松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2015年3月1日(日)
説教題「人は訴え、キリストは赦す」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第5章41〜47節

わたしは、人からの誉れは受けない。しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。わたしは父の名によって来たのに、あなたたちはわたしを受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、あなたたちは受け入れる。互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。しかし、モーセの書いたことを信じないのであれば、どうしてわたしが語ることを信じることができようか。

旧約聖書: 申命記 第30章11~20節

主イエス・キリストがお甦りになられたイースターまであと一か月と少しになりました。その前の主イエスの十字架でのご受難を覚える受難節の時期を、私たちは過ごしております。

主イエスが十字架にお架かりになった、それが聖書の一番大きな主題です。その主題には、いつも二つのことが付随しています。それは、私たち人間が罪びとであること。そしてもう一つは、私たち罪びとを主イエスが救ってくださること、その二つです。

聖書の中にはその両面のことが書かれています。私たち人間の罪のことがまず書かれています。そういう聖書の箇所を読みたくない、聴きたくないと思われる方もあるでしょう。そういう部分だけしか聖書になかったとすれば、私たちは絶望です。しかしいつの間にか、聴きたくないと思っていた罪の部分も、自分にとってためになることとして聴くことができるようになります。なぜでしょうか。それは、そんな罪びとを救う話が聖書に記されていることが分かってくるからです。絶望以上の希望があることを知る。罪びとだけれども、救われることが分かるのです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所もまさにそうです。一方では人間の罪という闇が語られている。しかし他方ではその人間の救いという光が語られている。光と闇のどちらが強いか。もちろん闇も濃いわけです。しかし闇以上に光が輝いている。それが今日の聖書箇所になります。

この聖書箇所では、主イエスが話を続けられています。ヨハネによる福音書第五章の最初から、ずっと一連の流れが続いていますが、第五章の最初のところで、三八年間病で床に臥せっていた男を主イエスが癒す出来事が記されています。癒しがなされた日は安息日でした。安息日は労働をしてはならない日です。主イエスが癒しをした、そのことが問題になります。

第五章一八節にこうあります。「このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。」(五・一八)。そのユダヤ人たちに対する主イエスの応答が、一九節から始まっています。一九節からずっと、第五章の終わりまで主イエスの会話が続いています。

先週の聖書箇所は、このひとつ前の箇所でしたけれども、四〇節までの箇所では「証し」ということが主題でした。主イエスのことを証しするものは何か。洗礼者ヨハネが挙げられたり、主イエスが行った奇跡などの業が挙げられたり、父なる神ご自身が証しをしてくださったり、また聖書が主イエスを証ししていることが挙げられました。

今日の四一節からは証しではなく「誉れ」ということが主題になっています。今日のキーワードの一つです。四一節と四四節にその言葉が出てきます。「わたしは、人からの誉れは受けない。」(四一節)。「互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか。」(四四節)。

誉れという言葉は、聖書の中でも重要語であり、「栄光」と訳されていることが多い言葉です。神の栄光の栄光です。この言葉のもともとのギリシア語は、あまり神の栄光などということを表すような言葉ではありませんでした。もともとのギリシア語一般の意味は、「人が考えること」とか「意見」という意味がある言葉です。それが聖書では、聖書ならではの意味が加わって、「栄光」という意味になったのです。ギリシア語一般と聖書の使われ方ではまったく意味が違ってきます。

しかし四四節の「誉れ」という言葉を、ギリシア語一般の意味である「意見」という意味にとると、案外分かりやすいかもしれません。実際に置き換えてみると、「互いに相手からの『意見』は受けるのに、唯一の神からの『意見』は求めようとしないあなたたちには、どうして信じることができようか」となります。人の意見ばかりを受ける。人の顔色ばかりを気にすることになってしまう。神の意見や顔色などは気にしなくなる。

なぜそうなるのかというと、主イエスが言われるには、神への愛がなくなっているからと言われる。「しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。」(四二節)。人からの意見を求める。それも人からの良い意見だけを求める。その良い意見が誉れということになるのですが、そうなると良い意見をいただく自分だけを愛するようになり、次第に神を愛さなくなる。それが主イエスの鋭い批判です。

参考になる箇所としてお読みしたいのが、同じヨハネによる福音書第一二章四二~四三節です。「とはいえ、議員の中にもイエスを信じる者は多かった。ただ、会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかった。彼らは、神からの誉れよりも、人間からの誉れの方を好んだのである。」(一二・四二~四三)。

私たちもこのような人たちを笑えないところがあります。逆にそっくりなところがあると言わざるを得ない。自分の行動や発言が人にどう見られているかが気になる。神にどう見られているかよりもずっと気になる。場合によっては病気にさえなってしまう。そういう人間の罪を、主イエスはここで痛烈に指摘しておられるのです。

主イエスのこの言葉は当時のユダヤ人たちに語られたものでしたが、私たちに対しても同じだと言えます。先週の聖書箇所の三九節にこうありました。「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」(五・三九)。

