松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2014年3月23日(日)
説教題「深められる信仰」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第18章24節〜第19章10節

さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁家が、エフェソに来た。彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。このアポロが会堂で大胆に教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。それから、アポロがアカイア州に渡ることを望んでいたので、兄弟たちはアポロを励まし、かの地の弟子たちに彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。アポロはそこへ着くと、既に恵みによって信じていた人々を大いに助けた。彼が聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せたからである。
アポロがコリントにいたときのことである。パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下って来て、何人かの弟子に出会い、彼らに、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と言うと、彼らは、「いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」と言った。パウロが、「それなら、どんな洗礼を受けたのですか」と言うと、「ヨハネの洗礼です」と言った。そこで、パウロは言った。「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです。」人々はこれを聞いて主イエスの名によって洗礼を受けた。パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言をしたりした。この人たちは、皆で十二人ほどであった。
パウロは会堂に入って、三か月間、神の国のことについて大胆に論じ、人々を説得しようとした。しかしある者たちが、かたくなで信じようとはせず、会衆の前でこの道を非難したので、パウロは彼らから離れ、弟子たちをも退かせ、ティラノという人の講堂で毎日論じていた。このようなことが二年も続いたので、アジア州に住む者は、ユダヤ人であれギリシア人であれ、だれもが主の言葉を聞くことになった。

旧約聖書: 申命記 第8章1~10節

本日、私たちに与えられた使徒言行録の箇所から、使徒パウロの第三回目の伝道旅行に入って行きます。いや、先週の聖書箇所からすでに入っていたと言った方がよいかもしれません。正確に言いますと、今日の聖書箇所の直前の第一八章二三節からです。「パウロはしばらくここで過ごした後、また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた。」(一八・二三)。

第三回目の伝道旅行の道順は、聖書の後ろにあります地図で確認をしていただきたいと思いますが、またしてもパウロは旅に出掛けます。もう三回目ですので、出発のときの様子などは事細かく記されません。さらりと旅に出た、とだけ書かれています。もちろん旅の目的は伝道ですが、そのこともはっきりと書かれていません。

パウロは旅慣れた者になっていました。各地を回っていきます。その町にどのくらいの期間、留まるのかもよく分かりません。誰に会うことになるのかもよく分かりません。すべて神に導かれるままです。パウロの時代、パウロのように巡回をして伝道をする者がいました。それ以外に、巡回せずに定住をして伝道をする者もいました。今でいう牧師みたいな者でしょうか。私もそうですが、松本に定住をしています。それでも、誰に会うのか分からないものです。いつも顔を合わせている教会の者だけでない。まったく知らない方や、思いがけない方に会うこともあります。そうであるならば、まして巡回をしているパウロは尚更のことです。どの町に行って、誰と会うかということすら不明でした。驚きの連続だったでありましょう。

本日、私たちに与えられた聖書箇所は、第一八章と第一九章をまたいだ聖書箇所になります。二つの話が並列されています。まずは前半の箇所です。アポロという人物に関する話で始まっています。アポロというのは省略された名前で、本名はアポロニオスです。アレクサンドリアというエジプトにある町の出身で、この町は学問の町として知られていたところです。アポロも学問の修練をしてきたのだと思います。話し上手でした。雄弁家と言った方がよいかもしれません。そういう賜物を与えられた人でした。

雄弁の反対は訥弁と言います。どもってしまうことです。説教者は雄弁である方がよいのかもしれませんが、必ずしもそうとは言い切れないようです。明治の初めに日本人の牧師たちが生まれていきましたが、その中に植村正久という牧師がいます。私たちの教会の立ち上げの頃に、だいぶかかわってくださった方です。この植村正久はどちらかと言うと訥弁であったようです。説教をしている最中に、突然、言葉が詰まってしまう。あれ、先生どうしたのだろうと思っていると、力ある言葉が続いて出てくる。説教者としても名が知られている牧師です。

対照的にアポロは雄弁でした。人を惹きつける話ができたようです。会堂で大胆に教えていました。しかしこのアポロにも不十分な点があった。それが、今日の聖書箇所の前半部分の話になります。

第一九章に入ってからの後半部分の話は、パウロがエフェソに行ったときの話です。一節に「何人かの弟子に会い」と書かれていますが、弟子とはキリスト者のことです。この人たちに会ったとき、パウロは「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」(二節)と尋ねました。彼らから返ってきた答えは、「いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」(二節)というものでした。パウロは少々、面食らったところがあったかもしれません。驚いてしまったかもしれません。この人たちにも不十分な点があった。それが、後半部分の話になります。

