松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2016年1月10日(日)
説教題「知るを得ず、知るはただ」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第11章45〜57節

マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。しかし、中には、ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。そこで、祭司長たちとファリサイ派の人々は最高法院を召集して言った。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。」彼らの中の一人で、その年の大祭司であったカイアファが言った。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。この日から、彼らはイエスを殺そうとたくらんだ。それで、イエスはもはや公然とユダヤ人たちの間を歩くことはなく、そこを去り、荒れ野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちとそこに滞在された。さて、ユダヤ人の過越祭が近づいた。多くの人が身を清めるために、過越祭の前に地方からエルサレムへ上った。彼らはイエスを捜し、神殿の境内で互いに言った。「どう思うか。あの人はこの祭りには来ないのだろうか。」祭司長たちとファリサイ派の人々は、イエスの居どころが分かれば届け出よと、命令を出していた。イエスを逮捕するためである。

旧約聖書: イザヤ書53:1~12

ヨハネによる福音書第一一章から御言葉を聴き始めてから、だいぶ長い期間が経ちましたが、今日がいよいよ最後のところになります。ラザロが死んで、主イエスが訪れ、ラザロを生き返らせました。それが先週までの聖書箇所の内容になります。今日の箇所はその後日談と言ってもよいかもしれません。ラザロの復活を受け、人々がどう反応したかが書かれています。

第一一章では、ラザロが死んでから命を得て復活するわけですが、ラザロの死から命へという流れの中で、何度も繰り返し、主イエスの死が暗示されている箇所がありました。第一一章の二節にこうあります。「このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。」(一一・二)。マリアのことがこのように紹介されています。これは来週、御言葉を聴く箇所である第一二章に具体的に記されている話を先取りしたものです。主イエスに香油を塗ることは、埋葬のための準備と言われています。ここに主イエスの死がすでに暗示されているのです。

この箇所だけではありません。第一一章七~八節にはこうあります。「それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」」(一一・七~八)。弟子たちとのやり取りの末に、弟子の一人のトマスが言います。「すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言った。」(一一・一六)。主イエスの死を弟子たちもまた覚悟した、そのような発言です。

また、二八節にはこうあります。「マルタは、こう言ってから、家に帰って姉妹のマリアを呼び、「先生がいらして、あなたをお呼びです」と耳打ちした。」(一一・二八)。姉のマルタが妹のマリアに耳打ちしました。命を狙われている主イエスがここに来ておられることが知られてしまってはまずいので、その配慮です。三〇節には「イエスはまだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた」とあります。主イエスも多くの人がいるところから離れた場所に留まられました。

このように第一一章の多くの箇所に、主イエスの死が色濃く暗示されている、そのような記述があるのです。主イエスに対する殺意も、この第一一章までもそうでしたが、突発的なものでした。主イエスとの対話によって、怒った人たちが突然、石を手にして投げようとした、そんな場面もありました。

しかし今日の聖書箇所では違います。公の会議で、主イエスを殺すということが決められたのです。五三節にこうあります。「この日から、彼らはイエスを殺そうとたくらんだ。」(五三節)。また、最後の五七節にはこうあります。「祭司長たちとファリサイ派の人々は、イエスの居どころが分かれば届け出よと、命令を出していた。イエスを逮捕するためである。」(五七節)。正式な決定事項として、このようなことが決められたのです。

なぜ、このような決定がなされたのでしょうか。四五節から四六節にかけてこうあります。「マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。しかし、中には、ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。」(四五~四六節)。主イエスがラザロを復活させた噂がどんどんと大きくなっていきました。

来週の聖書箇所であります第一二章九~一一節でもそうです。「イエスがそこにおられるのを知って、ユダヤ人の大群衆がやって来た。それはイエスだけが目当てではなく、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。祭司長たちはラザロをも殺そうと謀った。多くのユダヤ人がラザロのことで離れて行って、イエスを信じるようになったからである。」(一二・九~一一)。ラザロの復活によって、主イエスの死がどんどんと色濃くなっている。そういう流れに明らかになっているのです。

