松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年12月1日(日)
説教題「信仰者の原動力、聖霊」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第13章1〜12節

 アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。

旧約聖書: 詩編 第107編23〜31節

教会の暦に従いますと、今日からアドヴェントに入ります。アドヴェントは日本語では待降節と言います。待降節というのは、待つという字に、降誕の降の字と、節という字を書きます。これらの字が表わす通り、主イエス・キリストの降誕を待つ期間ということになります。クリスマスを待つ時期のことです。

この期間、私たち教会は比較的、忙しく過ごします。クリスマスの礼拝や祝会、様々な集会などが予定されています。その準備をします。先週の日曜日、お昼を食べた後に、クリスマスの準備をしました。クリスマスのリースを作ったり、クリスマスツリーを組み立てて、飾りつけもしました。今日からアドヴェントクランツにろうそくの灯がともっています。今朝は子どもたちがアドヴェントカレンダー作りをいたしました。クリスマスに向けて、たくさんの準備がなされています。

アドヴェントという言葉は、ラテン語の言葉です。この言葉の意味は、来るという意味です。向こうからやってくる。それがもともとの意味です。アドヴェントというと、日本語では待降節、つまり待つという意味が込められていますが、アドヴェントは元来、待つという意味よりは、来るという意味なのです。向こうからやって来るのです。

ですから、待っていた人たちのところにクリスマスがやって来たというわけではないのです。むしろ、何の準備をしていないところに、突然クリスマスがやって来た。そういうように理解した方が、本当のクリスマスを味わうことができると思います。聖書の記述によれば、本当の意味でクリスマスを待っていたのは、誰一人いないのです。

羊飼いはいつも通り、夜通し羊の群れの番をしているときに、天使が現れて、クリスマスの知らせを告げました。これから結婚しようと思っていたマリアとヨセフのところにも、突然クリスマスがやってきました。ヘロデ王も救い主誕生の話を聞くと、不安に思いました。自分の支配領域が脅かされるのではいかという懸念があったからです。こう考えますと、本当にクリスマスを待っていた人は、誰もいなかったのです。何の準備もなく、救い主が与えられたのです。

私たちは後から、ああ、あれがクリスマスだったと実感できるようになりました。そのようにしてクリスマスの祝いを始めるようになりました。なるほど、私たちは毎年、クリスマスの準備をして、主イエスをお迎えする準備をするかもしれません。クリスマスを待ちます。しかし二千年前の最初のクリスマスは、入念に準備をした上で主イエスを迎えたわけではない。それが本当のクリスマスなのです。

アドヴェントに入り、最初の日曜日に私たちに与えられた聖書箇所は、使徒言行録第一三書に書かれている話です。一~三節になりますが、アンティオキア教会での話がまず出てきます。アンティオキア教会の誕生の話は、第一一章一九節以下に記されています。先週の聖書箇所は第一二章全体でしたが、ヘロデの話を間に挟み、再びアンティオキア教会の話が始まっていくわけです。

まず最初に、人の名前が列挙されています。教会の有力者たちだったのだと思います。バルナバ、サウロという人物は、使徒言行録全体でもかなり重きが置かれていますが、他の者たちはどのような人物であったのかはよく分かりません。「ニゲルと呼ばれるシメオン」がいたと記されていますが、「ニゲル」は黒いという意味があります。従いまして、ニゲルはアフリカ出身の黒人であり、「シメオン」というユダヤ人の名前が与えられていますから、ユダヤ教に改宗し、そして教会の信仰に入った人ではないかと言われています。これは仮説にすぎませんが、いずれにしても、アンティオキア教会にいろいろな人たちがいたわけです。

そしてこの人たちは集まって何をしていたかというと、礼拝をしていたのです。その礼拝の中で示されたことがありました。それは二人をアンティオキア教会から送り出しなさいということでありました。アンティオキア教会は生まれたばかりの教会です。そういう教会にとって、バルナバとサウロを送り出さなければならないということは、ある意味では厳しいことだと思います。教会が始まって間もないわけですから、その土台をしっかり据える必要があります。バルナバやサウロはその役割を引き受けていたと思われますが、今や別のところに行かなければならない。教会の人たちはバルナバとサウロを送り出す決断をしたのです。

このようにして、宣教旅行が開始されました。いわゆる第一回目の宣教旅行です。聖書の後ろに地図も付けられています。アンティオキアからキプロス島へ渡っています。本格的なギリシア世界へ入って行くことになります。「パウロとも呼ばれていたサウロ」(九節)と記されています。今まではパレスチナ地方が中心でしたので、ユダヤ人としての名前サウロが用いられていましたが、ギリシア世界へ足を踏み入れるに従い、サウロから「パウロ」というギリシア語の名前が用いられるようになりました。以後、ずっとパウロで統一されています。

キプロス島へ渡っての話です。キプロスはバルナバの出身地でした。しかし出身地だからキプロスへ行ったのかもよく分かりません。バルナバの知り合いの助けを借りながら伝道をしたのか、それもよく分かりません。分かっているのは、五節に記されている通り、まずは今まで通り、ユダヤ人たちの諸会堂をめぐったということです。まずはユダヤ人たちに神の言葉を届けた。そしてそのことを続けていくうちに、地方総督の耳にも入った。セルギウス・パウルスという地方総督は興味を持ちます。そこでバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとします。

