松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年6月29日(日)
説教題「イエス・キリストの復活をめぐって」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第25章1〜27節

フェストゥスは、総督として着任して三日たってから、カイサリアからエルサレムへ上った。祭司長たちやユダヤ人のおもだった人々は、パウロを訴え出て、彼をエルサレムへ送り返すよう計らっていただきたいと、フェストゥスに頼んだ。途中で殺そうと陰謀をたくらんでいたのである。ところがフェストゥスは、パウロはカイサリアで監禁されており、自分も間もなくそこへ帰るつもりであると答え、「だから、その男に不都合なところがあるというのなら、あなたたちのうちの有力者が、わたしと一緒に下って行って、告発すればよいではないか」と言った。フェストゥスは、八日か十日ほど彼らの間で過ごしてから、カイサリアへ下り、翌日、裁判の席に着いて、パウロを引き出すように命令した。パウロが出廷すると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼を取り囲んで、重い罪状をあれこれ言い立てたが、それを立証することはできなかった。パウロは、「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と弁明した。しかし、フェストゥスはユダヤ人に気に入られようとして、パウロに言った。「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか。」パウロは言った。「私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します。」そこで、フェストゥスは陪審の人々と協議してから、「皇帝に上訴したのだから、皇帝のもとに出頭するように」と答えた。
数日たって、アグリッパ王とベルニケが、フェストゥスに敬意を表するためにカイサリアに来た。彼らが幾日もそこに滞在していたので、フェストゥスはパウロの件を王に持ち出して言った。「ここに、フェリクスが囚人として残していった男がいます。わたしがエルサレムに行ったときに、祭司長たちやユダヤ人の長老たちがこの男を訴え出て、有罪の判決を下すように要求したのです。わたしは彼らに答えました。『被告が告発されたことについて、原告の面前で弁明する機会も与えられず、引き渡されるのはローマ人の慣習ではない』と。それで、彼らが連れ立って当地へ来ましたから、わたしはすぐにその翌日、裁判の席に着き、その男を出廷させるように命令しました。告発者たちは立ち上がりましたが、彼について、わたしが予想していたような罪状は何一つ指摘できませんでした。パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことです。このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。わたしは、これらのことの調査の方法が分からなかったので、『エルサレムへ行き、そこでこれらの件に関して裁判を受けたくはないか』と言いました。そこで、アグリッパがフェストゥスに、「わたしも、その男の言うことを聞いてみたいと思います」と言うと、フェストゥスは、「明日、お聞きになれます」と言った。
翌日、アグリッパとベルニケが盛装して到着し、千人隊長たちや町のおもだった人々と共に謁見室に入ると、フェストゥスの命令でパウロが引き出された。そこで、フェストゥスは言った。「アグリッパ王、ならびに列席の諸君、この男を御覧なさい。ユダヤ人がこぞってもう生かしておくべきではないと叫び、エルサレムでもこの地でもわたしに訴え出ているのは、この男のことです。しかし、彼が死罪に相当するようなことは何もしていないということが、わたしには分かりました。ところが、この者自身が皇帝陛下に上訴したので、護送することに決定しました。しかし、この者について確実なことは、何も陛下に書き送ることができません。そこで、諸君の前に、特にアグリッパ王、貴下の前に彼を引き出しました。よく取り調べてから、何か書き送るようにしたいのです。囚人を護送するのに、その罪状を示さないのは理に合わないと、わたしには思われるからです。」 しかしパウロは、皇帝陛下の判決を受けるときまで、ここにとどめておいてほしいと願い出ましたので、皇帝のもとに護送するまで、彼をとどめておくように命令しました。」

旧約聖書: コヘレトの言葉 第8章16~17節

本日、私たちに与えられた聖書箇所は、使徒言行録の第二五章全体です。ここには何人かの登場人物が出てきます。その一人は使徒パウロです。使徒言行録の後半部分で最も多く登場している人物です。その他に今日の聖書箇所では、フェストゥス、アグリッパ王、ベルニケという人物が出て来ます。それぞれどういう人物だったのでしょうか。

使徒パウロに関しては、それほど詳細な説明を加える必要もないと思います。かつては教会の迫害者であり、イエス・キリストに出会い、回心をして、今や伝道者として働いている者です。このときは、パウロは捕らわれの身となっていました。ユダヤ人たちから反感を買ってしまい、騒動が起き、その責任をなすりつけられて、逮捕されていたのです。今日の話も裁判の話となっています。

