松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2012年2月19日(日)
説教題「神からの招待状」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第14章15節〜24節

食事を共にしていた客の一人は、これを聞いてイエスに、「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」と言った。 そこで、イエスは言われた。「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大勢の人を招き、宴会の時刻になったので、僕を送り、招いておいた人々に、『もう用意ができましたから、おいでください』と言わせた。すると皆、次々に断った。最初の人は、『畑を買ったので、見に行かねばなりません。どうか、失礼させてください』と言った。ほかの人は、『牛を二頭ずつ五組買ったので、それを調べに行くところです。どうか、失礼させてください』と言った。また別の人は、『妻を迎えたばかりなので、行くことができません』と言った。僕は帰って、このことを主人に報告した。すると、家の主人は怒って、僕に言った。『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をここに連れて来なさい。』やがて、僕が、『御主人様、仰せのとおりにいたしましたが、まだ席があります』と言うと、主人は言った。『通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ。言っておくが、あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない。』」

旧約聖書: イザヤ書 第25章6〜9節

先日、教会員のある方から、信仰生活とはどのようなものかという質問を受けました。信仰者として、キリスト者として、どのように生活を整えたらよいのか。自分はそれにふさわしい生活をしているのだろうか。そのような質問でありました。信仰生活をこれから始めようとしておられる方にとっても、信仰生活とは何か、そのことをやはり学びます。信仰生活を始めて間もない方にとっても、あるいは信仰生活を何十年にわたって長く続けておられる方にとっても、これはとても大切な問いであります。

信仰生活を整えるために、具体的にどうすればよいのでしょうか。いろいろな答え方ができると思います。例えば、洗礼を受ける。キリスト者になる。もちろんその前からも礼拝に出席して、聖書に読み、祈りをすることになりますが、信仰生活が本格的に始まるのは洗礼を受けてからになります。その後もやはり礼拝で御言葉を聴き続ける。主イエスの十字架を覚えて、パンと杯の聖餐の糧にあずかり続ける。これが一つの信仰生活の流れであります。

また別な答え方もできると思います。一週間の歩みは七日であります。日曜日の礼拝から礼拝への生活を整える。可能ならば週の半ばの集会などに参加をする。一週間の生活を整えながら、信仰生活全体を整えていくことも考えられるでしょう。また教会の奉仕を行う。日々、祈る。聖書に親しむ。家族や知人に対して伝道を志す。これらもまた、信仰生活を整えることになります。

このように、信仰生活と言っても、いろいろな仕方で言い表すことができます。そして今日、私たちに与えられた聖書箇所に則って、言い表すことも可能でしょう。この箇所は「大宴会の譬え」として知られている譬え話であります。何の祝いかははっきりとは記されていませんが、何らかの祝いの食事です。祝宴です。私たちの信仰生活も、この祝宴と大いにかかわっています。なぜかと言うと、私たちが毎週行っている礼拝は、祝宴であると言っても差し支えないからであります。

先日、教会の歴史を綴ったある本を読んでおりましたら、このように書かれている文章が目に留まりました。「使徒言行録によると、古代教会は最初から、週の初めの日に共に集ってパン裂きの儀式を守っていた。週の初めの日に集ったのは、この日がキリストの復活の日であったからである。したがって、礼拝のおもな目的は、信仰者たちを悔い改めへと招くことではなく、罪の深さを思い知らせるためでもなく、イエスの復活とそれによって確証された約束を喜び祝うことにあった。」(フスト・ゴンザレス『キリスト教史(上)』、一〇九頁)。

古くから教会が行ってきた礼拝は「パン裂きの儀式」を守ってきたとあります。パンと杯にあずかる聖餐のことです。もちろん説教を聴いたり、讃美歌を歌ったり、祈りを献げたりすることも当然、行われていました。しかし教会は「パン裂き」つまり祝宴を大切にしてきたのです。悔い改めへと導かれることももちろん大事です。私たちの罪の深さを知ることも大事なことです。しかし礼拝の第一義的な目的はそれらではなく、祝宴なのです。主イエス・キリストが十字架にお架かりになり、そこから復活された。死に打ち勝ち、罪に打ち勝ち、お甦りになられた。そのことを喜び祝うために、教会は集まって礼拝を行っているのです。

