松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2016年6月5日(日)
説教題「神に喜ばれる実を結ぼう」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第15章1〜10節

わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。

旧約聖書: 詩編80:9~20

私たちの松本東教会にとりまして、今日はとても大切な記念日であります。今から一〇〇年前、一九一六年、大正で言いますと五年のことになりますが、その年の六月四日、「松本聖書研究会」が発足しました。初めての集会が行われたのです。その聖書研究会がやがて教会になった。私たちの教会が生み出されたのです。「松本聖書研究会」が発足した日を基準に考えますと、今日は一〇〇年と一日が経ったということになります。

百年前に聖書研究会が始まり、その後、盛んになりました。教会の七〇年の歴史を綴った『七十年史』には、その時の様子がこのように記されています。

「東筑摩郡和田小学校長手塚縫蔵(三七才)を中心に、松本聖書研究会が松本市立幼稚園を借りて初めて開かれたのは、一九一六年(大正五年)六月四日の日曜日であった。当時の参加者は手塚他一二名で、その総ては松本市、および周辺の小学校教師と幼稚園保母であった。発足当初は隔週で、手塚の聖書講義が中心であった。二か月後には毎週となり、聖書講義に加えて参加者各自の信仰についての発表や懇談、感話会なども時には行われた。また翌一九一七年(大正六年)二月からは毎週水曜日に祈祷会がもたれるようになり、さらには外部から石原謙、植村正久、柏井園などの講師を聘して、公開あるいは内輪の講演会をも開く程に研究会の活動は拡大充実した」。

二週間に一度の聖書研究会であったのが、すぐに毎週になった。交通の便が整っていない中、遠くから来られる方もあったようです。そして、一九一八年五月二日、聖書研究会が発足して二年足らずで、「日本基督松本伝道教会」になりました。まだ正式な教会というわけではありません。しかし聖書研究をするだけでは済まなくなった。神を礼拝する教会に形づくられていった。

そして、聖書研究会発足から八年後のことになります。一九二四年九月一三日、「日本基督松本教会」が発足します。正式な教会としての歩みを始めるのです。私たちの教会では、この日を基準にして、教会の設立の記念をしています。毎年九月第二週に「教会設立記念礼拝」を行います。今年は九二年目の設立記念をすることになります。

しかし数え方によっては、まだ正式な教会になっていない、その前身の歩みを含めて教会設立を数える教会もあるのです。そのように数えるならば、私たちの教会は今日、百周年記念を行っている。そういう日なのです。

私たちの教会の百年の歩みの中で、たくさんの実りが生じました。いったいのべ何人がこの教会で生かされてきたのか、もはや数え尽くすことはできないでしょう。しかし私たちが数えることができなかったとしても、神がその実りをご存知です。実に多くの数えられないほどの実を結んできました。

本日、私たちに与えられた聖書箇所は、ヨハネによる福音書第一五章一~一〇節です。先週は交換講壇でしたので、ヨハネによる福音書からは離れましたが、先々週は第一五章一~五節から御言葉を聴きました。ぶどうの木の話です。私たちがぶどうの枝として、実りを結ぶ話です。キリスト教会に生きる者たちは、ここに教会の姿があると信じて、この主イエスがお語りになった話を喜んで聴いてきました。今日は第一五章一~一〇節の前半の話を踏まえながら、特に後半の箇所から御言葉を聴きたいと願っています。

松本東教会は聖書研究会に始まり、その八年後の正式な教会となった後、いろいろな歩みがありました。『七十年史』の最初のところに「回顧と展望」という欄があります。教会の七十年に至るまでの歩みが短くスケッチされています。その「回顧と展望」の最後のところに、こう記されています。

「以上のことから分かるように、この教会の信仰を貫いているのは十字架と復活を信じる贖罪信仰である。その贖罪信仰は、手塚、和田を通して教会の土台として堅固に据えられ、及川の時代に土台の上に建てる改革長老教会の大まかな設計図が書かれ、大きな骨組みが建てられたと言えるだろう」。

