松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2016年10月2日(日)
説教題「キリストを見よ」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第19章1〜7節

そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」

旧約聖書: レビ記24:15~16

先々週のことになりますが、MCC(松本キリスト教協議会)の牧師会という集会が行われました。このMCCには松本近郊の一〇教会が加盟しています。日本基督教団の教会が五つ、カトリック教会が一つ、聖公会の教会が一つ、ルーテル教会が一つ、バプテスト教会が二つ、それらの合計一〇教会です。

私は昨年度より、このMCCの世話役をやっています。MCCの牧師会というのは、MCCの活動の一つですが、私が世話役になった時から、少しやり方を変えました。それまでは日程上、集まる人が限られていたところがありましたが、集まりやすい日程に変えました。

そしてやる内容も変えました。松本近郊の教会において、せっかく教派を超えた交わりがあるわけですから、MCCの活動は少し忘れて、自分がどのようにして神に召され、牧師や神父になったのか、その話をしていただくことにしました。これが大変盛り上がりました。昨年だけではとても終わらず、今年も終わらなかった。来年もおそらく、またこのようなやり方でなされるだろうと思います。本当にいろいろな召され方があります。

この説教の最初のところで特にお話したいのは、昨年の牧師会のときのことであります。昨年の牧師会の会場は、松本東教会でした。日曜日の午後から行われました。まだ二階では教会の集会が行われていましたので、一階の礼拝堂にて牧師会を行いました。そこで話題になったのが、礼拝堂に関することです。

MCCは様々な教派の教会から成り立っています。教派が変われば、それぞれの特色が異なるわけですが、どこにその違いが生じてくるのか。いろいろなことが言えるかもしれませんが、礼拝堂にまずその違いが現れてくると言ってよいと思います。

松本東教会の礼拝堂は、ご承知の通り、簡素な礼拝堂です。絵画が飾られているわけでもなければ、ステンドグラスもありません。ろうそくが置かれているわけでもなければ、そのろうそくを置く燭台があるわけでもありません。聖餐卓や説教卓の上に、きれいな布が敷かれているわけでもありません。そして十字架が掲げられているわけでもない。おそらくMCCの一〇教会の中でも、最も簡素な礼拝堂と言えるでしょう。

私たちの教会は、改革派という伝統の中にある教会です。この改革派は、最初、スイスにおいて起こりました。スイスのジュネーブにおいて、カルヴァンという人が教会の改革運動の中心を担いました。

そしてもう一人、スイスのチューリッヒにおいて、改革運動を担った人に、ツヴィングリという人がいます。このツヴィングリというのは、少し過激に改革を行った人と言ってもよいでしょう。簡素な礼拝堂はもちろんのこと、礼拝堂からオルガンすらも撤去してしまいました。さすがにこの改革は行き過ぎていたところがあったのかもしれません。やがて、ツヴィングリの後継者の時代に、カルヴァンの改革派と同じ道をたどっていくようになりますが、しかしいずれにしても、簡素な礼拝堂というのは、改革派の原点とも言えるのです。

それでは、なぜ簡素な礼拝堂にするのか。簡素な礼拝堂において何を大切にするのか。それが問われているわけですが、私たちの教会は何よりも十字架の言葉を聴くことを大事にしてきました。見るのではなく、聴くのです。十字架にお架かりになった主イエスの言葉を聴き、主イエスを仰ぎ見て、礼拝を献げるのです。礼拝をする一人一人が、十字架の主イエスの言葉を聴き、主イエスのお姿を仰ぎ見る。私たちはどのようなお姿を描くでしょうか。

本日、私たちに与えられた聖書箇所は、まさに主イエスの十字架を前にした場面です。ポンテオ・ピラトのもとでの裁判が続いています。今日の聖書箇所の最初の一節にはこうあります。「そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。」(一節)。ここでの主語はピラトです。ピラトの主導でこのようなことがなされました。

しかし二節からは主語が変わります。「兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。」(二~三節)。ここでの主語は、ピラトから兵士たちに変わっています。そうは言っても、ピラトが兵士たちにやらせたのかもしれませんし、兵士たちがピラトの意向を汲み取って、このようにしたのかもしれません。

ある説教者が今日の聖書箇所の説教において、「ピラトは演出をしている」と言っています。確かにピラトとしては、ある種の演出をしているところがあります。どういうことか。四節から五節にかけてこうあります。「ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。」(四~五節)。

ピラトがこれまでにずっと主イエスに問うてきたのは、お前はユダヤ人の王なのかということでした。お前はローマ帝国に反乱を起こそうとしているユダヤ人のリーダーなのかということです。ピラトの結論としては、このイエスという男はそのような人ではない。ローマ帝国にとって危険人物ではない。したがった無罪。この男は無力だ。ローマ帝国にたてつくことなどできない。そういう判断でありました。ある意味では主イエスを見下していたところもあったでしょう。

