松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2011年9月11日(日)教会設立記念礼拝
説教題「平和を届ける者たち」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第10章1節〜16節

 その後、主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、町に入っても、迎え入れられなければ、広場に出てこう言いなさい。『足についたこの町の埃さえも払い落として、あなたがたに返す。しかし、神の国が近づいたことを知れ』と。言っておくが、かの日には、その町よりまだソドムの方が軽い罰で済む。」「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところでなされた奇跡がティルスやシドンで行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰の中に座って悔い改めたにちがいない。しかし、裁きの時には、お前たちよりまだティルスやシドンの方が軽い罰で済む。また、カファルナウム、お前は、/天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。あなたがたに耳を傾ける者は、わたしに耳を傾け、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。わたしを拒む者は、わたしを遣わされた方を拒むのである。」

旧約聖書: ヨナ書 第3章1〜10節

本日の礼拝は、週報に記されておりますように、教会設立記念礼拝であります。この教会が正式な教会として発足したのが、一九二四年九月一三日です。ですからこの日に一番近い日曜日を教会設立記念礼拝として、毎年、記念の礼拝を行っています。今年は八七年の記念礼拝です。しかしこの教会の歩みは教会設立よりも前からありました。さらに遡りますと、一九一六年六月四日、学校の先生たちが中心になって聖書研究会がもたれました。それが、この教会の発足のきっかけということになります。まだ正式な教会ではありませんでしたが、この教会の出発点には、聖書が中心にあったのであります。

聖書を中心に置く交わり、キリスト者の交わりのすべてがそうであると思います。聖書を開く、聖書を読む。松本東教会が正式な教会となるきっかけとなったのは、やはり聖書でありました。出発当初、この会の名前は「松本聖書研究会」でした。文字通り、聖書の研究会が行われていたようです。聖書には何が書かれているか、聖書のこの箇所の意味は何か、そのような講義が行われることが多かったようです。ときには各自の信仰についての発表や懇談、感話が持たれるようなこともあったようですが、基本的に行われていたのは聖書研究でありました。

ただしこの聖書研究会はやがて少し違う形で実を結ぶことになりました。聖書を読む、熱心に研究まで行う、そうすると何が起こるのか。ただ読んで、研究を行うだけでは済まなくなります。聖書に限らず、皆さまも愛読されている本があると思います。その本は皆さまのただ時間つぶしのための本ではないと思います。いろいろな示唆を受けます。いろいろなことを考えさせられます。

聖書も同じです。いや、それ以上です。私たちの生き方、あり方を根本的に変えてしまう力があります。人生を変えることのできる力が聖書にはあります。松本東教会の歴史を見れば、そのことは明らかで、聖書研究会がやがて教会になったのです。ただ聖書を読むだけでは済まなくなったのであります。

この教会の七十年の節目のときに、教会の七十年史が本としてまとめられました。正式な教会として発足したときの様子がこの本の中に記されています。その本を読んでいて、私の目に留まったのは、こういう文章でありました。「建立式を通して日本基督松本教会として独立し、宣教の使命を付託された」。

教会の正式な発足は、一九二四年九月一三日に行われた建立式によってであります。この建立式を経て、正式な教会となった。日本基督教会という教会のグループがありましたが、その一教会として正式に発足した。七十年史によれば、この松本の地での「宣教の使命が付託された」。もはや聖書研究会ではいられなくなった。聖書を読み、そこから示唆を受けて、立ち上がることになった。座っていられない。立ち上がって、主イエスの弟子として、福音を宣べ伝えるために遣わされて行くことになったのです。松本東教会の歴史を振り返ってみるだけでも、いかに聖書に力があったのかということがお分かりになると思います。

本日、教会設立記念礼拝を迎えるにあたり、私たちの教会に与えられた聖書の箇所は、ルカによる福音書第一〇章の箇所になります。ルカによる福音書の箇所を少しずつ区切りながら、御言葉を聴き続けている私たちであります。たまたまこの箇所が今日の日に与えられましたが、教会設立記念礼拝にふさわしい箇所であると私は感謝しております。

この箇所の出来事としては、七十二人が伝道の旅に遣わされるにあたって、主イエスがその心構えをお語りになられています。私たちは第九章の冒頭にありました十二人の弟子たちをやはり伝道の旅に遣わされる話をすでに聴いています。主イエスがその際に語られた言葉と、今日の聖書箇所で語られた言葉はかなり似通っています。第九章の箇所はもっと簡潔な言葉でしたが、この第一〇章の箇所ではもっと丁寧に語ってくださっていると言えると思います。今日の説教では、主イエスの言葉を一つ一つ解説していく時間はありません。私たちが立ち止まってしまうようなことが言われているわけではないと思います。こういうふうにしなさい、こういう場合にはこうしなさいということがはっきりと語られていると思います。

このような心構えを教えられて、七十二人が派遣されることになりました。この出来事はルカによる福音書だけにしか記されていない出来事です。十二人の弟子たちの派遣はともかく、七十二人の派遣には一体どんな意味があったのでしょうか。七十二という数字がその意味を表しているかもしれません。

