松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2011年4月10日(日)
説教題「正しく識別する目」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第7章24節〜35節

 ヨハネの使いが去ってから、イエスは群衆に向かってヨハネについて話し始められた。「あなたがたは何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。華やかな衣を着て、ぜいたくに暮らす人なら宮殿にいる。では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ、言っておく。預言者以上の者である。『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの前に道を準備させよう』/と書いてあるのは、この人のことだ。言っておくが、およそ女から生まれた者のうち、ヨハネより偉大な者はいない。しかし、神の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」民衆は皆ヨハネの教えを聞き、徴税人さえもその洗礼を受け、神の正しさを認めた。しかし、ファリサイ派の人々や律法の専門家たちは、彼から洗礼を受けないで、自分に対する神の御心を拒んだ。「では、今の時代の人たちは何にたとえたらよいか。彼らは何に似ているか。広場に座って、互いに呼びかけ、こう言っている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、/踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、/泣いてくれなかった。』洗礼者ヨハネが来て、パンも食べずぶどう酒も飲まずにいると、あなたがたは、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、それに従うすべての人によって証明される。」

旧約聖書: マラキ書 第3章1〜3節








レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
洗礼者ヨハネ(John the Baptist) / ティツィアーノ(Titian)

洗礼者ヨハネ(John the Baptist) / ティツィアーノ(Titian)
アカデミア美術館 (Galleria dell'Accademia)
(ヴェネツィア/イタリア)
(Venice , Italiana)

クリックすると作品のある「wikimedia」のページにリンクします。

新年度になってから二度目の日曜日を迎えました。先週はまだ三日でありましたから、新年度の新たな歩みもまだ本格的に始まっていなかったかもしれません。先週からいよいよ本格的な歩みが始まったという方も多いと思います。教会でも年度が変わり目で新たなことが始まることも多い。私たちの教会では、基本的には昨年度と同じ活動をする予定でおります。礼拝も集会も、ほとんど変わりはありません。礼拝では昨年度より、ルカによる福音書から御言葉を聴き続けていますが、今年度もこれを継続していきます。

こどもの教会では、礼拝の時間などは同じですが、新年度になって、カリキュラムが変わりました。昨年度は「神の救いの歴史」というテーマで、創世記の天地創造から始まって、ヨハネの黙示録の神の国の完成まで、救いの歴史を一年間かけて学んできました。

三月末でそれが終わり、今年度のテーマとしては「三要文」を学ぶことになります。三要文とは、三つの重要な文章と書きます。具体的には、十戒、主の祈り、使徒信条になります。主の祈りと使徒信条は私たちの礼拝でも毎週唱えているものです。これに十戒を加えて、三要文と呼ぶことがあります。こどもたちは一年をかけて、これらの三つの重要な文章、三要文を学んでいくことになります。

その最初が主の祈りです。先週のこどもの教会の礼拝の説教は私がいたしました。最初の週でありましたから、主の祈りの全体的なことを学んだわけですが、今週から主の祈りの具体的な言葉を学んでいきます。「天にまします我らの父よ」とはどういうことなのか、「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」とはどんな意味があるのか。これらのことを少しずつ学んでいくことになります。

このことで私が思い起こすのは、私が教育実習に行ったときのことです。私は教員免許を持っています。宗教科という種類の免許です。ミッションスクールで聖書の授業を教える資格を持っています。神学校を卒業すると、大部分の人は教会に遣わされますが、ミッションスクールに遣わされる人もいます。そこで教えることができる教員の免許でありますが、その免許を取得するためには、教育にかかわる授業を受けなければなりません。しかしそれだけでなく、いくつかの実習もしなければなりません。教育実習もその一つです。三週間、ミッションスクールに行って、実習をすることになります。

私もそのようなわけで、三週間の実習に行ったわけですが、そのとき中学一年生のクラスで「主の祈り」を教えることになりました。一体どのようにして授業を進めようかと思案しましたけれども、まずは中学生たちに、主の祈りの言葉を現代語訳させることから始めました。

