松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年7月28日(日)献堂記念礼拝
説教題「教会の敷居をまたぐ」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第5章12〜16節

 使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった。

旧約聖書: 詩編 第122編

本日の礼拝は、献堂記念礼拝です。この会堂は、今から三三年前のことになりますが、一九八〇年に与えられた会堂です。その年の七月六日に、最初の日曜日の礼拝を行いました。同じ月の七月二七日、献堂記念礼拝を行いました。その後も毎年、会堂が与えられたことを覚え、七月下旬に献堂記念礼拝を行っています。毎年と申し上げましたが、実は昨年、献堂記念礼拝は行いませんでした。年度初めに献堂記念礼拝を予定していましたが、加藤常昭先生をお招きすることになりました。それが去年の七月二二日であります。ちょうど今から一年ほど前のことになります。私たちの教会として「慰め」を学びました。

昨年度は少し例外であったかもしれませんが、毎年、献堂記念礼拝で私が紹介をしている文章があります。会堂が建ったときの牧師、和田正先生の言葉です。この教会の教会報「おとずれ」に書かれた文章です。いつ書かれた文章なのかと言うと、会堂を建てる前、教会総会において会堂建築の決議がなされましたけれども、その同じ日に、この「おとずれ」が発行されました。こういう文章です。「会堂が出来たからと言って教会の問題が解決するとは思っていません。会堂を生かすも殺すも、信仰次第だと思います」。

さあ、これから会堂を建てましょう、ということを決めるその日に、「おとずれ」では和田先生がこんな文章を書いた。会堂が与えられる喜びに水を差すかのような文章のように思えますけれども、和田先生が牧師として抱いていた一つの危機意識だと思います。目に見える会堂が建てられようとしている。その会堂が建つ。そのことによって、安心感に浸ってはならないということです。

私たちの教会にとって、会堂が与えられることは、長年の悲願でした。松本東教会は、八十年、九十年の歴史がありますが、それまでは会堂を持ったことがありませんでした。何箇所も転々と場所を移動しながら、礼拝を守り続けてきました。それだけに、長年の夢が実現しようとしていた。夢が実現すると、目標を見失ってしまうのはよくあることです。会堂ができた。ああ、これでもう教会の問題がすべて解決する。そのように思ってしまうことを、和田先生は問題視されたのだと思います。本当に問われるべきは信仰である。会堂が与えられる前も、与えられた後も、大事なのは信仰だと言われるのです。

本日、私たちに与えられた使徒言行録の箇所は、キリストの教会として、まだ会堂がなかった頃の時代です。私たちの教会は、三三年前に会堂が与えられましたが、会堂が建つと、教会の敷居がはっきりしてしまうと思います。教会の内と外の敷居です。教会には敷居がある。いい意味でも、悪い意味でも使われる言葉です。たいていの場合は、悪い意味であるかもしれません。「教会の敷居が高い」と言うと、教会に入りづらい、なかなか教会に入って行けない雰囲気であるということかもしれません。

しかし、本日、私たちに与えられた聖書箇所には、会堂こそはありませんでしたが、敷居があったことがはっきりと書かれています。しかもいい意味での敷居があった。一三節と一四節にこうあります。「ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。」(一三~一四節)。

この一三節と一四節の言葉は、矛盾していると考えられるかもしれません。先々週のことになりますが、この箇所の一つ前の箇所から御言葉を聴きました。アナニアとサフィラの話です。詳しくは振り返ることはできませんが、献金の額をごまかしてしまい、その場に倒れてしまった二人です。この出来事が生じて、教会の中の人はもちろんですけれども、教会の外の人にも恐れが生じました。その恐れから、「だれ一人、あえて仲間に加わろうとしなかった」と、一三節には書かれています。

ところが、一三節後半の「しかし、民衆は彼らを称賛していた」という言葉を間に挟み、一四節には「そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」とあります。ここでは「男女」とありますように、男性だけでなく、女性も数えられています。使徒言行録の第四章には「男の数が五千人ほどになった」(四・四)という表現もありました。しかしこの箇所では「多くの男女」と書かれています。男性だけでなく、女性もどんどん増えていったのだと思います。一人も加わらなかったと書かれているのに、ますます増えていったというのは矛盾しているではないか。そう思われる方もおられると思います。