そのことはユダヤ人たちに対しても同じでした。ユダヤ人たちをも、ピラトは見下していた。お前たちはローマ帝国の支配下に置かれているのだ。ユダヤ人の王などと言って、独立を企てるような幻想はいい加減にしたらどうだ。まだローマ帝国にたてつこうとしているのか。ピラトは主イエスにもユダヤ人たちにも、見下すような思いがあったでしょう。

そこでピラトは、主イエスに対して、鞭で打って、荊の冠を被せ、侮辱しました。兵士たちによってそのことをやらせたのです。そして人々の前に連れ出したのです。演出をさせたのです。こんな無様な人がユダヤ人の王というのか。こんな無力な男に何ができる。ユダヤ人の王などという幻想を抱くのはいい加減によしたらどうだ。そういう形で、演出をさせたのです。

ピラトの思いとしても、これだけ鞭打って懲らしめておけば、このイエスという男も、もう二度と騒動を起こすことはないだろう。ユダヤ人たちも、この無残な姿を見て、もうこれ以上この男を咎めることはしないだろう。そういう思惑がピラトの中にあったのだと思います。

今日の聖書箇所の中で、ピラトが使った言葉の中に、「見よ」という言葉があります。四節と五節です。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」(四節)。「見よ、この男だ」(五節)。

いずれの箇所でも「男」という言葉が使われています。四節の「男」は「彼」という言葉、五節の「男」は「人」という言葉です。特に五節は、かつての口語訳聖書でも「見よ、この人だ」と訳されていました。鞭で打たれて荊の冠を被せられて無様になった「この人を見よ」ということです。ピラトとしては完全な演出です。

特に五節で使われている、「この人を見よ」という言葉は、有名になっているところがあります。ラテン語ではEcce homo(エッケ・ホモ)と言います。絵画の世界でも、このタイトルが付けられた絵が描かれることもありますし、こういうタイトルの本も書かれたことがあります。もともとはピラトが使った何気ない言葉であったのかもしれません。ピラトが主イエスを群衆の前に引出し、「この人を見よ」と叫んだ言葉です。しかしピラトが思ってもみなかった形で、この言葉が有名になりました。いったいなぜでしょうか。

一つ言えるのは、ヨハネによる福音書第一章との関連です。第一章に、洗礼者ヨハネのことが記されています。主イエスが来られるための道備えをした人であり、主イエスにも洗礼を授けた人でもあります。この洗礼者ヨハネが主イエスと出会ったときに、このように言っています。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」(一・二九)。「神の小羊だ」と言っているヨハネの言葉は、また改めて味わう機会があると思いますが、世の罪を赦すために献げられる犠牲の小羊であることが言われています。「この人を見よ、神の小羊だ」と洗礼者ヨハネが言っているわけです。

同じ第一章の三六節にもこうあります。「見よ、神の小羊だ」(一・三六)。今度は洗礼者ヨハネが自分の二人の弟子を引き連れていた時のことです。ヨハネがこのように言うと、二人の弟子が洗礼者ヨハネから主イエスに自分たちの師匠を鞍替えしてしまいます。洗礼者ヨハネの「この人を見よ」という言葉が、二人の弟子をそのように動かしたのです。

このように第一章のところで、洗礼者ヨハネが主イエスのことを指し示した。それが、十字架の場面になってピラトが今度は指し示している。一つには、こういう関連があるのです。

このことに加えて、もう一つのことを付け加えることができます。ピラトは「この人を見よ」と言いました。ピラトの意図としては、この無様な男を見よということですが、ピラトの意図を超えたものが、この言葉の中に表されているのです。

このヨハネによる福音書を書いた著者は、読者に「この人を見よ」と本当に言いたかった。伝えたかった。この主イエスのお姿を見よ。これがヨハネによる福音書の一つの大きなテーマです。第二〇章の三一節のところに、この福音書が書かれた目的が記されています。「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。」(二〇・三一)。

救い主である主イエスを伝えるために、「この人を見よ」ということをどうしても伝える必要がありました。私たちの罪を背負ってくださり、このようなお姿になってくださった、このお方をしかと見届けよ。ピラトの言葉の中に、そのような思いが込められているのです。代々にわたって「この人を見よ」と描いてきた画家たちも同じ思いでしょう。

