松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2014年4月20日(日)
説教題「今も続く復活の祝宴」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第20章1〜12節

この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシアに来て、そこで三か月を過ごした。パウロは、シリア州に向かって船出しようとしていたとき、彼に対するユダヤ人の陰謀があったので、マケドニア州を通って帰ることにした。同行した者は、ピロの子でベレア出身のソパトロ、テサロニケのアリスタルコとセクンド、デルベのガイオ、テモテ、それにアジア州出身のティキコとトロフィモであった。この人たちは、先に出発してトロアスでわたしたちを待っていたが、わたしたちは、除酵祭の後フィリピから船出し、五日でトロアスに来て彼らと落ち合い、七日間そこに滞在した。
週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」 そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。

旧約聖書: 列王記上 第17章17~24節

今日は主イエスがお甦りになられたイースターの祝いです。教会はイースターの祝いを大切にしてきました。それどころか、イースターの出来事があったからこそ、教会が建てられ、続いてきたと言っても過言ではありません。二千年前、主イエスの復活を宣べ伝え、それを信じた者たちが教会を建てました。その後、毎年、その祝いがなされてきました。イースターの日は最も教会らしい日であると言ってもよいと思います。その証拠に、今でも教会は日曜日に礼拝を行っています。二千年前の教会もそうでした。

本日、私たちに与えられた聖書の箇所は、使徒言行録の第二〇章の箇所です。その中に、教会の最も古い日曜日の記録が載せられています。七節に「週の初めの日」とありますが、これは日曜日のことです。日曜日に集まって礼拝を行っていました。説教が語られ、「パンを裂く」という言葉がありますが、これは聖餐のことです。説教と聖餐から成る礼拝が行われていました。

なぜ今も昔も、日曜日に礼拝が行われるのでしょうか。それは主イエス・キリストが復活をされたのが日曜日だからです。金曜日、主イエスは十字架にお架かりになり、死んで葬られました。金曜日を含めて三日目に、つまり日曜日に主イエスはお甦りになられました。だから教会はわざわざ日曜日という日を選んで、礼拝をするのです。主イエスがお甦りになられた、まことに甦られた、その祝いをしているのです。

聖書の中で、日曜日を表す言葉、「週の初めの日」という言葉は、いろいろな箇所に出てきます。今日の使徒言行録の箇所もそうですし、パウロが書いた手紙の中でも、最後のヨハネの黙示録にも出てきます。また四つの福音書の中にも出てきます。いずれも、主イエスが復活されたのが「週の初めの日」であったことがはっきりと書かれています。墓が空であったり、復活の主イエスにお会いするのが「週の初めの日」だったのです。

ですから教会は日曜日にこだわってきました。二千年前の教会の時代は、まだ日曜日は休日というわけではありませんでした。多くの人が普通に働いていた日でした。やがてローマ帝国の中で三一三年になってようやくキリスト教会の信仰が認められ、そして三二一年と言われていますが日曜日が制定されました。教会の礼拝の日として、日曜日が休日と定められたのです。しかしその前からも、教会の人たちは仕事がある、なしにかかわらず、日曜日に礼拝をし続けてきたのです。

今日のイースターの日に与えられた聖書箇所が、使徒言行録の箇所になるわけですが、内容としても、イースターの日にふさわしい聖書箇所が与えられたと思っております。

新共同訳聖書では、第二〇章一~六節と七~一二節の二つに分けられています。前半の箇所は、旅行の記録のような文章になっています。パウロの第三回目の伝道旅行の行程が記されているわけですが、地名と同行者の名前が多く記されています。後半の箇所は、トロアスという町での具体的な出来事が記されています。

特に五節に注目をしていただきたいと思いますが、「わたしたち」という言葉があります。使徒言行録の中で、時々「わたしたち」という表現が突然、現れることがあります。普段は「パウロは…」とか「ペトロは…」というように、三人称の言葉が使われるのですが、突然、「わたしたち」という一人称複数形の文章が登場するのです。

なぜそのようなことが起こるのでしょうか。以前の説教でお話をしたことがあります。ここで再び詳しくその話を繰り返すことはできません。しかし最も自然に合理的に考えるならば、この使徒言行録を書いたルカという人物を含めて「わたしたち」であると考えるべきでしょう。ルカ自身が含まれているから「わたしたち」となっている。この箇所でもおそらくそうです。

一~六節の前半部分の多くは、ルカ本人は経験しなかった。人から聞いた話を記録に留めた。しかし後半のトロアスでの出来事は、「わたしたち」になっているのですから、ルカ本人もその場に居合わせた。目撃者となった。だからトロアスでの出来事の描写は、実にリアルです。

特に後半の箇所に目を留めたいと思いますが、ここにはエウティコという名の人物が出てきます。聖書の中に出てくる人物のうち、青年の代表格のような人物です。ある教会の青年会で発行している機関誌がありますが、それは「ユテコ」というタイトルが付けられていました。かつての口語訳聖書ではエウティコではなくユテコだったからですが、聖書の中で青年と言えばこの人物です。

