松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2013年6月16日(日)
説教題「慰めの時がやって来た」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第3章11節〜26節

 さて、その男がペトロとヨハネに付きまとっていると、民衆は皆非常に驚いて、「ソロモンの回廊」と呼ばれる所にいる彼らの方へ、一斉に集まって来た。これを見たペトロは、民衆に言った。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦すように要求したのです。あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、この/ようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために前もって決めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。

旧約聖書: イザヤ書 第57章14〜19節

本日、私たちに与えられた聖書の箇所には、ペトロがエルサレム神殿で語った説教が記されています。この説教が語られるには、経緯がありました。その経緯をまずお話したいと思います。

ペンテコステ、すなわち聖霊降臨の日に聖霊が注がれて、使徒たちが説教を語りました。その説教を聴く者たちがいました。その聴く者たちの中から、イエス・キリストを救い主であると信じて洗礼を受ける者が現れました。教会はそのようにして誕生したのです。すでに教会生活が始まっていた。まだ建物はありません。ですから、今までと同じように、神殿へ祈りに行くわけです。使徒ペトロとヨハネもそうでした。その神殿の門のところで、生まれながら四十年以上も足の不自由だった男の足を癒します。それが、先週の聖書箇所になります。

この足を癒してもらった人は、その後、ペトロとヨハネの後についてきました。無理もないことだったのでしょう。しかし民衆がすっかり驚いてしまいます。四十年も足が不自由で、神殿の門のところで物乞いをしていた人ですから、誰もが知っていた人です。その人たちが癒された。癒したのはペトロとヨハネ。この人たちはすごいではないか。民衆からそう思われたのです。

しかしペトロはそれに対して口を開きます。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。」(一二節)。そして間を少し飛ばして一六節です。「あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。」(一六節)。そしてあなたがたもイエスを信じなさい、そういう説教を語ります。

一一節の前のところの小見出しには「ペトロ、神殿で説教する」とあります。いつも申し上げていますが、小見出しは現代の聖書学者が付けたものです。あまりとらわれる必要はありません。しかし今日の小見出しの通り、やはりこれは説教であります。ただの演説ではない。一体、演説と説教とではどこが違うのか。何が違うのか。今の私たち流に言うと、牧師が礼拝で何か言葉を語れば説教になるのか。何をもって、一体説教と言うのでしょうか。

私は説教に関するある雑誌を定期購読しています。『アレテイア』という説教黙想に関する雑誌です。説教黙想が中心に書かれている雑誌ですが、巻頭のところに文章が載せられています。主に信徒の方が書いていることが多いのですが、自分がこれまでしてきた説教体験を綴った文章です。ついこの前送られてきた雑誌には、作家であられ、カトリックの信者でもおられる木崎さと子さんという方の文章が載っていました。

木崎さんは、昔、プロテスタント教会の礼拝に通っていたこともあるようです。その後、カトリック教会の礼拝、ミサに出るようになった。私たち牧師にとっては、少し耳の痛い話でありますが、プロテスタント教会でも、カトリック教会におきましても、語られる言葉がほとんど耳に入ってこなかったのだそうです。ある時などは、日本語が語られているのに、外国語で礼拝がなされているのではないかと勘違いをしてしまったほどだと書いておられます。

木崎さんの説教体験に関する文章を、少し引用したいと思います。「初めて出たカトリックのミサで、日本語の説教を外国語だと思ったのは半世紀も前のことだが、その神父さまから受けた印象は今なお鮮明に残り、何事かを私に語り続けている。言葉としては理解できなかったけれども、その場の空気、つまり静粛に跪いたり声を合わせて祈ったりする人々の、その奥に、<だれか>が立っている… その<だれか>の代わりとして、信者たちをみつめて一心に話をされる姿は、司祭なり牧師なり、その場の中心に支える人の必要を、直截に感じさせてくれたのだ。…〔カトリックの〕信徒も、<イエスそのひと>との出会いの場としてのミサ、という意識が強い」。