七十二という数字は、当時、知られていた民族すべての数でありました。ユダヤ人もその一つの民族でありますが、全部の民族を合わせると七十二と考えられていました。つまり、七十二人の派遣は全世界への派遣です。これに対して、イスラエルは全部で十二部族として始まりましたので、十二人の派遣というのは、イスラエル全体へ派遣されたと考えることができるでしょう。

ですから七十二人が派遣されるというのは、全世界に対して主イエスの弟子たちが派遣されることを意味します。イスラエルの国だけ、ユダヤ人だけというわけではありません。主イエスは先週の箇所であります第九章五一節からエルサレムに向けての旅を開始されています。その最初に、サマリア人の村に入られました。サマリア人というのも異邦人、外国人です。さらに本日の聖書箇所に「ティルスやシドン」(一三節)という町の名前もあります。これらは異邦人の町であります。ですからこの七十二人の派遣の出来事は、ただ単に七十二人が派遣されましたという出来事ではない。主イエスの弟子たちが、このときも、そしてその後も、全世界に遣わされて行く様子が描かれているのであります。

教会設立記念礼拝を迎える私たちも、もちろんこの出来事の中に置かれています。先日、ある教会員の方から、ルカによる福音書の説教を聴き続けている感想を伺う機会がありました。その方は「厚かましいかもしれないけれども、主イエスの伝道の旅に自分も連れていっていただいているようだ」と言われました。もちろんそのように思ってくださるのは、厚かましいことでもなんでもありません。そのように御言葉を聴くことができるのは幸いなことだと思います。

特に最近、私たちが耳にしてきた御言葉は、弟子たちのふさわしくなさでありました。主イエスの弟子にふさわしいところがあったから、弟子たちが連れて行ってもらえたというわけではない。むしろふさわしいところなど何もなかった。私たちもふさわしくなさを思うものです。でも主イエスは連れて行って下さる。そのような私たちを引き連れて、そして今日の聖書箇所では派遣されて、伝道の旅がなされるのです。

派遣にあたって、主イエスは何と言われているのか。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」(二節)。これは第九章にはなかった言葉です。私たちが伝道をする際に、しばしば嘆くことがあります。どうも収穫が少ない。収穫が少ないのは、なかなか実を結ばないからだ。刈り入れようにも収穫物がない。そんな嘆きを経験するかもしれません。

しかし主イエスの言葉によれば、実は収穫物がないのではない。収穫物はきちんとある。収穫できないのは、むしろ収穫する人が少ないのであります。四節のところで、主イエスは「財布も袋も履物も持って行くな」と言われていますが、つまり何も持って行くなということです。伝道をする際には、物を求めるなと言われるのです。代わりに人を求めなさいと言われます。もしも伝道がうまくいかないと感じるならば、それは収穫物が少ないからではない。刈り入れをするための道具がないからではない。そのような物がないからではなく、むしろ、収穫をする働き手が、人が少ないからなのです。

松本東教会では、毎月の初めに祈りの課題が記された紙が配布されています。松本東教会のために、隣人のために、他教会のために、いろいろな祈りの課題が項目ごとに挙げられています。実際に水曜日と木曜日に行われる祈りの会では、これらの祈りの課題をもとに、祈りがなされます。祈りの課題は、季節によって変わってくるところがあります。例えば夏ですと、子どもたちの夏の行事を覚えての祈りの課題が挙げられることになります。ご病気や体調を崩された方があると、その方のために祈ることが挙げられます。

これらの月ごとに変わってくる祈りの課題に対して、毎月必ず祈りの課題に挙げられることがいくつかあります。それらのうちの一つは、教会に受洗者が与えられるように、転会者が与えられるように、新来者が与えられるようにという祈りの課題であります。

実際に今日の礼拝では、一人の姉妹の転入会式が行われました。これに先立ち、先週の長老会で面接を行いました。これは試問会といいます。試すという字に、問うという字を書いて試問会であります。まるで試験をされるような厳しい場所のように思われることがあります。実際に長老たちが着席している会議室に入るのは、少しだけ勇気がいるかもしれません。

しかし先週ももちろん、いつも和やかな雰囲気になります。長老もみんなニコニコしている。心から嬉しいと思っている。どうしてかと言うと、今日の聖書箇所の表現で言うならば、「働き手」が与えられたからであります。自分たちと同じ歩みをすることができる働き手が与えられた。収穫の主から働き手が送られた。私たちの祈りに収穫の主が応えてくださったからであります。

働き手はたくさんある実りの収穫を行うわけですが、具体的にはどうすればよいのでしょうか。主イエスの言葉を追っていけば、そのことが明らかになりますが、全部を取りあげることはできません。ここでは五節から六節にかけての言葉を取り上げます。五節から六節には、主イエスのこのような言葉が記されています。「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。」(五~六節)。

