松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

facebook.png


HOME > 礼拝説教集 > 20100606

2010年6月6日(日)
説教題「主の御手が共にある」

説教者 本城仰太 伝道師 

新約聖書: ルカによる福音書 第1章57節〜66節

 さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。

旧約聖書: 創世記 第17章9〜13節







レニングラード エルミタージュ美術館蔵(ロシア)
洗礼者ヨハネの誕生(The Birth of John the Baptist)/ティントレット(Tintoretto)

洗礼者ヨハネの誕生(The Birth of John the Baptist)/ティントレット(Tintoretto)
エルミタージュ美術館 蔵
(ロシア/サンクトペテルブルク)

上記をクリックすると作品のある「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 私たちは神によって命を与えられました。命が与えられたその日を記念して、私たちは誕生日を祝います。また、キリスト者でありますと、新しい命を与えられた日ができます。それは洗礼を受けた日であり、その洗礼日を覚えます。松本東教会では、週報の中に、今週、誕生日を迎えられる方と洗礼日を迎えられる方のことを覚えて、その日付と名前を記します。それだけではなくて、報告の際に、誕生日を覚えて、洗礼日を覚えて、祈りをいたします。

 四月に私が松本東教会に赴任をしてから、誕生日を迎えられた方に、誕生日カードを贈ることにしています。四月、五月、それに六月の始めまでに、誕生日を迎えられた方には、すでに誕生日カードをお贈りいたしました。これから迎えられる方は、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。カードに聖書の言葉とメッセージを、私が書いて贈っています。

 松本東教会に赴任をする前から、誕生日カードを贈ろうと思って準備を進めていたのでありますが、誕生日カードではなくて、洗礼日を覚えて、受洗おめでとうカードでも良いかなと思いました。しかし誕生日カードにいたしました。どうしてかと言いますと、洗礼を受けておられない方のことも覚えて、カードを贈りたいと思ったからです。たとえば、こどもたちにカードを贈りたい場合、洗礼記念日を覚えてのカードですと、どうも具合が悪い。この場合は、別のカードを用意しなくてはならなくなる。何も誕生日と洗礼日を天秤にかけるようにして、誕生日の方が重要だから、誕生日カードを贈るということにしているわけではありません。松本東教会に連なるすべての方を覚えて、カードを贈りたいと思ったからです。

 誕生日と洗礼日、洗礼を受けたキリスト者であるならば、この二つの記念日を持っています。いずれの日も重要な日であります。神が私たちに地上の命を与えてくださった日であり、また、キリスト者としての新しい命を与えてくださった日です。神の恵みがここに表れている日であり、神の祝福に包まれていることを覚える日であるのです。

 本日、私たちに与えられました聖書の箇所には、二つの記念日のことが記されています。洗礼者ヨハネの誕生日と割礼の日の出来事です。洗礼者ヨハネは、洗礼者という肩書が付けられていますように、成人してから、人々に洗礼を授けた人です。主イエスもまた、このヨハネから洗礼を受けることになりました。この洗礼者ヨハネは、主イエスがお生まれになる数カ月前に生まれました。そのときの出来事が、本日の箇所になります。

 ついでに申しますと、割礼というのは当時のユダヤの習慣でありまして、神の民であるということを、体に傷を付けることによって表した印であります。キリストの教会では、この割礼はもはや不要として、水による洗礼を大切にするようになりました。水によって罪が洗い流される、そのようにして新しい人に生まれ変わるということが洗礼であります。割礼がやがて洗礼になった。ルカによる福音書のこの箇所で記されている割礼とは、私たちで言う洗礼に相当する日として考えることができるでしょう。

 洗礼者ヨハネが生まれたときの誕生日のことは、五七節と五八節に記されております。「さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。」(一・五七~五八)。ヨハネの誕生日のことは、実に短い記述で済まされています。それに対して、五九節からは「八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は」と書き始め、割礼の日の出来事が、終わりの六六節まで続きます。誕生日にはあまり着目せずに、割礼の日に着目する。

 このことは、主イエスとは対照的です。少し先取りするようですが、主イエスの誕生日のときの出来事は、第二章の一節から二〇節まで記されている。聖書の区切りで言うと、二〇節も費やして、主イエスが家畜小屋でお生まれになったことや、天使たちの讃美や、羊飼いたちが礼拝にやってきたことなどが記されています。ところが、主イエスの割礼の日の出来事は、わずか一節だけです。二一節、「八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である」、それだけです。洗礼者ヨハネとは対照的です。この福音書を記しましたルカは、主イエスの場合は誕生日の日の出来事に着目しましたけれども、洗礼者ヨハネの場合は、明らかに割礼の日の出来事に着目しているのです。

