松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2010年8月1日(日)
説教題「主イエスの第一声」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第2章41節〜52節

 さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。
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旧約聖書: 詩編 第122編





レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
博士たちとの議論(Christ among the Doctors)/ルイーニ・ベルナルディーノ  (Bernardino Luini)

博士たちとの議論(Christ among the Doctors)/ルイーニ・ベルナルディーノ (Bernardino Luini)
ナショナル・ギャラリー(ロンドン) 蔵(The National Gallery)
(イギリス/ロンドン)

上記をクリックすると作品のある「The National Gallery」のページにリンクします。

 新約聖書に収められている四つの福音書には、主イエスのご生涯が記されています。そのうちの二つ、マタイによる福音書とルカによる福音書には、主イエスがお生まれになったときのことも記されています。しかし少年時代のときのことを記しているのは、ルカによる福音書だけです。

 本日、私たちに与えられた聖書の箇所が、それにあたります。福音書は主イエスのご生涯が記されていると言いましたが、これは決して伝記ではありません。ルカによる福音書は、「わたしたちの間で実現した事柄について」という言葉で始まりましたが、私たちの間で実現した救いの事柄について、書かれています。その救いそのものであるお方が、主イエス・キリストでありますので、主イエスのご生涯が記されるわけです。

 四つの福音書のうち、ルカによる福音書だけに主イエスの少年時代が記されているわけですが、なぜルカは少年時代を記したのか。その意図は何か。この偉大な人物は、少年時代からすごかった、その片鱗を見せていたということを記したかったのでしょうか。この箇所をそのように読むこともできますし、そう読み取っている人もいるでしょう。しかし、それだけでは不十分です。ルカは主イエスの少年時代を記すことによって、何を私たちに伝えたかったのか。それを読みとるのが、ここから良き知らせである福音を聴くための一つの鍵になります。

 このとき、主イエスは一二歳という年齢でありました。一二歳という年齢は、当時のユダヤ人にとって、一つの大きな意味を持ちます。一二歳になると、律法を自覚的に守ることができるようになる年齢と考えられていたからです。そして一三歳からは、言わば大人の仲間入りをする年齢であったようです。聖書学者によっては、一、二歳、これとは異なる見解を示している者もいます。しかしいずれにしても、主イエスはこのとき、大人の世界に片足を踏み込んでいた年齢ということになります。

 私たちのよく知っている言葉で言えば、少年というよりも、青年という方が近いのかもしれません。昔は、青年期という時期が、ほとんどなかったと言われます。日本でも、少年時代から、元服という儀式を済ませて、一気に大人になる時代もありました。今では青年期という時期が長くなりまして、十代の後半から二十代にかけて、あるいは三十代までも含めることがあります。

 金曜日に教会で青年会が持たれましたが、教会の青年会はさらに守備範囲が広いかもしれません。主イエスが地上を歩まれた当時の時代は、青年期という時期がなかったのか、ごく短い時期しかなかったのかは分かりませんが、主イエスは大人になりかけの時期を過ごしていたのであります。

 エルサレム神殿に主イエスが行かれたのは、一二歳ときが初めてだったかもしれません。四一節から四二節にかけて、「さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。」とあります。ここでの主語は、両親、つまりマリアとヨセフになります。両親は毎年、エルサレムに行っていたようですが、主イエスはそれまで一緒に行かれていたのかはよく分かりません。

 もっとも、主イエスが生まれてから間もなくして、両親とともにエルサレム神殿に行っています。初めての子どもが与えられたときに、当時のしきたりによって、エルサレム神殿に行っていたのです(二・二二~二四)。その後、毎年、過越祭という祭りのときには、両親はエルサレム神殿に行っていたようですが、主イエスを同伴していたかは分かりません。一二歳という年齢からしても、もしかしたらこのときが、過越祭としては初めてだったかもしれません。

 本日、私たちに与えられました物語は、話としてはとても単純な話です。両親と一緒にエルサレム神殿に行った主イエスが、帰りに行方不明になってしまった。一緒に旅をしていたのは、親類や知人も含めてでありましたから、かなりの人数であったのでしょう。当然、主イエスと同年代の者たちもいたに違いない。両親は、一二歳頃のグループが遠くでワイワイやっていたら、そこに自分の息子もいるのだろうと思っていたのでしょう。しかし、いなかった。両親は三日かけて主イエスを捜し回り、ついてエルサレム神殿で学者たちに囲まれている主イエスを発見する。そして、「なぜこんなことをしてくれたのです」(四八節)と母であるマリアが言い、主イエスがそれにお答えになる。簡単に言えば、そういう話です。ここで改めて詳しく繰り返す必要もないでしょう。話の流れはよく分かる。