そうなると、本日、私たちに与えられた聖書箇所は、不十分な者たちがいたけれども、その者たちがどうなっていったのか、という話であることが分かります。伝道者として、雄弁であったかもしれないけれども、不十分な点があったアポロ。そのアポロがどうなったのか。キリスト者として不十分な者たちがいたわけですが、パウロに出会い、その後どうなったのか。そのような話しが記されています。

アポロに対しては、第一八章二六節にありますように、プリスキラとアキラという二人の人物との出会いがありました。「これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。」(一八・二六)。この二人に関しては、すでに使徒言行録の中に登場しました。第一八章二節をお開きください。「ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。」(一八・二)。

二節では夫アキラの名前が先になっていますが、二六節では妻プリスキラの名前が先になっています。つまり、アポロに熱心な指導をしたのは、どちらかと言うと妻プリスキラの方だったのだと思います。この二人のおかげで、アポロの不十分だった点が補われていきました。アポロはその後、二七節にあるようにアカイア州に渡りました。具体的にはアカイア州にある町コリントに行って、伝道をしたようです。

後半部分に記されているパウロが出会った弟子たちについてはどうでしょうか。この弟子たちも不十分な点がありました。アポロとも共通していますが、ヨハネの洗礼しか受けていない。ヨハネの洗礼しか知らなかったのです。

洗礼者ヨハネとは一体誰か。少し説明を加えておいた方がよいでしょう。新約聖書の四つの福音書に、洗礼者ヨハネのことが記されていますが、主イエスに洗礼を授けた人です。主イエスだけでなく、当時の多くの人にヨルダン川という川で洗礼を授けていたようです。このヨハネの洗礼は悔い改めの洗礼でした。私の後に間もなく救い主がやって来られる。だからあなたがたは悔い改めよ。悔い改めにふさわしい実を結べと説いて、洗礼を授けていた人です。ですから洗礼者ヨハネは、主イエスが来られる前に道備えをした人であると言われています。

こう考えますと、ヨハネの洗礼だけでは不十分ということになります。パウロが第一九章四節で言っている通りです。「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです。」(一九・四)。私たちは今ではヨハネの洗礼は受けません。主イエスの名によって洗礼を受けます。主イエスの罪の赦しを知っているからです。ヨハネの洗礼は、悔い改めよ、そこまでです。悔い改めて、神の方へ向き直ったとしても、神は本当に赦してくださるのだろうか。その確信を持てないかもしれませんが、主イエスの洗礼はその確信を持てるのです。神は必ず赦してくださる。ヨハネ止まりですと、その点が何よりも不十分になるのです。

アポロにしても、パウロが出会ったキリスト者たちにしても、このような不十分な点があったのです。しかし不十分だからといって、プリスキラやアキラが、パウロがその者たちを見捨てたかというとそんなことはないのです。皆、不十分な点が補われて成長をしていきました。本日、私たちに与えられた聖書の箇所は、成長物語であります。人が成長をしていく。そのことによって教会もまた成長していく。そんな物語なのであります。

先週の月曜日、東海教区の信徒修養会という集会があり、甲府にまで出掛けて来ました。講師の先生を招き、お話を伺うことができました。もう十数年以上も一つの教会で伝道牧会を続けておられる牧師です。

その牧師はご自分の歩みを振り返って話をしてくださいました。この十数年間で牧師としてどんなことをしてきたか。お話をするにあたり、そのことを改めて考えてみたのだそうです。そうすると何もしていないことに気付いた。いや、むしろ失敗ばかりしてきた。不十分なところばかりであったことに気付かされたのだそうです。

一体どのような失敗をしたのか。具体的にこのような話をしてくださいました。その教会であるとき、九七歳にして初めて教会に来られた方があったそうです。ご家族に誰一人、キリスト者の方はいません。介護の経験のある教会員の知り合いで、その方を教会にお連れすることになりました。日曜日の午前中の礼拝はなかなか難しかったらしく、日曜日の午後に、その方のためだけに礼拝を行いました。そうすると、また来たいとのこと。何度かそのように礼拝を行うようになったのだそうです。

そんなことが続く中、牧師をはじめ、教会の人たちは、そのことをあまり深くは考えていなかったようです。まあ、その方はもう九七歳。教会に時々来て、礼拝に出られ、心のよりどころが得られ、心が安らぐならそれでいいだろう。そのように軽く考えていたようです。ご家族にもキリスト者はいないし、まさかその方が洗礼を受けるなどということはないだろう。誰もがそのように思っていたそうです。

ところが、しばらくして洗礼を受けたいと申し出られる。ご家庭の事情もありましたので、すぐには整わなかったようですが、やはり洗礼を受けたいとのこと。牧師を始め、まさかと思っていたことが実現しようとしていたのです。結局その方は九九歳で洗礼を受けました。今でも月一度、午前中の礼拝に出られているそうです。

