松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2011年1月16日(日)
説教題「神に選ばれる」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第6章12節〜16節

 そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。

旧約聖書: サムエル記下 第7章18〜24節


レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
最後の晩餐(L'Ultima Cena/ Il Cenacolo) / レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)

最後の晩餐(L'Ultima Cena/ Il Cenacolo) / レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 食堂の壁画(Chiesa di Santa Maria delle Grazie)
(ミラノ/イタリア)

上記をクリックすると作品のある「wikipedia」のページにリンクします。

私が神学校に入って直後のことであります。神学校での授業が始まりました。いろいろな授業を受けることになりましたが、その中で歴史神学という授業がありました。キリスト教会の二千年にわたる長い歴史を学ぶ授業であります。

この授業の最初のときのことです。授業の担当教授が、学生にこう問いました。「これから我々は歴史神学を学ぼうとしている。では、神学校で行われている歴史神学と、一般大学で行われている歴史学とは、一体どこが違うのか」。学生たちはそう問われたのです。「歴史神学」と「歴史学」。確かに、漢字で見ますと、一字しか違いはありません。神という字が入るか入らないかの違いであります。両者とも、学問は学問であります。しかし、何が違うのでありましょうか。

学生たちは、先生の問いかけに対して、様々な答えをしました。私も何かしらの答えをしました。たしか、「歴史神学は、神が歴史に働かれていることを信じて行う学問だが、歴史学はそうではない」、そのように答えと思います。もちろん、それも正解ですし、ほかの学生が答えた答えも正解でありました。しかし何よりも決定的な違いを、先生が紹介してくださいました。「歴史神学は、啓示を出発とする学問である」、と。

啓示という少し難しい言葉を使いました。啓示のケイの字は、自己啓発のケイの字です。訓読みにしますと「ひらく」とも読みます。そして啓示のジは示すという字です。神が私たちにひらいて示してくださった。今までは舞台の幕が下がっていたけれども、その幕が開いて舞台の上が見られるようになるようなものです。

歴史神学が啓示を出発とするとは、神がまず私たちに決定的なことを教えてくださった、そのことを前提にして、学問を行っていくのであります。まさにイエス・キリストによって啓示されたことから、すべての学問が出発するのです。神が世界を創造されたこと、人間は罪に堕ちてしまったが、イエス・キリストの御業によって救われたこと、やがて終末においてすべてが完成すること。それらすべてのことが、啓示された。そこを出発点にして、歴史神学の営みがなされるのです。

もちろんのこと、歴史学はそのように考えません。人間の営みだけを辿っていきます。しばしば歴史は繰り返すと言われますが、これは歴史神学ではなく、歴史学の見方です。確かに、人間は同じ過ちを繰り返します。戦争が終わって平和になったと思ったら、また戦争が起こります。その意味では歴史は繰り返します。しかし歴史神学はそうではありません。神の歴史は天地創造から終末の完成に向かって歩んでいる。この視点に立って、歴史神学の学問的な営みがなされていくわけであります。

これは一つの例にすぎません。しかし神が私たちに先立っていることを示す、とてもよい例だと思います。私たちの信仰は受身であります。私たちが神を発見したのではありません。私たちの力で罪の問題を解決したのではありません。私たちの努力によって救いを獲得したのではありません。

そうではなくて、まず神が私たちに先立って歩んでくださった。そしてそれを啓示してくださった。すべてにおいて、神が先立って働いておられる。私たちはそれを追いかけているにすぎません。歴史神学もそうですし、私たちの救いの出来事も、身近に神の出来事も、すべてそうなのであります。

本日、私たちに与えられました聖書の箇所は、主イエスが十二人の弟子たちを選ばれる箇所であります。選ばれるということも、受身であります。自分から志願して弟子になったわけではありません。あるいは選ばれた弟子たちが、何か選ばれるだけの功績を残したというのでもありません。ルカによる福音書から御言葉を聴き続けてきた私たちでありますが、ここまでで弟子たちが活躍した場面は一度もなかったと言ってよいでしょう。

先週、私たちに与えられました箇所は安息日にかかわるものでありました。第六章一節にはこうあります。「ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは麦の穂を摘み、手でもんで食べた。」(六・一)。細かい規定によりますと、安息日に麦の穂を摘むことは刈り入れの労働にあたり、手でもむことは脱穀の労働にあたります。これは先週も申し上げたことです。つまり弟子たちは安息日の細かな規定をいわば破ってしまった。そのことによって訴えられる口実を作ってしまった。弟子たちは功績をあげるどころか、主イエスの足を引っ張ってしまった出来事であるとも言えます。

本日私たちに与えられました箇所において、弟子たちが選ばれるわけですけれども、どうしてこのタイミングで選ばれているのでしょうか。このあとも弟子たちの目立った活躍はしばらくありません。別の福音書であるマタイによる福音書を見ますと、十二人の弟子たちが選ばれた直後に、伝道へと派遣されています。

「イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。」(マタイ一〇・六~七、九~一〇)。このように言われて、主イエスによって派遣される。なぜ十二人が選ばれたのか、マタイによる福音書では明らかに伝道へと派遣されるためにです。

ルカによる福音書では弟子たちが派遣されるのは第九章になってからです。それまではやはり弟子たちに目立った活躍はありません。主イエスの譬え話の意味が分からなかったり、湖で嵐に遭って主イエスに助けてもらったりしています。弟子たちはただ主イエスについて行っているだけ、ただ話を聴いているだけにすぎません。

むしろ第八章の始めにありますように、弟子たちではなく女性たちの活躍が先に記されます。主イエスは弟子たちだけと歩みを共にされたのではなく、女性たちもいたことが記されています。その女性たちの活躍が、弟子たちよりも先に記されているのです。

なぜルカによる福音書では、弟子たちがこのタイミングで選ばれているのでしょうか。一つ言えることがあると思います。本日私たちに与えられました箇所は、山の上での出来事です。弟子たちが山の上で選ばれた。そして山の出来事が終わり、山から降ることになります。

そして「平らな所」(一七節)で大勢の人たちが主イエスの周りに集まって来ることになりますが、主イエスは比較的長い説教を語られることになります。二〇節を見ますとこうあります。「さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである。」(六・二〇)。この説教は第六章の終わりまで続きます。この箇所は改めて少しずつ区切りながら、神の言葉の説教として共に聴きたいと思っております。

しかし少し先取りするようですが、ある説教者が主イエスのこの説教を評価してこう言っております。「これは主イエスの弟子であるということは、どういうことかを示した説教である」。つまり、ここでは「敵を愛しなさい」とか、「人を裁くな」ということが語られていますが、主イエスの弟子とはそういう者であるということが語られているということになります。

こういうことを聴くと、誤解してしまうかもしれません。こういうふうにならないと主イエスの弟子にはなれないのか、と。しかし順序を混同してはならないと思います。まず主イエスが弟子たちを選んでくださった。そのあとに、主イエスの弟子とはこういう者であるということが語られているのであります。弟子の条件が先に語られた後に、それに相応しい弟子たちが選ばれたのではないのです。

この十二人の弟子たちは、主イエスが選んでくださった弟子たちであります。一体どんな人たちだったのでしょうか。聖書のことを解説してくれる注解書にいろいろなことが書いてあります。この人はどういう人だ、この人とあの人はどういう関係だとか、実に様々な議論があります。しかも福音書によって、名前が異なるところがあります。そうしますと、これは名前が違うけれども同じ人だとか、そういういろいろな議論があります。もちろん、ここではそのすべてをご紹介することはできません。

まず始めに名前が出てくるのはシモンであります。シモンには少し説明が加えられていまして、「イエスがペトロと名付けられたシモン」(一四節)とあります。ペトロはあだ名でありまして、「岩」という意味がありました。岩のように頑固だったのかもしれませんし、それともやがてペトロは教会を建てる中心人物となりますので、岩の上に立てられた教会ということで、そのあだ名が付けられたのかもしれません。

しかし岩のように揺るがない人だったのかと言うとそうではなくて、多くの失敗を繰り返してしまいました。主イエスの十字架のときには主イエスのことを三度も知らないとさえ言ってしまった。主イエスの弟子としての強さがあったと言うよりも、むしろその弱さをさらけ出してしまった人であります。

それから一五節の始めにマタイという名前の弟子が出てきます。マタイによる福音書によれば、マタイは徴税人でありました。徴税人は税金を集める人です。しかも自分たちの国のために納められる税金ではなく、ローマ帝国のための税金を集めていた。敵国に魂まで売ってしまった、そのように見なされ、人々から嫌われていた。罪人の最たる者とさえ呼ばれていました。ルカによる福音書ではレビという人を弟子にしていますが、もしかしたらマタイとレビは同一人物だったかもしれません。

一五節の終わりには「熱心党と呼ばれたシモン」(一五節)とあります。熱心党というのは、もちろん熱心なグループだったわけですが、ユダヤ人としての過度な愛国的な考えを持っていたグループでありました。その考えが行き過ぎて、ローマ帝国に対して反乱も起こしました。神を自分たちだけの神とするために、過激な抵抗運動をしたのであります。そのようにして神の国を打ちたてようとした。主イエスが私たちにもたらしてくださった神の国とはまったく異なる神の国を目指していたと言えるでしょう。

レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「最後の晩餐」の絵画があります。ここには主イエスと十二人の弟子たちが描かれているわけですが、シモンは一番右端に描かれております。主イエスが真ん中でパンを裂いてくださっているにもかかわらず、シモンを含めた右端に描かれている三人は、主イエスの方を見ようとせず議論をしています。一説によりますと、このとき神の国の議論をしていたのではないかと言われています。本当にこの人が実現してくださるのだろうか、本当にこの人が救い主なのだろうかと、疑うように議論をしていたのかもしれません。

最後に出てくるのは、言うまでもないかもしれません。主イエスを裏切ってしまったユダであります。同じユダという名前の弟子がいましたから、イスカリオテのユダというように呼ばれています。このユダの裏切りによって、十字架の出来事が起こってしまったのです。

