松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2011年5月29日(日)
説教題「荒波に勝る信仰」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第8章22節〜25節

ある日のこと、イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われたので、船出した。渡って行くうちに、イエスは眠ってしまわれた。突風が湖に吹き降ろして来て、彼らは水をかぶり、危なくなった。弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった。イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。弟子たちは恐れ驚いて、「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と互いに言った。

旧約聖書: 詩編 第107編 23〜31節



レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
ガリラヤ湖のキリスト (Christ on the Sea of Galilee) / ウジェーヌ・ドラクロワ (Ferdinand Victor Eugène Delacroix)

ガリラヤ湖のキリスト (Christ on the Sea of Galilee) / ウジェーヌ・ドラクロワ (Ferdinand Victor Eugène Delacroix)
ウォルターズ美術館 蔵 (The Walters Art Museum)
(メリーランド州/アメリカ合衆国)
(Maryland MD , United States of America )

クリックすると作品のある「wikipedia」のページにリンクします。

「湖の向こう岸に渡ろう」(二二節)。これは主イエスのお言葉であり、主イエスの意志が表れている言葉であります。主イエスは神の子です。その主イエスが言われたからには必ずその通りになる。神を信じる者はそのことを信じています。突風が吹き降ろしてきても、水をかぶろうとも、舟は沈むことなく、向こう岸に到着するのです。たとえ沈みそうな危うい舟であっても、主イエスが言われたからには、必ず向こう岸に着くのであります。

舟というものは、地上に建てられている建物に比べて、どこか危ういというところがあると思います。しかし古くから、教会は舟にたとえられてきました。嵐の中でも揺らぐことがなく、しっかりと建てられた建物の方が、イメージとしてはよいのかもしれません。けれども、古くから教会に生きる多くの者たちは、教会は舟であると考えてきました。

そのことがよく表れている一つの例でありますけれども、礼拝堂の中で皆さまが座っているところを「会衆席」と言うことがあります。会衆席という言葉を英語で言いますと”nave”という言葉になります。この言葉を英語の辞書で引きましたら、もちろん「会衆席」という意味が記されていましたけれども、それと合わせてこう書かれていました。「”navis”(ラテン語)。教会を舟にたとえた?」。

辞書であるならばクエスチョンマークなど付けずにきちんと調べて書いてもらいたいものですけれども、実際にはこの辞書が言っている通りです。教会が古くから大切にしてきた言葉であるラテン語で舟は”navis”と言います。その言葉が発展して、礼拝堂の「会衆席」という意味になった。教会を舟と考えているからであります。

なぜそのように考えてきたのでしょうか。大きく分けまして、二つの理由があると思います。一つは創世記のはじめにあります「ノアの箱舟」の物語に由来します。このときも、神が箱舟を作りなさいと命じた言葉がありました。「わたしはあなたと契約を立てる。」(創世記六・一八)という神の約束の言葉が、大洪水よりも前にありました。

そして大洪水が起こる。ノアの家族と動物たちは箱舟に乗って救われました。しばらくして約束通り、契約も結ばれました。本当に神の言葉がその通りに実現したのです。昔の教会の人々も、この物語を聴いてきたのだと思います。そしてここで言われている箱舟が教会であると理解した。他のどこにでもない、やはり救いは教会にあるからであります。

教会が舟であることのもう一つの理由は、弟子たちの多くが漁師であったことに関係するでしょう。弟子たちはガリラヤ湖で漁をして、生計を立てていた。漁のプロであります。その漁師たちが主イエスに声を掛けられて、弟子にされた。やがては使徒になった。伝道者になった。主イエスが救い主であると宣べ伝え、洗礼を授け、教会を建てていった。

その様子を漁に譬えることができると思います。舟から網が打たれる。その網にかかった魚が舟に乗せられる。舟は教会です。伝道という漁をする。網にかかった者が教会という舟に乗せられる。そうすると今度は網にかかった者が、舟からまた網を打つことになる。このような漁をする様子も、教会の姿をよく表していると思います。

そういうわけで、教会は舟であると古くから教会の人々は考えてきました。舟であるとはどういうことでしょうか。どんなイメージを抱かれるでしょうか。舟と言いますと、陸の上に建てられた建物ではありませんので、どこか心もとないところがあると思います。

