松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年9月15日(日)
説教題「回心」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第9章1〜19a節

 さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した。

旧約聖書: イザヤ書 第49章1〜6節

今日から使徒言行録第九章に入ります。この聖書箇所から、いよいよ本格的に使徒パウロが登場するようになります。パウロという名前で言っていますが、今日の聖書箇所ではサウロという名前になっています。なぜ同じ人物なのに、呼び方が微妙に異なっているのでしょうか。

今日の聖書箇所の四節に「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」とあります。主イエスが名前を呼ばれているわけですが、「サウル」と呼びかけています。一七節でもアナニアが「兄弟サウル」と呼びかけています。これらの呼びかけは、ヘブライ語でなされた呼びかけです。サウルとはヘブライ語名です。そしてこのサウルをギリシア語風に読んだのが「サウロ」となります。そして完全にギリシア語名にしたのが「パウロ」となります。パウロはその後、ギリシア・ローマ世界へと広く伝道に赴きました。それに合わせるようにして、使徒言行録の中でも、ヘブライ語名からギリシア語名に表記も変わっていったのです。

今日の聖書箇所から本格的にパウロの話が始まっていくわけですが、少しだけではありますが、もうすでにパウロは使徒言行録の中で登場していました。「証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。」(七・五八)。「サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。」(八・一)。教会の最初の殉教者となったステファノの最期の場面に、パウロが登場しています。パウロが立ち会ったのです。おそらくステファノの殉教の様子やステファノの最期の言葉なども、パウロが見たり聞いたりして、聖書の中に残されたものだと思われます。

パウロは教会を迫害している頃から、旧約聖書のことに精通していました。ガマリエルという教師から、厳しい聖書の教育を受けたと自分で言っています。そしてキリスト者を迫害しているのですから、キリスト者が一体何を信じているのか、そのこともよく勉強していたはずです。あの十字架で死んだイエスという男を救い主と信じている、そんなことはとんでもないと思って迫害していたわけです。パウロはかなりの知識の持ち主でした。もっとも、知識がいくらあっても、信仰には結びついていなかったわけですが。

パウロの考えとしては、キリスト者を迫害することこそ、神のためになると思っていたのです。旧約聖書には、共同体の中を聖く保ちなさいということが書かれています。パウロは共同体内におかしな信仰が入り込まないように、ということです。パウロは心からよかれと思ってキリスト者を迫害していたのです。

そしてますます迫害の徹底的に行おうとして、大祭司の手紙を携えて、ダマスコという町に行こうとしたときのことです。突然、天からの光に照らされます。そして、声だけでありますが、主イエスが登場して、このようにパウロに言うのです。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(四節)。「主よ、あなたはどなたですか」(五節)、パウロは答えます。そうすると返ってきた答えはこうでした。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」(五節)。

この答えはパウロにとって、大変ショッキングな答えでした。神のためによかれと思ってやっていたことでした。しかしその行為自体が、実は神を迫害していることに等しかった。何ということをしてしまったのか、大変なショックを受けました。九節には「食べも飲みもしなかった」(九節)とありますし、「今、彼は祈っている」(一二節)ともあります。パウロは自分が行ったことを深く悔いて、断食をし、祈りをしているのです。

パウロのことは使徒言行録にいろいろと記されていますが、新約聖書の中に収められている多くの手紙はパウロによって書かれました。自分自身のことを語って書いている箇所も多くあります。テモテへの手紙一にはこうあります。「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。」(Ⅰテモテ一・一五)。

「罪人の中で最たる者」という言葉が出て来ています。私たちも自分自身のことをそのように言いたくなることがあるかもしれません。しかしパウロは自分のことを謙遜して、罪人の最たる者と言っているわけではありません。本心からそう思っていたのです。十字架で死んだイエスという男を信じる者たちのことを迫害していたけれども、そのイエスが自分の主であり救い主であることが分かった。パウロのショックを私たちもよく分かると思います。本気で罪人の最たる者だと自分のことを思っていたのです。そういう者が神から選ばれ、神によって変えられ、神に用いられた。不思議としか言いようのない出来事がパウロに起こったのです。

