松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会


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2010年6月20日(日)
説教題「神のための場所を空けよう」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第2章1節〜7節

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

旧約聖書: 詩編 第14編

レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)

林竹治郎/朝の祈り

林竹治郎
朝の祈り

 「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(七節)。この言葉ほど、私たちの現実を表している言葉はないと思います。救い主がこの世界に来て下さるというのに、私たちは救い主のための場所を用意することができなかった。救い主をお迎えする準備など、まったく整えていなかった私たちであります。しかしそれでも救い主は、私たちのところに来て下さいました。

 本日、私たちに与えられました聖書の箇所は、クリスマスの日の出来事、救い主である主イエス・キリストがお生まれになられた日の出来事が記されています。今年の四月より、ルカによる福音書から御言葉を聴き続けてきました。単純な喜びをもって、クリスマスの日の出来事をお祝いするわけにはいきません。むしろ深い畏れと、そして喜びをもって、本日与えられました箇所から御言葉を聴かなければならないのであります。

 旅人にとって、宿がないということほど、心細いことはありません。今夜、安全に寝る場所がない。まるでこの町が自分たちを受け入れてくれないかのような思いにさせられる。ヨセフとマリアも、そんな思いを抱いていたかもしれません。無理もありません。世界は慌ただしく動いていたのであります。「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。」(一~二節)。

 福音書記者のルカは、当時の世界の様子をそのように描いています。「人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った」(三節)と記されています。おそらく、どの町も、住民登録するための人で、混雑していたでありましょう。人々は大移動をしていたのです。どの宿屋も満室だったかもしれない。子どもをお腹の中に宿しているマリアでありました。優先的に宿屋に入れてもらってもよさそうなものです。しかし空室のある宿屋を見つけることができなかったのであります。

 私がこの箇所で思い起こすのは、クリスマスの劇であります。クリスマスに、多くの教会では子どもたちが劇をします。私が育った教会でも、毎年、劇をしました。その劇の中で、このような歌が歌われました。「トントントン、宿屋さん、どうか一晩泊めてください。」「どこのお部屋もいっぱいですよ。」「困った、困った、どうしましょう。」「向こうの宿屋へ行ってください」。ここまでが一番であります。

 続けて二番があります。「トントントン、宿屋さん、どうか一晩泊めてください。」「どこのお部屋もいっぱいですよ。」「困った、困った、どうしましょう。」「馬小屋ならば、空いてます。さあさあどうぞ、お入りください」。子どもたちが歌いながら演じている姿を見ておりますと、なかなかほほえましいものであります。宿屋の空いている部屋がなかなか見つからずに、馬小屋へと至る経緯がよく表されているとも言えます。

 しかし実際はどうだったのでありましょうか。宿屋の部屋がいっぱいで、宿屋の主人が「馬小屋ならば空いていますよ、さあどうぞ、お入りなさい」と言ってくれたのでしょうか。聖書に記されていることは、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」(七節)ということだけであります。「馬小屋」であったかということも、はっきりとは記されていません。「飼い葉桶」という言葉がありますから、おそらく馬小屋だったのかは分かりませんが、家畜小屋で、主イエスはお生まれになったのだろうと考えられる。先ほどご紹介しました歌は、もちろん聖書の言葉を元にしていますが、いろいろな想像を加えて、歌われている歌であると言えます。

 実際はどうだったのでしょうか。聖書の言葉を元にして調べていくうちに、興味深いことが一つ分かりました。「宿屋」という言葉があります。この言葉は、人を宿泊させてお金を取るという商業的な「宿屋」というよりも、むしろ「客間」だったのではないかということです。たしかに、かつての口語訳聖書を見ますと、「客間には彼らのいる余地がなかったからである」と訳されています。宿屋がなかったのではなくて、客間がなかった。

