松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2016年1月24日(日)
説教題「小さき王、主イエスを迎えて」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第12章12〜19節

その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に。」イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、ろばの子に乗って。」弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」

旧約聖書: ゼカリア書9:9

主イエスが十字架にお架かりになる過越祭が目前に迫っていました。主イエスを逮捕し、殺害することを企む人たちがいました。第一一章の終わりから第一二章の初めのところで、私たちが読んできた通りです。主イエスのことを邪魔者扱いする、一方ではそういう人たちがいました。

その他方で、今日の聖書箇所に特によく表れていますが、主イエスに期待をする人たちもいました。ラザロを復活させたことによって、主イエスへの期待が一気に高まったのです。一八節にこうあります。「群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。」(一八節)。群衆は熱狂して主イエスを迎えたのです。

それに対して、主イエスを邪魔者だと思っていたファリサイ派の人たちは、もはやあきらめムードになっていました。一九節にこうあります。「そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」」(一九節)。

過越祭のときのエルサレムは、普段の人口から比べると、十倍ほどに膨れ上がる、そう言われています。皆が口々に主イエスの噂をしていたのです。そこへ、主イエスが近くの村であったベタニアからエルサレムへ移動される。熱狂して迎えた人もあれば、主イエスを殺そうと企む人たちもいた。いろいろな思惑が入り乱れていたのです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所の話は、もう受難週の物語になります。受難週とは、主イエスが十字架にお架かりになった一週間のことを表しています。受難週の様子は、四つの福音書に記されていますが、受難週の歩むというのは、だいたいこのような歩みになります。日曜日に主イエスはエルサレムに入られます。人々が熱狂して迎えるわけです。

それから数日過ごされる間、主イエスは様々な人たちと論争をします。いろいろな教えを語られます。木曜日の夜、最後の晩餐がなされます。ヨハネによる福音書が伝えている通り、弟子たちの足を洗ったのもこの木曜日の夜の話です。そして金曜日に十字架にお架かりになる。金曜日、土曜日、日曜日、三日目に主イエスはお甦りになられます。これが受難週の一週間になりますが、本日の聖書箇所の話というのは、受難週の最初の話ということになります。

今日のこの話は、四つの福音書すべてに記されている話です。それだけに、インパクトが大変強い話だったのだと思います。福音書を書いた四人の人たちも皆、この話は絶対にかかなければならないと思った。特に、このヨハネによる福音書を書いた人は、終わりのところで、主イエスがなさったことは、ここに書かれていること以外にもたくさんある、と書いて筆をおきました。おそらく厳選して書いたのだと思います。しかし今日の出来事を外すことはしなかった。それだけに重要な話だったのです。

もちろん、四つの福音書とも、まったく同じように伝えているというわけではありません。それぞれの伝え方の角度が違います。その点、ヨハネによる福音書は、他の福音書と比べて独特なところがあります。他の福音書では、子ロバがどのように連れてこられたのか、そのことが書かれています。ヨハネによる福音書ではそのことは省略されていて、いきなり主イエスが子ロバに乗られたことになっています。その代わり、今日の聖書箇所の後半の一六~一九節は、ヨハネによる福音書だけにしか見られない記述になっています。その点にも注目をして、御言葉を聴いていきたいと思います。

一三節のところに、「なつめやしの枝」という言葉があります。主イエスを群衆が出迎えるときに持っていたものです。かつての口語訳聖書では、「しゅろの枝」となっていました。かなり大きな葉っぱがついている枝を振って、主イエスを迎えたのです。そして迎えるときに「ホサナ」と叫びました。ホサナとは、「主よ、お救いください」という意味ですが、ここでは文字通りの意味というよりも、「万歳」というような意味合いが強いそうです。一三節後半にある「ホサナ」で始まる言葉は、詩編第一一八編二五~二六節の言葉です。群衆は、よく知っている詩編の言葉を口にして叫び、主イエスを熱狂して迎えたのです。

なぜこのようなことを人々はしたのでしょうか。そのことをお話しするために、旧約聖書の「続編」にあるマカバイ記の話をしたいと思います。聖書には、新約聖書だけのものもありますが、旧約聖書と新約聖書から成っています。しかしそれだけではなく、新約と旧約に加えて「旧約聖書続編付き」という聖書もあります。旧約聖書と新約聖書の間に、「続編」というものが加えられ、いくつかの書簡がその中に収められています。

この続編のことを、プロテスタント教会では「外典」と呼ぶことがあります。聖書のことを「正典」と言うことがありますが、「外典」と言うからには「正典」には入らないという理解です。これに対して、カトリック教会では「第二正典」と呼ぶことがあります。第一正典が、いわゆる新旧約聖書になるわけですが、「続編」を「第二正典」と呼ぶ。つまり、「続編」も第二のものであるけれども、「正典」の内に一応入る、そういう理解です。

