松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年12月28日(日)
説教題「私が与える水を飲む者は、決して渇かない」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第4章1〜15節

さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである――ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。しかし、サマリアを通らねばならなかった。それで、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにある、シカルというサマリアの町に来られた。そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」

旧約聖書: 出エジプト記 第17章1~7節

クリスマスの祝いのときが終わり、今日から再びヨハネによる福音書に戻りました。先週のクリスマス礼拝では、マタイによる福音書から御言葉を聴きました。水曜日の夜のクリスマスキャンドル礼拝では、ルカによる福音書から御言葉を聴きました。ヨハネから御言葉を聴いたのは二週間前のことになりますが、だいぶ前のような気がします。

ヨハネによる福音書に戻り、改めてこの福音書の深さを味わっております。八月よりこの福音書から連続して御言葉を聴き始めました。今日から第四章に入ります。今までの第一章から第三章までを振り返ってみて、私が思っていることがあります。それは、この福音書の深みを語り尽くせていないという思いです。少しずつ区切りながら御言葉を聴いています。そのときに与えられた箇所から、どれだけ御言葉を聴き取れたか、十分聴き取れていないのではないか。でも次へといかなければならない。そんな思いをいつもしてきました。

ヨハネによる福音書だけでなく、どんな聖書箇所から説教をするときも、いつもそうであります。聖書をいつ読んでも、どの箇所に触れたとしても、そこから水を汲み取ることができる。聖書はまさに尽きることのない泉であります。その泉から豊かに水が沸き出ている。その深さがどれほどなのか、知り尽くした人はいません。

私が神学校で学んでいた頃に、一つの不安がありました。神学校に入ったばかりの頃の不安でしたが、やがては牧師になる。牧師になったときに、果たして毎週、説教することができるかという不安でした。数回だけの説教ならばともかく、一年は五二週もあります。七日ごとに、五二回の日曜日がやってくる。最初はよくても、だんだんと話すことが尽きていくのではないか。また同じような話しになってしまうのではないか、そういう思いがあったのです。

確かに、自分が何かの話をまったくのゼロから用意しなければならないとしたら、すぐに話しの内容は尽きてしまうでしょう。しかし聖書という泉があることに気付きました。この泉から水を汲むのであれば、決して尽きることがない。今も語りたいこと、語るべきことがたくさんとこの泉から与えられ続けています。

本日、私たちに与えられた聖書箇所に書かれていることは、生きた水の話であり、汲めども尽きない泉の話です。まずは洗礼者ヨハネとの関係が記されています。「さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。」(一節)。洗礼者ヨハネのことは、第三章の終わりにも出てきました。主イエスよりも半年ほど前に生まれ、人々に悔い改めの洗礼を授け、主イエスが来られるための道備えをしていた人です。

主イエスもこのヨハネから洗礼をお受けになられました。そして今はそれぞれが別に活動をしています。ところが主イエスたちの活動が活発化してきた。そのことがファリサイ派と呼ばれる人たちの耳に入る。ファリサイ派は主イエスのことを煙たく思い、十字架への道のきっかけを作った人たちです。そのファリサイ派の人たちから思わしく思われなかったので、この地を去ることになったのです。

三節から四節にかけて、「ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。しかし、サマリアを通らねばならなかった。」(三~四節)とあります。聖書の後ろに地図があります。地図の六番を見るとよく分かりますが、南からユダヤ、サマリア、ガリラヤという地域の名前がならんでいます。南のユダヤから北のガリラヤへ。この場合、二つのルートが存在していたようです。一つはユダヤからサマリアを経由してガリラヤへ行くルート。直線のルートです。これが一番近いわけですが、別のルートも存在しました。ユダヤから東のエリコ方面に行って、ヨルダン川沿いを北上し、ガリラヤに入るルートです。直線のルートではありません。直線のルートよりも時間がかかります。しかしたいていのユダヤ人たちは、このルートで旅をしたようです。なぜでしょうか。