「この人を見よ」というのは、画家たちだけではなく、讃美歌にもなっています。讃美歌一二一番がまさにそうです。このように歌います。

一番:まぶねのなかに うぶごえあげ 木工(たくみ)の家に 人となりて 貧しきうれい 生くるなやみ つぶさになめし この人を見よ
二番:食するひまも うちわすれて しいたげられし ひとをたずね 友なきものの 友となりて こころくだきし この人を見よ
三番:すべてのものを あたえしすえ 死のほかなにも むくいられで 十字架のうえに あげられつつ 敵をゆるしし この人を見よ
四番:この人を見よ この人にぞ こよなき愛は あらわれたる この人を見よ この人こそ 人となりたる 活ける神なれ

この讃美歌を作った人は、由木康という方です。日本人による讃美歌です。讃美歌の多くは、外国から輸入され、日本語訳が付けられているところがありますが、もっと日本人による讃美歌があってもよいと思います。この由木康という方は牧師であり、礼拝学に関しても第一人者であり、多くの讃美歌も作った方でもあります。

この由木康牧師の説教集があります。そのタイトルが『この人を見よ』であります。いくつかの説教が収められていますが、その中に「この人を見よ」という説教があります。ヨハネによる福音書第一九章五節に基づく説教です。この説教の中で、由木康牧師が作った讃美歌一二一番に関して、このように語られています。

「これは私の創作讃美歌の一つですが、その原形ができたのは、一九二三年、私が神戸から東京に出て二年後のことでした。そのころ私はほんとうの愛というものが果たしてこの世にあるであろうかと疑っていました。親子の愛、兄弟の愛、恋愛、夫婦の愛、友愛、師弟の愛など、たくさんの愛があるけれども、それらはいずれも利己心や打算や情欲や恩を着せる思いや報酬を求める心や売名的な動機にゆがめられていて、純粋なものではないように思われました。そして、本当の愛は、結局、人間の世界にはないのではないかと考え、暗い気持ちになりました」。

このように語られているように、世の中にはいろいろな形の愛があります。しかし現実には、どの愛も破れがあり、ほころびがあります。私たちも思い当たるところがあるでしょう。由木康牧師も若い頃、本当の愛などこの世にはないのではないかと思わされた。しかしこのように説教が続けられていきます。

「そのとき私の心に一つの光がひらめいたのです。たとい人間の世界にほんとうの愛はなくても、イエスのうちにはそれがある。イエスの生活と苦難と十字架には、少しのまじり家もない純粋な愛が表れている。イエスこそほんとうの愛の化身であるという確信です」。

この世に本当の愛がたとえなかったとしても、主イエスの中にはある。そのことに気付いたというのです。昨日、教会員の結婚式がありました。教会の多くの方々にも、結婚式の礼拝に出ていただけました。そこで読みました聖書の箇所は、マタイによる福音書に書かれている、仲間を赦せなかった家来の譬え話です。莫大な借金を王様に対してしていたある家来が、王様の憐れみによって、その莫大な借金を赦してもらいます。ところが、今度は自分がお金を貸している仲間を、赦すことができなかったのです。この仲間を赦せないというのが、私たちの愛の破れがある現実をよく表していると思います。

しかし、昨日の結婚式で語りましたのは、まず私たちが神によって赦していただいた、その限りない愛を知ろうということです。その愛を知り、その愛の中にいるならば、お互いに赦し合うことができる。そのようにして結婚生活を築き上げていくことができる。由木康牧師が気付いた愛も、まさにこれと同じことです。そして、次のように讃美歌一二一番が生まれていきました。先ほどの説教の続きはこうです。

「この経験を書きとめようとして、私は一編の自由詩を作り、それを教会の月報に発表しました。それは「私の内にも外にも真の愛はない」という否定的な文句で始まり、「しかし、イエスには真の愛がある」という肯定的な言葉で展開して、だいたい現在の讃美歌の内容を口語でうたったものでした。」(『この人を見よ』、一〇九頁)。

「この人を見よ」、美しい讃美歌です。しかし美しいだけでは済まされない讃美歌です。主イエスのご生涯がよく表されています。特に十字架がそうです。そこに愛が現れている。「この人を見よ」と歌うのです。

今日の聖書箇所において、これからいよいよ十字架に上げられようとしています。十字架という言葉が、このヨハネによる福音書では初めて、六節のところに出てきます。「祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。」(六節)。祭司長たちや下役たちが叫んだ言葉です。これを皮切りにこの第一九章では、十字架という言葉がたくさん使われるようになります。

この簡素な礼拝堂には、目に見える形では十字架がありません。しかしこの礼拝堂に、「この人を見よ」という言葉が響き渡っています。私たちはどのような十字架を描くでしょうか。私のために命を捨ててくださった、罪を背負ってくださった、そのような主イエスのお姿を描くことができるのです。この主イエスこそが、私たちの救い主なのであります。