松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2010年8月15日(日)
説教題「悔い改めが実を結ぶ」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第3章7節〜14節

 そこでヨハネは、洗礼を授けてもらおうとして出て来た群衆に言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」そこで群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。

旧約聖書: エゼキエル書 第33章10〜11節







レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
バプテスマのヨハネの説教(Sermon of John the Baptist)/ピーテル・ブリューゲル(Pieter Brueghel the Elder)

バプテスマのヨハネの説教(Sermon of John the Baptist)/ピーテル・ブリューゲル(Pieter Brueghel the Elder)
ブダペスト 西洋美術館 蔵(Szepmuveszeti Muzeum)
(ブダペスト/ハンガリー)

上記をクリックすると作品のある「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 八月一五日を迎えました。この日は日本にとって、特別な日であることは言うまでもありません。一九四五年八月一五日の正午、日本はポツダム宣言を受諾したことと戦争が終結したことを国民に発表しました。そういうわけで、この日を終戦記念日と言っております。敗戦記念日と言った方がよいかもしれません。この日を迎えるにあたり、真剣に問わなければなりません。どうしてあのようなことになったのかと。戦争を体験した者も、体験しなかった者も、「わたしたちはどうすればよいのですか」と、問わなければならないのです。

 私たちが属しております日本基督教団は、一九四一年六月に創立いたしました。太平洋戦争が始まる半年前のことであります。松本東教会は十年ほど前に教団に加入をいたしましたけれども、実を言いますと、戦争の間、松本市内の三教会と合同をいたしまして、教団に加入をしておりました。戦争が終わり、三教会の合同は解消され、単立教会としての歩みを続けた後、十年前の教団加入となったわけです。

 教団が創立した当初は、どんな状況だったのでしょうか。教団創立の二年前の一九三九年に「宗教団体法」が成立しておりました。この法案によりますと、教団は文部省の認可を受けて、その監督、指導のもとに置かれることになります。「信教の自由」が制限をされることになったのです。このような法案は、明治時代から、何度か政府が成立を試みようとしていました。しかし、議会は信教の自由を侵害するとして、これを否決しておりました。不成立に終わっていたのです。

 ところが、「宗教団体法」が成立した一九三九年は、軍国主義の色彩がますます濃くなっていた時代でありました。この法案が難なく成立してしまいます。この「宗教団体法」によって、日本のキリスト者はとても苦しめられることになるのです。

 このような状況の中、キリスト者はどのように過ごしていたのでしょうか。日本基督教団が戦争に協力をさせられたのは言うまでもありません。国に協力するか否かということが、教会の存続にかかわることであったのです。実際に、様々な協力をいたしました。

 物資の配給場所や救護所、避難所として、各教会の建物を提供しただけではありません。各教会は、戦勝祈祷会、戦争に勝つことを祈る祈祷会を行っておりました。礼拝に先立って、あるいは礼拝の冒頭部分と言ったらよいでしょうか、いわゆる国民儀礼を行わなければなりませんでした。さらには献金を募り、戦闘機三機を国に献品するということも行いました。礼拝の中には憲兵が紛れ込んでいて、牧師の語る説教で、おかしなことを言っていないかと監視をされていました。実際に連行されて、命を落とす牧師もいました。教団はその牧師を助けることをしなかった。

 今となっては信じられないことかもしれませんが、事実として起こったことです。国の言うことに従わなければ、教会が潰されるという状況に置かれた。今、もし同じ状況に置かれたとしたら、私たちはかつてと同じ道を辿らないだろうか。辿らないだけの強さが教会にはあるのか。同じ過ちを犯さないだろうか。真剣に考えなければならないと思います。

 当時のキリスト者だけに、その責任を押し付けることはできない。人の罪を指摘するのは簡単です。そのようにして罪を指摘して、批判をすることは、誰にでもできることです。しかしそれは冷たい批判です。その批判には救いがない。まことに悔い改めるために、私たちは問わなければならない。「わたしたちはどうすればよいのですか」、と。

