松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2013年2月10日(日)
説教題「主イエスの赦しのまなざし」

説教者 本城仰太 牧師 

新約聖書: ルカによる福音書 第22章54節〜62節

 人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠く離れて従った。人々が屋敷の中庭の中央に火をたいて、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。するとある女中が、ペトロがたき火に照らされて座っているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言った。しかし、ペトロはそれを打ち消して、「わたしはあの人を知らない」と言った。少したってから、ほかの人がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言うと、ペトロは、「いや、そうではない」と言った。一時間ほどたつと、また別の人が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張った。だが、ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。

旧約聖書: イザヤ書 第59章16〜21節






レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
オリーブ山のキリスト ( Oracion en el huerto ) / エル・グレコ ( El Greco )

聖ペテロの否認 ( The Denial of Saint Peter ) / ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ ( Michelangelo Merisi da Caravaggio )
メトロポリタン ( Metropolitan Museum of Art )
ニューヨーク市( New York City )/アメリカ

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私たちは聖書を当たり前のように手にして読んでいますが、もともと聖書は様々な手紙や、口伝えでなされた証言によって出来上がったものです。主イエスが十字架にお架かりになり、復活されて、天にあげられました。その後、弟子たちは使徒と呼ばれる者たちになり、主イエスのことを宣べ伝えていきましたが、その最初の時には、書かれた聖書はありませんでした。使徒たちは口伝えで、主イエス・キリストのことを伝えたのです。

聖書の中にはたくさんの手紙がありますが、これらの手紙の多くは、教会に宛てて書かれた手紙です。例えば各地に教会を建てて伝道をしたパウロが、自分の伝道地を離れたときに手紙を書いています。その手紙は教会に届けられ、教会の礼拝の中で読まれ、保存され、聖書の中に残されることになりました。

また、私たちが御言葉を聴き続けているルカによる福音書も、あるときにルカという人物が筆を執って、主イエスの物語を記しました。ルカも他の福音書を書いた人たちと同様に、様々な証言をもとに、福音書を記したわけです。

このように考えたときに、本日、私たちに与えられた聖書の箇所はどのようにして書かれたのだろうかと考える必要があると思います。一体、誰の証言によって、この話が書かれたのでしょうか。直接、この話にかかわっているのは、主イエスとペトロと、ペトロを問い詰める女中などの人たちが出てきます。女中たちの証言によってこのことが書かれたわけではないことは明らかですので、ペトロの証言によって、この話が聖書に記されてことになります。

この話は四つの福音書すべてに記されている話です。それだけに、四人の福音書記者にとって、この話を記さないわけにはいかなかった。それほどによく知られた話だったのです。なぜよく知られていたのか。それは、ペトロが自分のかつての話を、何度も繰り返し、語り続けたからだと思います。

この話は、ペトロにとっての失敗談です。失敗談というのは、私たちにとっても案外、参考になることがあります。私も牧師の集まりなどで、他の牧師たちからの話を聞くことがありますが、失敗談が多く語られることがあります。成功体験よりもむしろ、失敗談の方が参考になるからだと思います。しかし失敗談を語ることができるというのは、その失敗を、今、乗り越えているからこそ語れることです。ペトロも同じでありました。

今日の聖書箇所でのペトロの失敗は、言うまでもないことですが、ペトロが三度、主イエスを否んでしまったことです。この人と自分とは関係がないと、関係を断ち切ってしまったことです。ペトロだけでなく、他の弟子たちすべてもそうでした。他の福音書では、弟子たちは主イエスを見捨てて逃げてしまったと書かれていますが、ルカによる福音書では、いつの間にか弟子たちはいなくなってしまっていた。ペトロだけが主イエスのところに残ったのです。

しかしペトロと主イエスとの間には距離がありました。五四節にこうあります。「人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠く離れて従った。」(五四節)。ペトロはなんとも中途半端な位置にいました。主イエスと運命を共にするように、ぴったりと寄り添うのではない。他の弟子たちのように、はるか遠くに逃げるのでもない。つかず離れず、という距離でありました。この距離は、ペトロの心境をよく表していると思います。

