松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2013年8月4日(日)
説教題「人間の計画は廃れ、神の計画は永続する」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第5章17〜42節

 そこで、大祭司とその仲間のサドカイ派の人々は皆立ち上がり、ねたみに燃えて、使徒たちを捕らえて公の牢に入れた。ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。 これを聞いた使徒たちは、夜明けごろ境内に入って教え始めた。一方、大祭司とその仲間が集まり、最高法院、すなわちイスラエルの子らの長老会全体を召集し、使徒たちを引き出すために、人を牢に差し向けた。下役たちが行ってみると、使徒たちは牢にいなかった。彼らは戻って来て報告した。「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと、使徒たちのことで思い惑った。そのとき、人が来て、「御覧ください。あなたがたが牢に入れた者たちが、境内にいて民衆に教えています」と告げた。そこで、守衛長は下役を率いて出て行き、使徒たちを引き立てて来た。しかし、民衆に石を投げつけられるのを恐れて、手荒なことはしなかった。彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した。「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた。ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人が、議場に立って、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、それから、議員たちにこう言った。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。その後、住民登録の時、ガリラヤのユダが立ち上がり、民衆を率いて反乱を起こしたが、彼も滅び、つき従った者も皆、ちりぢりにさせられた。そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」一同はこの意見に従い、使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。 それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。

旧約聖書: イザヤ書 第55章8〜11節

八月になりました。八月は、私たちの国にとって、歴史を学ぶことが特に重要になってくる月でもあります。今週は広島と長崎に原爆が落とされた日を続けて迎えることになる週です。そんな私たちが歴史から何を学び、どのように生かしていくのか、そのことが問われる月であろうと思います。

昨日の新聞に、こんな記事が出ていました。核不拡散条約の再検討会議というものが、今年の四月にありましたが、その時の出来事が書かれた記事です。この再検討会議では、核兵器の非人道性を訴える共同声明が出されることになりました。国々の間で調整がなされ、最終的に八十の国が賛同をしたそうです。

それでは日本はどうだったのか。唯一の核被爆国でありますから、当然、賛同したのかと思いきや、署名を拒否しました。なぜ拒否したのか。この共同声明には、こういう文章が含まれていました。「核兵器が二度といかなる状況でも使われないことが人類生存の利益になる」。日本はこの中に含まれている「いかなる状況でも」という文言が削除したいと思って、関係国と調整をしたようです。「いかなる状況でも」、どんな場合でも核兵器はいけない、ということですが、核の傘の下にある日本にとって、どうもこの文言は都合が悪い。いざという場合に、核兵器が用いられる場合もあるかもしれない。そんな思惑が働き、「いかなる状況でも」という文言が削除されず、最終的には署名することができませんでした。

この問題に対して、深入りすることが、この説教の目的ではありません。しかし私たちは歴史から学ぶべきことがたくさんあります。私たちは唯一の被爆国です。一九四五年の八月に、広島と長崎に原子爆弾が投下されました。それは学校の社会科で習うことです。

しかしその知識だけを持っていても、あまり意味がないかもしれません。大事なのはその先です。なぜ核兵器が使用されたのか。そこに至るまでにどのような経緯があったのか。そして何よりも大切なことですが、それでは今後どうするか。生きた歴史を学ぶというのは、そういうことであると思います。

私たちキリスト者も、信仰を持っていればそれでよいというわけにはいきません。歴史を一体どのように考えるのか。そしてその歴史をこれから先、どのように生かしていくのか。キリスト者ならではの考えもまた、あると思います。そしてそのことを考えることは、極めて大切なことだと思っています。

本日、私たちに与えられた使徒言行録の箇所に、歴史に対する一つの考え方が出てきます。今日の話にガマリエルという人物が登場します。使徒たちが御言葉を宣べ伝えていたら逮捕され、裁判にかけられました。使徒たちを殺すべきだと考える人たちまで現れた。その裁判の席で、ガマリエルが口を開くのです。

ガマリエルがどういう人物だったのかは、三四節に書かれています。「ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人」(三四節)。ガマリエルの名が出てくるもう箇所がもう一つ、使徒言行録の中にあります。使徒のパウロが、自分の過去を振り返って、このように語っています。「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。」(二二・三~四)。パウロは伝道者になる前、ユダヤ人の法である律法に精通していましたが、その教育をガマリエルから受けていたのです。ガマリエルは尊敬を受けていた立派な人物で、パウロのかつての師匠でもあった人なのです。