 本日、私たちに与えられた聖書箇所の中に、「わたしたちはどうすればよいのですか」という言葉が三度も出てきます。一回目は群衆が、二回目は徴税人が、三回目は兵士がこのように言っています。いずれも、洗礼者ヨハネの「悔い改めにふさわしい実を結べ」(八節)という呼びかけに対する応答であります。

 まず始めに出てくるのは群衆であります。七節を読みますと、群衆は「洗礼を授けてもらおうとして出て来た」(七節)と記されています。ヨルダン川のヨハネのいるところまで、わざわざ出て来たのであります。群衆の中には、ヨルダン川の近くに住んでいた者もいたかもしれませんが、おそらく大半の者は旅人であったでしょう。近くに荒れ野があり、そこを旅して出て来なければなりません。

 荒れ野という場所は、過酷な場所でありまして、日中は暑くなり、夜半は逆に寒くなります。寒さ対策のため、下着を着る。寒い場合は、二枚重ね着をしたようであります。旅には下着二枚を持っていくのが普通でありました。そのほかにも、もちろん食糧も必要です。「では、わたしたちはどうすればよいのですか」(一〇節)と尋ねる群衆に対して、ヨハネは「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」(一一節)と言うわけです。

 次は徴税人であります。徴税人という職業は、聖書の中にしばしば登場いたします。いずれもあまり良いイメージではありません。罪人の代表者のような存在でありました。どうしてかと言いますと、徴税人は税金を集めるわけですけれども、その税金はローマ帝国のための税金です。イスラエルは支配されていましたから、徴税人のやつらは敵国の手先だとみなされて、嫌われていたわけです。さらに徴税人は必要以上の税金を取り立てて、私腹を肥やしているという始末。その徴税人もヨハネのところに出て来るのです。「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」(一二節)と問う。ヨハネは「規定以上のものは取り立てるな」(一三節)と言うのです。

 最後は兵士であります。兵士と言いますと、まず考えられるのはローマ帝国の兵士ですけれども、この可能性は極めて低いと言われています。ヨハネのもとに集まってきたのはユダヤ人ですけれども、ユダヤ人がローマの兵士になることはなかったからです。ローマ帝国の兵士になるためには、皇帝に忠誠を誓う必要があります。ユダヤ人にとって、そういうことはできませんでしたから、ユダヤ人は兵役に就くことをしなかったし、求められなかったようであります。

 それではこの兵士はどんな兵士かと言いますと、可能性としては、領主であったヘロデの兵士か、あるいはこうも考えられます。この兵士は、徴税人をサポートするための兵士ではなかったのかと。徴税人は税金を集めます。それをスムーズにやるために、徴税人には兵士がつけられていたようです。

 したがって、こういうことになります。徴税人がヨハネにどうしたらよいのかと問いかけ、「規定以上のものは取り立てるな」と言われる。すると間髪入れずに、すぐ横にいた兵士がヨハネに問いかける。「このわたしたちはどうすればよいのですか」(一四節)。ヨハネは「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」(一四節)と答えるわけです。徴税人と一緒になって、その権力や武力にまかせて、人を脅し、金をゆすり取ったり、だまし取ったりしていたのでしょう。

 ヨハネのこの答えは、私たちを驚かせるような真新しいものではありません。もしも聖書をまったく読んだことのない人が、初めて聖書を開いて、この箇所を読んだとしたら、きっとこう思うでしょう。なんだ、聖書といえども、当たり前のことが書いてあるだけではないか。そんなこと言われなくても分かっている。そう思われてしまうかもしれません。

 しかし、ヨハネが生きていた当時の時代、このような当たり前のことを言わざるを得ない状況でありました。旅人であった群衆に対して、下着や食べ物を分け与えてやることによって、他の人を気遣うことや、徴税人に対して、規定通りに取り立てることや、兵士に対して、ゆすり取ったりだまし取ったりするなということを、具体的に言わざるを得なかったのです。