距離感と共に、時間の流れが、実に見事に描写されていると思います。主イエスが逮捕されて、ペトロはこっそりついて行きました。その間、時間がどんどんと流れていきます。たき火にあたっていたときに、ある女中から「この人も一緒にいました」(五六節)と言われます。「わたしはあの人を知らない」(五七節)と、一回目の否認をしてしまいます。五八節の最初のところに「少したって」と記されています。一回目の否認のあとにすぐというわけではない。正確には分かりませんが、少しの時間が経ってから、二度目の問いがやってきたのです。ペトロの心の葛藤を表しているかのようです。さらに五九節のところです。「一時間ほどたつと」とあります。三度目は、一時間というかなりの時間が経ってからの出来事でした。つまり、ペトロは三度も否認をしてしまいましたが、立て続けに三度問われたわけではないのです。ペトロは自分の心と戦いながら、ゆっくりと時間が過ぎていったのです。

そして三度目の否認のときに、「突然鶏が鳴いた」(六〇節)とあります。これは主イエスが予告をされたことでありました。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」(三四節)と、最後の晩餐の食事の席で言われたのです。最後の晩餐の食事の席は、わずか数時間前に起こった出来事です。その席で主イエスにそのように言われてしまった。ペトロはそんなことはないと、強く主張します。最後の晩餐の食事が終わり、祈りに出掛けて行き、そこで主イエスは逮捕されました。

鶏が鳴く、というのは、明け方の出来事です。鶏というのは、時を告げる生き物です。鶏がここで取り上げられていますけれども、聖書には実はあまり鶏は出てきません。何か象徴的な意味が込められているというよりも、時を告げるための役割を果たしています。鶏が鳴くのは、明け方の三時とか四時頃のことでしょう。ペトロが三度否んでしまったのは、だいたいそれくらいの時間だったのでしょう。さっきまでの強気の発言はどこに行ってしまったのか。「鶏が鳴くまでに」、つまりわずか数時間で、ペトロの決意表明はもろくも崩れ去ってしまったのです。

ペトロの勇ましさは、わずか数時間しか持ちこたえることができなかったわけです。なぜペトロはこんなふうになってしまったのでしょうか。ペトロに人間の弱さを見る意見が多くあります。確かにその通りであったでしょう。ペトロは弱かったから、三度もチャンスがあったのに、三度とも主イエスを否んでしまったのです。

そんな理由から、このペトロの否認の話が好きだという人は、案外多いと思います。ペトロの弱さに自分の弱さを重ね合わせるのです。あの主イエスの一番弟子のペトロといえども、主イエスを否んでしまった。そんなところから、妙な安心感を得ることができるかもしれません。あのペトロも弱かったのだから、この私も弱いのは当たり前だ。この話をそういうように見ることもあるかもしれません。

確かにその通りですが、私たちがわきまえておかなければならないのは、ペトロがこのときどれほど深く悲しんだかということです。ペトロは数時間前に、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言いました。このときは自分の強さに寄り頼んだのです。自分は絶対にそのようなことはない、と。しかし三度も主イエスを否んでしまった。六一節にこうあります。「主は振り向いてペトロを見つめられた。」(六一節)。これはルカによる福音書だけにしか記されていないことですが、ペトロはそのとき、主イエスに見つめられて、主イエスの言葉を思い出したのです。「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」(六一節)。ペトロはそのことを思い起こしました。本当にその通りになってしまったことに愕然としました。そして外に出て激しく涙を流すのです。

この涙は、自分に絶望しての涙です。ああ、自分は弱かった。そんな軽い気持ちからではありません。もう自分の中には主イエスに従いゆくだけの信仰がなくなってしまい、そのことに深く絶望している涙です。それまでは遠く離れて従っていました。しかしそれすら今はできなくなってしまった。それほど深い涙をペトロは流したのです。私たちに、それほどの絶望体験があるでしょうか。ペトロの涙はそこまで激しいものであったのです。ペトロはこのようにして、主イエスのところから離れ、外に出ざるを得なくなってしまいました。主イエスとの関係を、自ら断ち切ってしまったペトロなのであります。

このときに問題となったのは、主イエスとの関係であります。ペトロと主イエスの関係。この関係は、主イエスのことを知っていると言うか、それとも知らないと言うかで計られます。主イエスが誰であるかを心の中で知っているかという問題も大切ですが、主イエスが誰であるかを口で言うことが問題なのです。それが主イエスとの関係で、とても重要なことになってきます。ペトロもそんなことが重要であるとは、あまり考えたこともなかったかもしれません。

主イエスの仲間であると明言することの重みがここにあるわけです。同じルカによる福音書に、このような箇所がありました。「言っておくが、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、人の子も神の天使たちの前で、その人を自分の仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の天使たちの前で知らないと言われる。」(一二・八~九)。松本東教会ではだいぶ前に、この箇所から御言葉を聴きました。今、ペトロが直面しているのも、この問いなのです。ペトロは九節のように、「人々の前でわたしを知らないと言う者」となってしまったのです。