フェストゥスという人はどんな人物だったのでしょうか。「総督として着任して」(一節)とあります。当時の地中海一帯はローマ帝国によって支配されていました。一人の皇帝が立てられていましたが、一人で政治ができるわけではありません。この地域の政治を行っていたのが、地方総督のフェストゥスでした。前任者のフェリクスの後任として赴任してきました。

先週の聖書箇所の際簿のところになりますが、こんな記述があります。「さて、二年たって、フェリクスの後任者としてポルキウス・フェストゥスが赴任したが、フェリクスは、ユダヤ人に気に入られようとして、パウロを監禁したままにしておいた。」(二四・二七)。前任者のフェリクスは、いろいろな思惑があったようですが、パウロの裁判を延ばしに延ばしていました。しかしフェストゥスはローマの法律に則ってすぐに裁判をした。この人は政治家としてもなかなかの人物であったようです。

フェストゥス以外に、アグリッパ王が出てきます。クリスマスのときのヘロデ大王の曾孫にあたる人です。父親も王でしたが、このアグリッパ王は王位継承のときに若すぎたので、すぐには王になることができず、ようやくローマ帝国に認められて、王になることができました。この時はすでに王となっていた時のことです。

フェストゥスと並んでベルニケという人が出てきます。これは女性の名前で、アグリッパ王の妹にあたる人です。夫がいましたが、死に別れて、今は兄と共に行動をしている、そんな人でした。

フェストゥス、アグリッパ王、ベルニケ。三人の人の力関係が、今日の聖書箇所の一三節に記されています。「数日たって、アグリッパ王とベルニケが、フェストゥスに敬意を表するためにカイサリアに来た。」(一三節)。フェストゥスが地方総督に就任しましたので、地元のアグリッパ王とベルニケの二人が、フェストゥスを表敬訪問しているわけです。政治的な力関係としては、フェストゥスが上ということになります。

裁判長はフェストゥスということになります。フェストゥスがパウロを裁きます。裁判の過程ですが、まずユダヤ人たちがパウロを訴えるところから始まります。「パウロが出廷すると、エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼を取り囲んで、重い罪状をあれこれ言い立てたが、それを立証することはできなかった。」(七節)。それに対して、パウロが弁明をします。「パウロは、「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と弁明した。」(八節)。

裁判長のフェストゥスが言葉を続けます。「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか。」(九節)。それに対して、パウロは答えます。「私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します。」(一〇~一一節)。このようにしてパウロは皇帝に上訴をすることになり、裁判の決着がついていない囚人のままローマへ行くことになったのです。

少し前の箇所に戻りますが、パウロは主イエスから一つの約束を受けていました。「その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」」(二三・一一)。パウロは今日の聖書箇所のときまでは、自分は地方総督から裁判を受けて、無罪放免になり、自由の身でローマへ旅をするのだと思っていたかもしれません。しかし事はそうは運びませんでした。フェリクスのときも裁判がなかなか行われない。フェストゥスになってからも決着がつかず、逆にエルサレムに送り返されそうになる。パウロは皇帝に上訴をする決断をする。結局、パウロにとっては思ってもみなかったことかもしれませんが、鎖につながれたままでローマに行くことになったのです。

このようにして、ここでの裁判がひとまず閉じられることになりました。フェストゥスは皇帝のところに無事にパウロを送り届けなければなりません。一三節以下の話はその話になります。

裁判の中で、フェストゥスが見抜いていたことが一つありました。「パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことです。このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。」(一九節)。どうやらフェストゥスは正しく争いごとの急所を見抜いていたようです。結局、パウロとユダヤ人たちとの間の争いは、主イエスが復活したかどうかという点にあったのです。

しかしフェストゥスはその急所を見抜いていたがゆえに、困ってしまうことになります。続く二〇節に「わたしは、これらのことの調査の方法が分からなかったので」とあります。「調査の方法が分からなかった」という言葉があります。この言葉は軽いニュアンスで訳されていますが、もっと困惑している様子を表す言葉です。

