松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2014年1月12日(日)
説教題「恵みの報告」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第14章21〜28節

二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にしてから、リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返しながら、弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に任せた。それから、二人はピシディア州を通り、パンフィリア州に至り、ペルゲで御言葉を語った後、アタリアに下り、そこからアンティオキアへ向かって船出した。そこは、二人が今成し遂げた働きのために神の恵みにゆだねられて送り出された所である。到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。そして、しばらくの間、弟子たちと共に過ごした。

旧約聖書: 出エジプト記 第16章9〜24節

パウロとバルナバの二人が、第一回目の伝道旅行に出掛けました。出発したときの様子は、第一三章の初めのところに記されています。アンティオキア教会の人たちが、パウロとバルナバを派遣しました。そして本日、私たちに与えられた聖書の箇所は、その第一回目の旅が終わりを迎える。アンティオキア教会へ戻ったことが記されています。
聖書の後ろにあります地図をお持ちの方は、地図の七番をお開きください。第一回目の伝道旅行の道順が記されています。イスラエルの北にあるアンティオキアから出発し、時計回りに四分の三周しました。今日の聖書箇所では、まずデルベという町にいます。
そこからアンティオキア教会に戻るわけですが、時計回りに周っていますから、残りの四分の一周すれば、アンティオキアへ戻れるわけです。しかもその道順ならば、パウロの生まれ故郷のタルソスも通ることができます。どのくらいの旅行だったのかは分かりませんが、距離としてもだいぶありますので、そう短い旅行ではなかったはずです。パウロの生まれ故郷に戻って、一息ついてもよさそうなものです。
しかしパウロたちはそのようにはしませんでした。四分の三周して、そして再び同じ道を引き返したのです。今度は反時計回りに四分の三周をして、アンティオキアに戻りました。なぜでしょうか。
はっきりとその理由は書かれていませんが、理由は明らかであると思います。各地で信じる者が起こされ、そこに信仰者の群れである教会が建てられていったわけですが、パウロはおそらく、旅をしている間でも、その教会が気になって仕方なかったのだと思います。その教会の人たちが気になって仕方なかったのだと思います。きちんと礼拝をしているだろうか。信仰の道を踏み外していないだろうか。
そんな思いから、パウロは引き換えし、町々で教会の人たちに会いました。二二節にこうあります。「弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。」(二二節)。「弟子たち」とは、教会のキリスト者のことですが、キリスト者たちを力づけて、励ました。パウロがなぜこのような旅順を取ったのか、その理由ははっきりしています。生まれたばかりの教会の人たちを励ますためだったのです。

パウロが建てた教会は生まれて間もない教会でありましたので、そこにいる人たちのほとんどは、キリスト者になって間もない人たちだったと思います。励まされる必要がありました。もっとも、いくら信仰暦の長いキリスト者であろうとも、信仰の道を歩んでいる者は、誰でも励まされる必要があります。しかし特に信仰者になって間もない方はそうであると思います。
一体どんな励ましが必要だったのでしょうか。もっと祈りなさいとか、もっと聖書を読みなさいとか、礼拝に欠かさずに出席しなさいとか、そういうことだったのでしょうか。もちろん、そのようなこともあったかもしれません。しかしパウロがここで言っている大切なことは、やはり二二節の言葉です。「信仰に踏みとどまるように」、これがパウロが最も言いたかったことです。
洗礼を受けてキリスト者になる。私が受洗志願者と学びをするときに、いつも申し上げていることですが、洗礼がスタートになります。そこがゴールではありません。イエス・キリストが十字架にお架かりになり、私の罪を赦すために死んでくださったことを信じる。主イエスによる救いを受け入れる。そのようにしてキリスト者として産声をあげる。そこから本番が開始されます。
スタートを切ったからには、歩き始めるわけです。スタートから先に、一本の道があるとすれば、信仰者はその道から逸れないことが大事になります。なぜかと言うと、その道から逸らそうとする力があるからです。様々な誘惑があるからです。神を信じたって良いことがないのではないか、教会に行ったってちっともためにならないのではないか、他にもっと行くべきところやすべきことがあるのではないか、信仰者はいつだってその戦いがあります。
けれども、励ましもあります。道から逸れないように、励ましてくれる人が、必ず周りに与えられます。本日、私たちに与えられた聖書の箇所では、パウロやバルナバが教会の人たちを励ましています。今日の私たちも同じです。誘惑もありますが、励ましてくれる人も、必ず与えられるのです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所に書かれている具体的な状況を考えてみたいと思います。パウロたちは、教会が心配だったので、わざわざ回り道をして、今まで来た道を逆にたどっていったのです。パウロ自身も、先週の聖書箇所になりますが、石を投げつけられて、死にそうな目にあった。苦難にあったのです。先週もお読みしましたが、パウロ自身が書いたコリントの信徒への手紙二にこうあります。「労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。」(Ⅱコリント一一・二三~二五)。
パウロほどではなかったとしても、教会の人たちも同じような経験をしていたかもしれません。そう考えると、二二節の言葉は、かなり現実味を帯びてくる言葉になります。「弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。」(二二節)。これは、信仰者への一般的な教訓ではありません。そうではなく、今まさに苦しんでいる人たちに宛てて言われた言葉です。
苦しみ、苦難。私たちも経験します。今はそうでなかったとしても、必ず経験することになります。その苦難、苦しみの中で、私たちはどのように生きればよいでしょうか。私たちもこの問いとは無関係でいることはできません。
クリスマスが近づいてきた昨年末から、寒さゆえか、体調を崩される教会員が何名かおられます。病床にある方は、病という苦難の中に置かれていることになります。入院された方で、すでに退院をされた方もありますが、まだ入院中の方もおられます。私もお見舞いに何度も行きました。病床を訪問します。お話をし、聖書を読み、祈りをいたします。私はもちろん、その方を励まそうとして訪問をします。しかしかえって励まされます。パウロのように、「信仰の道に踏みとどまりなさい」、そんなこと言う必要もありません。
なぜ、かえって励まされるのでしょうか。皆さまでも、同じような経験をされた方があると思います。その理由は、いろいろと挙げることができるでしょうが、こういうふうに言うことができます。苦難の中にある方をお見舞いに行く。その方が信仰に踏みとどまっているのを目の当たりにする。ああ、信仰者はこういう生き方をすることができるのだ。自分もこういう歩みをすることができるのだ。そう感じることができる。だから自分の方がかえって励まされるのだと思います。
実際、私が訪問をしたある方は、私の顔を見て、嬉しそうに、しかし真剣に、こう言われました。今までキリスト者として歩んで来て本当によかった、何の後悔もない、本当に信仰を持てたことは有難いことだった、そう言われました。これこそ、実際に信仰に踏みとどまっている姿です。そのお姿に励まされるのです。

