松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年5月5日(日)
説教題「全世界を包む、良き知らせ」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: 使徒言行録 第1章1節〜11節

 テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

旧約聖書: 詩編 第19編2〜7節

今日から使徒言行録に入ります。私が松本東教会に赴任をして四年目になります。三年と一か月が経ちました。赴任の最初のときから、ルカによる福音書から御言葉を聴き続けてきました。ルカによる福音書の説教を始めた最初の頃、ルカによる福音書ばかりだと、もしかしたら飽きてしまうようなことがあるかもしれないから、たまには違うところから説教した方のかもしれないと思うことがありました。しかしそのような回り道をほとんどせずに、ルカによる福音書に集中してきたと言ってもよいでしょう。むしろ早く続きが聴きたいと思うことが多くありました。私たちは飽きることなく、御言葉を聴き続けてまいりました。

なぜルカによる福音書だったのか。私の前任者が、マタイによる福音書とマルコによる福音書を行ったことは伺っていましたので、それならばルカによる福音書を、と思ったのもその一つのきっかけです。しかしもちろん理由はそれだけではありません。
先週の説教でも申し上げましたが、ルカによる福音書の大きなテーマは、イエスとは誰か、ということであります。教会はイエス・キリストを救い主として信じる者たちの集いです。主イエスがどんなお方なのか、そのことはとても大事なことです。松本東教会として、そのことを大事にしたいと思ったのです。だからルカによる福音書からまず御言葉を聴きたいと思いました。

イエスとは誰か。救い主、メシア、キリストです。ルカによる福音書から御言葉を聴いた私たちは、そのことを信じています。そうなると、当然の問いかもしれませんが、次の問いが生まれてきます。イエスを救い主だと信じた者たちは、その後、どうなるのかという問いです。その答えが使徒言行録です。信じた者たちの記録、それが使徒言行録なのです。使徒言行録も、ルカの手によって書かれました。第一部がルカによる福音書、第二部が使徒言行録です。ルカによる福音書を終えたら、次に使徒言行録から御言葉を聴きたい。これは最近思いついたのではなく、かねてからの私の願いでもありました。

使徒言行録の最初のところに、「テオフィロさま」(一節)という人物が出てきます。ルカによる福音書の最初にも出てきました。「そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。」(ルカ一・三)。ある程度の地位にあった人物だったのかもしれません。ルカによる福音書では、続けてこう書かれています。「お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。」(ルカ一・四)。この記述から、テオフィロはまだ洗礼を受けていなかったのかもしれません。洗礼を受けたとしても、まだ間もない頃だったのかもしれません。

そんなテオフィロに対して、使徒言行録も書かれました。けれどもルカによる福音書の冒頭にあった「お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります」というような言葉はもうありません。テオフィロは信じて、洗礼を受けたのかもしれません。実際どうだったのかは分かりませんが、今のテオフィロにとって必要なこと、それは、主イエスを信じた者がどう歩むのかということであります。

新約聖書には四つの福音書が収められています。福音書を書いた者たちはルカを含めて四人です。マタイとマルコとヨハネも福音書を書きましたが、書き終わったところで筆を置きました。もっとも、ヨハネによる福音書を書いたヨハネは、その後、ヨハネの手紙を書いたと言えるかもしれません。しかし明らかにルカのように、福音書の続編を書いたというわけではありません。

そうすると、なぜルカは福音書だけで筆を置かなかったのでしょうか。自分の書いた福音書では不足すると思って、大慌てで使徒言行録を書いたのでしょうか。そうではありません。ルカはもう最初から福音書の次は第二部として使徒言行録を書くという構想がありました。主イエスを信じた者たちがどうなるのだろうか。その者たちは神に導かれて、聖霊に導かれてと言った方が使徒言行録的ですが、教会に生きる者になる。その記録が、ルカが最初から書こうと思っていた使徒言行録であります。

このことを踏まえて、使徒言行録から御言葉を聴くことは、とても大切なことであると私は思っています。主イエスを信じた者たちがどうなるのか、これは私たちの問いでもあるからです。主イエスを信じるようになる。それはそれでよいとして、ではその後、どうすればよいのか。日々、聖書を読めばよいのか。熱心に祈ればよいのか。教会に行くべきなのか。やはり洗礼を受けるべきなのか。いろいろな問いが次々と浮かんできます。その答えのすべてが使徒言行録にあるのです。その意味で、ルカはとても貴重な書物を残してくれました。使徒言行録には教会の誕生が書かれています。各地に教会が建てられていきます。教会の時が始まるのです。