働き手は平和を届ける者です。平和とは何でしょうか。平和というのは挨拶の言葉でした。ヘブライ語ではシャロームと言います。今でも一般的な挨拶の言葉になっています。直訳すれば「平和があるように!」、少し古い表現だと「平安あれ!」という日常の挨拶です。しかし単なる挨拶ではなく、神が共におられ、神の祝福があるように、相手にそのような気持ちを込めて行う挨拶なのです。

平和の挨拶は伝道をするにあたって、大切な言葉でありました。まず相手に伝道をするにあたって、相手に最初にかける言葉が、この平和の挨拶になります。「平安あれ!」と相手に言葉をかけるのです。そうすると手ごたえがあるかもしれない。

この箇所の表現で言えば、「平和の子がそこにいる」(六節)ということになります。そうすると自分の持っていた平和が相手のものにもなる。平和を手渡すことができる。共有することができる。同じ神の恵みに生かされている、ああ私たちは平安だという恵みを共有することができるのです。ところがそうでない場合もある。そういう場合は「平和の子」がいないわけですが、平和の挨拶をしても、相手に届くことがなく、自分にその挨拶が戻って来てしまう。伝道がうまくいくか、それともうまくいかないかは、その挨拶にかかっている面がかなり大きいと言えます。

そのような形で伝道がなされていくわけですが、私が今日の聖書箇所でとても興味を持ったことがあります。それは個人単位ではなく、町単位で伝道の成果が測られることです。伝道は個人に対して行われます。平和の挨拶もまずは個人に対して行われます。個人がそれを受け入れるかどうか、平和の子なのかどうかということが、まずは問題になるはずです。ところが聖書の記述によれば、個人で伝道の結果が測られるのではなく、町単位でそれが測られるのです。

ソドムとゴモラという町の名前が出て来ます。これは旧約聖書の創世記に出てくる町です。実はこの町、天から硫黄の火が降ってきて、滅ぼされてしまった町なのです。結果的にはそうなってしまったのですが、滅ぼされる前、この町のためにアブラハムが執り成しをしています。

「まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。」(創世記一八・二三~二四)。アブラハムに対して、神は言われます。「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」(一八・二六)。アブラハムは続けて言います。もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか。」(一八・二八)。神は言われます。「もし、四十五人いれば滅ぼさない。」(一八・二八)。

このような形で四十人、三十人、二十人、そしてついには十人にまでその数を減らすことに成功します。十人というのは、昔は大家族だったでしょうから、おそらく一つの家族です。神を信じる一つの家族でもあれば、その町は滅ぼされないと神は言われる。このことの意味はとても大きいと思います。

本日のルカによる福音書の箇所でも、たくさんの町の名前が出てきていますが、一〇節のところにこうあります。「しかし、町に入っても、迎え入れられなければ、広場に出てこう言いなさい。」(一〇節)。広場に出ていくのは最終手段です。家々をめぐって、まったく受け入れられなかったら、最終的に広場に行く。そこで最後の訴えをする。それでも駄目だということは、その町には一人も平和の子がいなかったことになります。

主イエスの言葉に厳しさを感じます。しかしこれは本当に誰も信じる者がいない場合の話です。逆に言うと、わずかでも信じる者がいるのでは、まったく違う結果が生じることになるのです。こう考えますと、それぞれの町に教会が建てられている意味はとても大きいと思います。どこに建てられた教会であっても、教会はその町の大きさに比べれば、とても小さいかもしれません。町の中に埋もれるようにして建っているかもしれない。

しかしその教会は、その町の救いのために建てられている教会であります。一部の神を信じる者たちだけのための教会ではない。その町全体を執り成すために建てられた教会であります。神はこの町に建てられた私たちの教会をご覧になってくださいます。そして、あの町にはあの教会があるではないか、あの人たちがいるではないか。神は私たちのことをそうご覧になっておられるのであります。

一二節に「かの日」という言葉があります。かの日とは「裁きの時」(一四節)です。しかし明らかに「かの日」はまだ来ていません。新約聖書のペトロの手紙二で、「かの日」がなかなか来ないということをめぐって、このように言われています。「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。」(Ⅱペトロ三・九)。

神の忍耐は先ほどのアブラハムの執り成しでも知ることができました。神はなお忍耐しておられます。一人も滅びないで皆が悔い改めることを忍耐強く待っておられるのです。「かの日」にはまだ至っていない。だからこそ、私たちの教会が果たす役割は大きいと思います。

今日は教会設立記念礼拝であります。私たちの教会の最初は聖書研究会から始まりました。さあ聖書をみんなで読んでみよう、研究してみよう、最初はそういうところがあったと思います。ところが聖書を読んでいるうちに、それだけでは済まなくなった。立ち上がって、平和を届ける者たちにされたのです。ただ私たちのためだけでは済まなくなった。私たちのためばかりか、この町のために私たちの教会は建てられている。この町の救いのために、この町に福音を宣べ伝えるために、教会が建てられているのであります。