 それほど、このときは愛のない時代であったのです。自分の隣人を愛することを忘れた時代でありました。何よりも、そこに神を愛するということがまったくなかった。神が不在であった。当時の時代は、今の私たちの時代に通じるところがあるかもしれません。人々の間に愛がなかった。神を愛し、隣人を愛する愛がなかったのであります。

 ヨハネは出て来た群衆に対して、厳しい言葉を投げかけます。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」(七~九節)。

 「蝮の子らよ」という言葉が出てきました。蝮と言えば蛇です。蛇と言えば、すぐに思い起こすのは、エデンの園でエバをそそのかして、アダムとエバに取って食べるなと命じられた木から取って食べさせてしまった、あの蛇であります。その罪の根っことも言える蛇の子らよ、と言われる。これは最大限の侮辱でもあったでしょう。神の怒りが差し迫っている、斧はすでに木の根元に置かれている、裁きは近い。だからこそ、「悔い改めにふさわしい実を結べ」(八節)とヨハネは言うのであります。

 どうしてヨハネはこんなに厳しい言葉を、群衆に投げかけているのでしょうか。なぜなら、群衆が思い違いをしていたからです。悔い改めをしようともしていなかったのであります。悔い改めなどしなくても、自分たちは大丈夫だと思っていたことです。なぜかと言うと、自分たちはアブラハムの子なのだ。救いが自動的に保証されているのだ。だから自分たちの罪を見つめなくても大丈夫、悔い改めなどする必要がないと思い違いをしていたのであります。

 この厳しいヨハネの言葉は、ルカによる福音書だけではなく、マタイによる福音書にも記されております。マタイによる福音書のその箇所を見ますと、この厳しい言葉が群衆全体に対してではなく、ファリサイ派やサドカイ派と呼ばれるグループの人たちだけに対してなされていることが分かります。ファリサイ派とサドカイ派は考え方も違う別のグループでありますが、自分たちが神に選ばれた民であるという点では共通をしておりました。まさに思い違いをしていたわけですけれども、ルカはファリサイ派やサドカイ派という特定のグループだけに限定しません。

 もちろん、マタイによる福音書のこの箇所を読むときにも、私たちがファリサイ派やサドカイ派になってはいないかと問う必要がありますけれども、ルカは群衆全体に話を広げています。洗礼を受けようとしていた人たち全体に対して、悔い改めを求める言葉を投げかけるのであります。

 ここで思い起こしていただきたいのは、ヨハネがこのとき、「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼」(三節)を宣べ伝えていたということです。罪を犯さないようにせよ、と言っているわけではありません。まして、罪を犯さないようにすれば、洗礼が受けられる、救われると言っているわけでもありません。そうではなくて、すでに犯した罪を悔い改めよ、悔い改めにふさわしい実を結べ、と言っているのです。どうして悔い改めることができるのかと言いますと、罪の赦しがあるからです。赦しがないところには、悔い改めもありません。悔い改めが実を結ぶこともないのであります。

 ここで、「わたしたちはどうすればよいのですか」、このように問いかけた群衆、徴税人、兵士たちに対する、ヨハネの答えにもう一度、着目いたしましょう。旅をしている群衆に対して、その旅をやめなさいと言っているわけではありません。旅を続けながら、同じ旅人で困っている人がいれば、悔い改めて、隣人に愛を注げと言っているのです。徴税人も同じです。徴税という仕事を辞めなさいと言っているわけではないのです。徴税という仕事を続けながら、規定以上のものを取り立てずに、隣人に愛を注げと言っているのです。兵士たちも同じです。兵士を辞めよとは決して言われていない。ゆすり取ったりだまし取ったりせずに、自分の給料で満足せよ、隣人に愛を注げと言っているのであります。