理解の仕方は少し異なりますが、聖書に準ずる大事な書物であることは事実です。この「続編」の中に、マカバイ記一とマカバイ記二という書簡があります。このマカバイ記が伝えている話がどういう話かと言うと、外国に圧迫、支配されていた時代の話です。紀元前二世紀ごろのことです。旧約聖書の書簡の多くが書かれたよりもずっと後の時代のことであり、主イエスの時代よりも一五〇年ほど前の時代ということになります。

イスラエルの人たちは、しばしば支配者に対して反乱を起こすことがありました。当然、鎮圧されることが多かったのですが、中には勝利をもたらし、一時的な解放を味わえることもあったわけです。支配され、反乱を起こし勝利をし、また支配される。そのようなことを繰り返していた時代でもあります。勝利をもたらしてくれたリーダーに対しては、当然、最大限の賞賛がなされることになります。

マカバイ記一に記されていることですが、紀元前一四二年の出来事であると言われています。シモンという人物が軍事的なリーダーとなり、反乱を起こしました。エルサレムの街を解放したのです。そこにいた外国人を追い出し、自分たちの街として取り戻した。

こういう記述があります。「第百七十一年の第二の月の二十三日にシモンとその民は、歓喜に満ちてしゅろの枝をかざし、竪琴、シンバル、十二絃を鳴らし、賛美の歌をうたいつつ要塞に入った。イスラエルから大敵が根絶されたからである。」(Ⅰマカバイ一三・五一)。

マカバイ記二にも同じような出来事があります。マカバイ記一の出来事よりも少し遡って、紀元前一六四年のことになりますが、マカバイがエルサレムの神殿を奪還し、宮清めを行いました。私たちがすでに御言葉を聴いたヨハネによる福音書第一〇章二二節に、「神殿奉献記念祭が行われた。冬であった」という記述がありました。この説教のときにも触れましたが、まさにこの出来事が、マカバイ記二に書かれているわけです。

このような記述があります。「マカバイとその同志は、主の導きによって神殿と都とを奪還した。異国の者たちが市場に築いた盛り土の祭壇はもとより、その囲みまで跡形もなく取り払い、神殿を清め、新たな祭壇を築いた。」(Ⅱマカバイ一〇・一~三)。「彼らはテュルソス、実をつけた枝、更にはしゅろの葉をかざし、御座の清めにまで導いてくださったお方に賛美の歌をささげた。」(一〇・七)。

マカバイ記のこれら二つの箇所に記されているのは、同じような出来事ですが、さらに共通しているのは、「しゅろ」をかざしたということです。ヨハネによる福音書では「なつめやし」になっていますが、同じものです。明らかに、主イエスをエルサレムで迎えた人たちには、マカバイ記に書かれたことが頭の中にあったと思います。今、自分たちはローマ帝国に支配されている。かつてのリーダーと同じような人物が現れないものか。ラザロを復活させる力を持っている人だったら、もしかするとそうなのかもしれない。強き王の登場を願い、かつてのように、なつめやしをかざして、主イエスをエルサレムに熱狂して迎え入れたのです。

ところが、主イエスはどうされたのか。「ろばの子」にお乗りになられたとあります。普通、強い王でしたら、立派な馬にでも乗ると思います。自分の強さを表すために、立派な馬に乗っている絵を描かせた為政者たちならいくらでもいます。しかし主イエスは「ろばの子」にお乗りになった。

子ロバに乗られた主イエスのお姿を、少し想像してみていただきたいと思います。どうでしょうか。おそらく、足も地面についてしまうのではないかと思います。のろのろとした足取りで力強さも足りなかったでしょう。

なぜ主イエスはわざわざ子ロバに乗られたか。なぜ馬にお乗りになられなかったのか。弟子たちはそのことが分かりませんでした。一六節にこうあります。「弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。」(一六節)。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は、ゼカリア書です。第九章九節のみをお読みいたしました。この箇所からヨハネによる福音書に引用されたのです。ゼカリア書の第九章には、イスラエルを圧迫する諸民族に対する裁きと、イスラエルの救いが語られています。九節のところで、救ってくれる王が登場すると言われます。ところがその王は「高ぶることなく、ろばに乗って来る。雌ろばの子であるろばに乗って」(ゼカリア九・九)とあるのです。本当の救いが、小さき王からやって来ると言うのです。

主イエスがろばに乗られたことは、ゼカリア書に書かれていたわけですが、なぜ子ロバに乗られたのか、そのことは当時、弟子たちは誰も分からなかったのです。しかし主イエスが「栄光を受けられたとき」分かったのです。「栄光」という言葉は、ヨハネによる福音書の中に、今までも何度も出てきた言葉です。