自分がキリスト者であることを言うか、言わないか。これは私たちにとって、とても大きな問題です。相手から聞かれもしないのに、自分がキリスト者だと言う人は少ないかもしれません。けれども問題となるのは、ペトロのように、相手からそのことを問われたときです。あなたはあの人と、つまりイエス・キリストとどのような関係なのですかと問われたときです。心で信じていればそれでよい、というわけにはいきません。口でどう答えるかが問われています。

たかが口で言うか言わないかの違いであるかもしれません。されど、言うか言わないかでかなり悩むこともあるでしょう。このことが私たちの重荷になることもあるかもしれません。しかし私たちが思い切って口で言ってしまうとき、肩の荷が降りたかのように、すっきりとすることがあります。そんな経験をされた方も多いと思います。なぜそんなにすっきりとするのでしょうか。それは、自分が何者であるかということにかかわるからです。自分が何者かをはっきりと口で言う。自分が誰であるのかということを、偽らないからです。

自分が何者であるかということが、主イエスとの関係にかかわることになってくるわけですが、ペトロは自分から主イエスとの関係を断ち切ってしまいました。主イエスを知らないと三度、言ってしまった。遠く離れて従っていましたが、主イエスのおられるところから、外に出てしまいました。ペトロはその関係を自分から切ってしまったのです。

けれども、ペトロは立ち直ることができました。先ほど触れましたルカによる福音書第一二章九節によれば、主イエスのことを知らないと言ってしまうと、主イエスから知らないと言われてしまうということでした。しかし主イエスは実際にはそうなさらなかった。ペトロに知らないと言われ、関係を断ち切られてしまいましたが、主イエスから再びその関係を結び直そうとしてくださった。主イエスは、第一二章九節の言葉を超えてくださったのです。

本日、合わせて旧約聖書のイザヤ書の箇所をお読みいたしました。イザヤ書のこの箇所は、もちろんペトロの否認とは歴史的な状況が異なります。けれども、重なり合う所もあると思います。一六節にこうあります。「主は人ひとりいないのを見、執り成す人がいないのを驚かれた。」(イザヤ五九・一六)。ペトロのときと同じように、主イエスのところに誰一人いなくなってしまったのです。けれども、イザヤ書の箇所は続けて言います。「主は贖う者として、シオンに来られる。」(五九・二〇)。

ルカによる福音書の箇所のポイントとなる箇所は六一節です。「主は振り向いてペトロを見つめられた。」(六一節)。これはルカによる福音書だけにしか記されていないことです。主イエスが振り返ってくださった。遠く離れて従っていたわけですから、どのくらいの距離があったのかは分かりません。しかし主イエスとペトロの目が合った。言葉はもちろんありませんでしたが、目と目が合ったのです。

ペトロは、目が合ったことによって、主イエスの言われた言葉を思い起こし、激しく泣きました。このときのペトロはまったく分からなかったでしょうが、主イエスはペトロを見つめられて、ペトロを赦し、もう一度関係を結び直されようとしたのです。主イエスのことを知らないと言ってしまったペトロの罪を赦すために、主イエスはペトロを見つめられ、無言のまま、十字架へと向かわれるのです。ペトロには知る由もなかった主イエスのまなざしは、赦しのまなざしであったのです。

ペトロはその後、使徒と呼ばれるようになりました。主イエスの十字架と復活を宣べ伝える者として、各地に赴いて伝道をしたのです。その中で、こんな出来事がありました。「使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。」(使徒言行録五・四〇~四二)。

ペトロはこのように使徒としての歩みの中で、何度も繰り返し、自分のかつての失敗談を語り直したのだと思います。自分は主イエスとの関係を否んでしまった。大きな失敗をして絶望さえしてしまった。けれども、他ならぬ主イエスが自分を赦してくださった。赦すために十字架にお架かりになり、復活されて、自分のところに主イエスの方から来てくださった。満足に主イエスとの関係を言い表せなかったかもしれないけれども、もう一度やり直させてくださった。ペトロは何度も何度も、そのことを語ったのだと思います。そしてそのことが人々によって語り継がれ、聖書の中に収められるまでに至ったのであります。

私たちもペトロと同じ道をたどることができます。主イエスのことをかつて否んでしまったとしても、その罪を赦し、もう一度、神の方からその関係を結び直してくださるのです。