なぜ研究するのか。それは形ばかり聖書に生きている自分の姿を人に見せたいと思うからです。そのことによって人からの誉れを受けたいと思うからです。そしてそんな自分が神から誉れを受けることが当然のようになってしまう。これは傲慢以外の何物でもありません。

聖書の最初には、五書と呼ばれる書物があります。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の五書です。当時の人たちは、その後の教会の人たちもそうでしたが、この五書はモーセによって書かれたと信じられていました。近代の聖書研究によって、この五書は内容的にはモーセにさかのぼる内容になっているのはもちろんですが、しばらくは口伝の時代が続き、筆を執って書物の形に書かれたのはずっと後であることが分かっています。しかし当時の人はモーセだと思っていた。だからこれをモーセ五書と呼びます。

モーセはイスラエルの人たちにとっては頼もしい存在でした。エジプトの奴隷生活から導き出してくれたリーダーであります。そして神から授かった十戒を自分たちに手渡してくれた。そんな絶大な存在です。ユダヤ人たちはモーセを誰よりも頼りにしていました。

ところが主イエスは言われます。「わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。あなたたちを訴えるのは、あなたたちが頼りにしているモーセなのだ。」(四五節)。あなたたちはモーセが自分たちの弁護者であるかのように思っているが、そうではない。それどころか告発者だ、訴える者だと言われるのです。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は申命記です。申命記もモーセ五書のひとつです。五つのうちの最後の書になります。申命記はモーセが死ぬ間際にイスラエルの人たちに語った告別説教の内容となっています。前半では十戒も含めた律法のことが語られます。後半はどういう内容かと言うと、今日の箇所も含めてそうですが、祝福と呪いのことが語られます。もしあなたたちが律法に聴き従うならば、あなたたちは祝福を受ける。しかしもしあなたたちが律法に聴き従わないならば、あなたたちは呪いを受ける。そんな内容です。

今日の申命記の箇所の一五~一八節を改めてお読みしたいと思います。「見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。わたしが今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。あなたの神、主は、あなたが入って行って得る土地で、あなたを祝福される。もしあなたが心変わりして聞き従わず、惑わされて他の神々にひれ伏し仕えるならば、わたしは今日、あなたたちに宣言する。あなたたちは必ず滅びる。ヨルダン川を渡り、入って行って得る土地で、長く生きることはない。」(申命記三〇・一五~一八)。

ところが申命記以降の旧約聖書を読んでいますと、イスラエルの人たちは律法に聴き従わないことを何度もしてしまいます。その結果、国が傾き、国が滅ぼされ、イスラエルに次々と苦難が襲います。なぜこのようなことになってしまったのか。それはモーセが申命記で語ったことに、聴き従えなかったからです。イスラエルの人たちはそのように受け止めたはずでした。

ある聖書学者が今日のヨハネの福音書の箇所について、このようにコメントをしています。「モーセの律法は救いにはならない。それは神の命令であり、人を罪びとして訴えるものである。それゆえに人は救い主を欲し、イエス・キリストが救い主として来られたのである」。四六節のところで主イエスが「あなたたちは、モーセを信じたのであれば、わたしをも信じたはずだ。モーセは、わたしについて書いているからである。」(四六節)と言われた通り、これが正しい理解の仕方です。モーセの律法を知れば自分の罪を知り、救い主である主イエスを欲するようになるのです。

人の誉れを求め、神の誉れを求めない私たち罪びとであります。訴えられるべきところがたくさんある私たちであります。その私たちにとって、モーセは希望にはなりえない。希望になるのは四五節前半の言葉です。「わたしが父にあなたたちを訴えるなどと、考えてはならない。」(四五節)。モーセは訴えるがキリストは訴えない。今日の聖書箇所は罪のことが多く語られていますが、その中でもきらめき輝いている希望の言葉です。

主イエスが私たちを訴えないということ、それはすでに言われていたことです。「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。」(五・二四)。主イエスを救い主であると信じる者は、裁かれない。訴えられない。罪に定められない。そういわれます。モーセの場合は、律法を守るかどうかで祝福か呪いかが決まる。しかし主イエスを信じる場合は、祝福のみになる。呪いはない。律法の意味がまったく新しくなるのです。

私が最近読みました本の中に、『キリスト教とローマ帝国』という本があります。サブタイトルがありまして「小さなメシア運動が帝国に広がった理由」と付けられています。この本を書いたのは、ロドニー・スタークという社会学者です。キリスト教会はローマ帝国内でほぼゼロからスタートしましたが、三〇〇年ほど経って公認され、やがては国教へとなっていく。そういうプロセスがあるわけですが、なぜそのように帝国全体に広がることができたのか。もちろんスタークも聖霊の導きということは否定しないのですが、それ以外の社会学的な要素としてどんなことが考えられるか、そのことをまとめた本であります。

スタークによれば、教会が始まった西暦四〇年ごろ、ローマ帝国内でのキリスト者の人口はわずか〇.〇〇二%だったそうです。それが三〇〇年ごろには一〇.五%になった。そしてその数十年後には二人に一人、つまり半分以上の人がキリスト者になっていた。そんなデータを示しています。