木崎さんがここで言われているのは、自分の体験として、あまり説教の内容はよく分からなかったかもしれないが、それでも、イエス・キリストを感じる体験をしてきた。説教が語られているその礼拝の中に、イエス・キリストと出会うことができた。そう書いておられる。

木崎さんの文章は、なかなか大切なことを私たちに教えてくれると思います。本日、私たちに与えられた聖書箇所に記されているペトロの説教もそうだからです。ペトロはここで演説をしているのではない。説教です。なぜ説教と言えるのか。それは、イエス・キリストが語られているからです。イエス・キリストと出会うことができる説教だからです。
ペトロは言葉を尽くして、いろいろな言葉を用いてイエス・キリストを語っています。例えば、一三節の「僕イエス」(一三節)。旧約聖書のイザヤ書に、苦難の僕の歌がありますが、主イエスのことを、そのような「僕イエス」と言っています。また、「聖なる正しい方」(一四節)、「命への導き手」(一五節)という言葉もそうです。さらに、「メシア」(一八、二〇節)という言葉、これはキリストという言葉ですが、イエスはキリスト、救い主だという言葉もあります。

いろいろな表現が主イエスに対して用いられています。ところが、あなたがたはそのお方を殺してしまった。なぜこのような優れたお方を殺してしまったのか。それは、「無知のため」(一七節)であると言われています。殺した側は、そのようなお方だとは知らなかったのです。

無知という言葉が出てきました。無知とは、知恵や知識がないことです。人間は誰もが無知のうちに生まれてきます。まだ何の知恵も知識もない。もちろんイエス・キリストも知らない。神がそのような幼子として、私たち人間をスタートさせます。私たちが無知であることを、どのように考えればよいでしょうか。

無知を積極的に考えてきた人たちもいます。例えば有名なギリシアの哲学者ソクラテス。「無知の知」ということを言いました。自分には知らないことがある、そのことを自分は知っているということです。中国の孔子も論語の中で同じようなことを言いました。「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」。知っていることを知っているとし、知らないことを知らないとする、これが知ることである、ということです。

しかし聖書は無知をどのように考えているのでしょうか。聖書が言っていることは、無知ゆえに罪を犯すことがあるということです。今日の聖書箇所もそうです。「ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。」(一七節)。また、十字架の上で主イエスも言われました。使徒言行録を書いた同じルカが福音書で、こう書いています。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ二三・三四)。

聖書には、案外、無知に関する言葉がたくさん出てきます。もう少し例を挙げたいと思いますが、テモテへの手紙一の中で、使徒パウロが自分の過去を振り返って、このように言っています。「以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。」(Ⅰテモテ一・一三)。「知らずに」という言葉が無知という言葉です。

その他に、同じ使徒言行録にもこうあります。パウロがアテネに行ったときに、やはり説教を語った時ですが、パウロはこう言っています。「さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。」(一七・三〇)。

この使徒言行録のパウロの言葉は、本日の聖書箇所とかなり似通っている言葉であると思います。本日の箇所の一七節のところで、「ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。」(一七節)と言った後で、「だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。こうして、主のもとから慰めの時が訪れ…」(一九~二〇節)と続いてきます。無知であったが、悔い改めることができる。神のところに立ち返ることができる。そして慰めの時が訪れる。道筋として、そのような道をたどることができるのです。

慰めの時という言葉が出てきます。慰めるという言葉。聖書の中に、たくさん慰める、あるいは慰めという言葉がたくさん出てきます。しかしここで用いられている慰めという言葉は、他の箇所とは言葉が違います。新約聖書ではここだけでしか用いられていない言葉です。ここでの慰めという言葉は、息をつく、安息という意味のある言葉です。もともとは傷が乾く、癒される、回復を意味する言葉でした。それが転じて、息をつく、安息という言葉になったのです。