新約聖書の中に、この言葉がいくつか出てきますが、いくつかを取りあげてみましょう。マルコによる福音書に、ヘロデという王が出てきます。この人はヘロデ大王の子どもです。倫理的に不道徳なところがあり、洗礼者ヨハネという人物にその不道徳さをはっきりと指摘されてしまいます。結局、ヘロデは洗礼者ヨハネを殺してしまうのですが、殺す前に洗礼者ヨハネからの耳の痛い話に耳を傾けていたようです。「その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた。」(マルコ六・二〇)。「非常に当惑しながらも」とありますが、この言葉です。「痛いところを突かれて困ってしまった、でも…」という心境だったのだと思います。

二つ目はルカによる福音書です。主イエスが十字架の上で死なれ、埋葬されました。日曜日の朝早く、女性たちがお墓に赴きました。そうするとお墓の中は空っぽでした。主イエスのお体がどこにもない。「そのため途方に暮れていると」(ルカ二四・四)とあります。途方に暮れてしまうというのが、この言葉です。

さらにパウロが書いた手紙の中にも、二箇所出てきます。「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず」(Ⅱコリント四・八)。「できることなら、わたしは今あなたがたのもとに居合わせ、語調を変えて話したい。あなたがたのことで途方に暮れているからです。」(ガラテヤ四・二〇)。

このように新約聖書の中でのこの言葉の用例を見ていきますと、「調査の方法が分からなかった」というのは少し弱い感じがします。「途方に暮れる」「確信が持てない」「悩む」「当惑する」と訳した方がよいのではないかと思います。フェストゥスは、この裁判の根っこにあるのはイエス・キリストの復活だということはわかった。そこまではよかった。しかし復活をめぐって途方に暮れてしまったのです。

特にフェストゥスの立場上、皇帝に上訴されてしまったので、皇帝に事情を説明する手紙を書かなければならないわけです。「しかし、この者について確実なことは、何も陛下に書き送ることができません。そこで、諸君の前に、特にアグリッパ王、貴下の前に彼を引き出しました。よく取り調べてから、何か書き送るようにしたいのです。」(二六節)。そこでフェストゥスも困ってしまって、途方に暮れてしまって、アグリッパ王に助けを求めているのです。

フェストゥスもそうだったように、かつて信仰を持つ前の私たちも同じであったかもしれません。教会ではイエス・キリストの復活が信じられているらしい。なかなか信じ難いことだ。そのようにして、イエス・キリストの復活を前にして、途方に暮れてしまうような経験をされた方もあるかもしれません。

確かにイエス・キリストの復活は調べようのないことです。調査方法と言って、何か良い方法が思い浮かぶでしょうか。復活について、いくら説明を聞いたとしても、それで復活が分かることにはなりません。牧師も復活を説明することはできますが、誰もが納得する形で証明することはできません。この永遠の難題にもしも調査をしようとするならば、行き着く先はフェストゥスです。途方に暮れる以外にない。

そのことは、本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書のコヘレトの言葉が言っている通りです。「わたしは知恵を深めてこの地上に起こることを見極めようと心を尽くし、昼も夜も眠らずに努め、神のすべての業を観察した。まことに、太陽の下に起こるすべてのことを悟ることは、人間にはできない。人間がどんなに労苦し追求しても、悟ることはできず、賢者がそれを知ったと言おうとも、彼も悟ってはいない。」(コヘレト八・一六~一七)。

復活は調査や説明ではない。それでは復活をどう受け止めればよいのでしょうか。たった一つの道があります。それは信じることです。復活を合理的に理解することも証明することもできなかったとしても、信じることならば、誰にでもすることができることです。

復活を信じるのは非常に単純なことです。もしかすると単純すぎて信じることができない方もあるかもしれません。二千年前に主イエスがお甦りになられた、それだけではなく、今も生きて働いておられることを信じるのです。今も主イエスが私たちと共におられ、私たちに働きかけてくださることを信じる。それが復活の信仰です。

先ほどお読みした使徒言行録第二三章一一節に、「その夜、主はパウロのそばに立って言われた。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」」(二三・一一)とありました。主とは主イエスのことです。主イエスが生きておられ、パウロに働きかけてくださる。主イエスの復活がなかったとしたら、このようなことは起こり得ません。復活を信じるとは、パウロのように、自分にも主イエスが働いてくださることを信じることです。

使徒言行録から御言葉を聴くのは、残すところあとわずかになりました。昨年の五月より始めましたが、今年の八月の中旬に終わる予定です。およそ一年数か月の年月でありました。使徒言行録の前は、ルカによる福音書から御言葉を聴いてきました。ルカによる福音書から御言葉を聴く目的は、「イエスというお方は一体どなたなのか」、そのことをはっきりと聴き取りたいと願ったからです。私たちに救い主である主イエスが、本当に救い主なのだ、今も生きて働いておられる方なのだということを、改めて知りたいと願ったのです。