二千年前の教会の人たちは、週の初めの日、つまり日曜日に礼拝を行っていました。当時は日曜日が休みだったわけではありません。やがてキリスト教がローマ帝国に公認されてから初めて、日曜日が休みの日になったのです。休みでない日にもかかわらず、日曜日に礼拝を守ってきました。聖餐を行ってきました。

考えてみますと、主イエスが十字架にお架かりになる前、パンを裂いて弟子たちに配り、杯を回してくださった、いわゆる最後の晩餐は木曜日の夜のことでありました。教会の人たちも、そのことを心に刻んで、木曜日に集まって、聖餐を行ってもよかったのかもしれません。けれども、そうはしなかった。日曜日に集まった。キリストがお甦りになられた日に「祝宴」を行ってきたのであります。ですから、もう一度、信仰生活とは何かについて考えてみますと、この「祝宴」の席につき続けるというのも一つの立派な答えであります。

私たちが祝宴の席につくためには、まず神が招いてくださらなければなりません。今日、私たちに与えられた聖書箇所にあります譬え話でもそうであります。この譬え話は主イエスが食事をされている席で語られたものです。一緒に食事をしていた客の一人が、主イエスに対してこのように言いました。「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」(一五節)。

このように言ったのがどのような人だったのかは分かりませんが、この人はおそらくファリサイ派と呼ばれるグループに属していたと思われます。この食事の席は、「ファリサイ派のある議員」(一四・一)が設けた席でありました。その仲間だったと思われます。ファリサイ派の人たちは、神の戒めに従って生活を整え、自分たちは相応しく生きていると思っていた人たちでした。当然、自分たちが神の国の食卓に招かれてしかるべきだと思っていたに違いありません。そう思っていなかったとしたら、「神の国で食事をするためには、どのようにしたらよいのでしょうか」と主イエスに質問をしていたと思います。

この人の発言に対して、主イエスはこの譬え話を語られました。ある人が大勢の人たちに招待状を出して、招いておいた。そして宴会の日になって、当時の習慣であったようですけれども、あらかじめ招いておいた人たちに使いを出して、用意が整ったことを伝える。ところがあらかじめ招いておいてにもかかわらず、いろいろな理由をつけて断られてしまいました。そこで主人は怒って、急遽、「町の広場や路地」(二一節)にいる人たちに声を掛けて連れてくる。それでもまだ席が空いている。そこで、「通りや小道」(二三節)にまで出て行き、そこにいた人たちをも無理に連れてくる。そんな譬え話であります。

二一節にあります「町の広場や路地」という言葉は、町という言葉がありますように、町の中のことであります。そして二三節の「通りや小道」というのは町の外を表す言葉であるようです。当時の町と現代の町ではかなり造りが違うのだと思いますけれども、当時の人たちの九割は、農業をしていたこともあり、町の外に住んでいたとも言われています。町の中に住むことができるのは一部の人たちだけだったのです。おそらくこの食事の席についていたファリサイ派のような人たちがそうだったのと思います。この譬え話では、あらかじめ招いておいた人が駄目だったら、次に声を掛けられたのが町の中にいる人たち、それでも食事の席はいっぱいにならずに、ついに町の外にいる人たちにまで声が掛けられたということになります。この食事の席への招きがどんどんと広がっていったのであります。

招きを受けた人たちがいろいろといたわけですが、私たちがこの譬え話を聴きますときに、一体自分はどの立場の人なのかと考えることになるでしょう。この食事を催しておられるのは神です。そして教会の伝統な解釈としては、この譬え話に出てくる僕は主イエスと理解されてきました。一七節や二一節や二二節に「僕」という言葉がありますが、これは単数形です。つまり一人の僕であり、これが主イエスを指すと考えられてきました。

