松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2012年3月18日(日)
説教題「帰るべき場所に帰ろう」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第15章11節〜24節

 また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。

旧約聖書: 詩編 第51編






レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
酒場のレンブラントとサスキア(放蕩息子))(Rembrandt and Saskia in the parable of the Prodigal Son.) / レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)

酒場のレンブラントとサスキア(放蕩息子))(Rembrandt and Saskia in the parable of the Prodigal Son.) / レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)
エルミタージュ美術館 蔵
(ロシア/サンクトペテルブルク)

クリックすると作品のある「wikipedia」のページにリンクします。

放蕩息子の帰還(The Return of the Prodigal Son ) / レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)

放蕩息子の帰還(The Return of the Prodigal Son ) / レンブラント・ファン・レイン(Rembrandt Harmensz. van Rijn)
エルミタージュ美術館 蔵
(ロシア/サンクトペテルブルク)

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本日、私たちに与えられました聖書の箇所には、「放蕩息子の譬え」として知られている譬え話が記されています。主イエス・キリストがお語りになった譬え話です。主イエスがお語りになった譬え話は、ルカによる福音書にもたくさん記されていますが、どれも私たちを惹きつける力があると思います。その中でも、特にこの放蕩息子の譬えは、一度、聴いたら忘れることができないくらいの力があります。この譬え話には、どこか他人事として片づけることができないところがあると思います。

なぜ私たちはこの譬え話に惹きつけられるのでしょうか。この譬え話の中に登場する放蕩息子と自分を重ね合わせることができるからだと思います。絵画の世界でも、放蕩息子の譬えを題材にして、たくさんの優れた絵が描かれてきました。

一七世紀を代表するオランダの画家にレンブラントという人がいます。この人は、放蕩息子の譬えに関する絵を何枚か描きました。何枚かある絵のうち、ここでご紹介したい絵は、レンブラントが自分自身を放蕩息子に重ね合わせて描いた絵であります。たいていの肖像画は自分自身の姿をただ描くだけでありますが、レンブラントのこの絵は違います。

居酒屋の椅子に座り、一方の手で酒の杯を高く掲げている。自分の膝に若い女性を座らせている。もう一方の手をその腰のところに据えている。テーブルの上には御馳走が並んでいる。まさに放蕩の限りを尽くしているときの様子を描いた絵です。なぜレンブラントがそのような絵を描いたのか、はっきりとは分かりませんが、おそらく自分の人生になぞらえたのだと思います。自分には放蕩息子とそっくりなところがあると、よく知っていたからでありましょう。

レンブラントの絵に関して、多くの研究がなされ、たくさんの本が書かれていますが、今回のこの説教の準備にあたりまして、この絵のことをもっと知りたいと思いまして、『レンブラントと聖書』(海津忠雄著)という本を読みました。この本の著者は、もう亡くなられましたが、慶應義塾大学の文学部の教授であられ、西洋美術史の専門家でありました。キリスト者の方でありまして、専門家の視点から、レンブラントの絵のこと解説してくれています。

先ほど、ご紹介した絵の背景のところに、居酒屋の壁が描かれているのですが、その壁のところに、勘定書きの板が掛けられているのだそうです。この放蕩息子、つまりレンブラント自身は、居酒屋のテーブルのところで放蕩の限りを尽くして、まさに有頂天となっていたわけですが、壁のところにちゃんと勘定書きが掛けられていたわけです。この勘定書きの板のことをめぐって、この本の中に興味深い解説が書かれていました。

この勘定書きの板は、最初から描かれたものではなかったようです。この絵のレントゲン写真を撮ってみると、勘定書きの板が掛けられていた壁のところに、最初に書かれていたのは、楽器を奏でる若い女性の姿でありました。腰に手を据えて自分の膝に座らせている若い女性もいたわけですが、楽器を奏でるもう一人の女性が、この絵が描かれた初期の頃にはいたようです。しかしどういうわけか、レンブラントはその後、この絵を修正しました。楽器を奏でる女性を消して、壁に掲げられた勘定書きの板を上塗りしたのであります。