私が子どもの頃、舟に乗ることが怖かったのを覚えています。小さいころから水泳を習っていましたけれども、習っているだけに、自分の泳げる距離もわきまえていた。舟が陸から離れていく。ああ、まだこの距離ならば、たとえ舟が沈んだとしても陸まで泳いで助かることができる。ああ、もうこんなに離れてしまっては、泳いでいくこともできないだろう。そうなると、救命胴衣はあるのか、救命ボートは備えられているのか、などといろいろと心配をしたことを覚えております。

同じように、舟はどこか心もとないという思いが皆さまにもあると思いますが、実際に教会の歩みもまた、非常に心もとないものでありました。私が研究をしております神学の分野は歴史神学になります。それも古代教会に関することです。二世紀からせいぜい四世紀ごろまでの範囲でありますが、私が研究をすればするほど、その当時の教会の様子を知れば知るほど、よくぞまあ、これで教会という舟が沈没しなかったものだと思わされます。

これは何も二世紀や三世紀だけに限った話ではなくて、今も含めて、いつの時代にも、教会は絶えず危うく沈みそうになる歩みをしてきたわけですが、特に二世紀や三世紀がそうであります。この時代はまだ聖書がきちんと確立していなかった時代です。信仰の言葉も整えられていない。主イエスとは誰かという問いに対しても、「まことの人であり、まことの神である」という考えももちろんありましたけれども、「いや、ただの人だ」という考えも根強かった。いろいろな考え方が教会に持ち込まれ、一体どちらが正統でどちらが異端だという戦いが繰り広げられておりました。

そのような中で、優れた教会のリーダーが与えられて、正統的な信仰が確立していったのですが、もしもそのリーダーがいなかったら、今の教会はなかったのではないかとさえ考える人もいます。少なくとも、教会の発展が百年、二百年、遅れてしまったのではないかと言う人もいます。そのような評価が出てくるくらい、教会は順風満帆の歩みをしていたのではなくて、荒波の中で船旅をしてきた。教会が順風満帆の中で舟を進めてきた時代などないのではないかと思います。絶えず沈みそうになるような歩みを、しかしそれでも決して沈没することなく、そんな歩みを教会は続けてきたのであります。

私たちもこの舟に乗っている。皆さまは今、会衆席に身をおいて礼拝をしています。舟に乗っているのであります。弟子たちと同じ経験をしている。教会は舟だと考えてきたその後の教会の人々と同じ経験をしているのであります。

この舟には主イエスがお乗りになられています。本日、私たちに与えられました聖書の箇所にも、はっきりとそう記されております。しかしその主イエスが眠ってしまわれる。このとき、おそらく主イエスはお疲れだったのだと思います。群衆に一生懸命、話をしたのだと思います。疲れていた主イエスには休んでいただいて、弟子たちが舟の漕ぎ手を引き受ける。何しろ弟子たちの中には漁師が多く、しかも漁師の仕事を実際にしていた湖でのことでありましたから、なんでもないことだと思ったに違いありません。

しかし事態はそうはならなかった。「突風が湖に吹き降ろして来て」(二三節)とあります。ガリラヤ湖によくあることだったようですが、このときの風はいつにも増してすさまじかったのでしょう。「彼らは水をかぶり、危なくなった」(二三節)とあります。水をかぶるというとあまり深刻さが伝わってこないかもしれませんが、ここで使われている言葉は「いっぱいになる」「満ちる」という意味のある言葉です。舟から水をかき出さないと沈んでしまう状況だったのでしょう。弟子たちは「先生、先生、おぼれそうです」(二四節)と言っていますが、かつての口語訳聖書では「死にそうです」と訳されていました。本当に切迫した状況だったのだと思います。

そんな中、主イエスは何をしておられたのかと言うと、眠っておられた。水がかぶらない場所で眠っておられたのでしょうけれども、嵐のさなかにあって、主イエスのところだけは、嵐とは関係ないかのように、静けさがあったという状況です。主イエスが嵐の中で眠っておられる。このお姿は私たちを動揺させるお姿であるかもしれません。

眠っているというのはどういうことか。眠っている人は、基本的に何もできません。その人に何かを尋ねようとしても、起こさない限り、答えられない。何かをしてもらおうと思っても、起こさない限り、何もしてもらえない。存在はそこにあるかもしれない。しかし少なくとも眠っている間は役に立たない。眠っているとはそういうことです。