 しかし、主イエスの言葉は意味がよく分からないと思われた方も多いのではないでしょうか。母の問いかけに対して、主イエスはこうお答えになっておられます。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」(四九節)。この言葉の意味がよく分からないのです。エルサレム神殿にいるわけですから、「父の家」とは、父なる神の家である、このエルサレム神殿を指しているのでしょうか。そうだとしても、マリアの問いかけに対して、まったく別次元の答え方を、主イエスはされているわけです。

 ここに記されている主イエスの言葉は、ルカによる福音書では、主イエスの初めての言葉であります。第一声です。私は英語の聖書になりますが、スタディ・バイブルという聖書を持っています。聖書を開きますと、ところどころ、文字が赤くなっています。この赤い文字は、主イエスがお語りになった言葉で、他の言葉とは区別されています。その赤い文字をたどっていきますと、ルカによる福音書では、この箇所が最初の赤い文字ということになります。

 福音書を記す著者にとっては、主イエスの第一声を何にするかということは、とても重要なことである場合が多い。たとえば、マルコによる福音書の主イエスの第一声はこうです。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ一・一五)。主イエスはこの第一声によって、神の国を宣べ伝えていくことになります。

また、マタイによる福音書では、主イエスが洗礼を受けられるときの言葉が、第一声になります。主イエスに洗礼を授けるのは洗礼者ヨハネという人物ですが、私などがあなたに洗礼を授けてよいものかとヨハネは躊躇します。それに対して、主イエスがこう言われる。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」(マタイ三・一五)。洗礼を受けられた主イエスは、その後、正しいことをすべて行っていく。そしてそれらをすべて行った結果、十字架にお架かりになるというわけです。

 ルカによる福音書に記されていた主イエスの第一声は、両親にとっても謎でありました。この謎を解き明かすことが、本日の聖書箇所を理解する突破口になると思います。

 先ほども少し取りあげましたが、主イエスの第一声の中に、「父の家」という言葉が出てきます。しかし元の言葉でここを読みますと、「家」という言葉はありません。「家」という言葉を補って訳しているのです。どうして補うのかと言うと、文脈からそう判断します。「お父さんもわたしも心配して捜していたのです」(四八節)、と言う母マリアに対して、「どうしてわたしを捜したのです」(四九節)と主イエスは答えられます。私が父の家にいるのは当たり前でしょう、とお答えになる。場所的に、父の場所にいるのは当然ではないかと、言われるのです。さきほど触れましたスタディ・バイブルの英語では、father’s house(父の家)と書かれています。

 これに対して、「父の家」ではなくて、もう一つの理解があります。この理解を英語で表しますと、father’s business(父の仕事)となります。そのように翻訳をしている英語の聖書もいくつかあるのです。businessというのは、日本語でもビジネスという言葉で通用しておりますように、仕事と訳すこともできますが、務めですとか、用事という意味もあります。

 つまり、主イエスのお答えとしてはこうなります。「わたしが父の用事をしているは当たり前だということを、知らなかったのですか」。この場合は、場所的なことを言っているのではなくて、事柄を言っていることになります。父がこれをしろと言われたことをしているのは当然でしょ、ということになるのです。

 かつては、このように「父の事柄」という意味で訳されたことが多かったようですが、最近は「父の家」と訳されることが多くなりました。やはり、文脈に合うからでしょう。しかし、「父の事柄」という理解を、忘れてしまうわけにはいかないと思います。父の場所にいるのも当然であるということだけでなく、父に命じられた事柄をしているのも当然であるということなのです。主イエスはこのとき、エルサレム神殿におられましたが、自分の住まいであるナザレに戻られます。

 その後は、いろいろなところに出かけました。父なる神がお示しになられた場所に、そして父なる神がお示しになられた事柄を行っていきました。そしてついには、十字架にお架かりになることになったのです。当然の場所に次々と行かれ、当然のことを次々となされた結果が、十字架であったのです。