松本東教会での数年前のクリスマスかイースターでの祝会のときに、聖書の中の好きな人物を挙げるということが行われました。私はそのときに「エウティコ」と申し上げたのですが、ほとんどの方から、一体それは誰だという反応をされてしまいました。しかし使徒言行録のこの話だ、という説明を申し上げたところ、多くの方が「ああ、あの人か」と言われ、理解を示してくださいました。エウティコの名前は覚えていなかったかもしれないけれども、礼拝中に窓から転落した人と言えば通じるのかもしれません。

このエウティコですが、一度、聖書のこの話を聴いたら忘れることができないくらい、印象的な人物ではないかと思います。どこかおっちょこちょいな感じがします。「パウロの話が長々と続いた」(九節)とありますが、パウロの説教中についつい寝てしまったのです。彼の座っていた場所が悪く、窓から転落してしまいました。事柄は深刻でもどこかユーモラスな人物という気がします。しかし本当にそんな人物像で正しいのでしょうか。

特に考えなければならないことは、説教の冒頭でも申し上げましたが、この当時の社会では日曜日といえども休みの日ではなかったことです。ほぼみんなが一斉に休む日ではなかったのです。ローマ帝国の中でキリスト者が増えていき、キリスト教会の信仰が公認されたのが三一三年です。そして三二一年に日曜日が制定されました。礼拝を行うための休日として、制定されたのです。

使徒言行録の時代は、もちろんそれよりもはるか前の時代でありますから、日曜日のお休みはなかったのです。エウティコもおそらくこの日も普通の日として働いていました。日中、陽のあるうちは労働をして、疲れを覚えていたことでしょう。その疲れた体を引きずるようにして、なんとか礼拝へとたどり着いた。そんな状態だったのかもしれません。松本東教会でも夕礼拝を行っていますが、日中に仕事をして、なんとか夕礼拝にたどり着く、といったところでしょうか。エウティコは必死に神の言葉を求めていた青年です。しかし心は燃えても体は弱い。つい寝てしまったのです。

その結果、エウティコは三階から落下してしまいました。死んでしまったと聖書に書かれています。礼拝に出ていたみんなはびっくりしてしまいます。パウロも説教を中断せざるを得なかった。大慌てでみんな下へと降りて行きました。「起こしてみると、もう死んでいた」(九節)とあります。

ここに書かれている出来事は、ごく簡単に言ってしまえば、死んだと思われた青年が生き返ったという話になります。しかしもう少し丁寧にこの聖書箇所を味わってみたいと思います。

九節に「起こしてみると、もう死んでいた」とあります。直訳すると「死人として起こされた」となります。人々はもう死人であると見なしたわけです。一〇節にパウロの言葉として「騒ぐな。まだ生きている」とあります。これも直訳をしますと「騒ぐな、なぜなら彼の魂は彼の内にあるのだから」と言っています。まるでパウロは生きていると見なしていたような感じです。一二節に「人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた」とあります。これまた直訳しますと「彼らは(現在)生きている少年を連れてきた、そして少なからず慰められた」となります。

少し丁寧に読みましたが、エウティコは落下して死人となったわけです。しかし、一体いつ息を吹き返したのか、そのことはよく分からないのです。一二節は現在、生きている青年を連れて帰りましたので、このときは息を吹き返したのは確実ですが、息を吹き返した瞬間のことは書かれていません。いつの間にか、この青年は息を吹き返していました。一〇節にあるように、パウロが彼の上にかがみ込んだ瞬間なのか、しかしそれだと「抱きかかえて」(一〇節)というのは変です。三階に連れ帰って、礼拝を続けている中で、むくっと起き上がったのでしょうか。いつの間にか、この青年は息を吹き返していたのです。

聖書を丁寧に読んでみて一つはっきりと分かったことは、ルカがこの出来事を通して伝えようとしていることが、単なる死者の復活の出来事を伝えようとしているのではない、ということです。もしルカが死者の復活の事実そのものを伝えたいのならば、「エウティコよ、起きなさい」とパウロが言い、手を取られて起き上がるような、その瞬間を必ず書くはずです。ところがどうもそれらしい瞬間はない。それが書かれていないのは、ルカが伝えたかったことが、むしろ別のところにあるからです。ルカが伝えたいことは、神の言葉を聴き、聖餐を祝っているその教会のただ中で、生きた命がある。そのことを、この出来事を通して伝えたかったのです。

今日、私から皆様にどうしてもお伝えしたいことがあります。お伝えしたい方と言った方がよいでしょう。お名前を申し上げても、ほとんどの方がご存知ないと思いますので、ここではAさんとしたいと思います。このAさんは、ついこの前、教会で新たな生きた命が与えられた方です。

