松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2014年2月9日(日)
説教題「確信を持って生きる」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第16章6〜15節

さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。
わたしたちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスの港に着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。安息日に町の門を出て、祈りの場所があると思われる川岸に行った。そして、わたしたちもそこに座って、集まっていた婦人たちに話をした。ティアティラ市出身の紫布を商う人で、神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。

旧約聖書: 詩編 第27編

説教の冒頭から私事で恐縮ですが、私は先週の金曜日から土曜日にかけて、風邪を引いてしまいました。今はだいぶよくなりましたが、少しその症状が残っています。先週の中頃から少し調子が悪かったのですが、金曜日のお昼過ぎから発熱し、病院へ行きました。土曜日にももう一度、検査をしましたが、幸いインフルエンザではありませんでした。私はあまり風邪は引かないほうですが、それでもやはり人間は弱いものです。

そんなこともあり、金曜日から土曜日にかけて、自分がやろうと思っていたことがあまりよくできない経験をしました。おまけに昨日は大雪のため、雪かきです。あれをしたい、これをしようと思っていても、うまくいかないときが多々あります。皆さまも同じ経験をなさっていると思います。

なぜ説教の最初にこんな私事から始めたのか。それは、本日、私たちに与えられた使徒言行録の聖書箇所に、そのようなことが記されているからです。パウロたちは、このとき第二回目の伝道旅行を開始していました。先週の聖書箇所になりますが、パウロはバルナバとけんか別れをして、別々に出発をすることになりました。バルナバとはそうなってしまいましたけれども、若き伝道者テモテを仲間に加えることができました。パウロとしても、さあ、これから大いに伝道をしようと意気込んでいたことでしょう。

ところが、六節から八節にかけて、こうあります。「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。」(六~八節)。少なくとも二回、伝道の計画が挫折をしたことが分かります。「聖霊から禁じられた」、「イエスの霊がそれを許さなかった」と書かれている通り、神がそうお望みにはならなかった。そのことがはっきりとした。あっちへ行っても、こっちへ行っても、うまくいかない。そんなことが起こったのです。

聖書の後ろに地図をお持ちの方は、地図の八番を開いてみていただきたいと思います。この地図には、第二回目と第三回目の伝道旅行の道順が載せられています。太線の方が第二回目です。アンティオキアを出発し、その後、イコニオンからトロアスへ向かっています。今日の聖書箇所を地図で表すとそうなります。直線で書かれていますが、実際はそんなことはなかったのです。あっちへ行き、でもうまくいかず、こっちへ行き、でもやはりうまくいかない。線で表したら、かなり入り組んだ感じになるのではないかと思います。伝道をしようと心を高くあげてみたけれども、うまくいかなかったのです。

なぜうまくいかなかったのでしょうか。はっきりとは分かりません。しかし他の聖書箇所から、推測することができます。まずは、ガラテヤの信徒への手紙第四章一三節をお開きください。こうあります。「知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。」(ガラテヤ四・一三)。あっちへ行き、こっちへ行きということをやっていたとき、パウロはガラテヤ地方も通ったのです。そのガラテヤ伝道は、パウロの体が弱くなったことがきっかけでなされたということが記されています。先週の私のように、もっと深刻だったと思いますが、パウロが病気だったので、うまくいかなかったと考えられます。

さらに、コリントの信徒への手紙二第一二章七~一〇節にはこうあります。「それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(Ⅱコリント一二・七~一〇節)。

ここに、とげという言葉が出てきます。多くの人は、これが病気であったと考えます。パウロは持病を抱えていたのではないか、と考えるのです。その持病が悪化してしまって、どうもうまくいかない。そんな状況に陥ってしまった。何をやってもうまくいかなかったのです。

しかしそのときに、一つの道が示された。ついにヨーロッパ大陸へ、福音が宣べ伝えられることになったのです。一行はトロアスに到着します。今でいうトルコの港町です。まだこちらはアジアです。何をやってもうまくいかず、ついにアジアの一番、端っこにまで来てしまった。目の前は海。どうしてよいか分からない状況でした。

そんな中、パウロは幻を見ます。夢と考えてよいでしょう。九節にこうあります。「その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。」(九節)。たった一人のマケドニア人が、パウロに「わたしたちを助けてください」と訴える。そういう幻を見る。その幻を見たとき、パウロは今までうまくいかなかったのがなぜだったのか、そのことがよく分かったのです。一〇節にこうあります。「パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。」(一〇節)。大陸のこちら側ではなく、海を渡って伝道をすることが、神の御心であると分かった。迷いの中にあったのが、確信するに至ったのです。

今日の説教の説教題を、「確信を持って歩む」と付けました。確信です。聖書には確信という言葉が多く使われています。調べましたが、新共同訳聖書では、全部で四二回も使われています。確信と似たような言葉である自信という言葉、これは新共同訳聖書では、たった二回だけです。旧約聖書の箴言に二回、使われているのみです。聖書は自信ではなく、確信を強調します。

数週間前だと思いますが、信仰の初歩的なことを学ぶことができるオリーブの会で、自信についての話が出ました。自分に自信が持てない、自信がない。どうやったら自信を持って生きることができるのか、という話です。みんなでそのことをめぐって考えて、話し合ったのですが、そこで私が話したことも、やはり自信と確信についての違いです。自信というのは、その漢字が表わしている通り、自分を信じるということです。しかし私たち人間は弱い。パウロも、私も、皆さんご自身もやはり弱いのです。そんな私たちですから、自分に自信は持たない方が賢明です。なぜなら、私たちが必ず倒れるときがやって来るからです。