そのように譬え話を理解し、私たちがどの立場に立って譬え話を聴くかによって、受け止め方が変わってくると思います。私たちが、あらかじめ招かれたけれども断ってしまった人たちに自分の姿を重ね合わせるならば、実に厳しい思いをしなければならないと思います。神が私たちを食事に招いてくださる。主イエスが「もう用意ができましたから、おいでください」(一七節)と迎えに来てくださる。それを断るからであります。

譬え話の中の断った人たちには、それなりの理由がありました。畑を買ったり、家畜を買ったり、おそらく人生の中でもかなり大きな買い物の部類に入るでしょう。食事の招きよりも、そちらの方が重要であると考えたのです。また、ある人は妻をめとったばかりでありました。旧約聖書に書かれていることですが、妻をめとったばかりの人は一年間、兵役を免除されました。「彼は、めとった妻を喜ばせねばならない。」(申命記二四・五)。もちろん、妻を喜ばせることも大事ですが、子どものことがあるわけですけれども、妻をめとったばかりである、このことは食事の招きを断る大きな理由にもなったでしょう。

この三人とも、どれもそれなりの大きな理由であります。断っても仕方ないと思ったから断ったのでしょう。そしておそらく、次に食事が催されるときには、自分は当然お招きを受けると心の中で思っていたに違いありません。自分は今回、お招きを受けた。でも今回はそのお招きよりも大事な用ができてしまった。今回は残念だけれども、次回はまたよろしくとでも思っていたと思います。自分が招かれるにふさわしい人だと思っていたのです。だから次もあると思ったのです。

私たちも譬え話の中の三人のように、神のお招き、主イエスのお招きを断ることはないと言えるでしょうか。お招きを受けた。それに応えたいけれども、自分にもそれなりの用事がある。どうか、失礼させてください、と言って、お断りすることはないでしょうか。しかもそのときに、どうせまた次回がある、今回も招かれたのだから次回もお招きを受けるだろうと、どこか傲慢になるところがあるかもしれません。このようなことは、誰にでも心当たりがあるでしょうけれども、私たちがこの譬え話の三人の立場になったときに、悔い改めざるを得ないような、実に厳しいメッセージを聴くことになると思います。

けれども主イエスはこの譬え話を、私たちを恐れおののかせるために語られたのではないと思います。三人が断って、主人が怒った。しかし譬え話にはその続きがあります。あらかじめ招いておいた人が断ってしまい、祝宴が中止ということにはならなかったのです。この世の常識で考えるならば、招いておいた人が来ることができなかったとしたら、その祝宴は中止になるでしょう。しかし神の祝宴は、人間の都合に左右されることなく、予定通り開催されるのです。

私たちにとって、何よりも希望となるのは、神の祝宴が中止されることがないということです。もしも私たちの都合で断ってしまい、神が怒って祝宴が中止されてしまうならば、もはや私たちが喜び祝える場所がなくなってしまいます。この祝宴は、自分がふさわしいと思っていた人は断って出席することはないかもしれませんが、自分はまったくふさわしくないと思っていた人が招かれて、開催されるのであります。

この説教の冒頭で、礼拝が祝宴であると申し上げました。礼拝も祝宴である以上、私たち人間の都合によって左右されるものではありません。日本では「礼拝を守る」という言い方があります。私たちもよく口にする言葉であると思います。

ある外国の方が日本に来られて、日本語を少し勉強された。教会の礼拝に出席していたときに、日本人が口々に「礼拝を守る」と言っていたのを耳にして、一体何から礼拝を守るのか、と真剣に尋ねたのだそうです。外国ではあまりそのように言わないのかもしれませんが、私たちにはどこか礼拝は守るものであるという感覚があるのだと思います。私はこれはとても大事な感覚だと思います。礼拝に出席する、参加する、いろいろな表現をすることができると思いますが、礼拝を守るというのも大事なことを表しています。

一年の中には五二週の日曜日がありますが、教会ではどの日曜日でも礼拝を行っています。ある地方の教会では、牧師が今年は何回壁に向かって説教をした、という話をすることがあるのだそうです。壁に向かって説教をするというのは、礼拝に誰一人来ないという意味です。もともと人数が少ない教会なのかもしれません。地域柄、ほとんどの人たちが礼拝を休まざるを得ない日曜日があるのかもしれません。文字通り、壁に向かって説教したというわけですが、誰も来なかったとしても、礼拝を守るのです。神の祝宴は中止にされることはないのです。

