松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年3月16日(日)
説教題「神の責任、人間の無責任」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第18章12〜23節

ガリオンがアカイア州の地方総督であったときのことである。ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って、「この男は、律法に違反するようなしかたで神をあがめるようにと、人々を唆しております」と言った。パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって言った。「ユダヤ人諸君、これが不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、当然諸君の訴えを受理するが、問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。わたしは、そんなことの審判者になるつもりはない。」そして、彼らを法廷から追い出した。すると、群衆は会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で殴りつけた。しかし、ガリオンはそれに全く心を留めなかった。
パウロは、なおしばらくの間ここに滞在したが、やがて兄弟たちに別れを告げて、船でシリア州へ旅立った。プリスキラとアキラも同行した。パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアイで髪を切った。一行がエフェソに到着したとき、パウロは二人をそこに残して自分だけ会堂に入り、ユダヤ人と論じ合った。人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断り、「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って別れを告げ、エフェソから船出した。 カイサリアに到着して、教会に挨拶をするためにエルサレムへ上り、アンティオキアに下った。パウロはしばらくここで過ごした後、また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた。

旧約聖書: イザヤ書 第46章1~4節

一昨日の金曜日、この教会員の最年長であった方が召されました。九六歳でした。実は召される金曜日の二日前の水曜日に、この方のところに聖餐の訪問にいったばかりでありました。そのわずか二日後のことであり、知らせを受けたときは大変に驚きました。ご家族の方ももちろんそうでありました。昨日の土曜日に前夜式を行いました。そして今日は日曜日で慌ただしくなってしまうかもしれませんが、午後に葬儀を行うことになっています。

葬儀は牧師である私が司式をいたします。一昨日も私とご家族の方と葬儀社の方の三者でいろいろと打ち合わせをしました。葬儀社も様々な協力をしてくださいますが、基本的に司式は私が全部いたします。しかし本当のところ、牧師にできることは少ないのです。仏式の葬儀の場合、お坊さんや僧侶のことを導師と言うことがあります。引導を渡すなどという言葉がありますが、召された方が成仏できるように、導師がそのことに責任を持つのです。

しかし牧師はそうではありません。引導を渡すようなこと、つまり救いに導くなどということはしませんし、できることでもありません。その点に関しては何もできません。でも九六歳で召された方は、洗礼を受けてキリスト者でありました。一九四八年のことになりますが、植村環牧師の司式によって洗礼を受けておられた方でした。この方は洗礼を受けてすでに救われている。そういう方なのです。牧師の私として、救いに関しては特に何も付け加える必要がない。一昨日の打ち合わせのときも、お供え物はしなくてよいのかということを聞かれましたが、お供え物もなくてよいのです。私たちの手で、故人に何かを持たせてやることもできないし、必要もないことです。神にすべてを委ねて、葬りの礼拝を行うのです。

もちろん、私も金曜日から今日に至るまで、葬儀のための準備で忙しくしておりました。そんな忙しさやせわしなさがあったわけですが、ある意味では安心感があります。この方の救いはもう保証されているという安心感です。私たち人間の手ではどうすることもできないゆえに、神にお任せをせざるを得ない安心感です。そんな安心感を抱いて葬儀の司式をするなんて無責任ではないかと、私は言われてしまうかもしれません。でもそれが人間の限界なのです。そして逆に、限界を知っている人間は神に委ねることができる。その人間の姿こそ、本当の人間としてのあるべき姿なのです。

聖書を読んでいると、示されることがたくさんあります。神がどのようなお方なのか、何をしてくださったのかということに始まり、救い主であるイエス・キリストはどのようなお方か、神の愛とは何か、救いとはどういうことか、など、実にたくさんのことを知ることができます。

そしてそれと同時に示されることは、私たちが人間であるということです。神ではなく、神によって造られた人間であるこということ。そして人間としてどのようにあるべきなのか、そのことも聖書を読んでいると示される大切なことの一つです。