しかし確信ならば話は別です。確信は、自分に確信を持たなくてもよいのです。揺れ動かない何かに対して確信を持っていればよいからです。うまくいかないとき、自信が持てないとき、ある出来事を通して、確信を得た。それが今日、私たちに与えられた話なのです。パウロたちの方向性が定まりました。海を渡り、いよいよギリシア、ヨーロッパでの伝道が始まるのです。

ところで、一〇節に「わたしたち」という言葉があります。改めてお読みします。「パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。」(一〇節)。

幻を見たのはパウロです。しかしすぐに出発したのは「わたしたち」です。ここからいきなり「わたしたち」に変わっています。六節をご覧ください。「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので…」(六節)とあります。ここでは「わたしたち」ではありません。一〇節で突然、「わたしたち」になり、一七節まで続きます。一八節以降は、また元に戻ります。しばらくそれが続き、第二〇章五節でまた再開されます。「この人たちは、先に出発してトロアスでわたしたちを待っていたが、わたしたちは、除酵祭の後フィリピから船出し、五日でトロアスに来て彼らと落ち合い、七日間そこに滞在した。」(二〇・五~六)。ここではトロアスとフィリピという、今日の聖書箇所とまったく同じ場所が出てきます。その他にも、第二一章、第二七~二八章にも同じ「わたしたち」と書かれている箇所が存在します。

このように、なぜ、いきなり「わたしたち」が出てくるのでしょうか。様々な説があります。使徒言行録はルカが書きました。ルカは自分が見聞きしたことだけでなく、いろいろな資料を用いて書いたようです。その資料の中の一つが「わたしたち」になっていた。だからうっかりそのままルカが写してしまったので、「わたしたち」が出てきているのではないかと考える人もいます。

しかしおそらくそうではないと思います。ルカは入念にいろいろと調べ上げ、ルカによる福音書と使徒言行録を書きました。だからうっかりそのまま残してしまったという可能性は低いと思います。それではどうしてなのか。それはおそらく、ルカ本人がこのとき一行に加えられたからだと思います。ルカはトロアスやフィリピに関係する人だったのでしょうか。ルカ本人が加わったので、ルカ本人も加え、「わたしたち」になったではないかと思います。

一〇節をもう一度、丁寧に読んでみますと、確かに幻を見たのはパウロ一人です。しかし確信を得たのは「わたしたち」です。パウロが幻を見たことにより、まずはパウロが確信を得ました。そしてそのことを周りの人たちにも伝え、その確信が移っていったのです。

そのようにして、ついに海を渡りました。ギリシアへ、ヨーロッパに至ったのです。一一~一二節にかけて、こうあります。「わたしたちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスの港に着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民都市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。」(一一~一二節)。向かった先は、フィリピという町です。フィリピはローマ軍の退役軍人の町として作られました。ローマとのつながりも非常に深かったようです。

フィリピの町にはユダヤ人たちもいたようですが、おそらく礼拝するための会堂はありませんでした。川岸に祈りの場があります。安息日になるのを待って、パウロたちはまずそこへと出掛けて行きます。ユダヤ人伝道から始めるのです。

そこで、リディアという女性に出会いました。この人は紫布商人であったようです。紫布とは、当時ではとても高価なものです。裕福な商人であり、家も大きかったのだと思います。一四節にある通り、パウロが語っているのを聞くと、神がリディアの心を開いてくださいました。「主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。」(一四節)。ひと言も聞き漏らすまいと思ったのでしょう。

このリディアという人も、強い確信を持った人です。一五節にこうあります。「そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。」(一五節)。無理に承知させたとありますが、これはパウロが嫌がっているのに、無理やり泊まってもらったということではありません。むしろ、注意深く話を聞いたくらいですから、もっと御言葉を、もっと神の言葉を聞きたいと思ったのでしょう。だから泊まってくれと言った。この人もこのとき確信を得たのです。パウロたちもまた、海を渡り、最初に行ったフィリピの町で、このような確信を持った女性と出会った。ああ、自分は海を渡ってはるばるここにまで来てよかった、そう思ったでしょう。パウロたちもますます確信を深めていったのです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所で、前半のところではパウロたちが何をやってもうまくいかず、もがき苦しんでいる状態でした。病だったのでしょう。ところが、マケドニア人の幻を見て以来、確信を持つことができるようになった。そしてその確信が広がっていっている。本日の聖書箇所には、そのような話が記されています。確信を得ていった人たちの話。そして確信を深めていった人たちの話です。

私たちも同じように、確信を得ることができるでしょうか。私たちの確信とは何でしょうか。あなたの確信は何ですか、そう聞かれたらどう答えるでしょうか。確信という言葉が、聖書の中でたくさん用いられているという話をしました。全部を挙げるわけにはいきませんが、その中の三つだけを取りあげたいと思います。そのまま聞いていただければと思います。「神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。」(ローマ 四・二一)。「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ八・三八~三九)。「何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。」(Ⅰヨハネ五・一四)。

これらの多くの聖書箇所が告げるように、私たちは確信を持つことができます。イエス・キリストによって救われた私たちです。私たちの側に救いの根拠はありません。イエス・キリストが十字架にお架かりになり、神が私たちの罪を赦し、救ってくださったのです。救いの根拠は神の側にあるのです。

だから自信を持つ必要はまったくないのです。自分に頼る、自分に必死にしがみついている、それは信仰ではありません。自分が強い心を持つことは信仰ではない。それは必ず揺らぎます。しかし私たちは決して揺らぐことのないお方に包まれている。そのことを信じて歩む。それが信仰であり、私たちの確信なのです。

パウロはその後も、思い通りにならない歩みが続きました。来週の聖書箇所では、同じフィリピが舞台ですが、投獄されてしまうことになります。しかしパウロの確信は変わりません。私たちの確信も変わりません。あやふやな自分が、不確かな世の中で、きちんと筋を通す生き方ができる。それが確信を持った歩き方なのです。