Aさんは二年ほど前に、松本東教会の礼拝に来られた方です。二度、礼拝に出られました。木曜日の求道者向けのオリーブの会にも出席をされました。年齢は伺わなかったのですが、まだお若い方でありました。信仰を強く求めておられ、聖書まで購入をされました。続けて来られるだろう、そのうちに洗礼も受けられるのではないかと思っておりましたが、ぱったりと来られなくなりました。気にはなっていましたが、新来者カードに住所などは書かれておらず、こちらから連絡の取りようもないまま、そのままになっていました。

もうほとんどその方のことを思い起こすこともなくなっている中、先々週のことになりますが、私たちの教会と親しくしております教会の牧師から電話で連絡がありました。その牧師は最初に、Aさんという方を知っているかと尋ねてきました。私はすぐにその方のことを思い出し、知っていることを申し上げました。そうするとその牧師から、Aさんの現状を知らせてくださいました。命にかかわる大きな病を得てしまい、その牧師の教会近くの病院に入院されている。そして洗礼を受けたいと申し出られた。その方と話をしている中で、今までいったことのある教会として松本東教会の名前が出てきた。それで私に連絡をしてくださったのです。

その牧師が先週の四月一三日の説教原稿を私に送って下さいました。このAさんの洗礼式が、先週その教会で行われました。病状から病床洗礼になり得る状況だったとのことですが、無事に教会の礼拝の中で洗礼式をすることができたようです。その説教を読んで知ったのですが、Aさんは二〇一二年に松本東教会を訪ねて来られた直後に病が発覚し、その後、闘病生活を続けて来られた。最終的に今の病院に入院されることになった。その病院はキリスト教主義の病院です。そんなこととは知らずに入院の手続きまでしたが、ここで洗礼を受けられる道が備えられた、そのような神の導きをAさんは感じられたそうです。そして先週の日曜日、洗礼を受け、新たな命を得ることができたのです。

死と隣り合わせの状況で、私たちにできることは少ないと思います。死がまだ先だと思っている中で、私たちは生きているところがあります。いろいろな計画を立て、備えをして生活をしています。私も少なくとも今日のイースターまでは命がある、その前提で先週一週間の生活をしました。しかし自分の命が尽きると分かったときに、一体何をするのか。たくさんのことはできません。そしてそこですることこそ、実は私たちにとって、とても重要なことだと思います。たとえこれからの先の地上の命が長かろうと短かろうと、それこそが最も重要なことだと思うのです。Aさんは洗礼を受けられた。新しい命を授かったのです。

このAさんの受洗の知らせを受けて、私は本当に嬉しく思いました。ここ最近の中でも、最も嬉しい知らせでした。本当に慰められた。励まされた。そんな思いがいたします。

本日、私たちに与えられた聖書の箇所に、「励ます」「慰める」という言葉があります。一節と二節に「励ます」、最後の一二節に「慰める」という言葉があります。聖書の元の言葉のギリシア語では同じ言葉です。私たちが本当の意味での励ましや慰めを感じるのはどういうときでしょうか。いろいろなことを言えると思います。しかし本当の励ましや慰めは、どんなことによっても、たとえ死によっても断ち切られたり、なくなったりすることのないものだと思います。トロアスの教会の人たちもそれを感じた。エウティコの出来事を通して、新しい命がここにある。本当にここにあるのだということを感じたのです。

Aさんが洗礼を受けた礼拝の説教を読んで知ったことですが、Aさんは何度も「赦されたい」と言われたのだそうです。「赦されたい。そして、神様が、赦してくださると知って、本当に嬉しい」とも言われたそうです。Aさんは赦されていることが分かった。神が赦してくださることが分かった。なぜ分かったのでしょうか。それは、主イエスがお甦りになられたからです。Aさんも洗礼を受けられるにあたり、何度も繰り返し聴くことになったでしょう。神の独り子である主イエス・キリストが私たちの罪を背負った上で死なれて、神がその主イエスを甦らせてくださった。主イエスがお甦りにならなかったとすれば、主イエスは人間の罪の重荷に押しつぶされてしまったということになりかねません。しかしそうではなく、主イエスはお甦りになってくださった。復活してくださった。私たちが赦された、そのことが分かる、これ以上の確かなしるしはないのです。

エウティコたちトロアスの教会の人たちの間にも、この命が確かに輝いていました。トロアスの三階の礼拝をしていた場には、ともし火が輝いていたとあります。暗い町の中にひときわ明るく灯っていた場所でありました。主イエスがお甦りになられたことによる、罪赦された新しい命がここにある、そういう明るさです。Aさんにもこの新しい命が与えられた。そして私たち松本東教会にもこの新しい命が与えられている。主の復活をイースター毎に、いや、日曜日毎に祝い続けている教会のただ中にいる私たちにも、この命が輝いているのです。