松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2010年6月27日(日)
説教題「暗闇に輝く喜びの光」

説教者 本城仰太 伝道師

新約聖書: ルカによる福音書 第2章8節〜14節

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

旧約聖書: イザヤ書 第9章1〜5節

レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)

「羊飼いの野」記念聖堂祭壇画

「羊飼いの野」記念聖堂祭壇画
ベツレヘム近郊

 今の私たちにとって、クリスマスが一二月二五日というのは一般常識です。私たちの教会でも、毎年一二月にクリスマスを祝います。本日は六月二七日でありますから、この時期にしては、季節はずれの聖書箇所であるかもしれません。昨年のクリスマスから六カ月、今年のクリスマスまで六カ月という時期にあります。クリスマスから最も遠い時期に、この聖書箇所が与えられました。どうしてこの聖書箇所なのかと言いますと、四月になってから、ルカによる福音書より御言葉を聴き続けてきたからです。少しずつ物語が進んでいきまして、その結果、今日、この箇所が与えられたのであります。

 しかし実は、主イエスの誕生日が本当に一二月二五日なのかどうか、これはどうもよく分からないのです。聖書のどこを読んでも、主イエスがお生まれになった日が、一二月二五日とは書いていない。この福音書を記しましたルカが、皇帝アウグストゥスやシリア州の総督キリニウスという名前を記しましたので、主イエスがお生まれになったのは何年くらいであるか、かろうじて分かるくらいです。主イエスの誕生日に関してはルカをはじめ、聖書を記したすべての者は沈黙しています。

 歴史的にも、クリスマスが一二月に祝われるようになったのは、いろいろな記録がありますが、西暦の三〇〇年代になってからと言われています。それまでは、いろいろな日付で祝われていたようです。最初はバラバラの日だった。もちろん、今でもクリスマスを一二月二五日ではない別の日に祝っている教会もありますが、多くの教会は、一二月二五日に祝うようにやがてなっていきました。これが、クリスマスに関する歴史的事実であります。

 このように、主イエスの実際の誕生日を知り得ない私たちでありますが、それでは、なぜ一二月二五日にクリスマスが祝われるようになったのでしょうか。これもいろいろな説がありますけれども、最も有力な説明としては、ローマ帝国で行われていたお祭りの影響があったのではないかと言われています。ローマ帝国では、冬至の時期である一二月の終わりに、太陽にまつわるお祭りをしていたようです。

 冬至とは、冬に至ると書く冬至でありますが、地球の北半球に住んでいますと、一二月が冬至になります。冬至というのは太陽の光が最も少ないときであります。そして冬至を過ぎると、だんだんと太陽の照る時間が長くなってきます。冬至の時期に、さあ、これからは太陽がどんどんと顔を出してくるぞ、というお祭りをやっていたようであります。このお祭りは、かなり派手に行われたようでありまして、ときには顔をしかめたくなるような騒ぎもやったようであります。

 このように歴史的に見ますと、もともとは太陽のお祭りをやっていたのが、やがてクリスマスが祝われるようになっていきました。たしかに、太陽の光というのは有難いものです。電気もない昔ならば、なおさらです。一年の中で最も光がないときに、太陽のお祭りではなく、クリスマスを祝う。これはとても意味深いことであり、この時期にクリスマスを祝えるのは、神のご配慮ではないかとさえ思えます。太陽の光ではなく、まことの光である主イエス・キリストを祝うことができるからであります。

 今日の礼拝で歌う讃美歌でありますが、本日与えられました聖書箇所に合わせての讃美歌になりました。この説教が終わったのち、私たちは讃美歌九八番を歌います。「あめにはさかえ、み神にあれや」という、クリスマスに最もよく歌われる讃美歌の一つと言ってもよいでしょう。天には栄光、その栄光が神にあれ、と讃美している。本日与えられました箇所の一四節にあります、天使たちが神を讃美している言葉であります。「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」(一四節)。天使たちの讃美の歌声に、私たちもこのあと、声を合わせるということになります。

 この讃美歌九八番もそうですが、この礼拝が始まりまして、すぐに歌いました讃美歌三九番も、もしかしたら、今日のこの礼拝にはあまり相応しくないのではないかと思われた方もあるかもしれません。どうしてかと言いますと、この讃美歌は夕方の讃美歌だからです。讃美歌三九番の上のところに「礼拝 夕」と書かかれています。朝の礼拝よりも、夕礼拝のときに歌った方が相応しいかもしれません。先週の木曜日の夜に、祈りの会がありましたが、そのときにもこの讃美歌三九番を歌いました。

 「日くれて四方はくらく」という歌詞でこの讃美歌は始まります。この讃美歌は、ルカによる福音書の最後の方に記されています物語、エマオという村に向かって歩いていた二人の弟子のところに、復活の主イエスが現れて、一緒に歩いた、そのときのことを歌っていると言われます。二人の弟子と主イエスの三人が歩いていたわけですが、夕方になり、日が傾いてきた。そこで、主イエスと共に、宿をとるのであります。従いまして、この讃美歌に相応しいのは、やはり夕方から夜にかけての時間ということになりましょう。