聖書が伝える最初の人間は、旧約聖書の創世記に書かれている通り、アダムとエバでありました。この二人は、蛇からの誘惑の結果、神が取って食べるなと言われた善悪の知識の木から実を取って食べてしまいました。この話からいろいろなことを受け取ることができますが、ここでは蛇の誘惑の言葉に注目をしてみたいと思います。蛇は何と言って誘惑をしてきたか。その木の実を食べると、神のようになれる。そう誘惑をしてきたのです。その言葉にそそのかされて、結局は食べてしまったのです。

アダムとエバが犯してしまった過ちがここにあります。人間でありながら、神のようになる。本来の人間であることをやめてしまった。人間の領分を超えてしまった。つまり、できないことをしようとする、すべきでないことをしようとする。そして当然の結果ですが、失敗してしまう。人間はそうなってしまったのです。そこに、人間としての苦しみが生まれてきます。聖書はそのように私たちに言っているのです。

本日、私たちに与えられた使徒言行録の聖書箇所には、ガリオンとパウロという二人の人物が出てきます。二人とももちろん人間です。そして対照的な二人でもあります。この二人を対比させて考えたいと思いますが、まずはガリオンについて見ていきましょう。ガリオンという人物に関しては、聖書以外の記録がたくさん残されています。その記録を見ると、結構いろいろなことが分かっている、そんな人物です。

ガリオンはアカイア州の地方総督に就任しました。ある碑文の記録から、正確な日付を知ることができ、紀元五一年から五二年にかけての一年間だったようです。その期間にパウロとのこんな出来事があったわけです。このガリオンという人はスペイン出身で、あるときにルキウス・ユリウス・ガリオという人の養子となり、ガリオンと以後、名乗るようになりました。ガリオンの兄弟に、哲学者のセネカという有名な人物がいました。しかし皇帝のネロからセネカは嫌疑をかけられてしまい、自殺を強要され、殺されてしまいます。ほどなくしてガリオンも殺されることになってしまいます。

そんな波瀾万丈の人生を送ったガリオンですが、聖書にはもちろんそんなことは書かれていません。使徒言行録を書いたルカも、ガリオンのことはよく知っていたと思いますが、そんなことには関心を寄せません。聖書に書かれているガリオンの態度は、どこかそっけない、そんな印象を受けると思います。

特に一四~一五節にかけて、ガリオンのこのような様子が記されています。「パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって言った。「ユダヤ人諸君、これが不正な行為とか悪質な犯罪とかであるならば、当然諸君の訴えを受理するが、問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。わたしは、そんなことの審判者になるつもりはない。」」(一八・一四~一五)。そっけないような感じがしますが、しかしガリオンが言っていることは、もっともなことです。政治家として自分ができること、すべきことを言っているにすぎません。

さらに一七節にこうあります。「すると、群衆は会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で殴りつけた。しかし、ガリオンはそれに全く心を留めなかった。」(一七節)。ソステネという人物が出てきます。コリントの町にあったユダヤ人のための会堂の会堂長です。そしてコリントの信徒への手紙の冒頭に、ソステネが登場しています。「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ…」(Ⅰコリント一・一~二)。

この二つの記述を結び合わせて考えると、このようになります。ソステネは最初、ユダヤ人の会堂の会堂長でした。しかし前任の会堂長クリスポという人物もキリスト者になりました(一八・八)。このソステネも同じ会堂長でしたが、やはり同じようにキリスト者になった。そしてコリントの信徒への手紙一では、パウロと連名で手紙を送るようになっていたのです。

そんなソステネが殴られるということが書かれています。ガリオンは何もしなかった。気にも留めなかった。政治家としていかがなものかと思わないでもありません。しかしたとえガリオンが率先してこの問題の対処に当たったとしてもどうでしょうか。うまく解決させることができたでしょうか。あるいは火に油を注ぐような事態を招かなかったでしょうか。ガリオンも人間です。できることは限られています。そっけない態度を取りましたが、ガリオンの力にも限界があるのです。

政治決着などという言葉があります。最近、時々聞かれる言葉ではないかと思います。政治の力で物事を決着させること。具体的には、政治家のトップのような人物が決断をして、その決断の通りにしていこうということです。