なぜレンブラントがそのようなことをしたのかは定かではありませんが、私たちもレンブラントの気持ちがよく分かるのではないかと思います。私たちがいくら有頂天になっていたとしても、その有頂天にはどこか儚いところがあるからです。表向きは居酒屋で楽しく過ごしていても、その裏ではちゃんと勘定書きが用意されているのです。いきなり勘定書きを突き付けられる恐れを私たちはよく知っているのです。放蕩息子のように、有頂天の状態から瞬く間にどん底になり得る。私たちもよくそのことを知っているのであります。だからこそ、私たちは放蕩息子に自分を重ね合わせることができるのだと思います。レンブラントがそうだったように、この譬え話は他人事ではない、どこか私たちを惹きつける物語なのであります。

しかしいくら私たちを惹きつける譬え話だからと言って、私たちはのんびりとこの譬え話を楽しむことはできません。なぜなら、父はこの放蕩息子のことを、「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」(二四節)と言っているからです。神の目には、放蕩を続ける私たちのことが、死んでいると映っているのであります。

現代はますます人間の放蕩がひどくなっているのではないかと思わされます。神がまるで死んだかのように人々がふるまっているからです。父なる神に財産を分けてもらって、それを自分が好き勝手に利用することができるように全部をお金に換えて、父のもとから遠い国に旅立って、父のことは忘れ、そこで放蕩の限りを尽くす。神に対する畏れもなければ、神が与えてくださった財産に対する畏れもない。現代人の姿と重なり合うところがあると思います。

神の目に、私たち人間がますます死んだように映っているかもしれませんが、むしろ私たちの方が神を殺してしまったところから、この譬え話は始まりました。弟息子は「お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください」(一二節)と言いました。普通、財産を分けてもらうのは、父親が死んでからです。死んだ後に初めて財産を譲り受けることができるようになります。

ところがこの弟息子は、父親が生きているにもかかわらず、それを求めた。財産をもらって、父のいる家を飛び出した。父親を殺したも同然にしたのは、この弟息子の方だったのです。親子の関係を自分から切ってしまった。肉体の命としてはもちろん生きていたかもしれませんが、この弟息子の状態は死んだと見なされてしまったのであります。つまり神を忘れ、神のもとから離れる状態は、生きているには生きているかもしれませんが、本当は死んだ状態であると聖書は告げるのであります。

そんな死んでいた弟息子が生き返り、いなくなっていたのに見つかったのが、この譬え話の後半の部分にあたります。転換点となったのは、弟息子が我に返ったところから始まったのであります。

我に返るというのはとても面白い言葉であると思います。私たち人間は、自分自身のことを自分が一番よく知っていると思っているところがあります。しかしたとえ自分自身であっても、自分が自分でないときがあるのです。何かに熱中をしたり、興奮をしたりすると、我を忘れることがあります。そんなときにハッと気付く。本来の自分を思い起こす。我に返る。本当の自分に返っていくのであります。

我に返るという言葉ですが、聖書の元の言葉も「自分自身に返る」という意味であります。しかし熱中したり、興奮したりして自分を一時的に忘れて、普段の自分の姿に戻るということを言っているのではありません。本来の自分は、父の息子であったということを思い起こすのです。自分は父から財産を貰って、お金に換えて、家を飛び出して、放蕩の限りを尽くしてきたけれども、それは本当の自分の姿ではなかった。本当の自分の姿は、父の息子としての姿。そのあるべき姿を思い起こした。我に返るとはそういう意味であります。この弟息子は我に返り、本当の自分の居場所が父のところにあるということを思い起こしました。そして飛び出した家に帰っていくのであります。

弟息子の思いとしては、一度、家を飛び出して、父まで殺したも同然にしてしまったのだから、自分が再び息子として受け入れられるはずはないと思ったのでありましょう。「わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。」(一八節)という悔い改めの言葉と共に、「もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」(一九節)という提案をしようと思って、家路に着いたのであります。ところが、待っていたのは思わぬ結果でありました。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は、詩編第五一編であります。詩編の言葉は詩文になっていまして、歌として歌われることもありますが、元来、これは祈りであります。祈りの言葉と言ってもよい。祈りは祈りでもいろいろな祈りがあるわけです。この祈りは悔い改めの祈りとして知られています。