 これは私たちと遠い話ではありません。群衆や徴税人や兵士の中に、私たちの姿を見いだすことができるのであります。先週、こどもの教会の夏期キャンプが行われ、そこで旧約聖書のヨナ書を学びました。神の命令に逆らい、乗った船が嵐に遭い、海に投げ込まれ、魚の中に飲み込またヨナの話であります。一日目にヨナ書全体の話を私がいたしまして、三つのグループに分かれて、二日目に劇でヨナ書を演じてもらいました。三つのグループは、大まかに言いますと、大きい女の子のグループ、小さい女の子のグループ、それから男の子のグループ、その三つでありまして、そこに大人が加わります。

 私も含め、大人の男性はすべて男の子のグループでありました。一日目の夜、劇の準備をするために、私のグループで集まって、ヨナ書を読みながら、劇をどうしようかという話をしていたときに、こんな話がでました。ヨナ書に書かれているのは、決して昔のおじさんたちの話ではない。これは私たちの話だ。このような発言が出ました。その通りだと思います。自分と無関係の昔話だとしたら、ヨナ書を読む意味も、劇で演じる必要もないのかもしれません。ただ単にヨナの物語を知識として知っていても、意味はほとんどありません。

 これと同じように、群衆や徴税人や兵士の悔い改めの話が、二千年前のおじさんたちの話だとしたら、これもまた無意味になってしまうのです。群衆、徴税人、兵士が悔い改めていく姿は、私たちの悔い改めの姿にも重なり合います。ヨハネがここで呼びかけているように、私たちが悔い改めるために、自分自身を劇的に変えねばならない必要はないのです。仕事を辞めて、あるいは旅をやめて、劇的に自分を変えなければ、悔い改めができないのかと言うと、そんなことは決してないのです。むしろ、日々の生活の小さなところで、悔い改めが生じます。私たちの身の回りにこそ、悔い改めの実がたくさん生じていくのであります。

 よく言われることですが、「悔い改め」という言葉には、「向きを変える」という意味があります。神に背を向けていた状態から、向きを変える。向きを変えて、神の方向へ向き直る。これが悔い改めであります。ヨハネの時代も、神なき時代と言ってもよかったかもしれません。ヨハネが隣人愛という当たり前のことを言わなければならないほどに、人々の間に愛がなかった。神を忘れていたのであります。ヨハネが悔い改めを求めたのも、神の方向へ向き直ることに他なりません。罪の赦しを得させるための、悔い改めの洗礼は、その出発点であります。

 そのようにして神の方向へ正しく向き直った私たちは、神が私たちのために何をなさってくださるのか、しっかりと見ることができます。背を向けたままでは、それを見ることすらできません。私たちの救い主である主イエス・キリストが来られるのをしっかりと見ることができます。主イエスの足取りをしっかりと辿ることができます。ついていくことができます。そしてそればかりではありません。この救い主は、私たちの罪のために十字架にお架かりになる。私たちの罪を赦して下さるためにです。私たちはその赦しのもとで、悔い改めることができる。悔い改めにふさわしい実を結ぶことができるのであります。

 愛のわざに生きたマザー・テレサが、次のような言葉を残しています。「わたしたちはこの世で大きなことはできません。小さなことを大きな愛でするだけです」。私たちに求められていることは、大きなことではありません。私たちには自分の罪を自分自身で解決することもできません。罪をまったく犯さないようにすることも、自分自身の力ではできません。

 そんな大きなことはできないかもしれないけれども、私たちには大きな愛がある。その愛に包まれている。私たちの罪を赦し、悔い改めへと導き、洗礼を受けさせてくださる、そんな大きな愛がある。その愛のもとで、私たちは小さなわざを行なえばよいのです。悔い改めの実は、その愛のあるところで実を結びます。私たちの小さな悔い改めが、実を結ぶのであります。