そこへ妨害が入ります。魔術師からの妨害です。自分の利権が損なわれると怖れ、何とか足を引っ張ろうとするのです。その邪魔を見事に払いのける。相手は魔術師だったと記されています。魔術との戦いは、今日は取り立てて説明する必要もないと思います。すでに使徒言行録第八章のところで、フィリポがサマリアの町に行き、そこでシモン・マグスという魔術師をやっつけた話が記されています。

そういう出来事が起こったのです。使徒言行録を書きましたルカという人物は、当時の教会の様子だけでなく、教会の歴史を事実、その通りに伝えました使徒言行録を書いたルカという人物は、教会の歴史をそのように記していったのです。

歴史をどう評価するのか、これはそのことが問題になってきます。私事になりますが、私が学んでいます専門領域は、歴史神学になります。教会の歴史です。まだ神学校で学んでいます時に、最初の方の授業だったと思いますが、歴史とは何かという学びから始めました。

歴史は歴史を書く人の評価が必ず入り込んできます。それでもなるほど、事実は一つかもしれません。けれどもその事実をどう評価するかが重要なポイントになってきます。歴史家が十人いるとすれば、十通りの歴史が生まれる。今の時代でも、同じ歴史的な出来事のはずなのに、立場が違えばその評価がまるで違ってくるというのは、よく聞く話だと思います。歴史を学ぶ者からすると、そのことは何ら不思議なことではなく、しかるべくして起こっていることなのです。

本日、私たちに与えられている聖書箇所に書かれていることも、一つの歴史です。評価までが含まれた歴史です。アンティオキア教会がバルナバとサウロを派遣しました。キプロス島でこんな出来事がありました。それは確かに事実かもしれません。けれども、問題になってくるのは、その事実をルカがどう評価しているかです。

本日の聖書箇所には、三度にわたって「聖霊」という言葉が出てきます。「彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」」(二節)。「聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは」(四節)。「パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて」(九節)。

聖霊は神の霊です。神の導きがその都度あったことになります。ルカはそう評価しているのです。例えば、二節の「聖霊が告げた」と記されているのは何を言っているのでしょうか。聖霊が目に見える実体として現れて、実際にそのような声が聴こえたというわけではないでしょう。一節に「預言する者や教師たち」と書かれていますから、この中の誰かがそう言ったのだと思います。しかしルカはそうは書かない。聖霊が言ったと受け止めた。

このことは四節も九節も同じであります。バルナバもパウロも、精一杯のことを示した。懸命にキプロス島で伝道しました。しかしそのような中でも、聖霊によってすべての働きをなしたのだ。ルカはそのように教会の歴史を書くのです。

聖霊は、神の働きや導きのことになりますから、信仰を持っている者でないと、はっきり言ってよく分からないと思います。私たち信仰者がよく言うことですけれども、その当時はよく分からなかったけれども、今振り返ってみると、ああ、あのとき神が導いてくださった。今ならそのことがよく分かるということが多々あると思います。その当時も神の導き、聖霊の働きがあったはずですが、信仰がなかったのでそれがよく分からなかった。分からないのは当然です。信仰がなく、聖霊を信じていなかったのですから。

聖霊を信じる。そうすると、今日の話の評価の仕方も変わってきます。ルカは聖霊の導きだと評価しました。そういう歴史を書きました。皆さまはどうでしょうか。聖霊を信じることは、神の導きを信じることに繋がってきます。

聖霊の働きは今なお続いています。私たちの教会も、聖霊の導きがあると言えるでしょうか。具体的なことを一つ申し上げます。この夏から秋にかけて、私たちの教会で駐車場の問題が生じました。駐車できるスペースが少なくなってしまった。対策を検討しました。長老会で話し合い、その結果、土地を購入しようということになりました。教会員への説明会を行い、臨時教会総会を開き、土地の購入と資金計画を決めました。資金を調え、契約をし、代金を支払い、すでに土地が与えられました。どうなるかと思いましたが、すべてが満たされたと言えるでしょう。

さて、これをどう評価するかです。事実は只今、申し上げた通りです。駐車場に困って、土地を購入した。それだけです。評価の仕方としては、聖霊の導きがあって、こういう結果に導かれたと考えるのか。それとも、たまたま自然の流れでこのような経緯を経て、このような結果へと至ったと考えるのか。それが分かれ目です。

聖霊の働きを信じることができれば、それは幸いなことです。今このときに、聖霊の導きを感じる、聖霊の力を実感する、その必要はありません。後から振り返ってみて、ああ、確かにあの時に神の導きがあった。それが分かればよいのです。それが分かった時に、神に感謝すればよい。そのように歩める者は、幸いです。

今日からアドヴェントに入っています。クリスマスの出来事をどう評価するかが問われている私たちです。イエスという男が、パレスチナの地に生まれた。十字架に架かって死んだ。復活したと言われている。事実はそうです。その事実をどう評価するか。どのような歴史としてとらえるか。そのことが問われています。

先に申し上げた通り、私たち人間はまったく何の備えもできていませんでした。あるとき突然、クリスマスがやって来た。主イエスが来られた。私たち人間の罪を赦すために、十字架にお架かりになった。復活をされた。そのことを信じるか、信じないかです。信じて受け入れる者は幸いです。その者の人生が変わります。神に救っていただいた人生が始まっていくのです。