それはユダヤ人とサマリア人が犬猿の仲だったからです。もともとはユダヤ人もサマリア人も、同じユダヤ人としての民族でした。しかしダビデ王、ソロモン王の時代に築かれた王国がやがて南北に分裂します。そして先に北王国が敵国に滅ぼされます。滅ぼされてしまいましたので、多民族との同化政策が進められていきます。ユダヤ人は、外国人の血が混ざることをよしとしない民族です。ところが滅ぼされてしまった北王国の人たちのところには、外国の血が入り込んでしまっている。それがサマリア人です。このようなことは、旧約聖書の列王記下の第一七章あたりを読めばよく分かりますので、興味のある方は後でお読みになるとよいでしょう。

このような経緯がありましたので、ユダヤ人はサマリア人を嫌いました。サマリア人もまたユダヤ人を嫌う。来週の聖書箇所になりますが、二〇節のところにこうあります。「わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」(四・二〇)。サマリア人たちは「この山」、ゲリジム山と呼ばれる山ですが、この山で礼拝をし、ユダヤ人たちはエルサレムの神殿で礼拝をしている。礼拝する場所も違い、論争もあったようです。そんなわけで、ユダヤ人たちはサマリア人を避けていた。普通のユダヤ人ならば、このサマリアの地域を避けて旅行をしたのです。

ところが主イエスはそうではなかった。四節に「サマリアを通らねばならなかった」とあります。どういう事情があったのかはよく分かりません。急いでいたとも考えられます。しかし多くの説教者や聖書学者はそうは考えません。ある人が、少し難しい言葉かもしれませんが、「神的必然」があったと言っています。神的な必然、つまり神がそのようにさせたと言うのです。

ここで使われている「…ねばならない」という言葉は、聖書によく使われている言葉です。例えば、ルカによる福音書にザアカイの話があります。主イエスがザアカイに声を掛ける。「今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」(ルカ一九・五)。「泊まりたい」というのは柔らかすぎる表現かもしれません。ここにも「神的必然」の言葉が使われている。「泊まらねばならない」、「泊まることになっている」、主イエスはザアカイにそう言われているのです。神のご計画がそこにあったのだという「神的必然」の表現です。本日、私たちに与えられた聖書箇所にも、そのような「神的必然」があったのです。

今日のこの聖書箇所は、私が神学校に入学してから、二日目の礼拝説教として取りあげられた聖書箇所です。私の神学校では、毎日礼拝がありました。初日は入学式、それが礼拝です。聖書箇所や説教の内容については、すっかり忘れてしまいました。二日目はガイダンス期間中です。まだ授業は始まっていない。しかし礼拝は行われる。初日の入学式は忘れてしまったけれども、なぜ二日目の聖書箇所をよく覚えているのか。それはとても印象的に覚えていることがあるからです。

二日目の説教者は、アメリカからの宣教師の先生でありました。説教の中でこのように言われました。「なぜ十三人分のハンバーガーを十二人で買いに行かねばならなかったのか?」。八節のところにこうあります。「弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。」(八節)。はっきりとした人数は記されていませんが、主イエスと十二人の弟子たちを合計すると十三人になります。

なぜ主イエス以外の全員で行く必要があったのか。日本式に言えば、「なぜ十三人分のおにぎりを十二人で買いに行かねばならなかったのか?」という問いになります。もちろん、サマリア人とは犬猿の仲でしたので、食糧調達が難しいという理由も考えられます。しかしここにも「神的必然」を考えることができる。聖書はとても面白い、この説教を聴いて私はそう思いました。だからよく覚えているのです。

なぜ弟子たちがこぞって食料を買いに行ったのか。それは主イエスを一人だけにするためです。主イエスがたった一人、井戸のところに残される。そしてサマリアの女がそこに現れる。サマリアの女もまた一人です。ここに一対一の対話が始まる。「神的必然」によってそうなったのです。

サマリアの女も一人で水を汲みに来ました。六節の後半に、わざわざ時間が書かれています。「正午ごろのことである。」(六節)。水汲みは重労働です。サマリアの女は一キロか二キロほど歩いて水を汲みに来たのではないかと聖書学者は考えています。同じように、私たちが水を汲みに行かなければならないとすれば、いつ汲みに行くでしょう。松本の今の気候からすると、あまり実感が沸かないかもしれませんが、暑い日中を避けると思います。そしてできるならば、一日に何度も汲みに来るのではなく、一回か二回にしたいと思います。実際に当時の人たちも、朝夕に二度というのが標準的だったようです。