来週の聖書箇所でも出てきます。第一二章二三~二四節にかけて、こうあります。「イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」」(一二・二三~二四)。栄光とは、主イエスが十字架で死なれることです。主イエスが死なれ、「多くの実を結ぶ」ということからも分かるように、私たち人間が罪赦されて、救われるということにつながる。だから「栄光」と表されるのです。

主イエスが十字架にお架かりになった後に、初めて弟子たちもそのことが分かった。ラザロの復活に立ち会い、主イエスを信じた人たちもそうだったようです。一七節にこうあります。「イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。」(一七節)。そのときはまったく分からなかったけれども、後から振り返ってようやく分かった。このことは、私たち信仰者にとって、とても大事なことです。

『ハイデルベルク信仰問答』という小さな書物の学びを、昨年から始めています。今から四五〇年ほど前に作られた信仰の小さな手引書です。何人かの方から学びたいという声が挙がり、学びの時を持っていますが、私にとってもよい学びのときとなっています。

今日はこの礼拝の後、第九・一〇主日というところの学びをします。最近、私たちが学びましたことは、私たちは自分で自分を救うことはできず、信仰によってのみ救われる。それではその信仰とは何か。それは使徒信条に表されている。ということで、使徒信条のところに入っています。先ほど、礼拝の中でも告白した、あの使徒信条です。今日のところから使徒信条の具体的な文言に入りますが、今日の内容は、「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」という言葉には、いったいどんな意味が込められているのかということです。私たちが使徒信条のこの部分を告白しているときに、いったいどんな思いでいればよいのでしょうか。

詳しい話は、ハイデルベルク信仰問答の学びのときに譲りたいと思いますが、今日の内容は、要するに、神が世界を造られ、統治されているということです。そのことを説明する中で、ハイデルベルク信仰問答は「摂理」という言葉を使っています。摂理というのは、英語で言うと“providence”という言葉です。

この言葉はラテン語の言葉に遡ることができ、ラテン語では“pro+video”という言葉の合成語になっています。日本語にすると「前+見る」という意味です。つまり、前もって見るということです。前もって見るのですから、先を見通すということになります。神の摂理と言えば、神は前もって先のことを見通すことができる。しかし人間には摂理はないのです。先のことが分からない。しかし神の摂理を信じて生きることができます。

本日のヨハネによる福音書の聖書箇所に出てきた群衆は、まさに摂理がないわけです。主イエスに熱狂をした。マカバイのような、自分の期待通りのリーダーになってくれるのではないか、そのように見通しましたが、見通しは外れました。先を見通せない人間の姿が描かれています。

しかし主イエスが栄光をお受けになり、十字架に架かられ、死なれ、復活されて、弟子たちに出会われた後、弟子たちはその意味を受けとめることができました。そのときになって初めて分かったのです。なぜ主イエスが子ロバに乗られたのか。実はゼカリア書に書かれていた、まことの王と主イエスのお姿が重なり合ったのです。かつては先を見通すことがまったくできなかったけれども、後から信仰をもって振り返ってみると、それが分かった。ヨハネによる福音書のこの箇所に書かれているのは、そういう信仰のことなのです。

しばしば、「信仰のまなざし」ということが言われます。信仰をもって歩んでいると、今までは分からなかったことが分かるようになる。見えなかったことが見えるようになる。それでは何が見えるようになるのでしょうか。分かるようになるのでしょうか。

私たちは決して先を見通すことはできません。信仰を持ったからといって、それは同じです。弟子たちも分かりませんでした。後からようやくそれが分かった。ラザロの復活を目の当たりにしてついてきた人たちもそうです。弟子たちと変わるところはありませんでした。エルサレムの街で熱狂した群衆たちもそうです。違う期待を主イエスにかけて、先を見損なってしまった人たちです。

主イエスは人々の期待からすると、とても小さき王でありました。しかし今やすでに主イエスは栄光を受けてくださいました。小さくへりくだり、十字架の死にまで至ってくださった。私たちの罪を赦すことができる、唯一の王になってくださったのです。主イエス・キリストが二千年前の過去に、このことをしてくださったのだ。それが分かる。それを信じられる。それが、信仰のまなざしです。その過去だけを、まずしっかり見つめる。いや、私たちにはそれしかできません。見通せない先を無理に見通そうとするのではなく、信仰のまなざしをもって、主イエスが過去に何をしてくださったのかをしっかりと見つめる。

私たちは今や、まことの王であるキリストをふさわしく、お迎えすることができるのです。説教の冒頭で、「ホサナ」とは当時の人々にとっては「万歳」というような意味だったと申し上げましたが、私たちにとってはそうではありません。「主よ、お救いください」、真実にその言葉をもって、主イエス・キリストをお迎えするのです。