松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2011年1月9日(日)
説教題「本物の安息がある」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第6章1節〜11節

 ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは麦の穂を摘み、手でもんで食べた。ファリサイ派のある人々が、「なぜ、安息日にしてはならないことを、あなたたちはするのか」と言った。イエスはお答えになった。「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを取って食べ、供の者たちにも与えたではないか。」そして、彼らに言われた。「人の子は安息日の主である。」また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、「立って、真ん中に出なさい」と言われた。その人は身を起こして立った。そこで、イエスは言われた。「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。」そして、彼ら一同を見回して、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。言われたようにすると、手は元どおりになった。ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った。

旧約聖書: 出エジプト記 第20章8〜11節







レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
Jesus Heals a Demoniac/ギュスターヴ・ドレ(Gustave Doré)

聖書並行記事 マルコによる福音書 第2章23〜28節(安息日に麦の穂を摘む)から
The Disciples Plucking Grain on the Sabbath(The Lord of the Sabbath)/ギュスターヴ・ドレ(Gustave Doré)

上記をクリックすると作品のある「catholic resources」のページにリンクします。

本日、私たちに与えられましたルカによる福音書の箇所は、安息日が一つのテーマになっております。安息日という言葉は私たちが信仰生活をするにあたって、あまり用いない言葉であるかもしれません。安息日ではなくて、別の表現を私たちはよく用いています。安息日に変わる表現としては、日曜日というのがまずあります。私たちキリスト者にとって安息日は日曜日なのです。

そのほかにも、「主日」という言葉や、もう少しこれを丁寧に言った「主の日」という言葉もあります。「聖日」という言葉を使われる方もいるでしょう。このように、安息日にはいろいろな表現がありますけれども、どの表現でも神を礼拝する日であることに変わりはないのです。

聖書の中に、さらに別の表現もあります。使徒言行録の第二〇章にはこういう表現があります。「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。」(使徒言行録二〇・七)。ここでは一週間の初めの日である日曜日に、パンを裂くために、つまり聖餐を行うために人々が集まっている様子が書かれています。しかもパウロがそこで話を、つまり説教を語っています。礼拝をしているのであります。

そのときに、ある出来事が起こりました。エウティコという青年が窓のところに腰掛けて、パウロの説教を聴いていたのでありますが、ついつい居眠りをしてしまった。悪いことに、三階から転落して死んでしまった。人々は大慌てでこの若者のところに降りて行きましたが、パウロがこの若者を生き返らせた。礼拝が続けられます。パンを裂いて食べ、夜明けまで長い話が続きました。

この物語は、最初期の教会の礼拝の様子を知ることのできる物語です。礼拝は週の初めの日、つまり日曜日に行われた。礼拝の時間は夜であり、夜始まって徹夜に近い状況で行われました。なぜ私たちのように、日曜日の朝に行わないのか。それは当時の社会は、まだ日曜日が休みの日ではなかったからです。特定の曜日が休みというわけではなかった。エウティコを始めとしてこの礼拝に集っていた者は、たいていこの日も働いていたと思われます。エウティコが礼拝中居眠りをしてしまったのも、無理はなかったかもしれません。一日の労働で疲れていたのであります。

このように、最初期のキリスト者は日曜日が休みでないにもかかわらず、日曜日という日をあえて選んで礼拝をしておりました。どうしてでしょうか。教会のホームページに初めて礼拝に来られる方向けの案内のページがあります。礼拝に関するQ&Aがそこに載せられていますが、こういう問いと答えが載っています。「なぜ毎週日曜日に礼拝を行うのですか」。「日曜日はイエス・キリストが復活された日です。そのことを記念し、教会では二千年前から日曜日に礼拝を行ってきました」。キリスト者にとって日曜日は復活の記念日であり、その日を安息の日として大切にしてきたのであります。

時が流れ、やがてローマ帝国でキリスト教が公認されました。そのことよって、様々な恩恵がありました。最大の恩恵は日曜日が制定されたことだと思います。三二一年、この年の一月一日は日曜日でありました。この年から、週七日制が定められ、日曜日が週の初めの日として制定されたのです。教会の礼拝を行う日が、公のものとして定められたのです。初代教会のキリスト者が休みでないにもかかわらず、礼拝を守り続けることによって、安息日を勝ち取った出来事であると言ってもよいと思います。