しかも弟子たちにとって、この時ほど助けてもらいたいと思ったときはなかったでしょう。主イエスが役に立たないなどというのでは困る。しっかりと起きていていただきたい。しかしその一番助けてもらいたいときに主イエスが眠っておられた。主イエスのこのお姿は私たちを動揺させます。

神がおられるけれども、何もして下さらない。このような神のお姿が記されている聖書箇所は案外多いものです。松本東教会では週の半ばの日に祈りの会をもっております。祈りの会では詩編を読みます。詩編は全部で一五〇編ありますけれども、一五〇の祈りがあると言ってもよい。その日に与えられている詩編の箇所を読みます。私が短く話をいたします。

話をするときに私が心がけていることは、この詩人がどのような状況に置かれていて、どのような思いでこの祈りを祈っているのかということです。今までたくさんの詩編の言葉を読んできましたけれども、苦難の中に置かれている詩人が多い。荒波の中にいるのです。その中で祈っているのです。そうしますと、このような祈りの言葉が出てくることになります。「主よ、奮い立ってください。なぜ、眠っておられるのですか。」(詩編四四・二四)。

主よ、眠っていないで起きてください、ということですが、もちろん詩編のこの詩人は神を信じる信仰者です。しかしまるで神が眠っておられるかのような思いにさせられている。このような表現は詩編の中にも多く見出すことができます。なぜ神は黙って見ておられるのか、起きて何か言ってくださらないのか、何かして下さるべきではないのか。

このような状況は私たちにも思い当たるところがあります。私たちも神からの答えを待っているときがある。神が何かをして下さることを待っているときがある。しかし神が眠っておられるかのように、何も答えてくださらない。何もして下さらいない。そのようなときに、私たちはどうすればよいのでしょうか。その答えを、本日私たちに与えられた聖書の箇所から見出すことができます。

弟子たちはどうしたのかと言いますと、主イエスを起こしてしまいました。「しまいました」という表現を私は用いましたけれども、やはり弟子たちは起こして「しまった」のであります。なぜかと言うと、主イエスが風と荒波を沈められた後に、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(二五節)と言われてしまったからです。あなたがたの信仰は一体どこに行ってしまったのかと、弟子たちは主イエスに叱られてしまったのです。

ですから、弟子たちのここでの行動を正当化するわけにはいきません。弟子たちが困難な状況に置かれたけれども、それを主イエスがただ単に救ってくださった、この物語はそのような単純な話ではないのです。叱られてしまったということを考えると、やはり弟子たちは主イエスを起こさずに、舟を漕ぎ続けるべきだったのであります。嵐の中でも、主イエスがすぐ横で眠っておられる状況の中でも、主イエスを起こすことをせずに、たとえ奇跡が起こらないとしても、漕ぎ続けるべきだったのであります。

そんなことができるのかとお思いの方もおられるかもしれません。自分だったらすぐにでも主イエスを起こしてしまいそうだと言われる方もあると思います。確かに私たちはすぐにでも神に起きていただきたい。起きあがって、どうにかしてほしいと思います。しかし実際にはそういう状況にならないわけで、いまだに答えが得られていないことも多い。

最近は尋ねられることが少なくなりましたが、震災が起こった直後から、なぜあの地震と津波が起こったのかという質問をたくさん受けました。その問いを尋ねる心には、なぜ神は眠っておられるのか、何もしてくださらなかったのか、今なおなぜ眠ったままでおられるのかという思いがあると思います。弟子たちは起こしてしまいましたけれども、私たちは残念ながら神を起こすことすらできない。答えが欲しくても答えが得られない。そんな私たちはどうすればよいのでしょうか。

やはり鍵となってくるのは、主イエスの最初のお言葉であります。「湖の向こう岸に渡ろう」(二二節)。この言葉に私たちは希望を見出すことができます。この説教の準備にあたりまして、ある注解書の内容にとても心を惹かれました。これは毎回読んでいる注解書でありますけれども、そこに書かれている言葉によって黙想が膨らんでいきました。

その注解書を記した聖書学者は、ここでの主イエスが嵐を静められた物語と、使徒言行録の最後にあります物語、これもやはり嵐の物語でありますけれども、その物語との関連を見ています。もう何度か申し上げていることですが、ルカによる福音書も使徒言行録も、同じルカによって記されました。簡単に言いますと、ルカによる福音書は主イエスがどのような救い主なのかということが記され、使徒言行録はどのように教会が建てられていったのかということが記されています。