パウロは今日の聖書箇所に記されている通りに「回心」しました。今日の説教の説教題を「回心」とつけました。他の説教題も考えなかったわけではありません。「回心」だけですと、説教題としては短すぎるかとも思いましたが、やはりこの二文字にしました。

回心という言葉でありますが、違う漢字を当てはめることもできます。例えば、すぐに思い浮かぶのは、「改心」という字です。心を改めるという意味。心を改めて、反省すると言ったらよいでしょうか。パウロも確かにその面もあったかもしれません。心を入れ替えて、反省する。こちらの改心という漢字でもよさそうです。しかし聖書ではこの漢字は用いません。回心という字を用います。心を回す。一八〇度、正反対に心を回すという意味を込めて、回心という漢字を使うのです。

ちょっとだけ反省をして心を改めるくらいならば、人間の力でも可能です。別に神の助けを借りなくてもよいことです。しかし人間の力であるがゆえに、移り変わりやすいとも言えます。自分の力でちょっとだけ反省して心を改める。少し改まったかと思ったら、次の日にはもう忘れて、また元に戻っている。改心というのは、残念ながらそういうところがあると思います。

しかし回心はこれとはまるで違います。人間の力ではない。神の力による介入が必要です。そうでないと、パウロという迫害者が、伝道者になるようなことはなかったでしょう。文字通り一八〇度、回ったのです。神もなかなか不思議なことをなさると思います。一五節のところで、「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である」と主イエスは言われています。ユダヤ人以外の異邦人の伝道のために、別にパウロでなくともよかったはずです。すでに活躍しているペトロとかヨハネとか、主イエスの直接の弟子がそのまま活躍してもよかったと思います。しかし神はわざわざこのパウロをお選びになったのです。

パウロは回心して伝道者になりました。伝道者として、パウロはどのように歩んだのか。どのようなことを語ったのか。一つ分かることは、パウロは伝道者として、自分の回心体験を何度も繰り返し語ったことです。今日の聖書箇所に書かれている回心体験を振り返って、パウロは何度も同じことを語っています。使徒言行録第二二章、二六章、コリントの信徒への手紙一第一五章、ガラテヤの信徒への手紙第一章、フィリピの信徒への手紙第三章、テモテへの手紙一第一章。挙げるとすれば、それだけたくさんの箇所を挙げることができます。もちろん、聖書にこれだけ記されているのですから、実際にパウロはいろいろなところで、いろいろな人たちに対して、同じことを語ったと思います。

伝道をすることを難しく考える必要はありません。私たちが家族や友人たちに伝道したいと願います。聖書のこと、神の愛、罪の赦し、いろいろなことを語らなくては、上手に説明しなくてはいけないと思われるかもしれません。確かに語ろうとすれば、そういうことも語り得ると思います。しかし私たちがまず何よりも語るべきことは、自分の体験です。神が自分に何をしてくださったのか。罪人の最たる私が救われた、神があのとき私にこのようにしてくださった、私をこのように変えてくださった、いろいろな語り方があると思いますが、自分のことを語る。神が自分にしてくださったことを語るのです。

パウロもそうでした。パウロはその後、各地で伝道をしていきます。各地で教会を建てました。ときには難しい議論をしたりすることもあったでしょうが、基本的には自分に与えられた神の出来事を語り、伝道をしていきました。何度も繰り返し、回心体験を語った。神が私にこんなことをしてくださった。そして神があなたにこんなことをしてくださる。そのことを語って伝道をしていったのです。