しかし、私はこのことが矛盾しているわけではないと思っています。矛盾どころか、これこそが教会の本来あるべき姿であると思っています。入れない雰囲気があった。けれどもますます人数が増えていく。これが本来あるべき緊張関係だと思っています。なぜか。この世俗の世の中に、神の聖なるものが建てられている。それが教会です。この世に、神がご支配なされる教会が建てられています。緊張関係が生まれて当然だと思います。当然あるべき緊張関係を保っている。それが、本来の教会の姿です。

これが教会の「敷居」であると言えるかもしれません。この敷居は薄めるべきではありません。教会に来ても、この世の中と何の違いもないと思われてしまわっては、教会はもはや命を失ってしまったに等しい。しかしこのような敷居を据えて歩むとき、教会は本当に教会らしく歩むことができる。そうすると教会には魅力が生まれてくる。その結果、人々が敷居を踏み越えて、教会に来るようになる。人がますます増えるようになるのです。

人々を惹きつける、教会の魅力とは何か。本日、私たちに与えられた聖書の箇所によれば、それは癒しであります。一二節にこうあります。「使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。」(一二節)。不思議な業というのは、奇跡のことです。また、一五~一六節にこうあります。「人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった。」(一五~一六節)。

多くの癒しがなされたことが分かりますが、注意深く読めば、もっと多くのことを知ることができると思います。どういう人たちが、癒しを求めてやって来たのでしょうか。軽い病というよりは、深刻な病を抱えている者たちが集められてきました。一五節と一六節に、「運び出し」「寝かせた」「連れて集まって来た」と書かれています。ここで癒された人たちは、自力で来た人たちではありませんでした。連れて来られた人たちです。

使徒言行録の第三章にも、生まれてこのかた歩いたことのなかった男の癒しの話が記されています。この人も、神殿の門のところへ誰かに運んで連れて来てもらったのです。今日の聖書箇所でも同じです。やはり連れて来られた。家族や友人たちが運んでくれたのでしょう。大通りに運び出し、寝かせて、せめてペトロの影だけでもかかるようにした。自分の力で癒しを求めたわけではないのです。もしかしたら、自力の人もいたかもしれませんが、使徒言行録を書いたルカは、そのような人たちの姿はまったく書かない。癒されたすべての人が、自分では来ることができなかった、連れて来られた人たちであったと書くのです。

これは一体何を意味するのでしょうか。連れてきた人たちは、身近な隣人の癒しを求めて、すでにいろいろなことを行っていたはずです。医者にも行った。けれども、どうすることもできなかった。その他にも、いろいろなことを試みたけれども、万策尽きた。そこで、最後の砦として教会へ行った。その信頼感が教会にはあったのです。教会なら、他では得ることができない癒しがあるという信頼感があったのです。

ある牧師から聞いた話に、こんな話があります。自分の牧会する教会で、親子で洗礼を受ける者があった。息子が先で、その後、母親が洗礼を受けました。その息子は、小さい頃、医者から脳に多少の障がいがあるから、人間関係がうまくいかないだろうと言われてしまった。母親がそのことを深刻に受け止めすぎてしまい、また息子もそのことを小さい頃から知ってしまって。大変に苦労をした。心も不安定になって、それこそ病になってしまった。

そんな息子が、あるとき誘われて教会へ行った。教会から帰ってきて、母親が息子に尋ねました。「教会はどうだった?」。その息子は答えました。「僕を人間扱いしてくれた最初のところだった」。その息子が教会に通った最初の日、教会でいろいろなことがあったようですが、教会の青年たちがその息子の相手をしてくれた。人間関係がうまくいかない問題を抱えている中で、教会の人たちは違ったのです。

その後、その息子は教会に通い続けて、洗礼を受けました。息子が洗礼を受けて、教会で変わっていく息子の姿を見て、心惹かれるものがあったのでしょう。母親も教会に通うようになり、やがて洗礼を受けました。

その青年は、果たして癒されたのでしょうか。その答えはよく分かりません。医学的に癒されたと言えるのか、それはよく分からないことです。しかし、教会に何らかの癒しを求める、その信頼感がありました。この息子もそうです。ここに通い続けていたら、何かが得られるかもしれない。その答えが洗礼でした。母親にとってもそうです。息子を立ち直らせてくれた。その信頼感があった。ここならば何かが得られるかもしれない。そう思って、教会の敷居をまたぎ、洗礼を受けたのです。

