松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2013年3月10日(日)
説教題「十字架は赦しのしるし」

説教者 本城仰太 牧師 

新約聖書: ルカによる福音書 第23章26節〜38節

 人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた。民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。そのとき、人々は山に向かっては、/『我々の上に崩れ落ちてくれ』と言い、/丘に向かっては、/『我々を覆ってくれ』と言い始める。『生の木』さえこうされるのなら、『枯れた木』はいったいどうなるのだろうか。」ほかにも、二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。〔そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。民衆は立って見つめていた。議員たちも、あざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。

旧約聖書: ホセア書 第10章1〜10節






レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
「十字架を背負いて ( Bearing of the Cross ) / ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ ( Duccio di Buoninsegna )

「十字架を背負いて ( Bearing of the Cross ) / ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ ( Duccio di Buoninsegna )
ドゥオーモ付属美術館 ( Museo dell'Opera del Duomo )
フィレンツェ( Florence )/イタリア

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毎月、第一の日曜日の午後に長老会を行っています。先週も第一の日曜日でありましたから、長老会が行われました。毎年のことになりますが、三月と四月は、年度末と年度初めということもあり、長老会が少し長くなります。報告がなされ、いろいろなことを協議いたしました。それに合わせて、いろいろなことも話し合われました。

私は長老の方々の話を伺っていて、つくづく思ったのは、長老の中で誰一人、自分からなりたくて長老になったのではないということです。自分から立候補をするわけではない。例えば政治の世界ですと、政治家になるためには立候補をしなければなりません。選挙をして当選すれば、政治家になることができます。しかし長老はそうではない。立候補の制度などありません。自分がふさわしいとも思うことすらないと思います。それでも、強いられて長老となる。一体誰に強いられて長老になるのか。それは神にであります。

本日、私たちに与えられた箇所に、キレネ人のシモンと呼ばれる人が出てきます。この人は、主イエスの十字架を一時、代わりに負った人です。十字架につけられる場合、十字架を背負って、刑場まで歩かなければなりませんでした。十字架が重かったのか、鞭で打たれたりして体力がなくなっていたのかもしれません。十字架を背負えなくなった。そこで、たまたまその場に居合わせたキレネ人のシモンが、刑場まで背負うことになった。喜んで自ら申し出たのではない。ローマの兵隊に強いられてのことであります。

このキレネ人のシモンは、このときはローマの兵隊に強いられましたが、私たちもローマの兵隊からではない、他ならぬ神ご自身から何らかのことを強いられることがあります。主イエスもルカによる福音書の中で、二度にわたってこのようなことを言われました。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(九・二三)。「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」(一四・二七)。

私たちの歩みは、十字架を背負っての歩みになります。もちろん、主イエスと同じ十字架を背負うのではありません。キレネ人のシモンも一時だけ背負ったにすぎません。私たちが背負う十字架は、主イエスの十字架よりもずっと小さな十字架です。時にはそのことを強いられ、私たちは十字架を背負うのです。

今日のこの聖書箇所に出てくるキレネ人のシモンでありますが、この人は北アフリカからエルサレムに出てきた人です。このときは過越祭という祭りの期間中でしたが、おそらく過越祭に合わせてエルサレムに出てきたのだと思います。

キレネ人のシモン。名前がしっかりと記録されています。聖書の中に、名前入りで出てきていることをよく考えてみたいと思います。この福音書を書いた人物は、ルカという人ですが、ルカはテオフィロという人に宛ててこの福音書を書きました。もちろん、テオフィロ以外の読者も想定していたと思います。ルカが筆を執って書く際に、読者のテオフィロたちのことを考えると思います。キレネ人のシモンとわざわざ名前を出す必要があるだろうか。それとも、テオフィロたちはそんな男は知らないだろうから、ある男が、と書いた方がよいだろうか。そんなことを考えるだろうと思います。

ルカによる福音書を書いたルカだけでなく、マタイとマルコもそれぞれの福音書に、キレネ人のシモンのことを書きました。名前入りで書きました。なぜ名前入りで書いたのか。まず間違いなく、読者たちがその人物を知っていたからです。おそらくこのキレネ人のシモンは、初代教会の中で有名な人物だったと思います。人々に語り継がれてきた。最初はたまたまその場に居合わせただけで、十字架を強いられた。嫌々と十字架を背負った。喜んでではない。しかしやがて、この人はキリスト者になったと考えられています。伝説では伝道者にまでなった。そして教会の人々の間で、名が知られていたのであります。

キレネ人のシモンは、このような人物であったと推測することができますが、多くの人が、このキレネ人のシモンに自分の歩みを重ね合わせてきました。最初はあまり喜んでというわけではなかった。しかし主イエスと思わぬ形で出会い、そこから小さな十字架を背負って歩むようになった。キリスト者らしく歩みたければ、キレネ人のシモンのようにあれ。ここに模範があると人々は考えてきたのです。小さな十字架を背負っての歩みであります。

