松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2013年4月7日(日)
説教題「気が付く前から神は一緒だった」

説教者 本城仰太 牧師 

新約聖書: ルカによる福音書 第24章13節〜35節

 ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

旧約聖書: 詩編 第139編1b〜6節








レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)

「エマオのキリスト ( Christ at Emmaus ) / レンブラント・ファン・レイン ( Rembrandt Harmensz. van Rijn )

「エマオのキリスト ( Christ at Emmaus ) / レンブラント・ファン・レイン ( Rembrandt Harmensz. van Rijn )
ルーヴル美術館 蔵 ( Musée du Louvre )
パリ( Paris )/フランス

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「エマオの晩餐 ( The Supper at Emmenés ) / レンブラント・ファン・レイン ( Rembrandt Harmensz. van Rijn )

「エマオの晩餐 ( The Supper at Emmenés ) / レンブラント・ファン・レイン ( Rembrandt Harmensz. van Rijn )
ジャックマール・アンドレ美術館 蔵 ( Musée Jacquemart-André )
パリ( Paris )/フランス

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この礼拝の最初のところで、讃美歌三九番を歌いました。歌詞が一番から五番まであります。それぞれの最後のところで、「主よ、共に宿りませ」と歌います。この讃美歌は、讃美歌が印刷されているページの上のところに「夕」と書かれてありますように、夕方の讃美歌です。「日暮れて四方は暗く」と歌う歌詞からも、お分かりになると思います。

この讃美歌三九番が載せられているページに、それ以外にも様々な情報が載せられています。楽譜の右下のところには、聖書の箇所が四箇所、記されています。この讃美歌の歌詞が、それらの讃美歌が基になっているということです。その中に、ルカ二四・二九とあります。本日、私たちに与えられた箇所です。「二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。」(二九節)。この「一緒にお泊まりください」という言葉が、讃美歌の中では「共に宿りませ」となっているわけです。

この讃美歌は、ヘンリー・ライトという人によって歌詞が作られました。ページの左上のところに名前が印刷されてあります。大塚野百合さんという方が『讃美歌・聖歌ものがたり』という本を出版されていますが、この本の中に、ヘンリー・ライトがどのようないきさつでこの讃美歌を作ったのかということが書かれています。

それによるとこういういきさつがあったようです。ヘンリー・ライトは幼い頃に両親を亡くし、孤児になってしまいました。それでも苦労して牧師になった。都会の教会よりも、地方の教会で務めにあたったようです。あるとき、自分が牧会する教会の教会員の死を看取らなければならなくなった。臨終の床にかけつけると、その教会員は ”Abide with me” と言って息を引き取った。この言葉は、左上のところにも印刷されています。この讃美歌のタイトルです。

古い英語の聖書を開きますと、「一緒にお泊りください」という言葉が、”Abide with me”となっています。このAbideという言葉は、私も知らなったのですが、古い英語の言葉が、新しい英語の言葉だと、Stayという言葉が用いられています。「私と一緒にいてください!」ということです。本日の箇所の「一緒にお泊りください」という言葉です。その息絶えた人は、最後にこの聖書の言葉を言って死んでいったのです。

ヘンリー・ライトは感銘を受けたようです。感銘を受けて、この言葉を基にして讃美歌を作ろうとした。途中まで作ったところで、なかなかその作業が進まず、未完成のまま時が流れていきました。そして彼が死を迎える頃になった。左上に1847と印刷されてありますが、これはこの讃美歌が出来上がった年でもあり、彼が死を迎えた年でもあります。彼もまた死を迎えるにあたって、この讃美歌の言葉を残して、死んでいったのです。

この讃美歌三九番は、「夕」とありますが、単なる夕方の讃美歌ではない。単に今日の聖書箇所、エマオへの道の物語を讃美歌にしたのでもない。死との戦いにある者たちの歌です。一番の歌詞もそうですが、二番から五番の歌詞は、特にそのことをよく表していると思います。

もう少し、ヘンリー・ライトが作った讃美歌の話をしたいと思いますが、ヘンリー・ライトはこの ”Abide with me” にどのような意味を込めたのでしょうか。実はもともとの讃美歌は歌詞が八番まであります。日本語だと五番までです。もとの讃美歌の一番、二番、六番、七番、八番が日本語になり、全部で五番までになったのです。