今日の聖書箇所の一六節のところに、「また、エルサレム付近の町からも」と記されています。何気なく、「エルサレム付近」と書かれているようですが、とても大事な言葉です。最初、使徒たちはエルサレムの神殿から活動を始めました。今日の聖書箇所に至るまでは、まだエルサレムの神殿周辺だけでの話です。その神殿周辺から、どんどん教会が拡大していく様子がよく分かる言葉です。教会ならば何らかの癒しが得られるのではないか、そういう信頼感と共に、教会が広がっていくのです。

そこで、教会で得られる癒しを考えてみたいと思います。今日の聖書箇所では、使徒のペトロがその癒しを担っています。今日でもこのような癒しがなされるのでしょうか。言ってみれば、ペトロと同じような癒しを教会がすることができるのでしょうか。答えは明らかです。私たちはペトロと同じようなことはできない。それは一つはっきりしていることです。

ここで用いられている「癒す」という言葉はギリシア語です。ギリシア語で発音すると、セラピュオーと発音します。私たちもよく知っている「セラピー」という言葉の由来がここにあります。この言葉はもともと「仕える」という意味のあった言葉です。医師や看護師として、病人の世話や医療上の処置をする。そのことから、健康にする、癒すという意味を持つようになったのです。この癒すという言葉によって考えられているのは、単なる医学的な癒しだけではなくて、人間個人を健全な状態にするということです。その状態に戻すことが癒すということなのです。

癒すというこの言葉は、やがて幅広い意味を持つようになってきました。教会が古くから大切にしてきた言葉は、ラテン語という言葉です。ギリシア語と並んで、広くローマ帝国で通用する言葉でした。ラテン語で癒すという言葉は “salvare” と言います。この言葉は、やがて英語の “salvation” になりました。救いという意味です。つまり、癒しと救いという言葉が、もとをたどっていくと同じであることが分かってきます。人間として健全な状態に戻すこと。癒しであっても救いであっても、同じことです。その役割を教会が担うのです。

先ほどご紹介した青年が、医学的に癒されたかどうかは分かりません。しかしこの青年は教会に通い続け、主イエスを信じるようになり、洗礼を受けました。母親も洗礼を受けました。今日の箇所の一四節に「そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」とあります。主とは、もちろん主イエス・キリストのことです。いつの時代にも、教会には主イエスを信じる者が増し加えられていったのです。

主イエスを信じる。一概に私たちはそのように言いますけれども、一体何を信じているのでしょうか。同じ使徒言行録の第二章に、ペトロの説教が記されています。ペトロの説教が終わると、聴いていた人たちはペトロに尋ねます。「わたしたちはどうしたらよいのですか」(二・三七)。ペトロは教会を代表して答えます。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。」(二・三八)。また、「邪悪なこの時代から救われなさい」(二・四〇)とも言いました。

ペトロのこの答えは、教会への招きです。敷居を踏み越えて、教会の中に導くための招きです。教会の入るためには洗礼を受けます。イエス・キリストが私の罪のために十字架にお架かりになり、私の罪を赦していただいた。そのことによって救われた。教会の者たちはそのことを信じています。そのことを信じている者たちの集いが教会であるのです。

教会はこの救いを提供することができます。提供と言うと、人間が提供するようですけれども、神が教会に託してくださっているものです。この救いこそ、どんな癒しにも優る、最大の癒しです。私たちの人生において、いろいろな病を私たちは経験します。一つの病が治ると、また別の病になる。そこから治って、また別の病になる。最終的には死を迎える。これが私たちの歩みです。これを繰り返す私たちにとって、最大の癒しは、イエス・キリストによる救いなのであります。

教会はこの救いがあるところです。教会の内と外ではまったく違います。教会の敷居をまたぐ。これは大変なことであるかもしれません。他では絶対に得ることができない、救いの領域の内側に入ることだからです。教会は、この敷居をなくしてしまったり、薄めてしまったりすることは絶対にできません。敷居が確かにある。しかしこの敷居を人々にまたいでいただくことを願って、伝道をするのであります。

今日は献堂記念礼拝です。神がお建てになってくださった教会です。三三年目を迎えました。私たちがどうするべきなのか、私たちが神に問いつつ、考えるべきときが来ています。多くの方々が教会の敷居をまたいでいただくことができるように、神が力強く私たちを導いてくださることを願っています。