下 第4章8〜37節

使徒言行録には、教会の歴史が記されています。最初期の教会の歴史です。神の導きがあり、使徒たちの働きがあり、いろいろな出来事が起こり、教会が誕生して各地に広がっていきました。その教会の歴史が、使徒言行録には綴られています。

教会の歴史に限らず、歴史を書く場合はどんな場合でもそうですが、話の流れを考えなくてはなりません。いろいろな出来事や話がある。出来事や話を次から次へと並べて書いていくわけですが、話と話しとの間には、必ず切れ目が生じます。その切れ目をどうつなぐのか、歴史を書く者には問われることです。

今年もクリスマスに向けて備える季節になってきました。私たちの松本東教会のこどもの教会では、こどもたちによるクリスマスの劇を行っています。早速もうクリスマスに向けての練習を開始したところでありますが、今年もその劇を楽しみにしておられる方もあると思います。このクリスマスの劇もまた、やはり場面がいくつもあります。場面ごとに登場人物が入れ替わります。場面と場面の間に、ナレーションを入れたりして、場面と場面をつないでいきます。そして全体では一つのストーリーになるのです。ナレーションの役割が重要になってくるのは、言うまでもないことでしょう。

使徒言行録も同じであります。先週、私たちに与えられた直前の聖書箇所の最後のところにはこうあります。「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。」(三一節)。この節は、物語で言いますと、つなぎの役割を果たしています。劇で言うとナレーションです。

私たちが今、用いている新共同訳聖書では、この三一節がまるで前の部分につながっているように書かれていますが、そう話は単純ではありません。もともとの聖書には、このような小見出しや段落はおろか、章や節の番号も付けられていませんでした。したがって、どこが区切りとなっているのかは、はっきりとしていないことが多いのです。新共同訳以外の聖書では、三一節を三二節以下の話にくっつけて理解している聖書もあるのです。三一節を前の部分に付けるのか、それとも後ろの部分にくっつけるのか。両方の理解がありますが、いずれにしても、三〇節までの話と三二節からの話をつなぐ役割がある大事な節であることは間違いありません。

使徒言行録では、場面ごとに登場人物が入れ替わっていきます。使徒言行録の最初はペトロが中心となって書かれてきました。第九章の前半には、サウロとなっていますが、後のパウロが本格的に登場しています。そして今日の聖書箇所からまたペトロに戻る。しばらくするとまたパウロになり、ペトロとパウロが一緒に登場する箇所を挟み、ペトロの姿がだんだんと消えて、パウロが中心人物となっていきます。

使徒言行録にはそのような流れがあるわけですが、使徒言行録の一つの山が、次の箇所の第一〇章に記されている、コルネリウスという異邦人の話です。コルネリウス一家が神を信じて洗礼を受けるという話です。ユダヤ人中心だったのが、異邦人にまで広がっていった。コルネリウスの話がエルサレム教会でも報告され、いよいよ本格的に異邦人伝道が、世界伝道が始まっていくのです。今日の聖書箇所の最後に、「ペトロはしばらくの間、ヤッファで皮なめし職人のシモンという人の家に滞在した。」(四三節)とあります。この四三節もつなぎの節と言えますが、ペトロがヤッファというところにいたからこそ、コルネリウスとの出会いが与えられた。今日の話は次の話へとまたつながっているのです。

そのような流れを踏まえながら、今日の箇所の話に集中をしたいと思います。中心的な登場人物がパウロからペトロに移った。人が変われば、当然、話の舞台も変わるわけです。今日の聖書箇所には「リダ」「シャロン」「ヤッファ」という地名が出てきました。私たちが用いています聖書の後ろには、大変便利なものですが、いくつかの地図が載せられています。あまり説教のときに地図を開いていただくようなことはしてきませんでしたが、今日は地図を開いてみたいと思います。地図の六番をお開きください。

この地図は「新約時代のパレスチナ」というタイトルが付けられています。地図の左下の部分にあたりますが、太い字で、南からユダヤ、サマリア、ガリラヤと記されています。三一節のところに、「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。」(三一節)と記されていますように、この地図の西側ほぼ全域に教会があり、キリスト者がいたということになります。

今日の聖書箇所に出てくる、リダ、シャロン、ヤッファがどのあたりにあるのか。ユダヤとサマリアの文字が書かれているちょうど間あたりに、リダがあります。エマオのすぐ近くです。シャロンは町の名前ではありませんので、地図の中に表示はありませんが、リダの近くに広がる平野をシャロンと言いました。旧約聖書のラブレターと言われている雅歌に「わたしはシャロンのばら、野のゆり」(雅歌二・一)と記されているように、人ももちろん住んでいたのでしょうが、美しい平野だったのだと思います。そしてヤッファですが、リダから二五キロほど、歩いて一日分くらいの距離ですが、海沿いにある町です。旧約聖書のヨナ書で、預言者ヨナがヤッファの港から船に乗りました。その町であります。