なぜキリスト者がそんなに増えていったのか。スタークはいくつかの社会学的な理由を挙げます。たとえばその一つの理由に、女性の信者が多かったことを挙げます。今でも女性のキリスト者の方が多いわけですが、ローマ帝国でもそうだった。キリスト者の女性が家庭で夫を導いたり、子どもを大事に育てたりする。また教会の中で活躍をする女性も多かった。当時の社会では女性が軽んじられる傾向にありましたが、教会では女性や子供が大事にされた。それがキリスト者の人口の増加の一つの要因であったとスタークは言います。

それ以外の要因として、ここで特に取り上げたいのが、ローマ帝国内でときどき蔓延した疫病のことです。五賢帝の一人でありますマルクス・アウレリウスという皇帝が治めていた一六五年に、大きな疫病が蔓延します。一五年間で帝国内の人口の四分の一から三分の一の人が亡くなったとも言われています。マルクス・アウレリウス帝も一八〇年にウイーンで疫病に倒れて死にました。その疫病のときに、キリスト者とそうでない人との間で行動に差があったとスタークは指摘します。

二度目の大きな疫病が発生した二六〇年ごろ、教会の司教でありましたディオニュシウスがこのように書いています。「わたしたちの兄弟の大半は、あふれんばかりの愛と兄弟愛から、骨惜しみせずに互いのことを思いやりました。彼らは危険を顧みず病人を訪れ、優しく介護し、キリストにあって仕え、そして、彼らとともに喜びのうちにこの世を去りました。この人たちは他の者から病気を移され、隣人たちの病を自らの側に引き寄せ、その苦痛をすすんで自分のものにしました。そして多くの者が、他の人たちを看護し癒したとき、その者たちの死を自分に移して自ら死んで行きました…。わたしたちの兄弟の中のもっとも立派な人たちがこうした仕方でこの世の生と決別しました。それは多くの長老や、執事や、一部の平信徒たちであり、彼らは大いに賞賛されました」。

ここに「賞賛」という言葉が使われています。今日の聖書箇所の言葉で言うならば誉れということです。献身的に介護をした人たちのことを、ディオニュシウスをはじめとする教会の人たちが賞賛したとも言えますが、それは神からの誉れと矛盾するものではありません。

ディオニュシウスは続けて言います。「異教徒たちの振る舞いはまさに逆でした。彼らは疫病に倒れたばかりの者さえ敬遠し、最愛の者から遠ざかりました。彼らは半死の者を路上に投げ出し、葬られていない死体を手ひどく扱いました。彼らはそうすることによってこの死病の蔓延と伝染を避けようとしましたが、それはどんな手立てによっても容易に逃れられませんでした」。

この差が、結果的にキリスト者の増加につながったとスタークは考えるのです。瀕死の病人の世話をする。もちろん病気が自分にうつって死んでしまうこともあります。しかし自分で自分の世話をすることができない瀕死の病人にとって、誰かが世話をしてくれることが、生きるか死ぬかを左右します。水や食料を与えたり、衣服をかえたり、キリスト者は献身的な世話をしました。その結果、世話をされなかった者よりも生存率が上がり、結果的に人口比が高くなったとスタークは分析します。

この後、スタークはなぜキリスト者にはこのようなことができたのかと問います。なにがキリスト者の原動力になったのか。スタークが挙げているのが、マタイによる福音書第二五章の主イエスの言葉です。

「そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」(マタイ二五・三四~四〇)。

スタークはこの聖書の言葉を引用し、そしてこういいます。「これがキリスト教徒たちのあいだの規範だった」。

実はマタイによる福音書第二五章でキリストが語られているのも、祝福と呪いの話です。モーセと同じ語り口です。隣人を自分のように愛せということです。モーセが言ったことの要約であり、繰り返しとも言えます。しかし主イエスはモーセとは全く違う、新しい意味を加えてくださいました。

キリストは私たち罪びとを救うために世に来られたのです。人の誉ればかりを気にし、神の誉れを求めなくなり、そのようにして神を愛せなくなってしまった罪びとの私たちです。そんな罪という病の私たちを見舞うために、キリストが来てくださった。キリストは病人の私たちに水や食べ物を与え、服を着させてくださいました。まずキリストが私たちにそうしてくださった。私たちに訴えるべきところがたくさんあったにもかかわらず、私たちを訴えず、愛してくださった。

この愛を私たちは最初に知るのです。そしてこの愛を受けた者が、神を愛し、隣人を愛することができるようになる。ローマ帝国に生きたキリスト者もそうでした。人間の誉れを受けるために行動するなどということも考えない。神が愛してくださったから自分も愛する。ただ神を愛するその愛に生きる。その結果、神から誉れを受け、キリスト者たちからも同じ誉れを受けるようになるのです。キリストが私たちを訴えず、赦し、愛してくださった。それがすべての源泉なのです。