先週、私は日本基督教学会というところに出掛けて来ました。キリスト教の様々な分野での研究発表がなされたり、講演会が行われたり、シンポジウムが行われたりしました。その講演会は、古屋安雄先生という方が、「なぜ日本にキリスト教は広まらないのか」という講演題で講演が行われました。もう一つ付け加えますと、最近出た本で『日本ではなぜ福音宣教が実を結ばなかったのか』という小さな本もあります。二〇〇九年に明治初期にプロテスタント教会の伝道が始められて一五〇年を迎えたわけですが、その結果をどう受け止めるか。古屋先生の講演会も、最近出た小さな本もそのことを評価しているのです。

なぜ福音伝道がうまくいかないのか。いろいろな評価をすることができると思います。牧師の力が弱かったからとか、教会の伝道力がなかったからとか、明治の最初の頃からインテリ層にしか伝道をしてこなかったとか、聖書が言っている通りに体現することができなかったからとか、いろいろな評価をすることができるでしょう。なぜ伝道がうまくいかないのか、いろいろな理由を挙げて、批判することは簡単でしょう。

でも、伝道がうまくいくためにどうすればよいのか。講演会を聴いても、その小さな本を読んでも、なかなか答えは得られません。一応の答えは出たとしても、その答えで本当にうまくいくのかどうかは疑問に思います。一体どうすればよいのでしょうか。日本の伝道という大きな問題ではなくとも、私たちの身近にいる人たちに対して、どのように伝道したらよいのでしょうか。

本日、私たちに与えられた聖書の箇所に、その明確な答えがあると思います。一五節のところにこうあります。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」(一五節)。主イエスがアナニアに対して言った言葉です。パウロは器になると主イエスが言われているのです。私たちも器になればよいのです。

器という言葉が用いられています。この言葉はあらゆる種類の器という意味です。文字通りの意味です。パウロが器であると言われる。何を入れる器か。「わたしの名」を入れるための器であると言われています。「わたしの名」とは主イエスの名、神の名です。日本でも「名は体を表す」という言葉がありますが、聖書で名が用いられているときには、それ以上の意味が込められています。名は存在そのものを表わします。つまり、神の名を入れる器とは、神そのものを入れる器ということになるのです。パウロが神を持ち運ぶ。持ち運ぶと言うと少し語弊があるかもしれませんが、パウロが赴くところ、どこにでも神が共におられるということになるのです。

パウロはこの後、多くの苦しみを担うことになりました。今までは迫害をする側でしたが、今度は迫害される側になります。一六節のところに、パウロのその後の歩みを示唆するかのような言葉があります。「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」(一六節)。今日の聖書箇所ではありませんでしたが、二三節以下のところで、パウロが早速、命を狙われる出来事も起こってしまいます。

しかしその後のパウロの歩みにおいて、このときの回心、洗礼体験が土台になったことは確かです。パウロはその後、何度も自分の救いの出来事に立ち返り、その体験を繰り返し語りました。主イエスが自分と共に歩んでくださることが分かったのです。パウロが天からの光に照らされて、最初にこのように言いました。「主よ、あなたはどなたですか。」(五節)。その答えがこうでした。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」(五節)。

主イエスのこの言葉をよく味わっていただきたいと思いますが、パウロが迫害していたのは教会のキリスト者たちでした。しかし主イエスは、迫害を受けていたのは自分であると言われたのです。迫害されていた者たちの苦しみをご自分の苦しみとしてくださった。主イエスが苦しめられている者たちと共に歩んでくださったからです。

パウロはアナニアと出会い、目が元通り見えるようになり、洗礼を受け、食事をして元気を取り戻しました。主イエスと共に歩む歩みが始まったのです。神の名を伝えるための器としての歩みが始まりました。私たちもパウロと同じように神の器になることができる。パウロほど大きく用いられることはないかもしれませんが、私たちも神を持ち運ぶ器になることができる。言い換えると、主イエスと共に歩むことができるようになるのです。そのような歩みの始まりに、回心、洗礼があるのです。