十二人の弟子たちの一部をご紹介いたしました。こう考えてみますと、十二人が主イエスの弟子としてまったく相応しくなかったと言ってよいでしょう。多種多様な人たちの寄せ集めと言ってもよいほどであります。神の国を実現するために、主イエスを中心として、有能な弟子たちが手足となって働く、そんな理想的なグループのようにはとても見えません。相応しさがあったから主イエスに選んでいただいた、そんな弟子は一人もいないのであります。

しかし忘れてはならないことがあります。この弟子たちは主イエスの祈りによって選ばれたということです。一二節にこうあります。「そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。」(一二節)。主イエスの祈りは徹夜の祈りでありました。その結果が十二人の弟子たちであります。

徹夜の祈りと言いますと、十字架にお架かりになる前夜のゲツセマネの祈りを思い出します。ルカによる福音書ではゲツセマネという場所ではなく、オリーブ山というところです。やはり山で祈っておられる。徹夜だったのかどうかは分かりませんが、弟子たちは「眠り込んでいた」(二二・四五)と記されておりますから、やはり徹夜に近い状況だったのかもしれません。

この祈りは主イエスの十字架での運命を決する祈りであったと言ってよいと思いますが、私は十二人の弟子たちを選ぶときも、十字架でのご自分の運命を決する祈りであったと思っております。ご自分を裏切ることになるイスカリオテのユダをも選ばれた。他の弟子たちもそうです。十字架のときには誰ひとりとして主イエスのことを守ろうとしなかった。十字架の出来事が起こるのに、これ以上はない人選であったとさえ思えます。

徹夜での祈りと言いますと、私が思い起こすことがあります。私が学んでおりました神学校には、韓国人の留学生の方が何名かおりました。入学して間もない頃だったと思いますが、同級生の韓国人の学生がこれから夜の祈祷会に出かけるところでありました。祈祷会の始まる時間を聞いてみたところ、その返事はありましたけれども、祈祷会の終わりの時間を聞いたところ、返事はありませんでした。徹夜での祈祷会だったからです。

韓国の教会は本当によく祈ります。その留学生が行っていた教会も、折りあるごとに徹夜祈祷会を行っていました。徹夜祈祷会が行われる日は、その留学生は学生寮に戻ってきませんでした。

私はもちろんその徹夜祈祷会には出席していませんが、いろいろなことが祈られたと思います。たとえば受難週ですと、主イエスの十字架の御業のことを覚えて祈ったでしょう。そのほかにも教会のため、教会員のために、ご自分の家族のために、そして地域のために、世界のために、徹夜でいろいろなことを祈ったのでしょう。

祈った方はともかく、祈られた方はもしかすると、自分が祈られたことを知らないかもしれません。松本東教会でも毎週水曜日の午前中と木曜日の夜に祈りの会をしています。ここでも実に多くのことが祈られます。

私がとても感謝していることは、私のために出席者が祈ってくださることです。私の働きの上に、特に日曜日の説教に向けての備えの上に、皆さまが祈ってくださいます。しかし祈りの会だけでなく、私が知らないところで、多くの方によって祈っておられることも事実です。知らないところでなされている多くの祈りによって、私は支えられているのであります。

主イエスによって選ばれた十二人も、主イエスの徹夜の祈りによって選ばれていたことは、もしかしたら知らなかったかもしれません。主イエスはまず一人で山に行かれた。そして一三節にありますが、「朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた」のであります。朝になってから主イエスに呼び集められて、弟子とされた。徹夜の祈りによって、自分たちが選ばれたことを知る由もなかったのかもしれません。

私たちもこのときの弟子たちのように、主イエスの祈りによって支えられていることに無頓着であるかもしれません。私たちは主イエスによって選ばれてキリスト者とされました。私たちが相応しいからではありません。主イエスが私たちのために祈ってくださり、選んでくださったのです。生きるべき教会が与えられたこともそうです。本日、御言葉を聴くための教会が与えられたのもそうです。

教会での奉仕が与えられていることもそうです。すべては神が私たちを選んでくださった結果なのであります。その選びには神による祈りがある。私たちも神によって祈られ、支えられているのであります。

選ばれた十二人の弟子たちは「使徒と名付けられた」(一三節)と記されてあります。弟子ではなく使徒という呼び方は、少し早すぎるような気もいたします。新約聖書の使徒言行録にありますように、使徒というのは、十字架にお架かりになり復活された主イエス・キリストを宣べ伝える者たちです。

その使徒という呼び方を、ここで先立って主イエスが名付けてくださった。失敗ばかりの弟子たちであったかもしれません。しかし主イエスが使徒にしてくださった。ご自分の御業のために、神の国のために働く者にしてくださったのであります。

私たちも同じであります。私たちの目には選ばれるだけの相応しさが見えてこないかもしれません。しかし神はそうではない。ご自分の御業のために、祈りをもって選んでくださった。それが私たちなのであります。