お話をしてくださった牧師も言われていましたが、その出来事を通して、自分たちがいかに不信仰であったのか、そのことを思い知ったと言われていました。自分たちは神さまの力を見くびっていた。まさかそんなことは起こらないだろう、そう勝手に決め込んでしまっていた。そんなお話でありました。

その牧師は、ご自分の失敗談として、不十分だった点として、そのようなお話をしてくださいました。しかしそのような体験を通して、神の力を感じたからでしょう。教会は成長したのだそうです。このように考えると、私たちが成長をするとき、それは案外、不信仰や失敗の出来事から成功へと導かれるのかもしれません。人間というものは、何事もなく平穏に過ごすと、それはそれでいいのかもしれませんが、その場に留まって成長をしないという傾向があるものです。信仰が深められて成長をするのは、不十分な点が補われてのことと言えるかもしれません。

今日の聖書箇所に出てくるアポロは、この出来事の後にコリントへ行きました。コリント教会ではその後、有名な伝道者になったようです。コリントの信徒への手紙の中で、何度かアポロが登場しています。その中で一つだけ聖書箇所を挙げたいと思いますが、コリントの信徒への手紙一の第三章四~七節にこうあります。「ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」(Ⅰコリント三・四~七)。よく知られている聖書箇所だと思います。愛唱されている方もあると思います。神が成長をさせてくださると、この手紙を書いたパウロは言うのです。

コリント教会は問題の多かった教会で、コリントの信徒への手紙一の中で、たくさんの問題が取り上げられています。その最初に取りあげられている問題は分派争いが生じていたことでした。パウロ派だとか、アポロ派という派閥が形成されていたようです。そんな混乱の中にある教会に対して、パウロは語ります。確かに私パウロが植えて、アポロが水を注いだ。それぞれの役割はあったかもしれない。しかし、根本的な成長の要因は何だったか。それは神である。成長をさせてくださったのは神なのである。あなたたちも不十分な点が多々あったかもしれない。しかし神が成長をさせてくださったのである。パウロはそのように言っているのです。

コリント教会の人たちが忘れかけていた成長のことですが、成長を実感できるのは誰にとっても嬉しいことです。他人を見ていたとしても、ああ、この人は成長した。変わったと思える。それは嬉しいことだと思います。そういう自分もまた成長している。毎日自分と付き合っていますので、自分ではあまり分からないかもしれませんが、神を信じる者は日々、成長しています。

神は私たちを成長へと導いてくださるお方です。本日、私たちに合わせて与えられた申命記の箇所にも、そのようなことが書かれていました。申命記は出エジプトの旅を終えて、いよいよこれから故郷、約束の地へ入ろうとしている場面が描かれています。エジプトからは長旅でした。いろいろなところをさまよい、四〇年にわたる旅でした。なぜそのような旅をしなければならなかったのか。今日の申命記の箇所にこうありました。「あなたは、人が自分の子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを心に留めなさい。」(申命記八・五)。神は私たちを成長させることを考え、このような訓練を施されているのです。

教会の信仰によれば、神は私たちの父です。私たちは神の子にされたものです。父と子の関係には、父が子を訓練する、つまり成長させるという意味が含まれています。親は、時には優しいまなざしで見守り、時には厳しく訓練をしながら、子の成長を願っているのです。私たちの神とはそのようなお方であり、私たちはそのような神との関係の中に置かれているのです。

このことは、本日、私たちに与えられた使徒言行録の聖書箇所でもまったく同じです。アポロも、パウロの出会ったキリスト者の人々もそうでありました。パウロが植え、アポロが水を注いだかもしれません。しかし成長させてくださったのは神なのです。

今日の聖書箇所の最後のところに、パウロのその後のことが記されています。ユダヤ人の会堂で三カ月のときを過ごしました。その後、会堂を離れざるを得なくなったわけですが、ティラノという人の講堂を借りて、二年間を過ごしました。パウロとしても一生懸命、伝道をしたのです。そうこうしているうちに、その地域の人たちがみんな主の言葉を聞くことになったのです。決して皆が信じた、とは言われていません。残念ながら信じたわけではない。しかし、皆が神の言葉に触れるようになったのです。つまり少なくとも種だけは植えられたことになったのです。

その後、エフェソの町では、ある程度の伝道の成果があがったようです。使徒言行録の続きの箇所に、そのことが記されています。私たちもパウロとアポロのように、植え、水を注ぐかもしれません。しかしすべての成長の源は神です。神が成長をさせてくださる。教会の歩みは、失敗や不十分な点が多々あるかもしれませんが、それらを乗り越え、成長の歩みを続けていくことができるのです。