主イエスはあるとき言われました。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネによる福音書一四・六)。主イエスも信仰の道について、教えてくださいました。信仰の道とは、父なる神のもとへと至る道です。本日、私たちに与えられた聖書箇所では、「神の国に入る」(二二節)という表現がありますが、同じ意味です。この信仰の道は不確かな道ではありません。この道を歩けば、いつでも神の恵みを見ることができる道なのです。
本日の聖書箇所では、パウロとバルナバが伝道旅行を終えて、派遣元であるアンティオキア教会へと戻っていきます。そしてそこで何をしたのか。報告をしました。恵みの報告です。二七節にこうあります。「到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。」(二七節)。
この報告の内容が神の恵みだったことは明らかですが、二六節にとても興味深い表現があります。「そこからアンティオキアへ向かって船出した。そこは、二人が今成し遂げた働きのために神の恵みにゆだねられて送り出された所である。」(二六節)。ここにはアンティオキアの説明がありますが、アンティオキアは「神の恵みにゆだねられて送り出された所」であると記されています。
神の恵みにゆだねられたのです。アンティオキアの教会の人たちは、「神さま、どうかパウロとバルナバの二人をよろしくお願いします」と祈って送り出したわけですが、ただそうやって送り出されたのではありません。それなら「神にゆだねられて送り出された」と言えばよいのです。
そうではなく、「神の恵み」にゆだねられる。アンティオキアの人たちは、これから二人を送り出すけれども、必ず神の恵みがあるとの確信を持って送り出したのです。実際に二人の派遣先で何があったのか。苦難を経験しました。石も投げつけられました。それでも、アンティオキア教会に戻ると、二人は報告をしました。恵みの報告をすることができた。神の恵みが必ずあると信じて送り出され、そして実際に神の恵みがあったのです。

パウロもバルナバも、信仰の道に踏みとどまった者です。信仰の道に踏みとどまる者は、苦難もたしかにあるかもしれませんが、いつでも恵みの報告をすることができる者です。なぜかと言うと、いつでも神がしてくださった恵みの出来事があるからです。それが分かるからです。
本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所には、マナの話が記されています。イスラエルの人たちは、エジプトで奴隷生活をしていましたが、モーセという指導者が立てられて、エジプトの地を脱出することになりました。神の奇跡があり、脱出に成功します。しかし故郷までは長い道のりです。荒れ野を四十年、旅をし続けました。
その間、一体何を食べていたのでしょうか。その答えがこの箇所にあります。一二節のところを読むと、イスラエルの人たちが神に不平を持っていたことが分かります。そこで神が何をされたのか。一三~一五節にこうあります。「夕方になると、うずらが飛んで来て、宿営を覆い、朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。彼らはそれが何であるか知らなかったからである。モーセは彼らに言った。「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。」(出エジプト一三~一五)
一五節に「これは一体何だろう」とあります。イスラエルの人たちの言葉の発音では、「マナ」となります。このマナを、イスラエルの人たちは食べ続けたのです。よくも飽きもせずにと私は思ってしまいますが、三五節にこうあります。「イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。」(35節)。イスラエルの人たちは、マナを食べるごとに、神の恵みを思い起こした。このマナは神が恵みとして与えてくださったものなのです。
私たち信仰者は、信仰の道を歩んでいる者です。逸れそうになるときもあるかもしれません。しかし神が励ます者を与えてくださる。だから逸れることなく歩むことができる。この道を歩む者には恵みが約束されています。いつでも恵みを受けて、恵みの報告をすることができる。この道を歩く歩みこそが、最も祝福された道なのです。