松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

facebook.png


HOME > 礼拝説教集 > 20110724

2011年7月24日(日)
説教題「教会を生み出す信仰」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第9章18節〜20節

 イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「神からのメシアです。」

旧約聖書: 列王記上 第17章8〜16節



レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
ペトロに鍵を渡すキリスト ( Jesus Handing the Keys to Peter ) / ペルジーノ (Pietro Perugino)

ペトロに鍵を渡すキリスト ( Jesus Handing the Keys to Peter ) / ペルジーノ (Pietro Perugino)
システィーナ礼拝堂 (Sistine Chapel)
ヴァチカン(Vatican)

クリックすると作品のある「wikimedia」のページにリンクします。

本日の礼拝は献堂記念礼拝であります。この会堂が建てられたのは、今から三一年前の一九八〇年のことになります。この会堂が完成して、最初の礼拝がこの年の七月六日に行われました。そして七月二七日に、献堂記念礼拝を行った。今年が三一回目の記念礼拝ということになります。

昨年の献堂記念礼拝の説教の中で、会堂が建てられたときの牧師であった和田正先生の言葉を引用いたしました。和田先生のこの言葉は、教会の『七十年史』に書かれているものであり、教会報である「おとずれ」の中にも記されている言葉であります。このような言葉を和田先生が書かれました。「会堂のあることによって信仰の堕落を恐れることを考えると今なお消極的にならざるを得ない」。

この言葉は、会堂を建てる前、教会総会において会堂建築の決議がなされましたけれども、その同じ日に発行された「おとずれ」に記された言葉であります。さあこれから会堂を建てましょうという決議をする日に、「信仰の堕落を恐れると…今なお消極的にならざるを得ない」というのは少しおかしいと思われるかもしれませんが、私は極めて大切な言葉であると思っております。来年も再来年も、献堂記念礼拝でこの言葉を引用してもよいとさえ考えております。

この会堂を建てる前は、私たちの教会は会堂がありませんでした。公民館や個人のお宅などで礼拝を行っていたのです。当然、会堂を得たいという思いは昔からあったのだと思います。会堂を建てるための献金を募り始めたのは、会堂を建てるより二十年以上も前からのことになります。二十年以上にわたって献金を献げ続けてきた。そしてようやくそれが実って、会堂を建てることになった。会堂が与えられたときの喜びはかなり大きく深いものだったのではないかと思います。

和田先生の言葉は、その喜びに水を差すかのような言葉かもしれませんが、私たちも受け止めなくてはならない大切な言葉であると思います。会堂が出来たからといって、安心するなと言われるのです。和田先生が同じ「おとずれ」の中で、このようにも記しています。「会堂が出来たからと言って教会の問題が解決するとは思っていません。会堂を生かすも殺すも、信仰次第だと思います」。会堂が出来た今、私たちに問われているのは信仰であると和田先生は言われるのです。

和田先生ももちろん会堂が出来て嬉しかったのだと思います。しかしそれだけに、自分たちの信仰の姿勢を正すのであります。目に見える会堂をよりどころにしてはいけない。建物があろうとなかろうと、建物に左右されない信仰こそが大事なのです。実際に私たちに与えられている信仰は、建物はもちろん、どんなものによっても左右されない信仰なのであります。たとえどんなことが起ころうが、私たちの信仰は変わらない、そう言い切ることができるのであります。

本日、私たちに与えられました箇所は、ルカによる福音書第九書にあります、弟子のペトロが信仰を言い表している場面であります。先々週はこの箇所より二つ前の箇所、先週はこの箇所より一つ前の箇所でありました。今日はその続きということになります。先々週の説教と先週の説教の二回にわたって、私が説教の中で触れることになったのは、ペトロが信仰告白に至ったことであります。「神からのメシアです。」(二〇節)。ペトロはその言葉でもって、信仰を言い表しました。

ガリラヤの地方を治めていたヘロデにとっては、主イエスが誰なのか、よく分からなかった。弟子たちは主イエスがなさった様々なことを、そばで見ることが許されました。福音書を記したルカもまた、そのような主イエスのお姿をこれまでにたくさん書き記してきました。そして五つのパンと二匹の魚で五千人の人を養う奇跡もなされた。その上で、主イエスが弟子たちに問われたのです。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」(二〇節)。ペトロが主イエスに促されて、「神からのメシアです。」(二〇節)と答えることができたのであります。

もう二週間にわたって、本日の聖書箇所に触れていますし、献堂記念礼拝なのだから、昨年のようにルカによる福音書から離れて、別の箇所から御言葉を聴いてもいいのではないかと思われる方もあるかもしれません。たしかに、本日与えられた箇所には、教会という言葉も出てきませんし、建物にかかわるような話も出てきません。しかし教会という言葉が直接出ていないとしても、建物にかかわる話がなかったとしても、この箇所には教会にとって極めて大切なことが書かれているのであります。