書かれた順番としては、ルカによる福音書が先で、使徒言行録が後でしょうけれども、福音書を書いていたときに、すでに使徒言行録が念頭にあったのかもしれません。少なくとも、使徒言行録の最後の嵐の記事を書いたときに、ルカの頭の中には、主イエスが嵐を沈められたときのことがあったでしょう。

使徒言行録の最後の嵐の物語とは、使徒パウロがローマへの船旅をするときの話であります。今度の舞台はガリラヤ湖ではなく、地中海であります。船旅の最初はよかったのですけれども、嵐に遭ってしまった。積荷を捨てたり船具を投げ捨てたり、何日もの間、太陽も星も見えなかったり、ついには助かる望みさえ消え失せようとしていました。そんな状況の中で、パウロただ一人、悲観することはありませんでした。なぜかと言うと、パウロにもやはり約束の言葉が与えられていたからです。「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。」(使徒言行録二七・二四)。

この言葉は「湖の向こう岸に渡ろう」という言葉に等しい言葉です。向こう岸に渡ろうと主イエスが言われたからには、必ず向こう岸にたどりつく。これと同じように、「皇帝の前に出頭しなければならない」という言葉を受けたからには、必ずそのように実現する。パウロはこの約束をただ信じただけです。パウロは眠っておられる神を起こしてしまうようなことをしたわけではない。なぜ起きてくださらないのかと嘆いたわけでもない。奇跡が起こることを期待したわけでもない。相変わらずこの先、何が起こるのかは分からない状況が続いたのだと思いますが、ただ最初の約束の言葉を信じたのであります。結果的に、パウロはマルタ島と呼ばれる島にたどり着き、やがてはローマにたどり着いたのであります。

パウロのこのような歩みと同じ歩みを私たちもできるのであります。嵐のときにパウロが置かれた状況も、弟子たちが置かれた状況も、詩編の詩人たちがおかれた状況も、そして私たちが置かれている状況も同じであります。弟子たちは主イエスを起こしてしまい、叱られてしまいましたけれども、私たちはもはや起こす必要はない。弟子たちは「この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」(二五節)と言いました。私たちはその答えを知っているのです。

この方こそ、私たちの救い主であります。風や波はもちろん、病や悪霊や、死や罪に対しても勝利することができるお方であります。このお方が舟の中におられる。眠っておられるかもしれない。私たちの期待通りに行動して下さる方ではないかもしれない。しかし私たちと共に舟の中にいてくださる。私たちが最もよいと思うときにではなく、神が最もよいと思われるときに、行動をして下さる。そのお方が私たちと共におられるのであります。主イエスが共にいてくださる限り、たとえ最悪のことが起ころうとも、私たちは絶望する必要はないのであります。舟をこぎ続けることができるのであります。

本日、合わせてお読みした旧約聖書の詩編の言葉もまた、舟にかかわることです。後半の二九~三〇節にはこうあります。「主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、波はおさまった。彼らは波が静まったので喜び祝い、望みの港に導かれて行った。」(詩編一〇七・二九~三〇)。ここでの目的地は「望みの港」であります。主が船旅を導いてくださり、たどり着くことができたのであります。

ある説教者が「向こう岸」ということに関して黙想を膨らまし、このように言いました。「私たちが目指している向こう岸とは神の国である」、と。「向こう岸」あるいは「望みの港」には何があるか、目的地はどこかと言うと神の国なのであります。教会という舟は絶えず沈みそうになっている舟です。どう見ても心もとない。風や波によって揺さぶられている。しかしそれでも、この舟は必ず向こう岸に着くのであります。神の国が必ず実現するのであります。神の支配が行き渡り、神の御心がなされる、そのような神の国が実現するという約束がある限り、教会という舟は沈むことがない。必ず向こう岸にたどり着く。

だからこそ、折りが良くても悪くても、私たちは舟を漕ぎ続ける。神が眠っておられるかのように思えても漕ぎ続ける。奇跡が起こっても起こらなくても舟を漕ぎ続ける。それができるのは、私たちに確かな約束が与えられているからであります。神が最もふさわしい形で私たちの舟を導いてくださるのであります。