ところが、このサマリアの女は朝夕を避けて、日中に水を汲みにやって来た。人目を避けるためです。一六~一八節にこうあります。「イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」」(一六~一八節)。この女にはたくさんの夫がいたということが記されている。この女に問題があったのか、それとも夫であった男たちが悪かったのか、それはよく分かりません。

しかしいずれにせよ、このような「わけあり」な人でありましたので、朝夕には水を汲みに来られなかった。「井戸端会議」という言葉がありますが、そんな井戸端会議でこの女は格好の話題になってしまう。だから朝夕には井戸に水を汲みに行けなかったのです。

主イエスも一人、サマリアの女も一人。一対一の対話の場が用意されました。対話の開始は主イエスからでありました。主イエスが話しかけたのです。ユダヤ人がサマリア人に声を掛けるというのは、犬猿の仲でしたので、驚きでありました。当時の社会では、見ず知らずの男性が女性に声を掛けるというのも、驚きでありました。しかもこの女は「わけあり」な人で、そんな人に声を掛けるというのもまた、驚きでありました。主イエスからサマリアの女に話しかけるべきではない三つの条件が整っていたにもかかわらず、主イエスから声をかけてくださった。この女が驚いてしまったのも無理はありません。

主イエスとサマリアの女との間で、水をめぐる対話がなされます。「水を飲ませてください」(七節)という主イエスの言葉から始まります。主イエスは旅行者でありましたから、水を汲む道具を持っていなかったのです。サマリアの女は、ユダヤ人とサマリア人ということにこだわります。「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」(九節)。主イエスの口から「生きた水」(一〇節)という言葉が出てきます。それに対し、サマリアの女は「井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。」(一一節)と言います。

そこで主イエスは言われる。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(一三~一四節)。最終的には、サマリアの女が「その水をください」(一五節)と言っています。最初は話がまったく噛み合っていませんでしたが、少しずつ話が噛み合うようになってきた。そして主イエスが最初に「水をください」と言ったのに、最後にはサマリアの女が「水をください」と言うに至ったのです。

この対話の中に、「井戸」という言葉と「泉」という言葉が出てきます。鍵になりそうな言葉です。井戸という言葉は、サマリアの女が使っている言葉で、一一~一二節に出てきます。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」(一一~一二節)。井戸とはそこに溜まっている水で、流れのない水のことです。いつかは枯れてやがては尽きます。

それに対し、主イエスは「泉」という言葉を使っておられます。一四節にこうあります。「しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(一四節)。泉というのは、水が沸いてくるところであり、流れのある水です。

ついでに申しますと、六節に井戸という言葉が出てきます。「そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。」(六節)。ここで使われている「井戸」という元の言葉は、実は「泉」という言葉です。泉と訳さず、井戸と訳しても間違いではありません。しかし主イエスがそこに座っておられる、これから生きた水をめぐる対話が始まる。この「井戸」が「泉」になるのです。

主イエスがサマリアの女に何と言われているかというと、一四節にありますように、主イエスが水を与える。そうするとその水が泉となる。その泉から永遠の命に至る水が沸き出ると言われています。あなたの内に泉を持つようになる、そして決して渇くことがなくなると言われているのです。

渇くということに関しても、真剣に考えた方がよさそうです。主イエスはこのときのどが渇いておられました。「水を飲ませてください」(七節)と言われたのは、肉体的な必然もあったかもしれません。

のどの渇きというのは辛いことです。私たちもその辛さをよく知っています。最も辛いことの一つではないかと思います。本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の出エジプト記にも、のどの渇きの辛さが記されています。このとき、イスラエルの民はエジプトの奴隷生活を抜け出し、故郷に向けて荒れ野を旅していました。イスラエルの人たちが旅をして辛かったのは、飢えとのどの渇きでした。我慢もしていましたが、我慢が限界に達しました。もちろん、奴隷生活を抜け出せたのは、どんなに嬉しいことだったか。しかし空腹やのどの渇きの辛さには耐えられなかった。私たちもイスラエルの人たちを笑うことはできません。