 ところが、この讃美歌の歌詞を改めて味わってみますと、決して一日の中の夕方という時刻のことだけを歌っているのではないことが、すぐに分かります。一番の歌詞は「日くれて四方はくらく」でありましたから、これは夕方のことを指しているのは分かります。しかし二番になりますと、「人生(いのち)のくれちかづき」と歌う。これと関連するかもしれませんが、四番には「死の刺」という言葉も出てきます。そして三番には、「世の闇おしせまりて」とある。時間的な夕方や夜だけのことを歌っているのではなくて、私たちを覆ってしまうような闇についても、この讃美歌は目を留めているのであります。

 クリスマスの日の出来事も、時間的に夜の出来事であると同時に、闇の中で起こった出来事でもありました。ある説教者が、「クリスマスは光と闇でできている」と言っています。なかなか深い言葉であると思います。クリスマス、それはもちろん主イエスの誕生日でありますが、それ以上に大切なのは、闇の中に光が現れたということであります。その意味で、讃美歌三九番も、今日与えられた聖書箇所に相応しいと言えます。闇のただ中にいる私たちを、救いの光で照らして下さった、その出来事こそが、クリスマスの本当の意味だからです。

 羊飼いたちも、深い闇の中に包まれていました。夜通し、羊の群れの番をしなければならなかったのです。羊飼いというのは、聖書の中にもよく出てきますし、何よりも主イエスが御自分のことを、「わたしは良い羊飼いである。」(ヨハネ一〇・一一)と言われているように、羊飼いに対して、私たちは良いイメージを抱くのではないかと思います。

 しかし当時は、羊飼いはあまり人から誉まれを受ける職業ではありませんでした。羊飼いは羊の世話をします。生き物が相手でありますから、特定の日を休むわけにはいかない。つまり安息日をきちんと守れない。当然のごとく、夜も働かなければならない。普通の男性は、夜間、家にいる女性や子どもたちを守るというのも大切な務めでありましたので、それさえもできない。仕事も人里離れた荒野でしなければならない。しかも他人の土地に入って羊に草を食べさせることも多かった。まだまだ挙げることができるかもしれませんが、とにかく羊飼いは、立場の弱い、人々からはあまり良く思われていない職業でありました。その意味で、「羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。」(八節)というのも、羊飼いたちが、深い闇に置かれていたことを表しているのかもしれません。

 羊飼いたちは、光を待ちわびていました。彼らが考える光とは、第一には、朝の光でありました。自分たちや羊たちが暗い闇から守られるようにと願い、朝の光を待ちわびていました。詩編の中に、朝を待ちわびる詩編がいくつかあります。本日の礼拝の招きの言葉として読みました詩編第一三〇編もその一つであります。詩編の詩人はこのように歌います。「わたしの魂は主を待ち望みます。見張りが朝を待つにもまして、見張りが朝を待つにもまして。」(詩編一三〇・六)。

 見張りというのは、暗い夜の間、街を守るために、寝ずの番をしていた兵士のことであります。敵が侵入して来ないか、夜通し見張っていることになります。夜の間は緊張の連続だったと思います。やがて朝の光がやってくる。夜の間、敵がやって来なかった。自分の見張りの務めを終えて、交代することができる。見張りにとっては、何よりも待ちわびていたのは朝の光でありました。羊飼いたちも同じであったでしょう。彼らが期待していたのは、朝の光でありました。彼らにとって、恐れから解放され、ほっとすることのできる光は、太陽の光、朝の光であったのです。

 ところが、思いがけないことに、羊飼いたちを照らしたのは、別の光でありました。思いもよらぬ光だったのです。「すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。」(九節)。その光とは、主の栄光でありました。どんな光だったのか、まぶしくて目も開けることができないくらいの光だったのか、それは分かりません。しかし羊飼いたちがすぐに悟ったのは、神が自分たちに迫ってきているということでありました。主の栄光とは、何よりもそのことを示しています。羊飼いたちは、そのことを「非常に恐れた」(九節)のであります。聖書の元の言葉のニュアンスを生かすならば、少しおかしな日本語になるかもしれませんが、「非常なる恐れで恐れた」とも訳せるほどです。

 どうしてでありましょうか。神が近づいて来られたというのに、どうして非常なる恐れを感じる必要があったのでしょうか。暗闇を光で照らして下さるというのに、どうして恐れるのでありましょうか。ある人が、ここの箇所の説教の中で、このように言っています。「クリスマスは、神の大きな恐れの前に立ちすくむことなのだ」、と。

 どういうことか。羊飼いたちは夜の闇を恐れていたでしょう。自分たちや羊たちをいつ襲うか分からないものへの恐れがあった。羊飼いたちに限らず、私たちにはそのような恐れがあります。しかしこの説教者はこれが小さな恐れであると言います。それら小さな恐れではなく、本当に恐れるべきものがあり、その恐れを私たちはここで知るというのです。それは、神の前に立たされるときにあらわになる、私たちの罪であります。