昨年の献堂記念礼拝が終わった後、ある方がこのように私に言われました。「もしこの会堂が、火事か何かでなくなってしまったとしても、同じ気持ちで礼拝ができるかどうか、考えさせられました」、そう言われたのを覚えております。今ですと、火事よりも地震のことの方を考えなくてはならないかもしれませんが、仮に何らかのことによって会堂がなくなってしまったとしたら、そこで問われるのはやはり信仰なのであります。会堂がなくなってしまうという大きな出来事があったら、私たちの信仰も果たしてなくなってしまうものなのでしょうか。

会堂を失うということが教会にとって大きな試練であることは間違いないことですが、試練のときに信仰が問われるのは、会堂の問題だけではありません。教会の中でも外でも、私たちは大きな試練や苦難にさらされるときがあります。そのときにも私たちは立ち止まって考えざるを得ない。果たして私たちの信仰は、試練のときにどうなってしまうのか。なくなってしまうのか、しぼんでしまうのか。それとも、どんなことがあっても変わることがないのか。和田先生が言われた問題意識にも通じる問いになってくるのであります。

この問題を考えるときに、本日与えられた箇所が極めて重要になってきます。ペトロが一体どのような言葉で信仰を言い表しているのか、この言葉をわきまえておくことが大切です。ペトロは「神からのメシアです。」(二〇節)という言葉で信仰を言いました。

この言葉は少し意訳をした表現になっています。もとの言葉を直訳するならば、「神のキリストです」とペトロは答えています。「メシア」というのは救い主のことですが、ヘブライ語です。新約聖書はギリシア語で書かれましたから、ヘブライ語のメシアという言葉をギリシア語で当てはめると「キリスト」という言葉になります。

よく勘違いをされるのですが、イエス・キリストというのは姓名の名前ではありません。社会の教科書や歴史の本にはイエス・キリストと書かれているのではないかと思いますが、主イエスの名前は「イエス」だけであります。当時はどこにでもいるような名前でありました。同じ名前の人がたくさんいると紛らわしいこともあるでしょうから、出身地を前につけて「ナザレのイエス」というように呼ばれることもありました。あるいは父親の名前から「ヨセフの子であるイエス」というように呼ばれたこともあったでしょう。

これらの呼び方に加えて、主イエスのことを「イエス・キリスト」と呼ぶこともできます。その場合は、一つの理解に基づいているわけで、イエスというこの人をキリストである、と言っているのであります。「イエス・キリスト」という呼び方は、最も短い信仰告白の言葉であるとある人が言っています。実際にその通りです。イエスというお方こそキリスト、メシア、救い主であることが、短いこの言葉に表れているわけなのであります。

私たちが神を信じて洗礼を受ける場合、信仰の言葉を学んでいくことになります。かつて和田先生がこの教会の牧師だった時代に、ある方が洗礼を受けたいと和田先生に申し出られたら、使徒信条を学びなさいと言われたのだそうです。当時はこの教会は日本基督教団に属していませんでしたから、日本基督教団信仰告白というような言葉を持っていなかったのです。そこで、全世界のほとんどの地域で通用する信仰の言葉である使徒信条を学びなさいと、和田先生は言われたわけです。日本基督教団信仰告白の言葉の後半は使徒信条でありますから、洗礼を受けるというお申し出があった場合は、やはり今でも使徒信条を学んでいくことになります。

使徒信条の言葉は「イエスはキリストである」という言葉に比べれば、もう少しボリュームのある言葉です。信仰の言葉もペトロの時代から発展をしていき、数百年かけて使徒信条の言葉にたどり着きました。しかし根本的なところはまったく変わっていません。同じであります。どういうところが同じなのかと言いますと、信仰の言葉として、神とは一体どんな神なのかということを言い表していて、私たち自身にはまったく依存しない言葉であることです。たとえ私たちが揺らいでしまっても、たとえどんなことが起ころうとも、神は神である。主イエスがキリストであることは変わりがないのであります。信仰の言葉はそういう性質の言葉なのであります。

信仰を言い表して洗礼を受けることが、ある種の決意表明であると考えられることがあります。しかしそれは正しくはありません。たしかに使徒信条も、「我…信ず」という言葉で信仰を言い表します。私が信仰を告白するわけですが、その内容は私に依存しない内容になっています。すでに存在している絶対に変わることのない信仰に私も同意をします、そのことを告白しているのであります。

四世紀の頃の話でありますが、洗礼を受ける際の様子が記されている書物が残されています。当時の洗礼式はイースターのときに行われるのが一般的であったようです。イースターの日の前日の夜に、洗礼志願者が洗礼堂と呼ばれる洗礼専用の建物に赴いて、洗礼を授けられることになります。その洗礼堂に入る前に、まずは西に向かって一つの決意表明がなされます。私は今後、サタンとは決別する。神ならぬものを神としない、そのような決意表明がなされます。

そして今度は光の方角である東を向きます。夜でありますから、朝の光が射して来るのは東からであります。東の方角を向いて、父と子と聖霊に対する信仰を言い表します。使徒信条と同じような信仰を告白するのです。それが終わりますと、いよいよ洗礼堂の中に入って、洗礼が授けられることになります。当時のすべての洗礼式がこのように行われていたのではないでしょうけれども、これが洗礼式の一つの様子であります。西に向かってサタンとの決別をするということが、洗礼の際に行われることがあったようです。

