松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年9月8日(日)教会設立記念礼拝
説教題「洗礼から始まる喜びの旅路」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第8章26〜40節

 さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。彼が朗読していた聖書の個所はこれである。「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、/口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」宦官はフィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリストは神の子であると信じます」と答えた。そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。フィリポはアゾトに姿を現した。そして、すべての町を巡りながら福音を告げ知らせ、カイサリアまで行った。

旧約聖書: イザヤ書 第53章7〜8節

本日は教会設立記念礼拝です。私たちの教会は、今年で創立八九年を迎えました。私たちの教会は、それ以前からもすでに歩み始めていました。一九一六年六月四日のことになりますが、主に学校の先生が集まって聖書を研究する聖書研究会が発足しました。しかしそのような歩みを続けて八年後に、正式な教会となった。八九年前の一九二四年九月一三日、金曜日の夜のことになりますが、私たちの教会が正式に発足をする建立式と呼ばれる式が行われました。

この建立式には、日本の牧師の第一人者と言ってもよい植村正久牧師が招かれて、式がなされました。記録によると建立式の内容は、洗礼式、教会建立準備報告、教会建立宣言、長老任職式、聖餐式です。特に覚えるべきは洗礼式が行われたということです。男性二名、女性一名がこのとき洗礼を受けたようです。当時、私たちの教会は専属牧師がいませんでしたから、牧師が来るのに合わせて、洗礼式が行われた。八九年前の建立式のときも、洗礼式がなされたのです。

教会が正式に設立した喜び、その喜びに受洗者が与えられた喜びが加えられました。私たちの教会の歴史を綴った『七十年史』がありますが、建立式のときに任職された長老の手塚縫蔵長老が、そのときの喜びの文章をこのように綴っています。「九月一三日夜 松本教会独立建設式行わる。…けだし松本地方は言うも更なり。信州一円こぞりこぞってひたすら感謝祝賀すべく、くりかえし想いめぐらしていよいよ喜びあふれ、感極まるもの実にこの一夜に集めらるとも存ぜられ候。」(『七十年史』、一五頁)。

古い言葉でありますが、そのときの喜びが伝わってくる文章です。大きな喜びがあった。ここに綴られているのは、第一義的には教会設立の喜びですが、教会に受洗者が与えられた喜びもあったと思います。これ以降も、教会は常に受洗者を生み出してきました。受洗者が与えられる喜びと共に、八九年間を歩んできたわけです。

その後も、毎年九月のこの時期に、教会設立記念礼拝を行ってきました。神が私たちの教会に与えてくださった喜びを記念するために、今年も八九年目の記念礼拝を行っています。そして今年は嬉しいことに、一人の兄弟の洗礼式も行うことができました。先ほど、この説教に先立ち行われた洗礼式を皆さまがご覧になった通りです。ご本人にとって緊張するときでもあったでしょうが、教会にとって大きな喜びのときでもあります。

今日、洗礼を受けられたこの兄弟は、昨年のクリスマス礼拝のときに初めて教会に来られた方です。あれから九カ月ほどになりました。九か月前のクリスマス礼拝のとき、やはり二人の方の洗礼式が行われました。この兄弟は初めて来た礼拝で、洗礼式の様子を見られた。その様子を見られて、自分もあのようになりたい、洗礼を受けてキリスト者になりたい、そのような志が与えられて、求道をしてこられました。

ご本人には失礼かもしれませんが、教会に来られて間もない頃、まだ聖書のことがよく分からなかったかもしれません。説教の内容もよく分からないことが多かったかもしれません。信仰の理解に関してもまだよく分からなかったかもしれません。しかしそれでも、キリスト者になりたい、神を信じたい、洗礼を受けたいという気持ちが与えられた。ご本人も私も、合理的にそのことを説明することはできません。神がそのような思いを与えてくださったとしか説明のしようのないことです。

そういう洗礼を受けたいというお申し出がありますと、私と一緒に受洗のための学びをいたします。受洗準備会などと言います。手引きの本を開いて読んだりしますが、やはり聖書を開いて、神を信じることはどういうことか、洗礼を受けたらどのようになるのか、信仰を持つとどのような生き方に変わってくるのか、そのようなことを一つずつ学んでいきます。

そのようにして受洗準備会をしていて、つくづく私が思わされたことがあります。信仰を持ちたいと願っている人に、聖書を開いて、その聖書の話をする。そしてその方が洗礼へと至る。この筋道は、本日、私たちに与えられた聖書箇所に書かれていることと、まったく同じだということです。