 加藤常昭先生が『聖書の読み方』という書物を書いておられます。この本は、加藤常昭先生の数ある本の中で、最初に出版されたものです。まだお若い頃の本であります。その本の中で、聖書を読むコツについて触れて、このように言っておられます。「そこでまず大切なことは、聖書のいかなる箇所を読もうとも、それを聖書全体との結びつきで読むように気をつけるということです」。この言葉が示してくれますように、私たちも聖書全体との結びつきでこの箇所を読まなければ、主イエスの第一声の本当の意味が分からないところがあります。

 聖書全体とまでは言わなくても、ルカによる福音書全体で考えてみないと、やはり理解することはできないのです。主イエスの両親であるマリアとヨセフは、主イエスの言葉の意味が分かりませんでした(五〇節)。なぜかと言うと、まだ救いの事柄全体を知らなかったからです。主イエスが私たちの罪のために十字架にお架かりになり、救いの事柄を成し遂げてくださるということを、まだ知らなかったからです。それでもマリアはこのときの主イエスの言葉を心に納めていました(五一節)。

 そのときは分からなかった言葉でも、やがて分かるときが来たのです。それは、主イエスが十字架にお架かりになった後のことです。一二歳であった主イエスの第一声に、十字架への救いの道がすでに見えているのです。

 その道を主イエスは当たり前のように辿って下さった。「当たり前だ」(四九節)という言葉は、ルカによる福音書の一つの特徴であります。この言葉が、この福音書にはたくさん散りばめられております。もちろん、訳の仕方は「…というのは当たり前だ」という訳だけでなく、それぞれの箇所に合わせて訳されることになります。「…しなければならない」とか、「必ず…することになっている」という言葉に訳されますが、この言葉は他の福音書に比べると、とても多いのです。

 主イエスがこう言われています。「だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進めねばならない。」(一三・三三)。別の箇所ではこうも言われています。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」(九・二二)。救い主は、私たちのために、当然のこととして、必ず、十字架への道をたどって下さるのです。ルカによる福音書全体、聖書全体からこのことを理解したとき、私たちは初めて、主イエスの第一声を理解することができるのです。主イエスが、場所的にも事柄的にも、父の示された通りに歩むということが分かるのであります。

 主イエスがこのように救いへの道をたどるということは、マリアやヨセフを始めとして、私たちの理解を超えたことでありました。主イエスはこのとき一二歳でありました。大人に足を踏み込んでいるとはいえ、両親にとってはまだまだ自分たちの手もとにあると思っていたでしょう。それが、手もとからいなくなってしまった。手もとから離れ、迷子になってしまった。そして見つかるとすぐに、「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」(四八節)と言いました。どうして私たちの手もとから勝手に離れたのですか、と言いたかったのでしょう。

 ここで、私たちはマリアとヨセフ同様、主イエスの第一声をしっかりと受け止めなければなりません。私たちも、救い主を自分の手もとに置いておきたいという願いがあります。困ったときにすぐに助けてもらえるように、自分の手の中に置いておきたい。自分にとって都合の良い救い主でいてもらいたいのです。何か悪いことが起きると、マリアのように「なぜこんなことをしてくれたのです」とつぶやくことさえします。自分の救い主は、こういう救い主であらねばならないということに、なりかねないのです。

 しかし、私たちはよくよく考えなければならない。自分にとって都合の良い救い主であったら、私たちは自分の救い主を十字架につけたでしょうか。主イエスが「必ず私は十字架につけられることになっている」と言われたときに、ペトロのようにこう言わないでしょうか。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」(マタイ一六・二二)。ペトロもこのときは、十字架にお架かりになるのではない、別の救い主の姿を思い浮かべていたでしょう。

 だからこそ、主イエスが十字架に架かるということを言われたときに、そんなとんでもないことがあってはならないと言ったのです。自分の思い描いていた救い主の姿ではなかった。ペトロも、マリアとヨセフのように、言わば主イエスを自分の手もとに置いていたのです。

 けれども、私たちの救い主は、本当に幸いなことに、私たちの手もとから離れてくださいました。十字架に架かってくださった。陰府にまで降ってくださった。これが私たちの救い主の本当のお姿であります。この救い主は私たちの手もとに収まるような方ではありません。むしろ、この救い主の手の中に、私たちは包まれているのであります。主イエスは、救いの事柄を当然のこととしてくださいました。必ずそれを実現してくださいました。ルカによる福音書に記されている主イエスの第一声は、そのことを示しているのであります。