シモンの他に、このとき主イエスと歩みを共にしている人たちがいました。婦人たちであります。シモンは強いられて主イエスと歩みを共にしました。婦人たちは自主的です。それでは、婦人たちこそ模範となるべきなのでしょうか。確かに模範と言えば模範なのかもしれませんが、婦人たちにも改めるべきところがありました。

この婦人たちが一体どのような婦人だったのか、今日の聖書箇所には一切触れられていません。主イエスの十字架から復活の話がこの後、続けられていきますが、この婦人たちがどんな婦人だったのかという記述があります。「それは、マグダラのマリア、ヨハな、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった」(二四・一〇)。ルカによる福音書には、弟子たちだけではなく、婦人たちも一緒に歩んできたことが記されています。その婦人たちが悲しむのは、当然のことであると言えばその通りです。涙を流すのも当然のことです。

しかし主イエスはこのとき口を開かれる。裁判の時は、主イエスはたった一言だけ言葉を発せられましたが、それ以外はすべて沈黙をされていました。その沈黙を打ち破り、主イエスが十字架にお架かりになる前に、最後の教えをお語りになられた。それがこの箇所です。「わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。」(二八節)と言われます。主イエスが言われているのはこういうことです。泣くのは結構だけれども、私のためではなく、自分のために泣きなさい。もっと詳しく言うと、十字架に架かる私のためではなく、罪人である自分たちのために泣きなさいと言われるのです。

このことを、三〇~三一節で主イエスが引用されているホセア書から考えてみたいと思います。ホセア書は、預言者ホセアの書です。ホセア書では一体何が語られているのか。いろいろなことが語られていますが、どうしても忘れてはならないのは、愛であります。旧約聖書には新約聖書ほど「愛」という言葉が出て来ないのですが、ホセア書では何度も愛という言葉が出てきます。旧約聖書で語られている愛を知りたければ、ホセア書は絶対に外せない箇所になります。

なぜホセア書でたくさんの愛が語られているのか。それは、神とイスラエル、神と人間と言ってもよいのですが、結婚している男女にたとえられるからです。神が夫、人間が妻です。神と人間は夫と妻の関係になぞらえている。夫は妻のみを愛する。妻は夫のみを愛する。もちろん、神は人間を愛しました。この上ない愛を注ぎました。しかし妻の方はどうだったか。妻は夫を愛さない。そればかりではなく、他の神々と関係を持ってしまう。他の神々を神と拝む。偶像礼拝をしてしまう。いわば姦淫をしてしまうのです。

こうなってしまいますと、いくら夫の方が誠実であったとしても、妻が姦淫をしているわけですから、その夫婦の愛は破たんしてしまうと思うのが普通でしょう。ホセア書でも愛の破たんの厳しさが語られていますが、それ以上に激しく語られているのが、それでも妻を赦す神の愛です。たとえば、ホセア書第三章一節にこうあります。「主は再び、わたしに言われた。「行け、夫に愛されていながら姦淫する女を愛せよ。イスラエルの人々が他の神々に顔を向け、その干しぶどうの菓子を愛しても、主がなお彼らを愛されるように。」」(ホセア三・一)。

そして今日の第一〇章の箇所です。「イスラエルは伸びほうだいのぶどうの木。実もそれに等しい。実を結ぶにつれて、祭壇を増し、国が豊かになるにつれて、聖なる柱を飾り立てた。」(ホセア一〇・一)。イスラエルが他の神々と通じてしまったことがここでも語られています。そうして主イエスが引用された八節の箇所が登場します。「アベンの聖なる高台、このイスラエルの罪は破壊され、茨とあざみがその祭壇の周りに生い茂る。そのとき、彼らは山に向かい、「我々を覆い隠せ」丘に向かっては、「我々の上に崩れ落ちよ」と叫ぶ。」(ホセア一〇・八)。イスラエルの罪があまりにも大きすぎて、裁きに耐えられそうにない。だから山と丘に向かって、我々を守るように我々を覆い隠せ、我々の上に崩れ落ちよ、と叫ぶわけです。

預言者ホセアが語ったのは、このような厳しいことでもありますが、不誠実だった妻を赦す愛が語られます。「わたしは背く彼らをいやし、喜んで彼らを愛する。まことに、わたしの怒りは彼らを離れ去った。」(ホセア一四・五)。夫の方がその痛みを被って、厳しい思いで赦す。それほどの愛が神にはあるのです。


預言者ホセアが示した痛ましいほどの神の愛が、本当の意味で実現したのが、この十字架においてであります。ルカによる福音書に戻りますが、本日の箇所の三四節に、主イエスの祈りの言葉が記録をされています。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(三四節)。この主イエスの祈りは、多くの人の心を捉えてきた祈りです。自分が犠牲になってまで、人の赦しを求める祈りです。この祈りに驚きを覚える方も多いと思います。たとえ聖書をほとんど読んだことのない方であっても、まだ洗礼を受けておられない求道者の方にとっても、普通の心境では聞けない祈りです。

