松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年8月3日(日)
説教題「平和の挨拶を交わし合う」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第28章1〜16節

わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。
三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。

旧約聖書: 詩編 第122編

先週の土曜日になりますが、教会員の方が神の御もとへと召されました。日曜日の夕方に前夜の祈りを行い、月曜日に葬儀を行いました。たいていの場合はそうですけれども、今回もご家族の方の中に、ほとんどキリスト者がいないという状況で葬儀をしました。親戚の中に、カトリックの信仰を持っておられる方が一人いらっしゃいましたが、その他のご家族は皆、キリスト者ではありません。

この方の葬りは日曜日から月曜日にかけて行われました。前夜の祈り、葬儀、火葬、いろいろなところで、聖書をお読みし、私が説教を語りました。それをお聞きになられたご家族の中から、こんな言葉をいただきました。「先生は声がよいから、説得力がありますね」。私はなんと答えてよいのかよく分からずに、少し苦笑しながら「そんなことないですよ」とお答えいたしました。しかし心の中では、決してそうではないと思っていました。

私の声によって説得力があったというよりも、むしろ説得力があったのは、ご家族が召された教会員のことをよく知っていたからだと思います。信仰者としてのその姿を知っていた。この方は、とても真面目な方でありました。教会で書いたノートが山積みになるほど残っているのだそうです。説教を書き留め、婦人会での学びも一生懸命、書き留めておいた。聖書ももちろん、関連する本もたくさん読まれたようです。

私が葬りの際にお話ししたのは、何も説得的な話しというわけではありません。単なる聖書のお話というわけでもありません。その方が信仰を持って歩まれた、その姿をお話しました。また信仰を与えて下さった神を証しする話をしました。ご家族が信仰者として歩んでおられるその方のお姿を知っておられたから、説得力があったのだと思っています。

このようなことから分かってきますのは、私たち一人ひとりが問われていることが、私たちがどのように生きているのかということです。もちろん人から誉れを受けるような立派な生き方をする必要はありません。人が羨み、自慢できるような生き方をする必要もありません。むしろ、神に支えていただき、神に導かれ、神を信じ、神に委ねる、そんな生き方をすればよいのです。召された教会員の方もそうでした。信仰者としてのその生き方が説得力を生み出したのです。

本日、私たちに与えられた使徒言行録の聖書箇所も、同じことが言えるかもしれません。パウロたちはマルタ島と呼ばれるところに三か月ほど、滞在することになりました。パウロたちは船旅をしていました。ところが地中海が荒れ狂い、嵐に遭って、マルタ島に流れ着いたのです。パウロたちはマルタ島で何をしたのでしょうか。いろいろなことが言えるかもしれませんが、パウロたちがしたことの一つが、島の人たちとのよい関係をつくったということです。

パウロたちはマルタ島に着き、さあ、これから伝道をしようと意気込み、言葉や論理で説得をして伝道をしたわけではありません。パウロたちは二七六人の大所帯でした。一冬を越すわけですから、小さな島の人たちにとっては、迷惑な話しであったかもしれません。しかし迷惑を被ったとは島の人は思わなかった。出発までいろいろな世話をしてくれ、また出発の際には見送りにまで来てくれる。パウロたちは島の人たちとよい関係を築き上げた。パウロたちの行動に説得力があったのです。

今日の聖書箇所の中にも、奇跡が行われたことが記されています。パウロの手に噛み付いた蝮から、パウロが何も害を受けなかったこと。癒しの奇跡のことも記されています。ある人は、この箇所で「わたしたち」と書かれていることから、医者のルカもいて、ルカも尽力して医療活動を行ったのではないかと考えています。実際の真偽のほどは分かりません。しかし神によって与えられている力、物、賜物などを用いて、パウロたちは島の人たちとの平和な状況をつくったと言うことができるでしょう。

今日は八月最初の主の日、日曜日です。今日は平和聖日という名前が付けられている日曜日です。私たちの国では、八月が平和を考える時期になります。原爆が投下され、敗戦を迎えたのが八月だからです。昨今、平和が脅かされるような出来事がたくさん起こっています。しかし昨今ばかりでなく、いつの時代でも平和が脅かされていると言わざるを得ないところがあります。私たちは平和をつくり上げていかなければならないのです。