詩編第五一編の一節から二節のところに、小さな文字で詩編の表題が付けられています。「指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。ダビデがバト・シェバと通じたので預言者ナタンがダビデのもとに来たとき。」(詩編五一・一~二)。これはこの詩編の祈りが、どのような状況で祈られたのかということを示しているかもしれません。具体的にはサムエル記下の第一一章から第一二章にかけて記されていますから、興味のある方は、後で読んでいただければと思います。

簡単に言いますと、こういう話です。ダビデはイスラエルの優れた王様でありましたが、このとき大きな罪を犯してしまいました。美しい人妻がいた。バト・シェバという女性です。その夫は自分の部下の兵士でありました。そこで、その妻を自分のものとするために、夫を戦場の一番激しいところに配置をして、戦士をさせてしまった。未亡人になったので、自分の妻として迎えることができるようになったわけです。つまりダビデは王様としての自分の権力で、無理やりバト・シェバを奪ってしまったのです。

もちろん、これは神がよしとされないことでした。預言者であるナタンという人がダビデのところに遣わされて、ダビデのこの罪を責めます。ダビデはどうしたでしょうか。ナタンに罪を指摘されて、ダビデはこう言いました。「わたしは主に罪を犯した。」(サムエル下一二・一三)。私は神に対して申し訳ないことをしたと、罪を告白しているのであります。実際にダビデが詩編第五一編の祈りをしたのかは分かりませんが、そのときのダビデになぞらえて、この詩編第五一編があるのであります。

詩編第五一編の中で、今日、どうしても皆さまと共に味わいたかったのが、一九節の言葉です。「しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません。」(詩編五一・一九)。旧約聖書の時代、罪を犯したときには動物の犠牲が献げられることがありました。もちろんそれはそれで必要なことだったのでしょうけれども、神が本当に求めておられるのは、打ち砕かれて、悔いる心でありました。悔い改める心を神は決して侮られることはないのです。

このことは放蕩息子の場合も同じであります。放蕩の限りを尽くして、我に返り、悔い改めた心をもって、父のもとに帰りました。帰ってみると、「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。」(二〇節)のであります。父親が息子の帰りを今か今かと待ち続けていたのは明らかです。父親にとっては、弟息子が自分は父の息子であると思い起こし、自分のところに悔い改めの心をもって帰ってくるだけで十分だったのです。放蕩したことをとがめることもしていません。悔い改めの心を十分に理解していたのです。悔い改める心を侮られることはなかったのであります。

このようにして、弟息子は父親の息子のまま、受け入れてもらえました。雇い人の一人になることはなかったのです。つまり、父と子の関係は切れることがなかったのです。この父と子の関係を最もよく表した絵画をご紹介したいと思います。これもやはりレンブラントの別の絵であります。今度は、弟息子が父のところに帰って来ってきた場面です。弟息子が膝を地面について、父のふところに抱かれている。父は優しく両手を弟息子の肩にかけている絵であります。

この絵をカトリックの司祭であったヘンリー・ナウエンという人がこよなく愛しました。実際に美術館に出かけ、何時間もその絵を眺めたのだそうです。そしてこの絵に関する黙想の本を出しました(『放蕩息子の帰郷』)。とても優れた本であります。その黙想の中に、弟が剣を携えていることに関する黙想があります。絵の中では、弟息子がボロボロの姿をして帰ってきている。ところが、そのボロボロの姿には似合わないような、立派な剣を携えている。聖書にはもちろん、その剣のことは出てきません。

レンブラントが想像で絵を描いたのでありますが、ナウエンが剣を携えたボロボロになった弟息子のことをこう言っています。「これは、すべてを剥ぎ取られた人の姿だ。剣を除いて…。たった一つ、彼の人間としての尊厳のありかを示すのは腰に下げた短剣だけだ。堕落した中でさえ、自分はあの父親の息子だという真理を彼はしっかり握っていた。…。腰にある剣は、自分は物乞いで浮浪者であると自覚して帰宅したとしても、いまだ父の息子であることを忘れていないことを示していると思われる。その剣が、父の息子であることを彼に思い起こさせ、ついには家に連れ戻したのだ。」(六二~六三頁)。