「贖罪信仰」という言葉が使われています。この信仰が私たちの教会に一貫してあったと言うのです。私たちの教会は最初、「日本基督教会」というグループに属する教会として発足しました。「長老制度」という制度を採用する教会です。しかし戦争の混乱などもあり、戦後は長く、どこのグループにも属さない単立教会としての歩みがありました。「無教会」と呼ばれるところからの影響も受けました。「無教会」は「長老制度」と対極的なところがあり、教会の制度を重んじないようなところがあります。

実に独特な教会の歩みをしてきたところがありますが、「回顧と展望」にあるように、及川牧師の時代以降、「長老制度」を再び重んじる教会として整えられてきました。しかしいつの時代にあっても、私たちの教会は「贖罪信仰」に生かされてきた。それが教会全体を貫くものであったと言うのです。

「贖罪信仰」とは何でしょうか。「贖罪」の「贖」は「あがなう」と読みます。罪が贖われる。「贖」という字は、貝ヘンが使われています。買い取られるのです。私たちが犯した罪の赦しを得るために、キリストが代価を支払ってくださった。その代価こそが、キリストが十字架でお献げくださった命である。そのことを信じるのが「贖罪信仰」です。

従いまして、「贖罪信仰」に生かされた私たちは、罪を赦していただいた実りになります。自らが自らの力によって清くなったのではないのです。神に罪を赦していただいた、神さま「ありがとう」と言い続けてきた。そして自らの罪を素直に認める、神さま「ごめんなさい」と言い続けてきた。「ありがとう」「ごめんなさい」という二つの言葉は、私たちが人との人間関係を築く上でも、なくてはならない言葉ですが、まして神との関係では大事な言葉です。神さま「ありがとう」「ごめんなさい」。この言葉を言い、神との関係に生きる。それが実りなのです。

ぶどうの木の話を、私たちは先々週から聴いてきました。先々週の説教では、あまり触れることができませんでしたが、実を結ぶとは一体どういうことでしょうか。私たちは、ともすると考えてしまうかもしれません。この世では「成果を挙げる」などという言葉が使われることがあります。私は実を結ぶことができるだろうか。大きな立派な実を結ばなければならない。それは、この世の中で立派なことを成し遂げることだと思ってしまう。あの人はすごい実りを結んだとか、すごい成功をしたと言い、そのことが実を結ぶと思ってしまう。それに比べて自分などは、ちっとも立派な実を結べないと思ってしまう。しかし、それは主イエスの言われている実りではありません。

ぶどうの木の話は、とても優れた譬えであると思います。父なる神が農夫であり、主イエスがぶどうの木であり、私たちがその枝です。枝である私たちが実を結ぶことになります。ごく自然に考えて、枝に生じる実りは農夫の喜びです。農夫に楽しんでいただくための実りです。私たちが自分で自分の実りを楽しんだり、満足するためのものではないのです。そのことをこの譬えはよく私たちに教えてくれます。

今日の箇所の八節のところにこうあります。「あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる。」(八節)。栄光を受ける、つまりスポットライトが当たるのは、農夫である父なる神です。私たちに光が当たったり、私たちが誉れを受けるわけではないのです。自分はなんと優れた実を結んだのかと言うこともないし、自分はちっとも良い成果を挙げられないなどと言う必要もないのです。

旧約聖書の詩編に、このような言葉があります。「後の世代のために、このことは書き記されねばならない。『主を賛美するために民は創造された。』」(詩編一〇二・一九)。私たちが存在する意味が、ここに記されています。私たちが神を知り、神を讃美するために、私たちが造られた。私たちが存在しているというのです。これが神が栄光をお受けになるための実りです。

