松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年5月4日(日)
説教題「私の願いではなく、御心のままに」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第21章1〜16節

わたしたちは人々に別れを告げて船出し、コス島に直航した。翌日ロドス島に着き、そこからパタラに渡り、フェニキアに行く船を見つけたので、それに乗って出発した。やがてキプロス島が見えてきたが、それを左にして通り過ぎ、シリア州に向かって船旅を続けてティルスの港に着いた。ここで船は、荷物を陸揚げすることになっていたのである。わたしたちは弟子たちを探し出して、そこに七日間泊まった。彼らは“霊”に動かされ、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った。しかし、滞在期間が過ぎたとき、わたしたちはそこを去って旅を続けることにした。彼らは皆、妻や子供を連れて、町外れまで見送りに来てくれた。そして、共に浜辺にひざまずいて祈り、互いに別れの挨拶を交わし、わたしたちは船に乗り込み、彼らは自分の家に戻って行った。わたしたちは、ティルスから航海を続けてプトレマイスに着き、兄弟たちに挨拶して、彼らのところで一日を過ごした。翌日そこをたってカイサリアに赴き、例の七人の一人である福音宣教者フィリポの家に行き、そこに泊まった。この人には預言をする四人の未婚の娘がいた。幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガボという預言する者が下って来た。そして、わたしたちのところに来て、パウロの帯を取り、それで自分の手足を縛って言った。「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に引き渡す。』」わたしたちはこれを聞き、土地の人と一緒になって、エルサレムへは上らないようにと、パウロにしきりに頼んだ。そのとき、パウロは答えた。「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」パウロがわたしたちの勧めを聞き入れようとしないので、わたしたちは、「主の御心が行われますように」と言って、口をつぐんだ。数日たって、わたしたちは旅の準備をしてエルサレムに上った。カイサリアの弟子たちも数人同行して、わたしたちがムナソンという人の家に泊まれるように案内してくれた。ムナソンは、キプロス島の出身で、ずっと以前から弟子であった。

旧約聖書: ヨナ書 第1章1~16節

使徒パウロの第三回目の伝道旅行も、本日、私たちに与えられた使徒言行録の箇所で終わりになります。第三回目の旅行はかなり前に始まっていました。遠くまで足を延ばすことになり、いろいろなところに行き、長旅になっていました。その旅行も、もう終わりです。目的地であったエルサレムに到着したのです。

もっともパウロはいつでも旅行をしていたと言った方がよいのかもしれません。パウロの自宅はどこだったのか。定住地を定めていたわけではありませんので、はっきり言うことはできません。アンティオキア教会から派遣されていましたので、アンティオキアが定住地かと思いきや、旅行を終えてそこへ帰るわけでもありません。ですからパウロはいつでも旅行をしていた。第一回目、第二回目、第三回目などと区切る方がおかしいのかもしれませんが、一応、第三回目の伝道旅行がエルサレムに到着したところで終わるわけです。

実際の旅順に関しては、聖書の後ろの地図に載せられています。拡大コピーをしてくださった方があり、教会にもその地図が貼られています。今、貼られているのは地図の8番でありまして、「パウロの宣教旅行2,3」というタイトルが付けられています。今日をもって、その地図を張り替えなければなりませんが、次に貼られる地図が9番の地図、「パウロのローマへの旅」の地図です。

パウロは今までの旅行は、すべて自分の意志で行くことができました。自分の意志と言ったら誤解が生じるかもしれませんが、神の導きによる自分の意志です。けれども地図の9番が始まる頃には、パウロは自由を奪われていました。エルサレムに到着するやいなや、騒動に巻き込まれます。裁判になりますが、ローマ皇帝に上訴をすることになり、ローマへ旅をしなければならなくなります。不自由な中での、文字通り縛られての旅行ということになります。

本日、私たちに与えられた聖書の箇所は、エルサレムに到着する直前の話ということになります。エルサレムに到着するにあたり、困難な目に遭うことが、あらかじめ分かっていたところがありました。パウロ自身もそのことを分かっていましたし、周りの者たちもやはりそのことが分かっているところがありました。パウロのエルサレム行きをめぐって、いろいろなことが起こったわけです。

そのいろいろなことが、本日の聖書箇所に書かれているわけですが、パウロや周りの人たちはどのように行動したのでしょうか。使徒言行録は、何と言っても聖霊の働きです。その聖霊の働きを受けた人たちがどのように行動をしたのか。そのことがここに書かれています。