キリスト者にとっての安息日は日曜日でありますが、もともとユダヤ人にとっての安息日は土曜日でありました。正確に言いますと、一日は太陽が沈んだ日没から始まりますので、金曜日の夕方から土曜日の日没までになります。なぜ日曜日でないのかと言いますと、お分かりのように、神が天地万物を造られて最後の日、つまり土曜日に休まれたからであります。創世記の記述を見ますとこうあります。「天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。」(創世記二・一~三)。

イスラエルの民も、神に倣って第七名の日に安息日を守りました。本日合わせてお読みした旧約聖書の箇所にも、そのことが表れています。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」(出エジプト記二〇・八~一一)。

この箇所は十戒、つまり十の戒めが神から与えられた箇所です。その第四の戒めが、安息日を聖なるものとせよ、いかなる仕事もしてはならないという戒めであります。

イスラエルの民はこの戒めによって安息日を聖なるものとして守ってきたわけですが、だんだんと安息日に関する細かな規定が作られるようになりました。安息日にしてはならないこと、してよいことが細かに定められたのです。細かすぎて、ここで全部を挙げることはもちろんできません。本日与えられましたルカによる福音書の箇所から、その一部を見ていきたいと思います。

まず問題になっているのは、安息日に「麦の穂を摘み、手でもんで食べた」(一節)ことであります。他人の畑で麦の穂を、鎌を使って刈ることは許されていませんでしたけれども、手で摘むことは許されておりました。旅人や貧しい者がそのようにして一時的に空腹をしのいでもよかったわけです。ただし安息日にそれをしてはならなかった。それが一種の刈り入れの仕事とみなされるわけです。さらに「手でもんで」と書かれております。これは脱穀の仕事にあたります。

つまり、このとき弟子たちは二つの安息日の細かな規定を破ってしまったわけです。

続いて問題になっているのは、病の癒しであります。普通、病を癒すのは医者の仕事です。医者も安息日は働くことをしませんでした。死の危険がある場合を除いて、安息日には病人を診ない。今日は安息日だから明日、出直して来なさいということに普通ならばなったのです。

ところが主イエスはそれにもかかわらず、安息日に手の萎えた人の右手を癒してくださった。この人が右利きならば、かなり不自由をしていたでしょう。主イエスはこの手を癒してくださり、いわば医者としての労働をされたのです。今度は弟子たちではなくて、主イエスご自身が安息日の細かな規定を破ってしまわれたのです。

このように実に細かな規定が、戒めとして作られていたわけです。いま私は「戒め」という言葉を用いましたけれども、この「戒」という漢字の成り立ちを調べていきましたら、面白いことが分かりました。この漢字は象形文字でありまして、左下の部分が両手を挙げている人間を表します。

そして右上の部分が、戦いの道具である矛であります。つまり人間が両手で矛を掲げているのが、「戒」という漢字なのであります。武器を両手に持ち、用心して備えることを表しているのだそうです。張りつめて用心している様子を表しているとも言えます。

このことはもちろん中国で漢字として発達したのでありますから、聖書の思想とは異なるかもしれません。しかし主イエスの時代のユダヤ人の戒めに関する考え方と、非常によく似通っていると思います。両手に矛を持ち、張りつめたようにして安息日の戒めを守る。あるいは両手に矛を持ち、安息日の戒めを破っている人はいないかと目を光らす。こんな状態では安息どころではなかったでしょう。安らかに息をするどころか、張りつめていて息苦しい。神の安息にあずかる、神のもとで憩うのとはほど遠い状況にあったのであります。

それでは安息日を聖なるものとするとはどういうことなのでしょうか。本日与えられました旧約聖書の箇所で考えてみたいと思います。出エジプト記の第二〇章一〇節にはこうあります。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。」(出エジプト記二〇・一〇)。

ここでは言われているのは、あなただけが安息日を守りなさいというのではありません。そうではなくて、あなたももちろんだが、あなたの息子や娘や奴隷や町に寄留する者や、家畜までもが安息日を守ることができるように心を配りなさいと言われているのであります。隣人に対して矛を両手で持つようにして目を光らせるのではないのです。

八節のところで「安息日を心に留め」とあります。最初の安息の日である天地創造の出来事を始めとして、神が私たちのために何をしてくださったのか、そのことを心に留めます。そしてこれは決して一人で守るものではありません。隣人と一緒に守ります。主イエスはあるとき言われました。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』

これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタイ二二・三七~三九)。戒めの根幹にある最も大切なことが、「神を愛し、隣人を自分のように愛する」であると主イエスは言われます。もちろん安息日も、これなしでは成り立たないのであります。

本日与えられましたルカによる福音書の箇所で、主イエスはとても大切なことを言われています。「人の子は安息日の主である。」(五節)。人の子とは主イエスのことであります。主イエスが安息日の主であると言うのです。どういうことでしょうか。

「主」という言葉の反対の言葉は「奴隷」であります。主イエスは安息日の奴隷ではない。当たり前のことでありますが、このときのユダヤ人たちは安息日の奴隷であったと言ってもよいでしょう。安息日にはこういうことはしてはいけない、これならしてもよいというように、安息日という巨大な偶像のようなものがあって、それの奴隷のようになっていたのであります。

安息日で大切なのは、この日においても神を主とすることです。主イエス・キリストを主とすること、神を神とすることであります。そのためには、まず私たちは礼拝をいたします。神を神とする、神を拝む礼拝をするのです。ですから私たちは礼拝をするにあたって、義務感かられて礼拝をしなければならないだとか、いやいやとしょうがないから礼拝に行くというのではないのです。両手に矛をもって他人に目を光らせて、あの人は礼拝に行っていないということを言うのでもありません。

そうではなくて、初代教会の人たちのように、困難な状況にもかかわらず喜んで礼拝をする。礼拝をして、神がなしてくださったことに心を留め、神の言葉を聴き、神の安息にあずかる。これがキリスト者にとって、本当の安息日なのであります。

安息日に関する有名な映画があります。一九八一年に公開された「炎のランナー」という映画であります。アカデミー賞もとりました有名な映画です。話の舞台は一九二〇年代のスコットランドやイングランドであります。この映画の主人公はハロルド・エイブラハムというユダヤ人と、エリック・リデルというスコットランド人であります。二人ともイングランドのケンブリッジ大学の学生でありました。とにかく足が速かった。一九二四年、フランスのパリでオリンピックが開かれました。二人は代表選手としてオリンピックに出場します。

スコットランド人の方のリデルは、当初、一〇〇メートル走の代表選手でありました。ところが、オリンピック本番の予選が日曜日に行われることになりました。日曜日はもちろん礼拝の日であります。特にリデルは、スコットランド教会(Church of Scotland)の敬虔な信仰を持ち、宣教師を目指していたくらいです。スコットランド教会は宗教改革後にできた教会でありますが、安息日を比較的厳格に守る教会でありました。スコットランドの子どもたちに「日曜日(安息日)はフットボールをしてはいけない」とリデル自身が教えていたくらいです。

ところがリデル自身の試合が日曜日になってしまう。それでもリデルの心に迷いはありませんでした。自分の信仰を貫き、日曜日には走らなかった。しかし仲間の配慮があり、水曜日の四〇〇メートル走に出場することになり、見事に金メダルを取った。これは実話であります。リデルはその後、宣教師になって中国に伝道に行き、四三歳の若さで生涯を閉じました。

リデルが一〇〇メートル走に出場しなかったその日、リデルはパリにありますスコットランド教会の礼拝に出席しました。その礼拝で読まれた聖書箇所がイザヤ書の第四〇章でありました。映画の中ではリデル自身がその言葉を朗読しています。

「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。主は、とこしえにいます神/地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなく/その英知は究めがたい。疲れた者に力を与え/勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが/主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(新共同訳、イザヤ書四〇・二八~三一)。

私にとっては、リデルが四〇〇メートル走で金メダルを取ったよりも、この聖書朗読の方が感動的でありました。「若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが/主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ書四〇・三〇~三一)。神を礼拝し、神の言葉を聴き、新たな力を得る。これが本物の安息なのであります。

私たちの教会では夕礼拝を行っております。数年前から夕礼拝を行うようになりましたけれども、日曜日の午前中にどうしても礼拝に出席することができない方がおられ、それがきっかけで始まりました。私はいくつかの教会で夕礼拝が始まった事情を知っておりますが、どの教会もこれと同じ理由で夕礼拝が始められました。礼拝にどうしても出たい。神の言葉を聴きたい。これは、神のもとにある、まことの安息を知っている思いであります。

私たちもこのような思いをもって、喜んで神を礼拝し、神の安息にあずかろうではありませんか。