第九章の最初のところに、パウロがダマスコの町を目指していたことが書かれていますが、地図で言いますと、ダマスコは左上の隅のところにあります。パウロがこのあたりにいて、ペトロがリダやヤッファにいる。至るところに教会が広がり、働き人も散っていたことが分かります。

教会が伝道を始めて、どのくらいの期間が経っていたのかは分かりませんが、かなりの広範囲に広がっていたわけです。今日の話のリダにもヤッファにも聖なる者たちがいた。主イエスが天に上げられて、主イエスが地上にはおられない中での教会の歩みでしたが、これほどの広がりを見せていたのです。

今日の箇所には、二つの町で行われた二つの奇跡のことが記されています。中風、体のマヒのことですが、中風の人を癒す話、それから死者が生き返る奇跡です。今日の奇跡の話をお聴きになられて、皆さまはどのようにお感じなられたでしょうか。もしかしたら、主イエスがなされた奇跡と似ているところがあると思われた方があるかもしれません。実際にその通りなのです。

まずは前半に書かれているアイネアを癒す話です。アイネアという人が、「中風で八年前から床についていた」(三三節)と記されています。「八年前から」という言葉は、生まれてから八歳になるまで中風だったとも理解できる言葉です。アイネアが八歳だったのか、それとも大人になってから八年間、中風で苦しんでいたのかは分かりませんが、いずれにしても長い期間です。ペトロがアイネアに出会い、そして「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」(三四節)と告げ、アイネアがすぐに起き上がります。

主イエスも同じようなことをなさいました。マタイ、マルコ、ルカ、いずれの福音書にも同じ出来事が記されています。中風の人を主イエスのところに運んだけれども、大勢いの人がいて、なかなか近づけない。そこで、連れてきた人たちが家の屋根をはがして、主イエスのところにつり降ろして、癒してもらったという話です。覚えておられる方も多いと思います。主イエスが癒しをなさるときのことが、このように記されています。「中風の人に、「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われた。その人はすぐさま皆の前で立ち上がり…」(ルカ五・二四~二五)。

主イエスがなさった癒しと、ペトロがした癒しに、かなりの共通点があることが分かります。癒された人が中風だったのはもちろんですが、主イエスとペトロの言葉も似ていますし、すぐに起き上がったことも、自分の寝ていた床の整理をしたこともそうです。ルカによる福音書と使徒言行録を書いたルカも、同じようなことが起こったことを強調して書いているのかもしれません。

続けて後半のタビタを生き返らせる話です。タビタという名前は、「かもしか」と記されていますが、新約聖書で唯一、動物の名前が付いた人の名前です。しかし当時はよくある名前であったようです。「婦人の弟子」(三六節)であったと書かれています。弟子というと、特別な人のように思われるかもしれませんが、弟子はキリスト者のことです。タビタは女性の信徒でありました。

このタビタが病気にかかってしまい、死んでしまった。教会の人たちはタビタを悼んで悲しみます。葬りの準備をするために、家の二階に連れて行きます。ペトロが近くにいるということを聞きつけ、ペトロを急いで呼びに行きます。なぜペトロを呼びにいったのか。おそらく、葬りのためであろうと思います。ペトロを呼べば、死者が生き返ると期待して呼んだわけではないでしょう。確かに主イエスが死者を復活させた奇跡や、旧約聖書の時代にエリヤやエリシャといった預言者が死者を復活させた話はみんな知っていましたが、ペトロにそれを期待していたとは思えません。まもなく埋葬がなされる。そのための処置をしている。その前に、ペトロに来てもらいたかったのだと思います。

人が亡くなると、まず牧師を呼ぶのに似ているところがあると思います。牧師に死者の復活を期待するわけではありません。聖書を読み、祈る。ペトロに期待されたのも、おそらくそのようなことのためだったと思います。ところが、人々にとって、期待以上のことが起こりました。「ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。」(四〇節)。

この話も、主イエスがなさった奇跡と似ているところがあります。主イエスが会堂長の娘を生き返らせる奇跡が、やはり三つの福音書に書かれています。ルカによる福音書で見てみましょう。「イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。…イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。」(ルカ八・五一、五四)。

やはり主イエスがなさった奇跡と、ペトロがなした奇跡と似ている点が多いと思います。多くの人を外へ出したところや、「起きなさい」と言ったところなどがそうです。特に「タビタ、起きなさい」(四〇節)とペトロは言っていますが、主イエスは「タリタ、クム」(マルコ五・四一)と言われています。これは「少女よ、起きなさい」という意味ですが、ペトロも「タビタ、クム」と言ったのかもしれません。そうだとすると、ペトロが主イエスとほとんど同じ言葉を言って、同じような奇跡が起こったと言えると思います。