ナウエンがここで言っているのは、剣を売らなかった弟息子の功績ではありません。あの剣が、息子であることを思い起こさせ、あの剣が、家に連れ戻したということであります。実際に聖書には剣のことは出てきませんから、弟息子は本当に何もかもなくなってしまったのだと思います。しかし剣のごとく、残されているものがありました。それは、自分の父が父であるということです。どんなことがあろうとも、父が自分の父でいてくださるということ。レンブラントの絵の中で剣が示しているように、これだけは消えることがなかった。この絆だけは切れなかったのであります

。弟息子は父の息子であることを止めて、放蕩の旅に出かけてしまったかもしれませんが、父は弟息子の父であることを片時も止めなかったのです。これが父の憐れみであります。父が父でいてくださったからこそ、弟息子は父のところに息子のまま帰ることができた。本来のあるべき場所に帰ることができたのも、我に返ることができたのも、父の憐れみがあったからです。

ですから、この譬え話にタイトルを付けるとすれば、「放蕩息子の譬え」というタイトルでは不足するでありましょう。放蕩の限りを尽くしてしまったにもかかわらず、父のもとに父の息子として戻ることを許された。それは父の憐れみによるのです。「放蕩息子の譬え」ではなく、「憐れみ深い父の譬え」というタイトルを付け直した方がよいとさえ思います。

この父の憐れみを、主イエスがこの譬え話を用いてお語りになってくださいました。主イエスがこの譬え話を語ってくださった後に、まもなく、主イエスは十字架にお架かりになることになりました。十字架を逃れるすべなどいくらでもあったはずなのに、主イエスは命を懸けてくださった。何のために命を懸けてくださったのか。私たちをもう一度、父の子としてくださるためにです。

主イエスがこの放蕩息子の譬え話をお語りになってくださらなければ、私たちはずっと放蕩を続けたままだったでしょう。主イエスが十字架にお架かりになってくださらなければ、私たちが父のもとから離れてしまった罪にすら、気付かなかったと思います。父のもとを離れてしまい、放蕩の限りを尽くしてしまった、そのような私たちの罪は、神の独り子の命を引き換えにしなければならなかったほど、深いものだったのであります。

来月、イースターを迎えます。主イエスが十字架の死からお甦りになられたことを祝うわけです。しかしイースターの前には、受難週があります。主イエスが十字架にお架かりになったことを特に覚える一週間です。そして私たちはすでに受難節(レント)に入っています。ますます、主イエスの十字架を覚えなければならない時期であります。そしてますます、私たちの罪深さを覚えなければならない時期でもあるのです。

しかし私たちのこの罪は赦されました。父が喜んで弟息子を迎え入れてくださり、その罪が咎められることがなかったように、私たちが悔い改めの心をもって父のもとに戻るときには、すでに赦されているのです。主イエスが私たちの罪の責任を引き受けてくださったからです。もはやあるのは、私たちが戻ったときの喜びだけです。祝宴を開いてまで、神は私たちの帰還を喜んでくださるのです。このような帰還を可能にしたのは、私たちの救い主、主イエス・キリストなのであります。

放蕩の限りを尽くした私たちであるかもしれません。父なる神を殺すようにして、家を飛び出してしまった私たちであるかもしれません。しかし神は私たちを造られたのでありますから、神が私たちの死を喜ばれるはずがありません。私たちに生きることを望んでおられます。私たちに帰ってくることを望んでおられます。今か今かと私たちの帰りを待っておられます。ここが私たちの帰るべき場所です。本当の居場所がここにあります。迷い出た羊が羊飼いに抱かれて帰るように、私たちも主イエスに背負われるようにして帰ることができます。そこには憐れみ深い私たちの父なる神が、大喜びで待っておられるのであります。