このことを先ほどの言葉で言い換えると、私たちが神を知り、神を信じて、神に対して「ありがとう」「ごめんなさい」を言う。それが、神がお喜びになる実りです。ある聖書学者が八節の言葉を解説して、このように言っています。「弟子たる者の存在がすでに地上で、父の栄光を現しているのである」。神を信じ、神によって生きている者たちの存在、その存在そのものがすでに実りである。私たちがその実りなのです。

七節のところで、主イエスはこう言われています。「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。」(七節)。望むものは何でもかなえられると言われています。本当でしょうか。そもそも私たちは一体、何を望み、何を願うでしょうか。自分の欲求や欲望をかなえてもらえるのでしょうか。

しかし七節を注意深く読むと、そういう話ではないことが分かります。主イエスとつながっている、そして主イエスの言葉が私たちの内にあるならば、私たちがわがままにあれこれと願い、この世のものが満たされるということなど、言われていないことが分かります。むしろ、私たちが信仰の実りを結ぶことができるように、そのことが確実にかなえられるのです。「かなえられる」と訳されていますが、元の言葉そのものの意味としては「生じる」ということです。信仰の実りが生じるのです。

先週の木曜日にオリーブの会が行われました。信仰の初歩的なことを分かりやすく学べる会です。祈りのことが話題になりました。私たちはいろいろな祈りをします。細かい事や些細な事を祈ってしまう。それでもよいのかというような話です。もちろん祈りは自由に祈ればよいのです。

しかしこういうことも言えると思います。私たちが祈っている祈りの内容も、だんだんと変わってくる。だんだんと整えられていると言った方がよいかもしれません。例えば、洗礼を受ける前に、私たちが祈っていた祈りがありました。受洗した直後の頃に祈っていた祈りがありました。信仰の歩みを数年経た頃に祈っていた祈りがありました。信仰生活を一〇年、二〇年と続けていく中で祈っていた祈りがありました。そういう歩みの中で、私たちはいろいろなことを祈ります。それこそ細かい事、些細な事もたくさん祈ってきました。

しかしその祈ってきた事も、だんだんと変わってきたと思います。中には、昔、自分が祈っていたその事は、いつの間にか祈らなくなった、今はもう祈らなくなった、そういう内容もあると思います。場合によっては、昔の祈りを恥ずかしく思うことさえ起こる。自分の祈りが変えられ、整えられていった結果です。

ヨハネによる福音書と非常に関連が深いと言われているヨハネの手紙一の中に、こういう言葉があります。「何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。わたしたちは、願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。」(Ⅰヨハネ五・一四~一五)。

神の御心にあることを私たちが願うなら、それは聞き入れられる。当たり前と言えば当たり前かもしれません。しかし神の御心と一致するその当たり前のことを私たちが願うようになる。それが大事なのです。今日の聖書箇所の主イエスの言葉で言うならば、「実を結ぶ」ことです。それも信仰の実を結ぶことです。

この後、聖餐に与ります。主イエスが十字架で肉を裂いてくださったこと、血を流してくださったことを覚えて、パンと杯をいただきます。まさにぶどうの木の枝である私たちが、ぶどうの木から栄養をいただくことであり、農夫に手入れをしていただくことが、この聖餐そのものです。

聖餐で大事なのは「ごめんんさい」と「ありがとう」です。自らの力で実を結ぶことができない、そのような罪を悔い改めて「ごめんなさい」と言う。そしてその罪が赦されて、実を結ぶことができるようにしてくださった。その感謝の「ありがとう」を言う。それが信仰の実りなのです。

九節と一〇節にこうあります。「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。」(九~一〇節)。

ぶどうの木の話から、だんだんと愛の話に代わって来ているのが分かります。愛については、一一節以降につながっていきますので、来週また触れる機会がありますが、愛とは、ぶどうの枝への栄養分であることが分かります。私たちはなかなか実を結ぶことができない。それは根本的に愛が欠如しているからだと言えます。しかしぶどうの木からこの栄養分である愛をいただくことができる。この愛があるからこそ、神さま「ごめんなさい」「ありがとう」を言うことができるのです。