ルカによる福音書に続いて使徒言行録から御言葉を聴いてきましたが、使徒言行録から御言葉を聴く目的は何だったのか。それは「教会とは一体何か」ということです。使徒言行録では、主イエスが天に上げられるところから話が始まっています。その後、聖霊が注がれて教会が誕生します。教会の最初期の話が記されています。教会とは何かが分かる。そろそろ終盤ですから、「教会とは何か」、その答えにたどり着けそうです。その答えとは何か。教会は建物ではありません。会堂建築の話など、使徒言行録には記されていません。エルサレムの神殿や、野外や、有力者の家に皆が集まりました。教会は建物ではない。そうではなく、「教会とは人」です。イエス・キリストを信じる者たち、その者たちが集まって教会になる。それが答えです。

今日の聖書箇所の二四節にこうあります。「アグリッパ王、ならびに列席の諸君、この男を御覧なさい。ユダヤ人がこぞってもう生かしておくべきではないと叫び、エルサレムでもこの地でもわたしに訴え出ているのは、この男のことです。」(二四節)。この男を見よ、とフェストゥスが言っています。この人が例のパウロだ、裁判にかけられている張本人だ。イエス・キリストの復活が争点になっている、その張本人であるこの人を見よ、と言っているわけです。

使徒言行録から御言葉を聴いてきましたが、使徒言行録はいつも主イエスの復活をめぐる話になっています。しかし使徒言行録を書いたルカは、復活の説明は特にしていません。教会が建てられていく論理を説明していません。そうではなく、復活を信じる者たちがいた。信仰者たちがいた。その者たちが集った教会があった。そのことを伝えているのです。

その信仰者たちによって復活が伝えられていきます。パウロもその一人です。パウロと接すれば、信仰者と接すれば、復活が分かってくる。そのようにして復活を信じる者たちが起こされる。その者たちが集まって教会になっていく。教会とはまさにそういうものです。

もしも私たちが誰かに対して伝道をしたい、あの人に信仰を伝えたいと思うのならば、少し俗な言い方ですが一番手っ取り早い方法は、その人を教会に連れてくることです。教会に連れてくることができなくても、少なくとも信仰者との交わりの中に置かれることが重要です。いくら本を読んでも、一人だけで聖書を読んでも復活は分からないと思います。いくら牧師から説明を聞いたとしても、分からないと思います。そうではなく、信じている者との交わりの中から伝えられていくのです。

私たちは信仰者になりました。不思議なことかもしれませんが、私たちはイエス・キリストの復活を信じています。今も生きて働いてくださる主イエスを信じています。老いも若きも、男も女も、変わるところはありません。

信仰生活を何十年も続けて来られた方々がおられます。体の衰えから、教会にだんだんと来られなくなるかもしれません。しかしそのような方から、時々、お手紙をいただくことがあります。信仰を持って歩んで来て、本当によかった。体の力は衰えたとしても、力強い信仰の歩みを綴って来てくださり、私も励まされます。イエス・キリストが復活されていないならば、考えられないことです。若い方もそうです。それぞれに悩みや課題を抱えている。様々なことに格闘をしながら、復活の主イエスと共に歩み、力を得て、なんとかそれぞれの道を歩んでおられる。

それが教会です。イエス・キリストの復活が染みわたっているところ。香りが満ちているところ。味わうことができるところ。見ることができるところ。それが教会なのです。

先日、南信分区の教師会が行われました。その中で、「自分の教会がどういう教会であって欲しいか」、理想の教会をみんなで話し合う時間がありました。他の牧師たちが口々にこうあって欲しいということが語られました。私の番になって、私はこう答えました。「皆が牧師である、そんな教会になって欲しい」。

これもまた、本当に単純なことです。皆さんに講壇に立って、説教を語ってくれと言っているのではありません。そうではなく、神の言葉を聴いた者たちが、復活されたイエス・キリストを体現する者になって欲しいと思っているのです。難しいことではありません。イエス・キリストは今でも生きて働いておられます。「イエスさまってこういうお方、私はそのお方を信じている、あなたも信じてごらん、教会に来てごらん」。いろいろな表し方はあります。私たちそれぞれに、イエス・キリストを証しする道を神が備えてくださるのです。