主イエス・キリストは山上の説教の中でこう言われました。「平和を実現する人々は、幸いである。」(マタイ五・九)。ここでは主イエスは八つの幸いを語っています。その中の一つがこれです。いずれも「幸い」が語られていますが、「平和を実現する人々」がそうだと言われるのです。「平和を実現する人々」という言葉は、元の言葉では一つの言葉になっていて、二つの言葉がくっついた合成語になっています。「平和」という言葉に、「つくる」という言葉が合わさっているのです。つまり、平和をつくる人たちが幸いだと主イエスは言われているのです。

平和は単に与えられるものではありません。ある作家が「だれもが平和を望んでいる。けれども平和を人任せにしているから、平和がやって来ない」と言っています。何もしないところに自然と平和が生み出されるのではないのです。平和はつくり出すもの。それが主イエスのお言葉であり、聖書の理解です。つくり上げるのですから、つくり上げる方が大変です。せっかく積み上げてきたものが、一瞬で崩れてしまうこともあるのです。

それではどのように平和をつくり上げればよいのでしょうか。本日、私たちに与えられた聖書箇所の後半に入っていきたいと思います。パウロたちがこれまで乗っていた船は難破してしまい、壊れてしまいました。別の船に乗り換えて、ローマに向けて出発します。最初は船旅、次いで陸路での旅になります。そのようにしてローマに到着することができました。

ローマに到着する前から、パウロが「兄弟たち」に出会ったことが記されています。一四節と一五節にこうあります。「わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。」(一四~一五節)。「兄弟たち」とは、キリスト者たちのことです。もうすでにローマにも、ローマの周辺にも、キリスト者たちがいたことが分かります。

私たちは使徒言行録から御言葉を聴き続けていますが、もう最後の章に入りました。来週、いよいよ最後の箇所から御言葉を聴きます。使徒言行録は、使徒たちがいろいろなところに出掛けて行き、旅をして、伝道がなされていきます。最初はエルサレムから出発しました。第一章のところに主イエスが出て来られますが、主イエスはこう言われています。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(一・七~八)。エルサレムから始まり、そして地の果てまでと主イエスは言われています。そして使徒言行録の最後がローマです。当時の世界の中心地のローマにまで至った。使徒言行録はエルサレムからローマへの流れがあることが分かります。

しかし立ち止まってよくよく考えてみたいと思います。確かにパウロたちはローマに到着しました。しかしローマにはすでに「兄弟たち」、キリスト者がいて、教会が建てられていたのです。誰によって伝道がなされたのかは分かりません。無名の伝道者によって、すでにキリスト者がいました。パウロが何もないところから開拓伝道をしたわけではありません。パウロがローマ教会の初代牧師になったわけではありません。すでに教会があった。パウロはローマに向かう前に、すでにローマ教会に宛てて手紙を書いています。それが新約聖書に収められているローマの信徒への手紙です。長い手紙ですが、これからローマに行きたいと思っている。私はまだ行ったことがないからよろしく、それが手紙を書いた一つの目的です。

こう考えますと、本日、私たちに与えられた聖書の箇所が伝えようとしていることは、福音が初めてローマに到着したということではありません。そうではなく、特に強調されていることが別にあると思います。一四節のところに、「こうして、わたしたちはローマに着いた」とあります。こうして、ようやく、ローマに着いたということが強調されています。今までパウロはいろいろなことをくぐり抜けて来ました。迫害を受け、捕えられて裁判にかけられ、皇帝に上訴をし、船で難破し、冬を越し、そしてようやくローマに着いた。様々な困難があったけれども、必ずローマに行くことになっている、その神の約束が実現したのだ、そのことが強調されています。

さらに、もう一つ強調されていることが、パウロたちが作りだした交わりです。マルタ島の人々とのよき交わりもそうでした。そしてローマ周辺の、パウロにとっては初めて出会うキリスト者たちとの交わりが、とてもよい交わりであったということが強調されています。改めて、一四~一五節をお読みします。「わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。」(一四~一五節)。パウロがここでしたことを言いかえるならば、ローマ周辺のキリスト者たちと、平和の挨拶を交わし合ったということです。