 ヨハネの割礼の日に何が行われたのか。「ヨハネ」という名前が付けられることになりました。当時の習慣としては、割礼の日に名前を付けるということになっていたようです。主イエスもそうでした。割礼の日に、「イエス」という名前が付けられました。

 ヨハネの名前を付けるときでありますが、これも当時の習慣なのでしょうか、近所の人々や親類の者たちも、この名付けに加わったようであります。このときも、ヨハネの割礼の日を覚えて、大勢の者たちが集まっていた。そして割礼が施され、同時に名前も付けられる。人々は、父ザカリアの名前をとって、「ザカリア」と名付けようとします。

 ところが、エリサベトはこれに反対をする。「いいえ、名前はヨハネにしなければなりません。」(六〇節)。エリサベトのこの言葉は、元の言葉ではかなり強い否定であります。「絶対に駄目です、名前はヨハネです」というようなニュアンスでしょうか。仕方ないので、人々は父親であるザカリアに尋ねます。「この子に何と名を付けたいか」(六二節)。ザカリアはこのとき話すことができなくなっていました。板を持って来させ、その板に「ヨハネ」と書いたのでありました。

 人々は驚いてしまいます。どうして二人は、こんなにも「ヨハネ」という名前にこだわるのか、不思議に思ったのであります。「ヨハネ」という名前は、天使ガブリエルがザカリアに対して示した名前でありました。ザカリアはこう言われた。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。」(一・一三)。ザカリアの妻エリサベトは、このときすでに高齢であった。そんなことできるはずがないと思った。天使の言葉、神の言葉を疑ったのであります。

 その不信仰のゆえに、ザカリアは事が起こるその日まで話すことができなくなってしまっていた。ザカリアは「ヨハネ」という名前を、言葉では妻エリサベトに伝えることはできませんでした。おそらく、このときのように、板などに「ヨハネ」と書いて、妻のエリサベトに示していたのでありましょう。

 このようにして、ヨハネが生まれるまで、二人は「ヨハネ」という天使から告げられた名前を心に刻みながら、ヨハネの生まれるその時を待っていたのであります。天使に命じられたことは「ヨハネ」という名前を付けるということです。しかし、それはすぐにはできることではなかった。そのことができる日を、時が満ちるのを、二人は静かに待っていたのであります。

 その時が満ちて、ヨハネという名前を付けた瞬間、驚くべき出来事が起こりました。口が利けなかったザカリアでありましたが、「口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた」(六四節)のであります。口が利けなかった間、ザカリアは口が利けるようになったら何を話そうかと考えていたかもしれません。ザカリアは、最初は天使ガブリエルの言葉を信じられない、いわば不信仰な者であったかもしれませんが、ついには神を讃美する者へと変えられていったのであります。

 この一連の出来事が起こった最後に、福音書記者ルカはこのように記しています。「この子には主の力が及んでいたのである。」(一・六六)。天使ガブリエルから「ヨハネ」という名前を付けるように告げられて、実際にその名を付けます。ザカリアの口が開けるという驚くべき出来事も起こった。その出来事の原因を記すかのように、ルカはここで、「この子には主の力が及んでいたのである」と記す。ちょっとここで立ち止まらされるかのようです。今までの出来事を振り返り、ああ、今までの出来事の原因はこうであったのかということを、考えさせられる言葉であります。

 「主の力が及ぶ」という言葉、何気なく書いてあるようでありましても、これはとても深い意味を持っている言葉です。かつての口語訳聖書では、「主の御手が彼と共にあった」と書かれています。主の手が、ヨハネと一緒にあった、ということです。聖書の元の言葉を見ても、明らかにここには手という言葉がある。

 神の手が私たちと一緒にあるとはどういうことでしょうか。皆さまはどういうイメージを抱くでしょうか。このあと、讃美歌二八五番を歌いますが、このように歌い始めます。「主よ、みてもて、ひかせたまえ」。主なる神さま、あなたの手で、私の手をひいてくださって、導いてください、という意味になります。神が私たちの手を引いて下さるのだというイメージを抱くことができるかもしれません。また、お祈りの際に、私たちはしばしばこのように祈ります。「主よ、どうかあなたの御手の中に置いてください」。神の手の中に包んでくださるというイメージを、抱くこともできるかもしれません。

 しかし実は神学的に言いますと、神は手を持ちません。手を持たないどころか、体も持ちません。神は霊でありますから、人間のような体は持たないのです。体をまとって私たちのところに来て下さった神こそ主イエスでありますが、父なる神は霊であって、体を持ちません。しかし、霊なる神であるにもかかわらず、聖書の中には、実に多くの箇所で、神のことをまるで体を持つかのように描いています。擬人化していると言ってもよい。