 聖書学者がいろいろと調べて、有難いことに、その結果を私たちに教えてくれていますが、ベツレヘムという町は、エルサレムから歩いて二時間程の田舎町であったようです。おそらく、商業的な宿屋などなかったのではないかと言われています。そんな町に泊まるわけでありますから、当然、一般の家の客間に泊めてもらうことになります。

 当時の一般的な家はどのような家だったのでしょうか。どのような客間が備えられていたのか。主イエスが十字架にお架かりになる前日の夜に、弟子たちと食事を共にしました。いわゆる「最後の晩餐」と呼ばれている食事であります。一体どこで食事をしたのかと言いますと、見ず知らずの人の家の「客間」でありました。その箇所を見ますと、「二階の広間」(二二・一二)であったと記されていることから、おそらく一階部分がその家の生活の場であり、二階部分が客間であったのではないかと考えることができます。当時の一般的な家がそのような家だったのかは分かりませんが、聖書を読むと、そのような造りをしている家が存在していたことは分かります。当時は客間を用意しておいて、旅人をもてなすということが、今よりも多かったようであります。

 つまり、ヨセフとマリアは客間には通してもらえなかったことになります。住民登録のために、人々が大移動をしている最中でありましたから、無理もなかったかもしれません。客間は他の人々でいっぱいであった。ヨセフとマリアが通されたのは、客間ではなくて、家畜小屋でありました。粗末な造りの小屋のようなものであったのか、あるいは、教会の初期の言い伝えによれば、小屋と言うよりも、洞穴のような場所であったのかもしれません。いずれにせよ、人間が通されるような、きちんとした客間ではありませんでした。

 「宿屋に場所がなかった」ではなくて、「客間に余地がなかった」。こうなりますと、だいぶ受ける印象が変わってくるのではないかと思います。宿屋には泊まる場所がなかったと言われますと、ここにいるほとんどの者は、もちろんのこと、宿屋の経営者ではありませんので、自分の問題ではないかのように思えてしまいます。

 ところが、客間には泊まる場所がなかったと言われますと、私たち一人一人の問題になってきます。あなたの家には、救い主をお迎えするための客間がありますか、と問われているかのようです。客間があったとしても、その客間をきちんと整えているのか。救い主ではなく、誰が別の客をそこにお通してしまっていて、救い主がせっかく来られても、お帰りいただかなければならないということになっていないか。そのことが問われているのであります。

 このことを、客間ということではなくて、私たちの心の問題に置き換えて考えてみてもよいかもしれません。救い主を求める心が、皆さまにはあると思います。礼拝に出席しているということは、何よりも、救い主を求めているということであります。しかしそのような心がありながらも、ときに私たちは救い主のことを忘れてしまう。救い主をお迎えできないような心になってしまう。救い主など今の自分には要らない、自分の力だけでやっていけると思ってしまう。そのようなときには、私たちの心に、救い主のための場所などないのであります。

 本日は、ルカによる福音書と合わせて、詩編第一四編をお読みいたしました。とても強烈な言葉が記されていたと思います。「主は天から人の子らを見渡し、探される/目覚めた人、神を求める人はいないか、と。だれもかれも背き去った。皆ともに、汚れている。善を行う者はいない。ひとりもいない。」(詩編一四・二~三)。残念ながら、これが私たちの現実であると、突きつけられているかのようです。

 そしてこれも残念なことに、クリスマスの日にも同じ出来事が起こってしまう。「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」(七節)ということになってしまうのであります。これが、私たちの世界の現実でありました。その世界に、救い主が突入してくださったのであります。

 先週の木曜日、松本東教会ではアルファ・コースという会がもたれました。これは毎週木曜日にもたれている会でありまして、信仰の初歩的な事柄を楽しく学ぶことができる会であります。お昼頃に集まり、まずはお昼を食べます。そして讃美をしてから、ビデオを観ます。先週の木曜日に観たビデオのテーマは、「確かに信じるには?」というテーマでありました。その後、みんなで分かち合いをします。ビデオの内容が話し合いのテーマになることもありますし、まったく別の話題になることもあります。