今日の聖書箇所に記されている二つの奇跡には、このような特徴があるわけですが、私たちのこの二つの奇跡をどのように受け止めればよいでしょうか。大事なことは、やはり主イエスのときに起こった奇跡が、今この時にも起きたということです。主イエスが十字架にお架かりになり、三日目に復活されて、その後、天に上げられました。もう主イエスは地上にはおられない。しかし主イエスは地上にはおられないけれども、同じような奇跡が起こった。そのことによって、主イエスが今も生きて働いておられることが分かる。この二つの奇跡が示している大事なことは、その点にあります。

私たちも奇跡の受け止め方には慎重でなければなりません。おかしな表現かもしれませんが、今日の話に出てくる奇跡は、いずれも難易度の高い奇跡です。死者の復活は、最高の難易度であると言ってもよいかもしれません。聖書の中でも、死者の復活の奇跡はわずかです。旧約聖書にはっきり書かれている復活の奇跡は、預言者エリヤとエリシャによる奇跡だけと言えるでしょう。主イエスも死者の復活の奇跡をなさいましたが、わずか数人だけです。使徒言行録では、今日の聖書箇所のペトロと、第二〇章になりますがパウロによる二つがあるだけです。

神は決して奇跡を乱発されません。主イエスも奇跡を乱用されません。主イエスがあるとき、生まれ故郷のナザレに行ったときに、ここでは奇跡はなさいませんでした。イエスという幼い頃から知っている男が、どうやら有名人になって故郷に戻って来た。なぜ有名人になったか。奇跡を行ったらしい。それでは、私たちの前でも奇跡をやってみろ。そんな状況であったようです。主イエスは奇跡をなさらなかった。

私たちもそのことを真剣に受け止めたいと思います。私たちの目の前で奇跡が起こらないことを、私たちは時に嘆くかもしれませんが、逆に言うと、目の前で奇跡が起こったからと言って、私たちが信仰を直ちに持つようになるかはまったくの別問題です。主イエスが奇跡をなさったときにも、周りの人たちは、あれは悪霊のなせる業だと文句を言った人もいました。あるいは、こんな素晴らしい力の持ち主ならば、ぜひ私たちの王さまになってもらって、ローマ帝国に支配されている私たちの国を解放してもらう、そのように考えた人たちだっているのです。こう考えますと、奇跡が却って私たちの信仰の邪魔をすることも多々あるのです。

神はそれでも、私たちが信仰を持つことができるように、必要最低限の奇跡を行ってくださいました。ここでの奇跡も、今、主イエスが生きておられ、働いていてくださることを示してくださるための奇跡です。私たちがそのことを信じられるように、起こしてくださった数少ない奇跡です。それが分かれば、その力を神がお持ちであることが分かれば、それを信じることができれば、もうそれ以上の奇跡が起こらなかったとしても十分です。

ここに出て来ている周りの人たち、すなわちリダやシャロン、ヤッファの町の人たちは、そのことが分かったのです。三五節にこうあります。「リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。」(三五節)。四二節にもこうあります。「このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。」(四二節)。奇跡本来の意味が、これらの記述に表れています。奇跡を行ったペトロがすごい、一時的にそのように感心したのではありません。奇跡をきっかけにして、神への信仰が生まれた。神への信仰が生まれなければ、奇跡はまったくの無意味なのです。

これら二つの奇跡によって、特に強調されているのは「起き上がる」ということです。三四節にこうあります。「ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。」(三四節)。四〇節にもこうあります。「ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。」(四〇節)。いずれの節にも、「起き上がる」という言葉が用いられています。「復活する」とも訳せる言葉です。単に起き上がる以上の意味が込められています。この人は神によって起き上がった人。その人を通して、みんなにそのことが示されたのです。

その人を見れば、神が生きて働いておられることが分かるのです。三五節に記されているように、「リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。」(三五節)。四一節から四二節にかけて記されているように、「そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。」(四一~四二節)。周りの人たちは、奇跡が起こった張本人を見ました。そして信仰が生まれたのです。

今の私たちにとって、神は見えません。主イエスも見えません。奇跡も間近では見えません。しかし神の働きは見えるのです。人に現れるのです。「起き上がった」人ならば、教会にたくさんいるのです。あの人もこの人も、私もあなたも、神によって起き上がらされた人なのです。

このように私たちの間でも、神が働いてくださった出来事がたくさんあります。それは奇跡です。その奇跡が起こったとき、私たちは黙っていません。言葉を語ります。この奇跡の意味を語ります。「アイネアが起き上がったのは、イエス・キリストが癒してくださったからだ…」、「タビタが起き上がったのは、主イエスがこの人に働いてくださったからだ…」、周りの人たちはそのように語ったでしょう。私たちも同じです。「私が生かされているのは、神が導いてくださるからだ」、「私の罪が赦されているのは、主イエスが十字架にお架かり担ってくださったからだ」。そのように私たちも言葉を語ります。私たちは奇跡だけで伝道するのではありません。私たちの間に起こった奇跡のような出来事を、「イエス・キリストが癒してくださる」、そのように語ることができるのです。