先ほど紹介した『讃美歌・聖歌ものがたり』を書いた大塚野百合さんは、もともとの讃美歌の三番が、日本語では抜け落ちてしまっているのが特に残念であると言われています。大塚さんの訳で、三番の歌詞を味わってみたいと思います。「私が求めるのは、主よ、私を一瞥し、ひとことかけて去られるのではなく、み弟子たちと一緒に住まわれたように、親しく、身を低くし、忍耐をもって自由に交わってくださることです。「一時的な滞在sojourn」ではなく、「一緒に住んでabide」くださることです」。

この三番の歌詞に、abideの意味がよく表されていると思います。一時的な滞在ではない。一緒に住んでくださることです。それもわずかな時間というのではなく、ずっと一緒に住んでくださるという意味に広げて考えることもできます。

今日の聖書箇所の二九節ですが、聖書の元の言葉のギリシア語ではどうでしょうか。「私たちと共に留まってください」というのが直訳です。留まるという言葉は、聖書の中で何度も何度も繰り返し用いられている言葉です。愛に留まる、信仰に留まる、キリストの教えに留まる。たくさん出てきます。一時だけ留まればよいというのではない。ずっと、生涯にわたって留まるという意味があるのです。

ヘンリー・ライトも死の間際に、このような思いを込めて、この讃美歌を完成させました。最初にこの二人の弟子たちが言った言葉が聖書に残されました。そして、”Abide with me” と最後に言い残して死んでいった教会員もいた。自分もそうでありたいとヘンリー・ライトも願った。主よ、共に宿りませ。いつまでもずっと私に留まってください。そういう信仰の心を歌う、美しい讃美歌が生まれたのです。

今日、私たちに与えられたこの話は、先ほど聖書の朗読をいたしましたし、丁寧に繰り返すことはもういたしません。二人の弟子たちがいた。クレオパと、もう一人は名前も記録されていません。それだけに、いろいろな推測がなされました。クレオパの息子だとか、クレオパの妻だとか、そんな推測もなされた。しかしここではそれに深入りしません。いずれにせよ、二人で歩いていたところに、三人目が加わった。ところがその三人目が誰なのか、二人には分からない。一緒に歩く中で、聖書の説きあかしをしてもらうのです。

この三人目が主イエスだったわけですが、この二人にとって、主イエスから直接、聖書の説きあかし、つまり説教をしてもらうというのは、なんとも贅沢な話しです。しかしこの二人は、自分たちは主イエスから直接、説教を聴いたのだ、そのように誇ったのではない。羨ましいだろう、と誰かに言ったのでもない。むしろ逆で、あの主イエスから説教を聴いたのに、最初は誰から説教を聴いているのか分からなかったのです。

なぜこの二人は分からなかったのでしょうか。聖書にははっきりとその理由が記されています。主イエスがこう言われています。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」(二五節)。この二人がなぜ分からなかったのか、それは信じていなかったからです。主イエスご自身もかつてご自分が復活すると予告されていましたし、そのことは聖書にも書かれていたことでありました。そのことが信じられない。だから目が遮られていた。主イエスを目の前にしても、この人が誰だか分からなかったのです。

そのような信じない者たちに対して、主イエスはどのように対応されたのでしょうか。お前たちは駄目だと叱責されたでしょうか。それとも、十字架の傷の跡が残っている、ご自分の手や足やわき腹をお見せになられたでしょうか。そうではありませんでした。聖書を丁寧に説いて語ってくださいました。一緒に歩いてくださり、説教を語ってくださったのです。

教会の基本的な営みは、説教を聴くことです。すでに洗礼を受けて、キリスト者になられている方も、説教を聴きます。信じて洗礼を受けたから、説教ももう卒業。必要ないということにはなりません。初めて礼拝に来られた方も、まだ洗礼を受けておられない方も、説教を聴きます。信仰を持ってから、信じてから説教を聴くのではない。とにかく説教を聴くのです。

松本東教会では、毎月、祈りの課題のプリントを配布しています。教会として、どのような祈祷課題があるのか、箇条書きにして載せられています。その中で、毎月必ず載せられている課題があります。「初めて礼拝に来られた方が続けて出席できますように」という祈祷課題です。

初めて来られた方が続けて礼拝に出席するためにはどうしたらよいのか、牧師たちの間でもよく話題になることです。教会としてこんな工夫をしているという話をきくことがありますが、何よりも説教であると思います。説教を聴いて、その説教によって、来週また来るのか来ないのか、判断されると言っても過言ではないでしょう。

牧師たちがよく言うのは、説教が分かることが大事だ。分かりやすい説教でないと、続けて来てくれない、と言います。確かにそれはもっともなことです。大事なことです。けれども、私はそれ以上に大事なことがあると思います。それは、ここには何かがあるという感覚です。教会以外では、他のところでは絶対に得ることができない何かがある。そのことを感じ取っていただくことの方が、私は重要であると思っています。誤解を恐れずに言うならば、多少説教が分からなかったとしても、ここに来続けていたら何かが手に入る。違う自分になれる。そう思って説教を聴いていただくことが大事だと思っています。