この使徒言行録のタイトルですが、私たちが用いています新共同訳聖書では、「使徒言行録」と付けられています。このタイトルですが、書かれた最初期の頃にはタイトルは付けられていなかったようです。つまり、ルカ自身は何のタイトルも付けなかったと思われます。そして時代が経っていくにつれて、タイトルが付けられるようになりました。二世紀後半頃ではないかと言われています。時代が経つうちに、だんだんと新約聖書が出来上がっていきましたから、他の福音書や手紙と並べられることも多くなった。そこで区別をつけるために、タイトルが付けられるようになったのです。その後、章や節という区切りも付けられるようになりました。私たちも聖書の箇所をすぐに開くことができるようになったのは、このようなタイトルや章や節が付けられるようになったからです。

使徒言行録のタイトルですけれども、最初はギリシア語で付けられました。日本語に直訳するならば、「使徒たちのもろもろの行い」というようになります。かつての口語訳聖書では「使徒行伝」、新改訳と呼ばれる聖書では「使徒の働き」です。英語の聖書では“Acts of Apostles”あるいは単に“Acts”というタイトルが付けられています。

新共同訳聖書では「言行」、口語訳では「行伝」というように、言葉と行いの二つに分けられています。これは最初の一~二節のところに、このようにあるからです。「テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから…」(一~二節)。ここでは第一巻であるルカによる福音書を要約しているのですが、主イエスのなしたことを二つに分けて理解しているのです。つまり、主イエスが行ったこと、言葉を語ったことの二つです。主イエスの弟子であった使徒たちも主イエスに倣い、使徒が行ったこと、言葉を語ったことの二つに分けた。使徒言行録の「言行」にはそのような意味があります。

ところが、この「録」というのは、本来ならばなかった言葉なのです。もともとのタイトルは「使徒たちのもろもろの行い」なのですから、不要なのかもしれません。ある聖書学者は、「録」という文字は取ってしまった方がよい、と言っています。しかし私はこの「録」という字にも意味があると思っています。

この使徒言行録でありますが、使徒たちの言葉と行動の記録です。しかし使徒たちが主体的にこれらのことをなしたというよりは、使徒たちはほとんど何も分かっていなかったと言った方がよいと思います。何も分かっていない者たちが、聖霊に導かれていった記録なのであります。

六節のところにこうあります。「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」(六節)。使徒たちが主イエスにこのように質問をしているのです。的をはずしたような問いと思われる方もあるかもしれません。なぜなら、使徒たちはこのときもまだイスラエル限定と考えているからです。

しかしこの質問は、彼らは彼らなりに真剣に考えての質問だったと思います。主イエスが十字架にお架かりになる前、使徒たちは主イエスと行動を共にしていました。この方がもしかしたらメシアかもしれない、そう思っていました。しかし十字架の死を迎えます。使徒たちは、もうすべてが終わったのだ、そう思いました。ところが、主イエスが復活をされます。自分たちの前に現れます。本当にこのお方がメシアなのだ。使徒たちはこのときにはそう思っていたに違いありません。

主イエスが復活されて、使徒たちの前に四十日にわたって現れたわけですが、この四十日の間、使徒たちはどのように過ごしていたのでしょうか。ずっと主イエスと一緒にいたかどうかはよく分かりません。ある説教者が想像していることですが、使徒たちは一生懸命、聖書をひも解いていたのではないかと想像しています。聖書といってもこのときの聖書は旧約聖書ですけれども、旧約聖書にメシアに関する預言が何箇所も書かれています。聖書の言葉が本当に実現したと、使徒たちは興奮しながら、聖書のあちこちをめくっていった。そしてそのような箇所に書かれているのは、イスラエルの解放のことが合わせて書かれています。今、イスラエルの国は傾いている。そこにメシアが現れるぞ、ということが書かれているのです。使徒たちも、主イエスがメシアならば、イスラエルの国が回復されると真剣に考えて、このように質問したのだと思います。

それに対して、主イエスの答えはこうでした。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(七~八節)。主イエスの答えは、使徒たちの想像にも及ばないような広さを持っていました。イスラエルだけではない。エルサレムから、ユダヤとサマリア全土、そして世界へ。伝道が開始される。教会が始まる。新たな時代が幕をあけるのです。使徒たちは少しもそのことを理解していなかったのです。

九~一一節も同じように考えることができます。主イエスが天にあげられます。主イエスのお姿が見えなくなる。使徒たちは天を見つめていました。今すぐにでも主イエスが降りて来られるとでも思っていたのかもしれません。あるいは何らかの不思議な現象が起こるのではないかと考えていたのかもしれません。そうすると、二人の人が登場します。白い衣、というのは天使を示唆しています。そして使徒たちに言うのです。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(一一節)。

主イエスは天にあげられました。そしていつか、再びまた来てくださいます。これを再臨と言います。私たちも主イエスがいつの日か再び来てくださることを信じています。「またおいでになる」というのは未来形です。将来に起こるのだろうけれども、それはいつになるか分からない。あなたがたには知らされていないと主イエスは言われるのです。その時を今か今かと天を見上げるようにして待つよりもむしろ、前を向きなさい。天ではなく前を向きなさい。そして八節の言葉のように、エルサレムから、ユダヤとサマリアの全土、全世界へ伝道しなさいと言われるのです。