このガマリエルですが、聖書の中には使徒言行録にたった二回だけしか出て来ない人物です。しかしこのガマリエルは、登場回数が少ないわりには、案外知られている有名な人物と言えるかもしれません。なぜでしょうか。それは、三八~三九節での言葉がよく知られているからです。「そこで今、申し上げたい。あの者から手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」(三八~三九節)。このガマリエルの言葉は、歴史に対する一つの考え方を表わしている言葉だと言えるでしょう。

ガマリエルはどんな考えの持ち主だったのか。「ほうっておくがよい」(三八節)と言っています。なぜ放置しておけばよいのか。そのうち歴史が証明するだろうと考えているからです。ガマリエルはここで二つの例を引用しています。この二つの例が、歴史上、どの出来事を指すのか、聖書学者や歴史家たちの間でいろいろと議論がなされていますが、ここではそのことには深入りしません。しかしガマリエルが言っている意図は明らかであると思います。テウダ、ガリラヤのユダという二人が出てきます。いずれも、ある時期には旋風を巻き起こしたようですが、すぐに消滅してしまいました。放っておいても、神に由来せず、人間に由来するものは、やがて必ず滅びるだろうということです。これは、歴史に対する一つの態度であろうと思います。

ガマリエルの考え方を、皆さまはどう思われるでしょうか。なかなか鋭い発言をしていると思います。この裁判の席では、使徒たちにとって不利に進んでいましたが、ガマリエルの発言によって形勢が逆転しました。ガマリエルは使徒たちを助けた人物と言ってもよいかもしれません。しかも後に活躍するパウロの師匠でもあります。教会にとって、好意的に見られる人物と言えるでしょうか。確かにそうであるかもしれません。しかし、教会の私たちにとって倣うべきなのは、ガマリエルではないことは明らかです。私たちはガマリエルとは違う考え方を持っています。ほうっておくのではない。何もしなくても、そのうち歴史が証明してくれるだろうというのではない。そうではなく、使徒たちが絶えず一貫して行っていたことがありました。

それでは、使徒たちは一体何をしていたのか。使徒たちが一貫してイエス・キリストを宣べ伝えていました。それが、本日、私たちに与えられた聖書箇所にもはっきり書かれています。「わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。」(三〇~三一節)。

この言葉は、使徒言行録で初めて出てくるような、真新しい言葉ではありません。使徒言行録の最初から、特に使徒たちが御言葉を宣べ伝え始めた第二章から、何度も繰り返し出てくる言葉です。使徒たちは一貫して、このことを宣べ伝えていた。

また、今日の聖書箇所で、使徒たちは逮捕されてしまうわけですが、天使の力によって牢から外へ出され、天使から「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」(二〇節)と言われます。運よく牢から出られたのなら、普通なら逃げるところですが、使徒たちは天使の言葉に従った。逮捕された同じ場所で、同じ言葉を宣べ伝え、同じことをしていた。やはり御言葉を宣べ伝え続けたのです。

そしてやはりもう一度、逮捕されて、鞭で打たれてから釈放されるわけですが、その後の使徒たちの様子がこう書かれています。「毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。」(四〇節)。鞭で打たれたということは、厳しい迫害です。旧約聖書の申命記第二五章に書かれていることでもありますが、当時は鞭で四十回以上打ってはならないという決まりがありました。あまりにも厳しすぎて、途中で死んでしまうことのないようにという配慮でもあったようです。使徒のパウロも、「四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度」(Ⅱコリント一一・二四)と言っています。

このときの使徒たちも、おそらく厳しい鞭打ちの結果、血まみれになっていたことだと思います。しかしその激しさのことにはまったく触れられていない。鞭で打たれようとも、「毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」と書かれるのです。

使徒たちの血のにじむようなことがあった。文字通り血を流すようなことがあった。それでも使徒たちは、どんなことが起ころうとも、御言葉を宣べ伝えていたのです。淡々とそのことが聖書に記されています。三〇~三一節にあるように、主イエスが十字架で死なれたが、復活された。悔い改める私たちの罪が赦されるようにしてくださり、救い主となってくださった。使徒たちはずっと同じことを一貫して宣べ伝えたのです。