しかし今日、このようなことを続けている教会は、探せばあるのかもしれませんが、ほとんどないでしょう。その後、教会がこのような決意表明を洗礼の際にしなくなったことは正しいことであると私も思っています。いくら私たちが決意表明をしたところで、それが洗礼の条件とはならないのです。ペトロもここで「あなたはキリストである」と信仰を言い表していますけれども、主イエスの十字架を前にして、一つの決意表明をしてしまいます。「主よ、御一緒なら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(ルカ二二・三三)。

実際はそのようにならなかったわけで、ペトロの決意表明はわずか一日で崩れてしまったわけです。私たちにとってもがっかりさせることかもしれませんが、いくら私たちが決意表明をして洗礼を受けたとしても、その決意が揺らいでしまえば、それでおしまいです。試練によって決意が薄れてしまった、なくなってしまった、それならば洗礼は無効ですということになってしまいかねません。

しかしそうではないのです。私は生涯、固く信仰を守り続けます、キリスト者の名に恥じないような立派な生活をします、そのような自分の強さによって信仰を持ちますと言うのではなくて、「あなたはキリストです」と言うのであります。強いどころか弱い私かもしれない。試練にも苦難にも、私自身は揺らいでしまうかもしれない。しかしどのようなことがあっても、あなたは変わることがない。あなたが私の救い主であることを止められることはない。信仰を言い表すとは、自分のことを言い表すのではなく、神がどういうお方であるかを言い表すことなのであります。私たちが信仰を言い表すことができるのは、他の誰でもない、変わることがない神によって支えられているからなのであります。

ペトロが信仰を言い表す場面はルカによる福音書だけではない。他の福音書にも記されております。マタイによる福音書では、主イエスとペトロのやりとりがもう少し詳細に記されています。「イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」(マタイ一六・一五~一八)。

ペトロが信仰を言い表した後に、主イエスの言葉が続きました。あなたにこのことを現したのは人間ではない、自分の力によって告白したのではない。天の父によってである。つまり神に支えられて、あなたがこの信仰を告白することができたのだと主イエスは言われたのです。そして神に支えられて信仰を告白したあなたは、岩であり、この岩の上に教会を建ててくださると言われたのです。ペトロ自身が強かったから岩になることができたのではなく、ペトロが揺らぐことがない信仰を告白したからこそ、主イエスは、あなたは岩であると言ってくださり、この岩の上に教会を建ててくださったのであります。

ルカによる福音書はマタイによる福音書とは少し違う書き方がなされています。しかしそれでも、ペトロが信仰を言い表すとき、やはりペトロは神に支えられていたことが分かります。このときもペトロは主イエスの祈りによって支えられていました。本日、私たちに与えられた箇所の最初のところにはこうあります。「イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。」(一八節)。

ルカによる福音書は、主イエスの祈りの姿を大切にしています。しかも主イエスが祈られた直後には、重大なことが起こったり、重大な話がなされることが多い。十二人の弟子たちも、主イエスの徹夜の祈りによって選ばれた者たちでありました。このときは主イエスお一人で山に登られ、そこで徹夜の祈りをされました。弟子たちは自分たちが徹夜の祈りによって選ばれたことを、知る由もなかったかもしれません。

ペトロが信仰を言い表すこのときも、主イエスが祈っていてくださった。主イエスは自分がこれから重大なことを問うことをよく知っておられた。「あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」(二〇節)。「神からのメシアです。」(二〇節)、ペトロはそう答えることができました。ペトロがこのようにして信仰を言い表すことができたのも、主イエスの祈りによって支えられていたからなのであります。

私たちも信仰を言い表すとき、私たちの周りの者たちももちろんそうですが、主イエスが私たちのために祈っていてくださることを忘れるわけにはいきません。私たちの知らないところで、徹夜の祈りさえしてくださっているのかもしれないのです。私たちが自分の力で信仰を言い表すのでもない。自分の強さによって信仰を告白するのでもない。そうではなくて、ただ神が支えてくださるからこそ、私のために祈ってくださるからこそ、できることなのであります。

信仰を言い表し、洗礼を受けること、それは人生に揺るがない土台を据えさせていただくことであります。ペトロにとってもここで信仰告白ができたのは、その後の歩みに決定的な意味を持ちました。主イエスを知らないと言ってしまったときばかりだけではない。その後の使徒として、福音を宣べ伝えていく歩みは、困難なことが多い歩みでありました。最後にはローマで殉教したと伝えられています。そのペトロにとって支えだったのは、自分が信仰を言い表したという事実でありました。

揺らいでしまう自分にとって、決して変わることのない方の支えによって、決して揺らぐことのないお方に対する信仰を言い表すことができた。「あなたはキリスト」、このお方が救い主であることを止められることはないのです。たとえ人生の試練によって自分が揺らいでしまっても、教会の会堂がなくなってしまっても、このお方が私たちの救い主でいてくださるのです。