私たち信仰者は、神の導きを受けていると信じています。神の導きとは、もっとはっきり言えば、聖霊の働きによると考えるわけです。聖霊、神の霊に私たちは導かれている。例えば、私が神を信じるようになった、それも聖霊の働きです。祈り一つを取っても、祈ることができた、祈る言葉が与えられた、それも聖霊の働きです。聖書を開いて読んでみる、そこに書かれていることが分かった、それも聖霊の働きです。教会に行って説教を聴いて、その説教が分かった、それも聖霊の働きです。今日、教会に来ることができた、それも聖霊の働きです。私たちはそのように信じているのです。私たちが確かに考え、行動したかもしれないけれども、すべてが聖霊の導きによってなされたことであると信じているのです。

聖霊、霊は目には見ることができません。霊という言葉ですが、聖書の元の言葉であるギリシア語でもヘブライ語でも、霊という意味だけではなく、風、息という意味もあります。実際に聖書の中でも「風」「息」と訳している箇所もあります。霊は目には見えません。風も息もそうです。しかし見えなくとも、私たちの体で感じることはできます。同じように、神の働きも目で見ることはできなくても、感じ取ることはできるのです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所の中に、聖霊、霊という言葉が出てきます。先週、私たちに与えられた聖書の箇所は一つ前の箇所になりますが、やはりここにも聖霊、霊という言葉が出てきます。その箇所も含めて考えてみたいと思います。

まずは先週の聖書箇所になりますが、第二〇章二二節をご覧ください。「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます」とパウロが言っています。聖霊という言葉は、元のギリシア語では「聖なる」という言葉と「霊」という言葉がくっついたものになるわけですが、この箇所では「聖なる」という言葉はなく、単純に「霊」という言葉だけです。しかし新共同訳聖書ではダブルクォーテーションマークでくくられていますので、「聖なる」という言葉がなかったとしても、これを聖霊だと理解しているわけです。

これも先週の聖書箇所になりますが、続く二三節には「聖霊」という言葉が出てきます。「ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどの町でもはっきり告げてくださっています。」(二〇・二三)。ここでははっきりと「聖霊」という言葉が使われています。つまり。パウロは聖霊の導きによってエルサレムへ行くのだ、そしてそこで困難な目に遭うに違いない、それが神の御心だと感じ取っていることになります。

それでは続けて、本日の聖書箇所に目を留めてみましょう。まずは第二一章四節です。「わたしたちは弟子たちを探し出して、そこに七日間泊まった。彼らは“霊”に動かされて、エルサレムへ行かないようにと、パウロに繰り返して言った。」(四節)。ここに出てくる弟子たちとは、ティルスの町のキリスト者たちのことですが、彼らはエルサレムに行くと危ない、そのことが分かっていました。「“霊”に動かされて」とありますが、「霊によって」「霊を通して」ということです。やはりこれも聖霊の導きであると考えなければなりませんが、彼らは聖霊の働きを受けて、パウロのエルサレム行きを阻止しようとしたのです。

さらに今日の箇所の一一節には別の町での話があります。前後の一〇~一二節をお読みいたします。「幾日か滞在していたとき、ユダヤからアガボという預言する者が下って来た。そして、わたしたちのところに来て、パウロの帯を取り、それで自分の手足を縛って言った。「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主をこのように縛って異邦人の手に引き渡す。』」わたしたちはこれを聞き、土地の人と一緒になって、エルサレムへは上らないようにと、パウロにしきりに頼んだ。」(一〇~一二節)。

これはカイサリアでの話です。エルサレムの間近です。聖霊によってはっきりと示されたことがありました。パウロが困難な目に遭うということです。今度は「わたしたち」、使徒言行録を書いたルカも含めてだと思いますが「わたしたち」もパウロのエルサレム行きを阻止しようとしたのです。つまり、パウロの周り人たちはみんな、聖霊の示しを受けて、エルサレム行きを阻止しようとしていたのです。

一方でパウロは聖霊の働きを受けてエルサレムへ行くことを決意し、他方でパウロの周りの人たちは聖霊の示しを受けてパウロのエルサレム行きを阻止しようとしました。この状況をどう考えればよいでしょうか。同じ聖霊の働きを受けていながらも、みんなが同じ方向を向いているわけではありません。みんなが同じ方向を向いているならば話は単純です。パウロがエルサレム行きの決意を固めていた。みんなもそれを応援していた。それなら話は単純なのですが、そう単純ではなかったようです。

これとまったく同じように、私たちが直面する現実も、実際にはそう単純ではありません。聖霊の働きを受けて、私もあなたも、あの人もこの人も、みんな同じ方向を向いていることなどめったにありません。同じキリスト者でも、同じ聖霊の働きを受けていたとしても、意見が違ったり、行動が違ったりしている。それが私たちも経験する実際の現実だと思います。パウロたちもそうだったのです。