教会の歴史でも、そのような出来事は確かにありました。政治決着などという言葉はもちろんそのときにはありませんでしたが、政治決着のようなことは何度もなされてきました。例えば、教会が混乱をする。意見の対立が生じる。困難な時を迎える。そこで皇帝が登場する。皇帝の意向に沿って、物事を決めて、混乱を収拾しようとする。そんなことが試みられたこともありました。しかしそれでうまくいったかと言うと、決してそうではありませんでした。政治決着がなされた直後は一見、平和になったように見えたかもしれません。しかし問題の根本的なことが解決をされていたわけではありませんでした。やはりうまくいかなかったのです。

しかしそうだからと言って、政治家にお出ましをいただかない。当事者たちだけで解決を図ろうとしても、やはりうまくいかないのです。当事者たちも人間です。うまく問題を収拾させることができない。そこに人間の限界があります。残念ながら人間はそのような営みを続けてきたのです。

一方でガリオンのそのような姿が描かれるのに対して、他方で対照的なパウロの様子も、一八節以下に描かれています。コリントでの滞在を終えて、一八節以下の記述が始まっていきます。今日の後半部分です。

一八節の後半のところに、こんな記述があります。「パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアイで髪を切った。」(一八節)。パウロが髪を切ったとありますが、髪を剃ったという意味です。なぜこのようなことをしたのでしょうか。旧約聖書に時々ナジル人と呼ばれる人が出てきます。そのナジル人は、神に対して誓願を立てる。何らかの誓いをするわけです。そしてその誓願期間中、頭に剃刀をあてない。つまり髪を切らないということをしたのです。

パウロもユダヤ人としての習慣に従い、このときそうしていたと考えることができます。しかしルカは残念ながら、パウロの誓願の内容を教えてくれません。パウロは一体どのような誓願をしていたのか、どのような誓いを立てていたのか。その内容は分かりませんが、何らかの誓願があった。その誓願期間が満了したのか、あるいはその誓願内容が叶ったのか、パウロはケンクレアイという町で、髪を剃ることになったのです。

誓願期間が終わると、エルサレムに行き、感謝を献げる、それが慣例になっていました。だからパウロはエルサレムへの旅を急いだのです。エフェソで教会の人たちが引き留めたにもかかわらず、パウロはそれを断り、エルサレムへ急ぎました。このときパウロは第二回目の伝道旅行の途中でした。コリントからエフェソを通り、急ぎエルサレムに行き、アンティオキアへ戻る。そして第三回目の旅を始める。そのようなことが、今日の聖書箇所に書かれています。

そんなパウロの行動から分かってくることは、パウロが「神の御心」を重んじたということです。二一節にこうあります。「神の御心ならば、また戻って来ます」(二一節)。「神の御心ならば」とは、「神がお望みならば」ということです。パウロはガリオンの心に従うのではもちろんない。ユダヤ人たちの心に従うのでもない。エフェソ教会の人たちの心に従うのでもない。そして自分の心に従うのでもない。そうではなくて、神の御心に従うのです。神がそうお望みであるならば、必ずそれが実現する。逆に神がそうお望みでないならば、必ずそれは実現しない。パウロはそう信じて歩んでいたのです。

政治家や人間同士が決着させようとしても、私たちは人間であります。必ず人間としての限界があります。まして自分の力で何とかしようとしても、それも限界があります。必ず壁にぶつかります。神の御心ならばそうなるし、神の御心でなければそうならないからです。私たちがいくらがんばってみたところで、人間としての領分があるのですから、できないこと、限界があるのです。それをわきまえて行動をする。それがキリスト者としての生き方になります。

エフェソ教会の人たちは、もっとパウロにいて欲しかったようです。「人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロはそれを断り、「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って別れを告げ、エフェソから船出した。」(二〇~二一節)。パウロははっきりと断りました。神の御心を重んじたからです。しかしその後、早速、エフェソ行きが叶うことになりました。それが第一九章から始まる記述です。神の御心によって、それが叶ったのです。

私たちも御心を問いつつ、歩むことができます。私たちはできることをする、すべきことをする、それでよいのです。限界のある私たちです。後はすべてを神に委ねて生きることができます。神のようになるのではない。本当に人間らしい歩みの中に、本物の幸いがあるのです。このようにしたとき、最も人間らしく、神と向き合った生き方をすることができるのです。