主の祈りの言葉は古い言葉です。平成生まれの中学生たちにとっては難しい言葉だと思います。まずは何も解説することなしに、現代語訳をさせてみました。中学一年生全体で一〇〇名以上はいたと思います。中学一年生たちの現代語訳を回収し、放課後に目を通しました。こちらが目を丸くするようなすばらしい現代語訳もあれば、ああこんなふうに誤解をしてしまったか、というようなものもありました。

その中で、一番多かった誤解は「み国を来たらせたまえ」をめぐる現代語訳でありました。み国を来たらせたまえ、この現代語訳はどのようになるでしょうか。み国とは神さまの国ですから、「神の国を来たらせてください」「神の国が来ますように」というのが、模範解答になるでしょう。ところがかなりの多くの生徒が「天国へ行けますように」というような現代語訳をしました。天国が向こうからやって来ているのか、それとも中学生たちが書いたように、向こうの方にある天国へ自分たちが行くのか、これは極めて大きな違いであります。

この違いは、私たちの信仰の根本的なところにかかわることであります。私たちの信じている信仰は、私たちが神の方へ向かうというよりも、神が私たちのところに来てくださるということであります。

主イエスが伝道を始めるにあたって言われたのは、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ一・一五)という言葉でありました。さあ、一緒に神の国へ行きましょうと言われたのではない。神の国が私たちのところへやってきた。もっと言うならば、イエス・キリストという神の独り子がこの地上にお生まれになった。私たちが神のところへ出向いて行ったのではない。神自らが私たちのところへやってきてくださった。これが、私たちの信仰の根幹です。

問題は、神が来てくださった、神の国が近づいたということを、私たちが識別できるかどうか、受け入れることができるかどうかということであります。残念ながら、主イエスが来られた二千年前、人々はそのことを識別できなかった。受け入れることができなかった。そのことが、本日私たちに与えられた物語に含まれています。

洗礼者ヨハネという預言者がいました。主イエスが来られる少し前に生まれ、主イエスのための道備えをした人です。しかし彼はこのとき牢に捕えられていました。そこで二人の弟子たちを使いに出して、主イエスに尋ねる。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」(二〇節)。本日の物語は、主イエスがその問いに対する答えを与えて、二人の使いが去った後の話しです。主イエスの周りにいた群衆に向かって、主イエスはヨハネについて話をされました。

二四節の途中から二八節まで、主イエスの言葉が続きます。「あなたがたは何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。」(二四節)。荒れ野はヨハネがいた場所でありました。あなたがたが荒れ野に行ったのは、風にそよぐ葦を見るためか。葦とは植物でありまして、風にふわふわとたなびいている、そんな不確かなものを見に行ったわけではないだろうと主イエスは言われます。

「では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。華やかな衣を着て、ぜいたくに暮らす人なら宮殿にいる。」(二五節)。しなやかな服とは上等な服であります。ヨハネはしなやかな服どころか、「らくだの毛衣」(マタイ三・四)を着ていたと言われています。聞くからに重そうで粗末そうな服であります。しなやかな服を着て、ぜいたくな暮らしをしている人なら宮殿にいるのだから、荒れ野に行く必要などないだろう、というわけです。

主イエスの口から、冗談とも取れる、皮肉とも取れる言葉が続きましたけれども、ヨハネは誰か、続いて出てきたのはその答えでありました。「預言者か。そうだ、言っておく。預言者以上の者である。」(二六節)。イスラエルの国には、それまでにたくさんの預言者がおりました。エリヤ、エリシャ、イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、たくさんの名前を挙げることができます。

しかしイスラエルの民にもよく知られていたそれらの偉大な預言者よりも、ヨハネの方が偉大であると主イエスは言われます。「およそ女から生まれた者のうち、ヨハネより偉大な者はいない。」(二八節)。人間はすべて女性から生まれますから、今まで生まれたどんな人よりもヨハネが一番偉大であると言っているに等しいことです。

ところが主イエスは続けて言われます。「しかし、神の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」(二八節)。今まで生きていた人間のどんな者よりもヨハネ以上に偉大な者はいない。つまりヨハネが一番偉大であった。しかし神の国に関わりを持つ者は、その偉大であったヨハネよりもさらに偉大である、と主イエスは言われるのです。これが、主イエスが積み重ねてきた論理になります。神の国で最も小さな者が、結局のところ一番偉大だと言いたいのであります。