 たとえば、創世記の冒頭、アダムとエバが取って食べてはならないと命じられた木の実を取って食べてしまいます。そこへ主なる神がやってくる。「その日、風が吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると」(創世記三・八)と記されている。まるで神が足で歩き、顔があるかのように描かれています。主の手、神の手という表現も、旧約聖書には二〇〇回以上も用いられていると言われています。新共同訳聖書のこの箇所のように、主の力が及んでいたということを表しているのです。

 本日、私たちに与えられた箇所もそうですが、ルカによる福音書全体でも、他の福音書に比べて、神の手がとても強調されています。主イエスが十字架の上で、息を引き取られる間際の言葉もそうです。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」(二三・四六)。神の手に自分を委ねると、主イエスは言われたのです。

 さらに挙げるとするならば、ルカによる福音書の最後の言葉もそうでしょう。「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。」(二四・五〇)。主イエスは擬人化されたどころか、神そのものでありました。人間の体をまとって、私たちのところに来て下さった神です。その神が十字架に架かってくださった。お甦りになられた。そして天に挙げられるときに、手を上げて祝福してくださり、その祝福の姿のままで、天に挙げられていきました。その手には、十字架の跡が残っていたにちがいありません。

 ルカによる福音書の最後が、そのような終わり方であることを、この福音書を読み進めている私たちは、しっかりと心に刻みながら、読んだ方がよいでしょう。この福音書にはいろいろなことが書かれている。失われた者の救いの話もあれば、弟子たちの不信仰が描かれることもある。ザカリアの不信仰もその一つでしょう。しかし最後には、十字架にお架かりになり、復活された主イエスが、手を挙げて祝福してくださる。終わりよければすべてよし、とまでは言いませんが、終わりには祝福を与えてくださる。だからこそ、私たちはこの物語全体を、祝福をもって読むことができるのです。これは神の御手による祝福で終わる物語だからです。

 本日、私たちに与えられた箇所の最後も、神の御手による祝福でありました。主の力が及んでいたことが言われています。ザカリアが口を利けなくなってしまった。「ヨハネ」という名前を付けるように命じられて、実際にその名を付けることができるまでの数カ月の間、静かな時間が流れました。マリアがエリサベトのところを訪問するという出来事もあった。そしていよいよヨハネが生まれ、人々が割礼の日にやってきて、ヨハネという名前を付けることになった。ザカリアの口が開け、讃美の声がそこから出てきた。いろいろな出来事があったかもしれない。しかし振り返ってみると、それらすべては、神の御手の中で起こった出来事であった。主の力が及んでいたのだと、ルカは記すのであります。

 先月、「おとずれ」二四四号が発行されました。松本東教会が年に三回ほど発行している読み物であります。今回のおとずれは、多くの方によってたくさんの文章が載せられることになりました。奉仕をしてくださった、おとずれ編集委員の方は、こんなに盛りだくさんでいいのかしらと心配もされたようですが、とても内容豊かなものになり、私も感謝しております。

 おとずれに記されている文章を、改めて読んでみますと、実に祝福で終わっている文章ばかりです。私を就任担任教師として迎えるまでのことが記された文章もそうです。洗礼を受けた方の文章もそうです。転入会をされた方の文章もそうです。諸集会のことが記された文章もそうです。いろいろな出来事が起こり、嬉しいことばかりではなく、辛いこともあったかもしれない。しかしすべての文章が、祝福をもって終わっていた。おとずれに執筆して下さった方も、今までの出来事を振り返り、それらすべての出来事を、祝福をもって綴ることができた。祝福に包まれて、筆を置くことができたのだと思います。

 このことは、ザカリアにとってもエリサベトにとっても、そうだったでありましょう。長い間、子どもがいなくて苦しんだこともあったかもしれない。ザカリアは口まで利けなくなってしまった。ヨハネという名前を付けたくても、子が与えられ、時が満ちるまで待たなければならなかった。しかし最後には讃美の声をあげることができた。いろいろな出来事を振り返ってみると、すべてが祝福に包まれていた。ルカは、ザカリアとエリサベトに起こったすべての出来事をまとめるようにして、「この子には主の力が及んでいたのである」(一・六六)と記します。ここで読者を一旦立ち止まらせ、一連の出来事を振り返り、神の御手があったということを、神の祝福があったということを、思い起こさせるのであります。

 私たちも立ち止まって振り返らされる時があります。「おとずれ」を執筆するときというのは、その良い例でありましょう。私たちは神の御手に内に守られ、神の手が共にあるのですから、必ず最後は祝福で終わることが約束されています。私たち一人一人の歩みも、松本東教会の歩みもそうです。間に何が起ころうとも、私たちの歩み全体を、神は祝福で包んでくださるのであります。