今日の話には、エチオピアの宦官が出てきます。この宦官は、神を求める求道者でした。信仰を持ちたいと願っている人でした。そのため、エチオピアから遠いエルサレムへ礼拝しに来ていた。エチオピアというのは、今のエチオピアとは少し場所が違います。エジプトの南あたりがエチオピアというところでした。しかしいずれにしても、エルサレムからは遠い距離です。神を求めて、礼拝をするために、はるばるエルサレムにやってくる。そしてその礼拝を終えての帰り道でした。

この宦官はどうしても救いが欲しかったのでしょう。けれどもいくら神を求めてエルサレムにやってきても、救いの確信が得られなかった。なぜでしょうか。申命記にこのような記述があります。「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることができない。」(申命記二三・二)。かつての口語訳聖書では、去勢された者は主の会衆に加わることができないと記されていました。去勢というのは、男性としての生殖機能が奪われているということです。女王に仕える宦官として、この人もまさにそうでありました。主の会衆に加わることができない。言うならば、救いの外に置かれてしまう。そのことに対して、がっかりしていたかもしれません。

しかしそれでも彼はエルサレムに礼拝に行きました。エルサレムで誰かから教えられたのかもしれませんが、旧約聖書のイザヤ書第五六章にこんな記述もあります。「なぜなら、主はこう言われる。宦官が、わたしの安息日を常に守り、わたしの望むことを選び、わたしの契約を固く守るなら、わたしは彼らのために、とこしえの名を与え、息子、娘を持つにまさる記念の名を、わたしの家、わたしの城壁に刻む。その名は決して消し去られることがない。」(イザヤ五六・四~五)。

宦官はこの記述から、もしかすると救いの可能性があるかもしれないと考え、イザヤ書の聖書の巻物を手にしていました。当時の聖書は、私たちが手にするようなものではなく、バラバラになっている巻物でした。イザヤ書で一つの巻物か、それともイザヤ書だけでもいくつかに分かれていたのか、それは分かりませんが、いずれにしても宦官の救いの可能性が記されているイザヤ書の巻物を手に入れて、朗読していたのです。

その朗読の場に居合わせたのが、フィリポでありました。このとき、宦官が読んでいたのはイザヤ書第五三章です。本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所でもあります。第五六章の直前の箇所でもありました。

フィリポがその場に居合わせたのは、本当に驚くべきことです。宦官とフィリポの出会いは、神の導き以外には考えられないことでした。フィリポは、先週の聖書箇所になりますが、サマリアの町で活躍をしました。伝道に成功をした。多くの人が信じて洗礼を受けました。そのサマリアの町の伝道がひと段落して、さあ、次はどこへ伝道の旅に出掛けようか。そんなことも思っていたかもしれません。

普通ですと、人々が多くいる町か村に行くと思います。しかし、今日の聖書箇所はこのように始まります。「さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。」(二六節)。ルカがわざわざ解説をしてくれていますが、「そこは寂しい道である。」(二六節)と記されています。今度、フィリポが行きなさいと命じられたのが、人がまるでいないような寂しいところでありました。伝道するために誰も行かないようなそんなところへ行けと、フィリポは神から言われたのです。

何のためにそこへ派遣されたのでしょうか。答えは明確です。たった一人の救いのためです。旅の途中のエチオピアの宦官に出会うため。彼を救うために、フィリポはそこへと遣わされたのです。

宦官がそのとき朗読していた聖書箇所は、使徒言行録で言いますと三二~三三節でありますが、イザヤ書第五三章の七~八節でありました。今の私たちが本を読むときは、たいてい黙読をします。しかし昔は黙読はほとんどなされずに、本を読むときは声に出して朗読されました。そんなこともあり、フィリポはすぐに分かったのだと思います。聖書が読まれている、そのことが分かり、馬車に駆け寄りました。当然、身分の高い者が馬車に乗っているわけですが、そんな躊躇もなく、フィリポは駆け寄っています。

そして「読んでいることがお分かりになりますか」(三〇節)と尋ねます。「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」(三一節)という答えが返ってきたので、フィリポは手引きをするために馬車に乗り込むことになりました。

宦官は何が分からなかったのでしょうか。宦官なりに理解していたところもあったと思います。例えば宦官は「預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか」(三四節)と言っています。このイザヤ書が、神によって立てられた預言者の言葉であることは分かっていたのだと思います。しかし宦官が分からなかったのは「彼」という言葉です。彼とは一体誰なのか。