主イエスのこの言葉は、神秘を告げる言葉であると思います。神の国がやってくると、今までの当たり前であった考えがひっくり返されることが起こる。しかしやはり問題となってくるのは、神の国がやってきているということを識別できるかということです。

残念ながら、二千年前の人たちは識別できなかった。そのことが、主イエスがその後、続けて語っておられる譬えに表れています。「では、今の時代の人たちは何にたとえたらよいか。彼らは何に似ているか。広場に座って、互いに呼びかけ、こう言っている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、泣いてくれなかった。』」(三一~三二節)。

広場に子供たちがいる。二つのグループに分かれている。一方のグループが結婚式ごっこをしようと呼びかける。実際に結婚式のときに吹かれる笛を吹いてみる。ところが他方のグループは踊ってくれない。グループ同士がかみ合わないのです。別のときにはお葬式ごっこをしようとする。一方のグループが葬式の歌を歌う。ところが他方のグループは悲しんでくれない。このときも、グループ同士がかみ合わないのであります。

これは子どもたちの遊びでの話でありますが、遊びでなくても、小さな子どもは嬉しい時、悲しい時をわきまえることができない場合があります。先月、私たちの国は大きな地震と津波に襲われ、多くの方が亡くなりました。両親を失って孤児となってしまった子が多くあるのだそうです。阪神淡路大震災のときよりも、その数が多いということです。

今回の災害に限らず、いろいろな災害のときに、どうしても親を失う子どもが出てしまう。一番心を痛めるのは、親を失ったにもかかわらず、まだそのことを認識できない子どもであります。親を失って、周りはみんな悲しんで泣いているにもかかわらず、小さな子はまだその現実がよく分からずに笑っている。そのような光景を見るたびに、とても心が痛みます。

喜ぶときに喜べない、悲しむときに悲しめない。小さな子どもでしたら仕方のないことでありますけれども、主イエスは「今の時代の人たち」(三一節)がそのような子どもに似ていると言われるのです。大の大人に向かって、子どものようだと言われる。皮肉のようにも感じられますが、残念ながら人間の現実を表していると思います。

神が最も偉大であった預言者ヨハネを遣わした。そうすると人々は「あれは悪霊に取りつかれている」(三三節)と悪口を言う。最も偉大な人どころか、神の独り子である救い主がやってきたのに、「見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ」(三四節)と悪口を言ってしまうことになったのであります。洗礼者ヨハネも、主イエスのことも、人々はまったく識別することができなかったのであります。

主イエスに対する悪口は、食事にかかわる悪口であります。主イエスのことを、大食漢で大酒飲みと言う。主イエスは本当にたくさん食べられ、飲まれたのかもしれませんが、おそらくこのような悪口の原因となっていたのは、徴税人や罪人とともに食事をしていたからであろうと思われます。それまでの一般的な考え方では、徴税人や罪人とは関わらない、食事をするなどはもってのほかと考えられておりました。

ところが主イエスはいろいろな人と食事を共にされた。来週、読みます物語は、やはり食事の席での話であります。ファリサイ派の人の招きを受けて、食事の席に着かれた。しかしこのときばかりだけではなくて、徴税人や罪人たちとも好んで食事の席に着かれました。主イエスは食事の交わりを大切にされたのです。ルカによる福音書には、たくさんの食事の席での物語があります。

どうして主イエスはこれほどまでに食事の席を大切にされたのか。それは主イエスとともに神の国がやってきて、神の国の食卓の交わりもそこにあったからであります。ある説教者がこの箇所の説教で、とても心を惹かれる言葉を言っています。「主イエスはいわば神の国が歩いているようなお姿をされている」。主イエスが行かれるところ、そこが神の国になる。食事をすればその食卓が神の国での食事につながる。正しい人ばかりでない。罪人さえも招いて、喜びの食卓を囲む。主イエスはこの喜びの食卓に、多くの者を招きたいと思われているのです。