このように、使徒たちはほとんど何も分かっていなかったのです。今日のこの箇所で、使徒たちがほとんど何もしていません。強いて言えば六節の質問をしたくらいですが、主体的にしたことは何もないのです。その使徒たちが、今後、歩みを進めていきます。神の御心を問うて、聖霊に導かれての歩みです。その歩みが、「使徒言行録」という記録になったのです。

このことは、今の時代の教会もまったく同じです。私たちの松本東教会もそうです。神が今の私たちに何をせよと言われているのか。その都度、問いつつ、私たちの歩みを整え、私たちの歩みを振り返る。それが教会のなしていることです。

先週、二〇一三年度の定期教会総会が行われました。この総会で主になされたことは、二〇一二年度の報告と二〇一三年度の計画です。そして今日の午後、長老会が行われます。今日の長老会でなされるのも、先月の報告と今月以降の計画です。このようなときに大切なのは、神が何をせよと私たちに言われているのか、そのことを問うことです。単なる会議ではないのです。神がどんなことをなしてくださったのか。信仰の目が必要です。神が何をせよと言われているのか。信仰の判断が必要です。教会の歩みはこのようにして形づくられていきます。

先週の定期教会総会では三〇頁ほどの資料を作成しました。今日の長老会は四頁の資料と数頁の補足資料があります。教会にはこのような資料が蓄積していきます。そして教会として、さらに大きな記録としてまとめることがあります。私たちの教会も、創立七十年に際して、『松本日本基督教会七十年史』という本を作りました。当時は教会名が違ったので、このようなタイトルになりました。これはとてもよい記録だと思っています。別の教会で、同じような本を作ったときに、自分たちで作るのは大変だから外注しようということになった。しかし出来上がったのはとてもつまらない本であった。今でも部屋の一室に山積みになっているという話を聞いたことがあります。それに比べると、私たちの教会の『七十年史』はとても面白い。なぜかと言うと、神に導きによって教会が形成されてきたことがとてもよく分かるからです。当時の教会の人たちの信仰の様子がとてもよく分かるからです。

『七十年史』から一つだけ例を挙げてみたいと思いますが、教会報であります「おとずれ」が発行されるときの記述を取りあげたいと思います。『七十年史』にこうあります。「一九七二年(昭和四七年)四月三〇日教会総会の議題の一つとして、聖日礼拝に常時出席不可能な会員をはじめ、広く宣教に資する方途として、教会報「おとずれ」の刊行が決定された」。そして当時の和田正牧師の発行の辞が記されています。「このたび「おとずれ」を毎月一度発行することにしました。願わくばこれが主の御心に叶い、祝福を受けて、長く続けられて行きますように、願わくば相互の信仰と主にある交わりのため、ことに心に願いながら種々の理由で集会に出にくい方々のため、何ほどかの慰めともならんことを切に祈ります。このためこれより共に祈りつつ、一人一人に与えられたものを惜しみなくここに捧げ合って行きたいと思います」。

この「おとずれ」が発行されるときも、私たちの教会の信仰の先輩方は、神の御心を問いました。今、このとき、神が私たちに何をせよと言われているのか。「おとずれ」を発行することによって、教会になかなか来ることができない方々に慰めを届ける。それだけでなくて、「おとずれ」を通して伝道を行う。その神の御心を聴きとった者たちが、「おとずれ」を作った。当時は毎月発行した。今では、私の説教原稿を毎週印刷して、送っていますので、毎月「おとずれ」を発行する必要はなくなりましたが、「おとずれ」はこのようにして生まれたのです。

「おとずれ」は一つの例にすぎません。他にもたくさん挙げることができます。神の御心を問う。そして御心に沿って行動をする。その行動の記録が『七十年史』です。記録になったのです。使徒言行録もそうです。使徒言行録の「録」の字を、私たちも大切にしたいと思います。

最後に、八節後半の言葉に触れたいと思います。「そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(八節)。今後、使徒言行録から御言葉を聴き続けいく私たちにとって、この言葉はとても大切な言葉です。この言葉は、使徒言行録全体の目次であると言われることがあります。つまり、使徒言行録の最初の部分がエルサレムの話、中盤がユダヤとサマリアの全土での話、そして終盤が世界に向かっての話であるからです。使徒言行録がこのような道筋をたどっていき、教会が次々と建てられていく。教会の時が始まるのです。

教会の時は、使徒言行録では完結していません。「地の果てに至るまで」、続けられていきます。私たちの教会もまた、使徒言行録の続きになります。神がお始めになった教会の時は、今もなお続いているのです。主イエスを信じて、救われる者たちが続々と起こされる。その者たちが集い、教会となる。その教会が次々とまた新しい記録を作っていく。私たちの教会の記録も、その中に含めることができます。新たな使徒言行録が、続々と起こされる。使徒言行録は今なお続いている物語なのです。