しかし人間が渇くのは何ものどだけではありません。心が渇くとも言いますし、愛に渇くとも言います。ある人がこんなことを言っています。「自分が成功せいているときが一番危ない。なぜなら、魂が最も渇きやすいときだから」。主イエスはルカによる福音書第一二章のところで、「愚かな金持ち」の譬え話を話されました。金持ちの畑が豊作だった。ところが倉が小さくて穀物を納めきれない。そこで大きな倉を建てて穀物を詰め込む。

そして独り言を言います。聖書のそのままの言葉ではなく、私の原文からの直訳ですが、その箇所にはこう書かれている。「そして私の魂に言おう。『魂よ、数年間の多くの善い蓄えをすることができたぞ。休め、食べよ、飲め、楽しめ』。しかし神は彼に言われた。『愚かな者よ、この夜、お前の魂はお前から取り去られる。お前が蓄えたものは一体誰のものになるのか』」。

聖書の元の言葉では、ここに「魂」という言葉が使われています。この金持ちの男は自分の魂を物で満たせると思っていました。それが彼の過ちでした。しかし満たせなかった。渇きを潤すことはできなかったのです。肉体の渇きだけでなく、心や魂の飢え渇きもまた、事実、存在しているのです。

ヨハネによる福音書では、生きた水や渇きのことがしばしば問題になっています。もちろん、肉体的な渇きや水のことではありません。今日の箇所がまずそうです。それに加え、第六章三四~三五節にはこうあります。「そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」」(六・三四~三五)。

さらに、第七章三七~三八節にもこうあります。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」(七・三七~三八)。これらの箇所で、主イエスが私のところに来なさい、私を信じなさい、そうすれば渇きが潤されると言われていることが分かります。

そのように言われた主イエスが、その後、どのような歩みをされたのか。主イエスは十字架にお架かりになりました。主イエスが十字架の上で言われた言葉が、全部で七つあります。四つの福音書で重複している言葉もありますので、それらをまとめると、主イエスは全部で七つの言葉を言われている。

ヨハネによる福音書には、独特の言葉が記録されています。主イエスが何と言われたか。「渇く」(一九・二八)と言われたのです。さらに「成し遂げられた」(一九・三〇)とも言われた。主イエスは十字架の上で渇かれ、そして成し遂げられた。今まで、ヨハネによる福音書の中で、生きた水、渇きの対話をされてきた主イエスです。その主イエスが十字架の上で渇かれた。これをどう考えればよいでしょうか。

長崎に行きますと、平和公園があります。その平和公園に、平和の泉とよばれる水辺があります。原爆投下直後、多くの人たちが水を求め、さまよい、そして死んでいった。そのような出来事から、平和の泉が作られました。実際の六九年前の原爆の爆風の下に、大勢の人が渇いて死んでいった。主イエスも十字架で「渇く」と言われた。この「渇く」という言葉から、原爆の爆風の中にも、主イエスの十字架がたてられたと考えることができます。私たち人間の最も深い渇きを経験され、「渇く」と言われた方が、今ここで共に渇いてくださっている。主イエスは十字架にお架かりになり、死なれ、そして復活されました。死に打ち勝ち、渇きに打ち勝ってくださった。ここに命が現れるのです。生きた水が生まれるのです。

ヨハネによる福音書では、復活後のことは第二〇章と第二一章に記されています。第二一章の最後、つまりヨハネによる福音書の最後は、このような言葉が閉じられます。「イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。」(二一・二五)。

今日の説教の内容にまったく関係なさそうに思えますが、私は大いに関係があると思います。主イエスは生きた水です。汲めども尽きぬ泉です。その主イエスのことを書こうとするならば、いくらあっても書き尽くすことができない。説教で語ろうとするならば、いくら語っても語り尽くすことができない。主イエスとはそういうお方です。このお方から、いくらでも恵みが出てくる。いくらでも愛が出てくる。私たちが信じているお方は、そのようなお方なのであります。