この祈りに私たちの信仰のすべてが表されていると言ってもよいと思います。教会には教理というものがあります。教理とは、私たちが一体なぜ救われるのか、その救いの道筋をはっきりとさせたものです。教理が難しく感じられるときもあるかもしれません。教理を勉強する必要もあるかもしれません。しかし難しい教理をたとえ知らなかったとしても、私たちの信仰とは一体何かを問われたとき、主イエスのこの祈りだと言えばよい。主イエスの短い祈りに、私たちの救いのすべてが込められていると言ってもよいと思います。

主イエスがここで祈ってくださった。「彼ら」のためにです。彼らが一体誰なのか、長い間、そして今も、聖書学者たちによっていろいろと論じられています。しかしここではそのことを取り上げる必要はないと思います。他ならぬこの私のために、自分のためにこの祈りを主イエスが祈ってくださった。そう信じるときに、私たちの信仰が生まれるのです。

先週の月曜日、東海教区の信徒修養会があり、出掛けてまいりました。信徒修養会では、ある講師の牧師をお招きして、その話を聞きました。信徒修養会ですので、難しい話ではありません。その先生の子どもの頃の話や、教会での体験談などをお話ししてくださいました。

その話の中で、その先生が中学生だったときの話をご紹介したいと思います。その先生は、小・中・高校とミッションスクールに通っておられました。その後、神学校に行かれ、牧師になられたわけです。ミッションスクールでは、礼拝の時間があります。そして中学生のとき、この時期は多かれ少なかれ、誰でも似たようなことがありますが、友人たちと何人かで礼拝をボイコットした。それを先生に見つけられてしまい、停学処分になってしまった。

停学処分が明けて、学校に来られるようになり、しばらく、早朝掃除をやらされたそうです。担当した場所は校長室の前。その学校では、毎朝、校長が早くに学校に来られ、宗教主任の先生と二人で、一日が始まる前に祈りをされていたのだそうです。校長室の前を掃除していると、中から声が聞こえてくる。「彼らをお赦しください…」という声が聞こえてきます。後になって、それは聖書の箇所であったことが分かったそうですが、そのときは、「彼ら」というのが自分たち停学処分を受けた生徒たちのことだと思ったのだそうです。

そして「彼らをお赦しください…」という言葉の後に聞こえてきたのは、自分たち一人一人の名前を挙げて祈っていた声でした。「○○君と○○君は今、停学処分を終えて、早朝掃除をしていますが、どうか彼らをお導きください」という祈りの声だったのです。自分のことを祈ってくれたその祈りを聞いて、初めて心を入れ替えた。早朝掃除をしたことによってよりも、祈られたことによって変わることができた。その先生はそう話してくださいました。

私たちも、このように祈られて初めて変わることができるのです。松本東教会では水曜日の朝、木曜日の夜、祈りの会をもっています。祈りの会ではもちろん祈るわけですが、毎月、皆さまにお配りしている祈りの課題の中から、もちろんそれだけではありませんが、その中からいくつかを取り上げて祈っています。特に多く祈られるのは、教会の内外の方たちを覚えての執り成しの祈りです。長老、様々な奉仕者、病を得ておられる方、教会になかなか来られない方、悲しみを覚えておられる方々など、具体名を挙げて祈る場合もあります。

私たちですら、そのように祈っています。まして、主イエスはなおさら私たちのために祈っていてくださいます。主イエスは十字架上で祈ってくださった。自分のためではなく、「彼ら」のためにです。十字架の周りにいた人たち、自分を救ってみろ、と主イエスに言いました。少なくとも二度にわたって言いました。彼らは、自分たちのことしか考えていなかったからです。自分を救うのが一番だと考えていたのです。しかし主イエスは違う。「彼ら」のために、人のために、そして私たちのために、主イエスは祈ってくださった。それも命を懸けて祈ってくださったのです。

主イエスのこの十字架に、自分が傷んでまで私たちを赦そうとする愛があります。預言者ホセアが示した神の愛です。主イエスは十字架にお架かりになる前に、このように言われました。「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい」(六・二七)。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」(ヨハネ一五・一三)。「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。」(二二・三二)。これらの言葉がことごとく、主イエスの十字架で実現しています。主イエスのこの祈りによって実現しているのです。私たちはこの祈りによって支えられているのです。

主イエスはこんなにも大きな十字架を背負ってくださいました。私たちはもうこのような大きな十字架を背負う必要はありません。キレネ人のシモンが背負ったように、小さな十字架を背負えばよいのです。婦人たちが自分たちのために泣けと言われたように、自分たちがまず悔い改めればよいのです。私たちは様々な形で小さな十字架を背負う。大きな十字架をすでに背負ってくださった主イエスに、少しでもお返しをするために、小さな十字架を背負うのです。