 ヨハネによる福音書に、このような箇所があります。「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。…。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。」(ヨハネ三・一九~二〇)。この箇所が私たちに教えてくれるように、神の光が近づいてくるということは、私たちのあらゆる部分が、明るみに出されるということであります。隠しておきたいことも、もはや隠せない。神に対して、隣人に対して犯した罪も、もはや隠しておくことはできないのであります。そのような罪人である私たちは、神の前に恐れのあまり立ちすくまざるを得ない。それが私たちの現実なのであります。

 ところが、御言葉が私たちに告げているのは、「そこで立ち止まるな!」ということです。「天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。』」(一〇~一一節)。立ちすくむ私たちに「恐れるな!」と告げられる。その理由は、大きな喜びが与えられているからであり、その喜びとは、あなたがたの罪を赦して下さり、私たちを前進させて下さる、救い主の誕生であります。

 さきほど少し触れました讃美歌三九番でありますが、一つだけ触れていないかった歌詞があります。最後の五番の歌詞であります。五番はこのように歌います。「十字架のくしきひかり/閉ずる目にあおがしめ/みさかえにさむるまで/主よ、ともに宿りませ」。閉ずる目とは、普通に閉じた目のことだけではないでしょう。人が死んだときには目を閉じないといけない。しかしそれで終わるのではなく、みさかえにさむるまで、つまり、栄光のうちに目覚めるときがやってくる。その間の目を閉じているときにも、十字架のひかりを仰がせてくださいと歌っているのであります。

 死のただ中に立たされたときにも、十字架の光をあおぐことができるのは、大きな喜びであります。私たちが仰ぎ見ている十字架には、救い主がお架かりになっています。死のただ中、罪のただ中にあり、非常なる恐れに恐れる私たちであります。死の力、罪の力に支配されている私たちであります。その私たちを、死の力から解放してくださり、私たちの罪を赦して下さるのです。十字架において、それが成し遂げられたのです。私たちの救いである十字架の光を、いつでも仰ぎ見ることができるようにしてくださったのであります。

 羊飼いたちが、すぐに目にすることができたのは、飼い葉桶の中の乳飲み子であります。この乳飲み子が救い主として、やがて十字架につけられるわけでありますけれども、このときはまだ乳飲み子であります。一二節を見ますと、この乳飲み子は「布にくるまって」と記されています。布とは、おむつのことです。聖書の翻訳によっては、ここをはっきりと「おむつ」と訳しているものもあります。

 私たちの救い主が誕生したときの姿は、人間が住む部屋の中にも入れず、おむつにくるまって、飼い葉桶の中に寝かされた、本当に小さな乳飲み子なのであります。偉大な救い主であるならば、もっと良いところに、立派な服を着て、生まれてきても良かったのかもしれません。しかし神はそうなさらならかった。まことの神である救い主を、最も弱く小さな者として生まれさせたのであります。そこまで、神は低きに降って、私たちのところに来て下さったのであります。

 救い主の最初の姿である、最も低いところに降って来て下さった姿は、十字架の姿を暗示していると言えるでしょう。最も小さき者として生まれた救い主は、最も低きに降られた者として十字架につけられます。「これがあなたがたへのしるしである」(一二節)と天使は告げていますが、まさにそのしるしが、乳飲み子のときから現れているのです。私たちは、十字架の光はもちろんですが、それを指し示す「しるし」を救い主がお生まれになったときから、見ることができるのです。この「しるし」は、もはや恐ろしくて見ることができない光ではありません。私たちに与えられる確かな救いの「しるし」であります。

 今後も私たちは、ルカによる福音書から御言葉を聴き続けます。主イエスが十字架にお架かりになるのは、聖書の章や節の区切りで言うならば、第二三章に入ってからです。そこにたどり着くのは、おそらく、二、三年先になるのではないかと思います。讃美歌三九番にありましたように、十字架の光を仰ぎ見たいと願っている私たちです。第二三章に至るまで、その光は見えないのかと言うと、もちろんそんなことはありません。もうすでに「しるし」が与えられている。十字架の光の中で、この物語から御言葉を聴き続けることができるのであります。

 今日はもちろんクリスマスではありません。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」(一一節)と天使は告げていますが、二〇一〇年六月二七日という今日は、明らかに、主イエスがお生まれになった日ではありません。主イエスがお生まれになったのは、今から二千年以上も前のことであります。しかし、この今日という言葉が、決して古い過去の日になることもないのであります。神は私たちに、今日も、羊飼いたちに聴かせてくださったのと同じ御言葉を与えてくださいます。

 ルカによる福音書には、「今日」という言葉が何度も出てまいります。ここでそれら全部をご紹介することは、とてもできません。それらのうち、一つの箇所を挙げてみたいと思います。主イエスが会堂にお入りになり、そこで聖書を読まれますが、読み終えたあと、このように言われます。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した。」(ルカ四・二一)。

 この「今日」という言葉も、決して過去の日になることはありません。聖書の言葉が古くなることもない。あなたがたが耳にしたときに、その言葉が実現するのであります。古い言葉、死んだ言葉としてではなく、新たな言葉、私たちを生かす言葉として実現するのであります。このようにして、「今日」という日が絶えず新たになっていきます。御言葉を聴き続ける「今日」という日が、新しい日として、続いていくのであります。