そのようなときに、私たちが何よりも知るべきことは、神の御心は必ずなるということです。私たちの考えや行動が違えども、最終的には必ず神の御心が実現するのです。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は、ヨナ書です。預言者ヨナの話は、子どもたちも喜んで聴く物語です。物語としてもとても面白いのですが、私たちの信仰を養う話としても、とても興味深いと思います。

先ほどお読みした箇所は第一章のみでしたが、第一章の最初に、神の御心が示されます。「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」(ヨナ一・二)。ところがヨナは神のご命令に逆らい、人々に紛れ込んで逃げ出すのです。タルシシュ行きの船に乗ります。ニネベとは正反対の方向です。ところがその船が嵐に遭います。原因はヨナにありました。神に逆らって船に乗っていたからです。船に乗り込んでいる多国籍の人たちは、自分たちが信じている神々の名を呼び、必死に祈ります。ヨナにも祈ることが求められます。

そんなやり取りの中から、この嵐の原因がヨナにあることが知られ、人々がヨナを海に放り込むことになります。一四節にこうあります。「ついに、彼らは主に向かって叫んだ」(ヨナ一・一四)。「主」という言葉が使われていますが、彼らは自分たちの神々ではなく、ヨナの神、つまり私たちが信じている神のことですが、まことの神に祈るようになります。そして嵐が過ぎ去った後、一六節ですが「人々は大いに主を畏れ、いけにえをささげ、誓いを立てた」とあります。ここにも「主」という言葉が使われていますが、ついには神を礼拝するようになったのです。

ヨナは不信仰で最初は神の御心に逆らって行動しましたが、神はヨナの不信仰さえも用いて、御心を成していきます。第二章のところでは、海に投げ込まれてしまったヨナを大きな魚が呑み込み、ヨナは三日三晩、そこで過ごすことになります。そしてヨナが陸地に吐き出されて、仕切り直しです。第三章に入ると、また同じような言葉が神からヨナに与えられます。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」(ヨナ三・二)。ヨナは今度は神の言葉通りに歩んでいくことになります。一度は失敗してしまいましたが、ヨナは立ち直ったのです。ヨナは変わりましたが、ヨナをニネベに行かせる、その神の御心はずっと不変だったことが分かります。

本日の使徒言行録の箇所に戻りますが、聖霊の導きを受けて、一方ではパウロはエルサレムへ行く決意を固め、他方ではパウロの周りの人たちはエルサレム行きを阻止しようとしました。同じ聖霊の働きを受けながらも、違うように考え、違うように行動をしようとしたわけです。

最終的にどのような着地点に落ち着いたのでしょうか。一三~一四節にはこうあります。「そのとき、パウロは答えた。「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」パウロがわたしたちの勧めを聞き入れようとしないので、わたしたちは、「主の御心が行われますように」と言って、口をつぐんだ。」(一三~一四節)。

「御心が行われますように」、この祈りの言葉は、十字架にお架かりになる前夜の主イエスのゲツセマネの祈りを思い起こさせます。ルカによる福音書では、ゲツセマネではなくオリーブ山での祈りとなっていますが、「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」(ルカ二二・四二)と主イエスは祈られています。「御心のままに」という主イエスの祈りが、パウロの周りの者たちにも移ったことになります。みんなが主イエスの真似をして、このように祈っているのです。

私たちが最終的にたどり着くところも、ここになります。どんなことが起ころうとも、必ず最後には御心が行われる。そのことを忘れるわけにはいきません。どんな行動を取ろうとも、これが私たちの最後に据えられるべきことになります。

最近、中国で教会が破壊されたというニュースがありました。写真を観る限りでは、かなり大きな教会の建物であったようです。要するに迫害に遭ったのです。そこの教会の信者たちが、教会を破壊されないように、教会で寝泊まりして祈ったり、讃美歌を歌ったりしたようです。しかし結果的に破壊されてしまいました。

そのニュースを知り、一方では心を痛めましたが、他方ではこのような出来事があったとしても、神の御心は必ず成るという思いを新たにしました。数年前にこの教会に来られた中国の方から、中国ではキリスト者が非常に増えていることを伺いましたし、今後十年から二十年にかけて、中国が世界で一番キリスト者の多い国になることは間違いないとも言われています。近いうちに、神の祝福を最も受ける国になるかもしれません。

実際に中国の教会の方々が、聖霊の導きを受けて、どのように歩むのかは分かりません。今回のような出来事をまた何度、経験することになるのか、それもよく分かりません。いろいろなことが分かりませんが、神の御心は必ず成る。中国においても、日本においても、松本東教会においても、私たち一人一人においても、聖霊の導きを受けながら、必ず神の御心は実現するのです。