教会ではときどき聖餐を祝います。そのときには礼拝堂に置かれている聖餐卓に、パンと杯が乗せられます。聖餐卓が食事のテーブルになります。聖餐が祝われないときでも、聖餐卓を取り除けるようなことはしません。献金を置くためのテーブルとして用いられているかもしれませんが、それは二次的なことです。聖餐がなくても、ここに神の国の食卓がある。

ですから、聖餐卓を囲んで礼拝をするたびに、私たちは思い起こすのです。主イエスが来てくださり、神の国が始まっている。神の国の食卓が今ここにもある。まだ神の国が完全には実現していないけれども、完成した神の国での食事の先取りの食卓が教会にはあるのです。

もちろん、主イエスがもたらしてくださったのは、神の国の食事の席だけではありません。洗礼者ヨハネと主イエスが来られる前までは、「笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、泣いてくれなかった。」(三二節)という有様でした。歌を歌ってもどうも噛み合わない。神と人とが心を通い合わせることができなかった。

ところが、今や私たちは心を合わせて讃美を歌うことができます。先ほど、讃美歌二六八番を歌いました。一番の後半はこのように歌います。「呪いの木に、つきたまいし、すくいのぬし、わが主よ」。讃美歌の歌詞もまた、主の祈りの言葉に優るとも劣らず、古い言葉であります。ときどき分かりにくい歌詞もあるかもしれません。しかし私たちは今や、讃美歌の歌詞に心を合わせて讃美をすることができます。

木に架けられた者は呪われているという思想が旧約聖書からありました。その呪いの木である十字架に主イエスが架けられた。私たちが受けるべき呪いを代わりに引き受けてくださった。ああ、私たちの罪はそれほどまでに深かったのかということを知る。合わせて、神がそこまでして私たちのことを救ってくださろうとしている。愛してくださっていることを知る。ああ、呪いの木につきたまいし、すくいのぬし、わが主よと心を合わせて歌うことができる。二千年前には心を合わせて歌うことができなかったのが、主イエスが来てくださったことによって、心を合わせて歌うことができるようになったのであります。

主イエスが来られ、時代が変わりました。主イエスはその当時の時代の人たちを、喜ぶときも悲しむときもわきまえることができない、小さな子どもであると譬えられました。しかし主イエスの到来によって、すでに時代が変わった。私たちは小さな子どもから成長をしたのであります。

最後の三五節にこうあります。「しかし、知恵の正しさは、それに従うすべての人によって証明される。」(三五節)。この三五節の解釈はとても難しくて分かりにくい。ただ言葉の上で一つはっきりしているのは、すべての「人」と訳されている言葉は、「子」と訳した方がよい言葉であるということです。大部分の聖書の訳は、新共同訳のように「人」と訳すのではなく「子」と訳しています。

しかし「子」は子でも、結婚式ごっこ、葬式ごっこをして噛み合わなかった広場での子どもたちとは違います。広場での子どもたちは、本当に小さな乳飲み子のような意味での「子」という言葉が使われていましたが、三五節の「子」という言葉は、もう少ししっかりとした子どものことです。主イエスはしばしば「子よ…」という呼びかけをしています。これは大の大人に対して、愛情を込めて「子よ」と呼びかけられていますが、これと同じ言葉です。つまり、主イエスに従っていく子どもたちによって、主イエスの正しさが証明されていくというのであります。

私たちは主イエスに従う者たちです。子たちです。右も左もわきまえない、喜ぶとき悲しむときもわきまえない乳飲み子だったかもしれませんが、成長することができました。その時を識別することができるようにしてくださいました。遅まきながらかもしれませんが、主イエスが来てくださったことによって初めて、神の国の到来を知る。主イエスが呪いの木についてくださったことによって、赦しを知り、愛を知る。神の国とはこの赦しがあり、愛があるところだと知る。主イエスのお体である教会で、神の国の食事に生きる。神の国の交わりに喜んで生きる。

神の国が完成の途上にあるにもかかわらず、神の国の先取りをすることが私たちには許されているのです。私たちは神の国と大いにかかわりを持つ者たちです。主イエスが私たちをここに招いてくださった。その私たちに主イエスが言ってくださいます。「神の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」(二八節)。神の国で最も小さな者とは、神の国にすでに生かされている、私たちのことなのであります。