このことは、今日の話に出てくる二人の弟子たちも同じだったのではないかと思います。誰だか分からないけれども、三人目が自分たちに加わって聖書の話をしてくれた。もっと聴きたいと思った。日が暮れてきましたので、ありがとうございました、さようなら、というのではない。相手に強いてまで、一緒に泊まることを求めた。共に宿りませ、と願った。信じていないゆえに、目は遮られて、この人は誰だか分かりませんでしたが、この人には何かがある。この人の話には真理がある。そう思った。だから留まってください。”Abide with me” と言ったのです。

そのように請われて、主イエスは二人の弟子たちと共に宿をとってくださいました。夕食の食事の席につきました。まだ聖書の話は続いていたのかもしれません。主イエスが食事にあたり、「パンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しに」(三〇節)なられました。もしかしたら、このとき初めて主イエスの十字架の釘の跡が、手に残っているのが見えたのかもしれません。あるいは、かつて主イエスがパンを裂いてくださった仕草を思い出したのかもしれません。

いずれにせよ、ああ、このお方が主イエスであったということが分かった。今まで気が付かなかっただけで、ずっと一緒にいてくださったということが分かった。最初は二人だけだった。それがいつの間にか三人になっていた。その中に主イエスがいてくださったのです。

ある説教者が今日の聖書箇所の説教でこんなことを言っています。私たちは悲しみ、絶望にあるときに、どうすればよいか。その説教者は、一人で黙って抱えているべきではないと言います。クレオパともう一人の弟子は、「暗い顔をして」(一七節)いましたが、「二人は暗い顔をして」となっています。一人でいなかったのです。二人でいた。二人で語り合っていた。私たちもクレオパたちと同じように、信仰の友と語り合うべきだと、その説教者は言うのです。

そのように語り合っていると、いつの間にか主イエスが加わってくださる。私たちの苦しみを聞いていてくださる。信仰の友を見出す者は、なんと幸いなことでしょうか。さらに主イエスがその中に加わってくださるとすれば、それはなんと幸いなことでしょうか。最初は私たちの目は遮られているかもしれません。主イエスがおられるのに、気が付かないかもしれません。しかしそこに主イエスが来てくださる。「一緒にお泊りください」と願う私たちの願いに応えてくださる。目が開かれる前から、主イエスはずっと共に歩んでくださるのです。

私たちも、こういう経験をよくいたします。今、主イエスが一緒にいてくださる、今、神が働いていてくださる、私たちはそのことを感じ取るのには鈍感であると思います。そのときはなかなか気が付かない。けれども、振り返って考えてみると、目が開かれたような思いがする。ああ、神がこんなに恵みを与えてくださったのだ。主イエスが共に歩んでくださっていた。そのことに気付くのです。

年度末から年度初めの歩みを私たちは送っています。教会にはこの時期ならではの作業がたくさんあります。特に先週一週間はそうでした。事務作業に追われたと言えば、確かにそうであるかもしれません。しかし教会の事務作業は単なる事務作業ではない。神が私たちに与えてくださった恵みを数えることです。昨年度、神があんなことをしてくださった。こんな人を与えてくださった。あんなものを与えてくださった。資料をまとめながら、私はつくづくそのように思わされました。神の恵みに目が開かれた思いがするのです。

三二節にこうあります。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」(三二節)。後から振り返ってみて、あのとき、静かに心の内に炎が燃えていたではないかと言うのです。なんとも不思議な表現です。あのときに、自分の心の中に炎が燃えていて、エキサイトしていたことを、あのときに気付いたのではない。あとから気付いた。しかし静かにではあったかもしれないが、確かに私たちの心は燃えていたよね、と二人の弟子たちは語り合ったのです。

エルサレムからエマオに向かっていた二人でありましたが、目が開かれた後、すぐに来た道を引き返しました。エルサレムに到着すると、そこには仲間が集まっていました。二人だけでなく、もっと大勢の人です。主イエスがお甦りになられた。確かに甦られた。この人たちの中にも、静かな炎が燃え上がっていたのです。

私たちには情熱的に激しく信仰の炎を燃え上がらせる必要はありません。静かに、燃え上がらせればよい。神の恵みを後追いするだけかもしれない。しかし着実に燃えていればよい。それが私たちの信仰の歩みなのであります。