使徒言行録から御言葉を聴いている私たちにとって、このことは大きな助けになると思います。教会が昔も今も、いつも同じことをしてきた。聖書の話は昔話ではなく、今と変わらない同じことをしている。教会のある方からも、同じような感想を伺うことがありました。使徒言行録は、不思議なことも書かれているけれども、教会がしていることは今も昔も変わらないのですね、そういう感想を言われた方があります。その通りです。教会の歴史を貫いているものがある。使徒たちのときから、教会が宣べ伝えてきたことです。最初も、途中も、今も、そしてこの先も、教会は救い主、イエス・キリストを宣べ伝えるのです。

このことを知ると、教会の歴史の展望が拓けてくると思います。私が毎週、使徒言行録の説教準備をする際に、必ず読んでいる本があります。渡辺信夫先生という方の説教集です。渡辺信夫先生は、もうだいぶお年を召されていますが、日本キリスト教会という教派の牧師として、半世紀以上にわたって牧師をされてきた方です。宗教改革者ジャン・カルヴァンが書きました大著、『キリスト教綱要』を日本語に翻訳した方としても有名です。この渡辺信夫先生も、教会の歴史に関して、同じようなことを言われています。

渡辺信夫先生のこの説教集の終わりのところに、先生が使徒言行録のこの説教集を出版するにあたり、エッセイが書かれています。そこにこのような文章があります。「使徒行伝を説教として解き明かすのに必要な実力とは何か。言葉の解説と状況説明だけで終わらせないための深慮ではないかと思います。」(第一巻、三七三頁)。さらにこう続けて書かれている。「私たちに許されているのは、使徒行伝時代にタイムスリップすることではなく、…あの時の教会と今の時の教会とを結びつけるものを見つけ出し、さらにこの後に来たるべき時代が良く透視できるように目を凝らすことではないかと思います。」(三七七頁)。

説教者としても、また使徒言行録から神の言葉を聴く私たちの襟を正すような言葉であると思います。使徒言行録は、二千年前の教会の始まりの時代の話です。言ってみれば昔話と言えるかもしれない。二千年前と今では状況が違います。場所も違います。時代も違います。違うからには、説明がないとなかなか理解できない。それも正しい事でしょう。

しかしその説明だけに終始してしまい、昔話で終わってしまったら、説教ではなくなってしまう。渡辺信夫先生はそう言われるのです。説教の目的は、使徒言行録時代にタイムスリップをすることではない。そうではなくて、昔と今とを結びつけるものを見つけ出し、さらに来たるべき時代にも目を向けることである。渡辺信夫先生がエッセイで書かれているのは、そういうことなのです。

教会の歴史を振り返ってみると、やはり教会は一貫してイエス・キリストを宣べ伝えてきました。二千年前の使徒たちも、今の私たちも、同じことを宣べ伝えている。「わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。」(三〇~三一節)。「イスラエル」という言葉を、「私たち」と置き換える必要があるかもしれませんが、内容は同じことです。二千年間、変わらずに宣べ伝えられてきました。そしてこれからも同じです。教会は昔も今も将来も、この言葉を宣べ伝え続けているのです。

信仰を持つ私たちは、歴史をこのように考えます。人間は様々な歴史を作り出します。しかしそれらは不完全なものばかりです。栄枯盛衰という言葉もありますが、栄えては滅び、その繰り返しです。どんな人も、時代も、文化も、必ず終わりを迎えます。人間のものは必ず廃れる。しかし教会は、イエス・キリストを宣べ伝え続けてきました。そのことが廃れることは決してありません。二千年にわたってそのことをしてきましたし、これからもずっとそのことを行い続けます。神の言葉はとこしえに立つのであります。

教会の信仰者たちは、主イエスが今も生きておられることを信じる者たちです。主イエスが十字架で死なれましたが、復活されたからです。三一節に、悔い改めて罪が赦されることが記されていますが、私たちは死んだ人に対して悔い改めているのではないのです。お墓の前に行って、今更だけどごめんなさいと言っているのではない。そうではなくて、今も生きておられる方に悔い改める。だから赦していただける。それは、いつの時代でも変わりのないことです。

今日はこれから聖餐に与ります。パンと杯をいただきます。パンは主イエスが十字架で裂いてくださった肉、杯は主イエスが流された血です。これをいただくことにより、私たちは主イエスと一つに結び合されます。深い悔い改めをもって、この糧に与りたいと思います。主イエスは今、生きておられます。私たちの罪を赦してくださいます。聖餐は、今、生きておられる主イエスを味わい見ることなのです。