もうだいぶ前の話になりますが、能登半島で大きな地震が起こりました。阪神淡路大震災や東日本大震災も大きな地震でありましたが、能登半島地震は日曜日の朝に起こった地震です。教会にはすでに人が集まっていました。礼拝開始前の時間であったようです。突然、大きな揺れに襲われた。すぐに帰らざるを得ない人もたくさん出ました。それでも、残った人たちだけで礼拝を守った教会もありました。あるいは、いつものような礼拝の形ではできないけれども、その場に居合わせた人だけで、祈りを合わせて、ごく短い礼拝を守った教会もありました。礼拝を守ろうという一心からだと思います。大きな地震が起こって不安の中にあるけれども、それでも神の祝宴は開催されるのであります。

主イエスは今でも神の祝宴を開くために、あちこちを駆けずり回るようにして働かれておられます。招待状を届け、祝宴の準備が整ったら「もう用意ができましたから、おいでください」(一七節)と迎えに行き、町の広場や路地の人たちに声をかけ、町の外の通りや小道の人たちにまで声をかけて下さっています。主イエスがあらゆる人に声をかけて下さっているのですから、私たちにもその声が届いているはずです。私たちは今日、神のお招きに応えることができました。神の祝宴に出席するためにであります。自分がふさわしいからこの場にいられるのではない。主イエスが駆けずり回るようにして私たちを「無理にでも」お招きくださったからこそ、ふさわしくない私たちがこの場にいるのであります。

教会は祝宴の場です。私たちの教会では、月に一度ほどの頻度で聖餐を行っています。主イエスが十字架にお架かりになり、肉を裂き、血を流して下さった。そのことを覚えて、パンをいただき、杯をいただいています。このような聖餐があるときだけ、祝宴が開かれているというわけではありません。聖餐のない礼拝でも、祝宴は祝宴なのであります。

私たちの教会もそうですが、礼拝での中に聖餐卓が置かれています。私がここに立ちますと、目の前に聖餐卓があります。皆様も私に向き合って座っておられます。聖餐卓を両側から挟むようにして礼拝を守っているのです。他の教会でもこの型式が多いですし、中には会衆席がコの字型になっている教会もありますし、半円のようになっている教会もあります。どの型でも、聖餐卓を囲んで礼拝を行っているのです。聖餐がある、ないにかかわらず、このことに変わりはありません。今日は聖餐がないから聖餐卓を別室にしまっておくようなことはしないのです。毎週が祝宴であることを表すために、今日も私たちは聖餐卓を囲んで礼拝を行っているのです。

かつての文語訳の聖書では、主人が僕に言わせた言葉がこのようになっていました。「来(きた)れ、既に備(そなわ)りたり」。意味としては新共同訳聖書と同じでありますが、古い言葉だからでしょうか。とても重みのある言葉だと思います。昔の教会は、聖餐を行う際に、ルカによる福音書のこの言葉が聖餐式の中で読まれたのだそうです。「来れ、既に備りたり」、牧師がそのような招きの言葉を述べます。残念ながら、今ではルカによる福音書のこの箇所の言葉ではなく、別の聖書箇所の言葉が用いられるようになりましたが、聖餐式への招きをとてもよく表していると思います。

この言葉は、かつての聖餐式では牧師が言っていましたけれども、主イエスが私たちに言ってくださる言葉です。私たちはそのように招いてくださるお方と出会ったのです。この出会いに早いも遅いもありません。すでに食卓が整ったのです。さあ、おいでなさいと主イエスが私たちを呼んでおられます。無理にでも私たちをここに連れて来たいと思っておられます。ここは祝宴であるからです。ここには私たちの罪が赦され、死を乗り越えることができる喜びがあるのです。その喜びを共に祝うために、私たちは招かれているのであります。