イザヤ書第五三章には、彼という言葉が何度も出てきます。今日は読みませんでしたけれども、イザヤ書第五三章六節にこうあります。「わたしたちは羊の群れ。道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。」(イザヤ五三・六)。私たちが罪を犯したわけですが、その罪を「彼」が担ってくれた。「彼」はそのことに口を開かず、「彼」は命を取られた。「彼」のおかげで私たちは救われた。そのようにして「彼」という言葉が何度も出てきます。この「彼」とは一体誰か。宦官の最大の疑問はそこにありました。

それに対するフィリポの答えは明確でした。彼とは、イエス・キリストのことである。使徒言行録の三五節にこうあります。「そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。」(三五節)。この聖書箇所の説きあかしから始まり、イエス・キリストを最終的には伝えることになった。そのことが三五節に記されていますが、これこそ説教です。今、ここでなされている説教と同じであると言ってよい。フィリポがどういう説教を語ったのかは分かりませんが、イザヤ書の聖書の箇所から、説教が語られた。三五節で言われているのは、そういうことなのです。

フィリポの説教を聴いて、宦官は洗礼へと導かれました。イエス・キリストの話を聴いて、イエス・キリストを信じる思いが与えられました。今日の聖書箇所で起こっている出来事はそういう出来事ですが、今日の教会でも同じ出来事が起こっています。今日、洗礼を受けられた兄弟もそうです。私たちもそうです。ここで語られているのと同じ出来事が起こった。同じ道筋をたどってきたのです。

宦官は聖書がよく分かりませんでした。「彼」が誰なのかが分からなかった。しかしフィリポの手引きによって、説教によって、聖書が分かるようになりました。「彼」がイエス・キリストだということが分かった。これは嬉しいことだったでしょう。大きな喜びでした。そして洗礼へと至ることができた。他ならぬ「彼」が「私」のために十字架にお架かりになってくださったことが分かる。「彼」が受けた懲らしめによって、「私」が救われた。そのことが分かる。

今までは遠くにいた「彼」が、私の身近な救い主になってくださる。宦官が洗礼を受けた後の喜びはそういう喜びでした。その喜びの様子がこのように記されています。「彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。」(三九節)。

今日の聖書箇所で、お気づきになられた方もあると思いますが、三七節がまるごと抜けています。代わりに十字架のようなマークがありますが、抜けてしまった三七節がどこにあるのか。使徒言行録の一番最後のところに記されています。聖書にはたくさんの写本がありますが、写本によって食い違いがあるわけです。ある写本では三七節はあるが、別の写本では三七節はない。そんなこともあって、こういうようになっています。

三七節はこうです。「フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリストは神の子であると信じます」と答えた。」(三七節)。この三七節から、最初期の教会の洗礼式の様子を知ることができます。洗礼を受ける際は、今も昔も洗礼を授ける者と、洗礼を受ける者がいるわけですが、両者の間で言葉のやり取りがなされます。

今日の洗礼式では、私が聖書箇所を朗読したり、日本基督教団信仰告白を朗読したり、誓約の言葉を述べたり、ずいぶん私が長い間、言葉を語りました。そして受洗志願者が「私は神と教会との前に、謹んでこれを告白し、誓約します」と、短い言葉を語ります。ここでなされているやり取りは、要するに「あなたは「彼」がイエス・キリストであると信じるか」と司式者が問うのに対し、受洗志願者が「私は信じます」と答えることです。

三七節でなされているのも、同じことです。「真心から信じておられるなら、差し支えありません」「イエス・キリストは神の子であると信じます」とありますが、元の言葉では、「私」「あなた」という言葉がはっきりしています。丁寧に訳すとすれば、「あなたが真心から信じておられるなら、差し支えありません」「私はイエス・キリストは神の子であると信じます」としなければなりません。

大切なのは「私」「あなた」という言葉です。「彼」が遠くにいる人ではない。そうではなく私の救い主になってくださった。そのことを「あなたは信じるか」と問われ、「私は信じる」と答えて、洗礼を受けます。救われるのか、救われないのか、もはや曖昧ではありません。私はイエス・キリストを信じる者。イエス・キリストによって救われた者。自分の存在がはっきりするのです。宦官も自分の救いがはっきりとして、その後の喜びの人生の旅路が始まりました。今日、洗礼を受けられた兄弟もそうです。そして私たちにもこの喜びの旅路を歩む幸いが与えられているのです。