新約聖書ではここだけだと申し上げましたが、旧約聖書では一箇所だけ、この言葉が用いられている箇所があります。出エジプト記の箇所にこうあります。「ファラオは一息つく暇ができたのを見ると…」(出エジプト八・一一)。イスラエルの民はこのときエジプトで奴隷生活をしていましたが、モーセが王さまであるファラオのところへ行き、故郷へ去らせてくれるようにと頼みます。ところがファラオは頑固で、なかなか去らせてくれません。そこで、神がエジプトにいくつも災いを起させます。このときは蛙が大量発生するという災いです。その災いの間は、当然ですが息をつく間もありません。その災いが過ぎ去って、一息つくことができるようになった。それが慰めになるというわけです。

出エジプト記のこの箇所では、ファラオが息をつけたのは、ほんの一時だけでした。またすぐに別の災いがやってきたからです。しかしペトロが語っている慰め、息をつける時、安息の時は、これとは全く違います。本当の慰めの時だとペトロは言っているのです。なぜか。使徒言行録に戻って文脈から考えると、やはり先ほども見ましたように、一七節から一九節、二〇節への道筋があるからです。無知のために、私たちは罪を犯してしまいました。ろくにイエス・キリストがどのようなお方であるか、よく分かっていないような振る舞いをしてしまった。しかし罪が赦されるように悔い改めることができる。その罪を赦してくださる時が来ている。罪が赦されるのか、赦されないのか、よく分からないような曖昧な時ではない。息をつくことができる時、平安の時、慰めの時がやって来たのであります。

先週、葬儀がありました。召された方は、洗礼を受けておられない方でしたが、お連れ合いが一九年前に、当教会で病床洗礼を受けて、それからしばらくして召された方です。その他、ご家族の中にもキリスト者がおられる方です。どなたの葬儀におきましても、私がすることは慰めを語ることです。私にできるのはそれだけです。

七〇代前半で召された方ですので、ご家族としては、まだ早かったという思いがあったと思います。まだまだ元気で、こんなことを一緒にしたかったという思いもあったようです。召される一週間前までは比較的お元気だったので、少し信じられないという思いもあった。そのような中で、月曜日に前夜式を行い、火曜日に火葬と葬儀を行い、水曜日にご家族のご都合もあって埋葬(納骨)をいたしました。ご家族はやはり最初は、やはり悲しみの涙を流されることが多かったのですが、だんだんと変わって行かれた。最後の納骨が終わったときは、私もそうですが、ご家族の方もほっとされておられた。それこそ一息つく。一連の葬りを無事に終えることができた、その安堵感ももちろんあったと思います。しかし、ああ、やるべきことは終わった、あとは神に委ねる。私たちは希望のうちに神に委ねることができる。私も、ご家族も、その慰めに包まれていたことを、私は信じております。

二一節以下の箇所は、もうあまり詳しく触れなくてもよいと思います。ペトロがこのとき説教を語っていた相手はユダヤ人たちでありました。旧約聖書をよく知っている人たちです。「聖なる予言者たちの口を通して昔から語られた」(二一節)という言葉や、「モーセ」(二二節)、「サムエル」(二四節)、「アブラハム」(二五節)という人物たちも、みな旧約聖書に出てくる人たちです。イエス・キリストのことが昔から言われていたのだ。それにもかかわらず、私たちは無知であった。昔から言われていたお方がやって来たのに、分からずに十字架につけて殺してしまったのだとペトロは言います。

しかし今や、無知が克服されました。ペトロは一八節のところでこう言っています。「しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。」(一八節)。主イエスの十字架の苦しみが、私たちの無知によって引き起こされた。しかしそれが私たちの救いになった。この逆説こそが、救いの道筋だったのです。主イエスを十字架につけるというとんでもないことをしてしまった。しかし私たちの罪を、主イエスが代わりに担って苦しんでくださった。そのようにして私たちが赦されたのです。悔い改めて、立ち返ることができるようになったのです。こうして慰めの時が訪れるのです。

ペトロは主イエスのことを、「命への導き手」(一五節)と言っています。「導き手」というのは、先導者、創始者とも訳せます。主イエスは真の命への道を切り拓いてくださった創始者です。主イエスを信じる者は、その道をたどることができます。その道は慰めの道なのです。