 先週のビデオの中で、一枚の絵が紹介されていました。主イエスがドアの前に立たれている。その中に入ろうとされている。しかしそのドアには肝心な取っ手がない。ドアノブがないのであります。従いまして、主イエスの側から入ろうとしても、入るに入れない。さあ、ドアノブは皆さまの側にあります。ドアを開けて、救い主である主イエスをお迎えしましょう、という絵であります。ビデオの中でこの絵が紹介されていたのは、まさに、さあ、あなたがドアをあけましょうという内容だからでありました。

 この絵が根拠にしている聖書の箇所は、ヨハネの黙示録であります。第三章二〇節にこう書かれています。「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」(黙示録三・二〇)。主イエスが扉の前に立たれていて、そのドアをノックしている。ドアを開けるのは、私たちであります。

 たしかに、この絵やこの聖書箇所が示しているように、私たちに決断が求められるときもあります。ドアを開けて、救い主をお迎えするための決断です。それは洗礼を受ける決断であったり、悔い改めの決断であったり、隣人に対して愛の業を行う決断であったりします。決断を求められることはたしかにあるのです。

 しかしながら、聖書が私たちに告げているもう一つのことは、扉を閉ざしていた私たちにもかかわらず、救い主が到来したということでもあります。頑丈に扉を閉ざして、誰も入ってくることができないようにしていたのにもかかわらず、主イエスが家の中に入って来られた。家の真ん中に立たれて、「平和があるように」と祝福を告げてくださった。

 本日、私たちに与えられた聖書の箇所である、クリスマスの日の出来事もまた、そうであると言えるでしょう。宿屋には場所がなかった、客間には余地がなかったはずであります。それにもかかわらず、救い主はやって来られた。救い主を受け入れるに十分な準備をしていなかった世界であります。客間を整えていなかった私たちであります。それでも、救い主である主イエス・キリストは、私たちのところに来て下さったのであります。

 先日、教会員のあるご家庭に、家庭訪問をさせていただきました。食事をする部屋に、一枚のプレートが掲げられているのが目に留まりました。英語で短い文章が書かれていたプレートであります。そこに書かれていた言葉を、日本語にいたしますと、こういう意味の言葉が書かれていました。「キリストはこの家の主人です。日々の食卓の目に見えないゲストであり、すべての会話の静かな聴き手です」。

 このプレートに書かれた短い言葉は、林竹治郎という人が描いた「朝の祈り」という絵に添えられた言葉であるようです。林竹治郎は、明治時代に美術の教員をしながら創作活動をした画家であります。竹治郎が描いたその絵の中には、食卓を家族で囲んで祈りをしている姿が描かれています。竹治郎は、このような家庭を理想として、家庭での祈りや礼拝を実践したと言われています。この絵の中に、キリストの姿は描かれてはいない。しかし、そこに確かにキリストがおられる、キリストがこの家のゲストであり、すべての会話の静かな聴き手であるという信仰に、竹次郎は生きたのであります。

 このような信仰に生きているのは、林竹治郎だけではありません。私たちのすべてが、この信仰に生きることができるようにしてくださいました。キリストはすでに私たちのところに来られたのであります。神がキリストを私たちのところに遣わしてくださったのであります。

 扉の開け方も分からずに、たたずんでいた私たちでありました。客間を整えることもできなかった私たちでありました。私たちが自分の力で扉を開けるとしたら、客間を整えるとしたら、いつそれが開かれるのか、整うのかも分かりません。いや、開くことも、整えることもできなかったでしょう。救い主をいつまでたってもお迎えすることなどできなかった私たちであります。

 しかし救い主が来て下さった。救い主のための場所などまったくなかったこの世界に来て下さった。客間の整わぬ私たちの家にも来て下さった。私たちは単なる喜びをもって救い主を迎えるわけにはいきません。深い畏れと感謝をもって迎えるのです。私たちの救いの物語が、救い主の到来によって、確かに始まったのでありますから。