今日の説教の説教題を、「平和の挨拶を交わし合う」と付けました。パウロはユダヤ人です。ローマ周辺の人たちは、はっきりとはよく分かりませんが、ユダヤ人もいたかもしれませんが、ローマ人たちもいたと思います。一体パウロたちはどんな言語で語り合ったのでしょうか。パウロはユダヤ人としてヘブライ語を話せます。また世界共通語であるギリシア語も話せます。ローマ周辺のキリスト者たちはどうだったでしょうか。ギリシア語を話せる人もいたかもしれませんし、ローマ人が使うラテン語しか話せない人もいたかもしれません。しかし言語が問題なのではなく、パウロたちは平和の挨拶を交わし合っているのです。

今年もこどもの教会の夏期キャンプの時期が近づいてきました。今週、一泊二日で夏期キャンプがなされます。今、様々な準備をしています。今年の夏期キャンプのテーマは「バベルの塔と救い主イエス・キリスト」というテーマです。聖書箇所は、創世記第一一章に書かれているバベルの塔の話と、使徒言行録第二章に記されているペンテコステの話。聖霊が注がれて、神の言葉が語られ、教会が生まれた話です。

こどもの教会の教師会で、バベルの塔の話だけだと、救いがないという意見が出されました。そこで、バベルの塔の話に、使徒言行録第二章のペンテコステの話を加えることになったのです。二つの話を合わせて簡単に言ってしまえば、言葉がバラバラになって通じなくなってしまったのが、言葉が通じるようになったということになります。

バベルの塔の話には、天にまである塔を建てて、自分の名前を高めようとする人間たちが出てきます。神がその人間たちをどうされたかというと、言葉をバラバラにされました。言葉が通じなくなってしまった。神がそのようにされたわけですが、その責任を神に押し付けるわけにはいきません。そもそも私たち人間がお互いによい言葉を語り合うことができなかったからです。平和の挨拶をすることができなかったからです。

しかし神はいつまでもバラバラのまま放置されたというわけではありません。使徒言行録第二章のペンテコステのときに起こった出来事は、言葉の奇跡です。イスラエルの周辺の十二箇国の言語で、神の言葉が語られます。言語それ自体はそれぞれ違います。しかし神の言葉が語られたのです。よき知らせである福音が、祝福の言葉が語られたのです。このようにして、平和の挨拶を交わし合うことができるようになった。言語ではなく、言葉が通じるようになった。心と心を通い合わせることができるようになった。その使徒言行録第二章の流れが、今日の第二八章にも続いています。

人類は平和を願いながらも、平和をつくり上げることを、残念ながらことごとく失敗してきました。決して崩れることのない、まことの平和はどこにあるのか。どのようにしてつくり上げればよいのか。この平和の挨拶を交わし合うことによって、まことの平和をつくり上げることができるのです。

一五節の後半のところで、「パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた」とあります。パウロは彼らと出会い、挨拶を交わし、力を得たのです。初めて会う人たちが多かったでしょう。でも言葉が通じる。心が通い合う。ああ、この人たちも自分と一緒だ、同じ信仰者だ、パウロはそう思ったのです。

そのことは私たちも同じです。神を信じ、イエス・キリストに救われ、聖霊の導きを受けて歩んでいます。同じ信仰に生きています。そうすると、皆がキリスト者として似てくるのです。自分自身のことを見る見方も、世界のことを見る見方もそうです。キリスト者は誰に強制されたわけでもありませんが、似たような考え方、似たような歩みになってくる。主イエスに倣う歩みが始まっているからです。

その源にあるのは、「私はイエス・キリストを信じている」という信仰です。「私もです」「あなたもそうですか」。同じキリスト者の間で、私たちはそのように言葉を通い合わせることができる。そこに平和が生まれる。祈りが生まれる。同じ信仰が生まれる。平和がつくり出される。

もしもこの世の中を本当の意味で平和にしたいのならば、今までの崩れ去ったような平和ではなく、決して崩れることのない平和をつくり上げたいのであれば、私たちは伝道をする以外にはありません。もちろん平和のための働きや運動も大切でしょう。しかし主イエスが教えて下さるまことの平和は、同じ神を信じるところでしか生まれることのないものです。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ五・九)。神の子たちが生まれるところに、平和の挨拶も生まれるのです。