こういう状況になってしまい、対応が必要になってきたと思う人たちが会議を開きました。四七~四八節にかけてこうあります。「そこで、祭司長たちとファリサイ派の人々は最高法院を召集して言った。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。」」(四七~四八節)。

この会議に出ていた人たちは、ある心配をしていたようです。この時代、大小は様々ですが、反乱や革命のような出来事が頻発していました。イスラエルはローマ帝国から支配されています。多くの人はこれを良しとしないわけです。救い主の現れを待っていた。支配されるのではなく、独立して、自分たちの思い通りの強い国家を作ろう、多くの人たちはこう考えていました。そんな中、主イエスが驚くべき「しるし」をなさる。この人がもしかしたら救い主なのではないか、そう期待する人たちが多かったのです。

もし事がこれ以上大きくなれば、ローマも黙っていないだろう、それがこの会議に出ていた人たちの思いでした。神殿も国民も滅ぼされてしまうのではないか。皮肉なことに、主イエスが十字架にお架かりになってから数十年後、紀元七〇年に、エルサレムの神殿は崩壊しました。

その時の地方総督が神殿に立ち入ったことに腹を立てたユダヤ人が反乱を起こし、それが各地に飛び火をして、大きな暴動になりました。ローマ軍がそれを鎮圧する。最後はマサダという要塞に立てこもり、抵抗しましたが鎮圧されてしまいます。その一連の反乱の鎮圧の際に、エルサレムの神殿も徹底的に破壊をされてしまったのです。今ではエルサレム神殿の一部が、嘆きの壁として残っているのみです。

そのような出来事が現実に起こってしまったわけですが、そんなことが起こってしまっては困る。会議に出席していた人たちはそう考えました。そこで、大祭司のカイアファが提案をします。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」(四九~五〇節)。

このカイアファという人は、比較的長く大祭司の地位に就いていたと言われています。おそらく政治的なことに長けていた人なのだと思います。ここでのカイアファの発言も、非常に政治的な発言であると思います。

特にここにいる大祭司をはじめとする人たちは、ローマの支配下に置かれながらも、一応の地位を得ている人たちです。ある程度のことは自分たちの意志で決定することができました。ローマの支配をある意味では良しとしていたところもあったかもしれません。そんな中、そのような暴動や反乱を起こされてはたまらん。そうならないように、イエスという男一人に犠牲になってもらえばよいではないか。カイアファの発言は、そのような政治的な意味合いの強い発言です。自分たちのためなら一人の男の犠牲をもいとわない、そんな発言です。

ところが、五一~五二節にかけてこうあります。「これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。」(五一~五二節)。

これは、ヨハネによる福音書を書いた著者が書いてくれた注釈です。解説の言葉です。後からよくよくカイアファの発言を考えてみたら、こういうことだったということが後に分かった、そんな解説です。ヨハネによる福音書の著者は、カイアファが大祭司であることも、それゆえに預言をしていたことも認めているのです。ただ、カイアファ自身が発言をした、その発言の意図以上のことがそこに含まれていた、カイアファ自身も気付いていなかったこと以上のことを予言していた、そう言うのです。

改めて確認をしますが、カイアファは、イエスという一人の男が犠牲になり、我々が滅びないほうがよい、そう発言をしました。ところがヨハネによる福音書の著者は、確かに主イエスお一人が犠牲になるのだが、その犠牲によって、ユダヤの国民ばかりでなく、散らされている神の子たちまでもが救われる、そういうことになったのだと言うのです。

カイアファは四九節のところで、「あなたがたは何も分かっていない」ときっぱり言っています。この人はかなりはっきりと物を言う性格だったようです。このときも会議に出席していた人たちに向かって、はっきりとそう言うのです。あなたがたは分かっていないけれども、私は分かっているのだ、と。しかしそのように発言をしたカイアファ自身も、実は本当の深い意味をよく分かっていなかったのです。

私たちも、それは同じであるかもしれません。私たちもいろいろな発言をします。日常的な会話もしますし、信仰的な会話もするでしょう。あるいは、カイアファのような、罪の実りを生んでいるような、そんな発言もするかもしれません。しかし自分が分かっている以上の深い意味が、その発言の中に隠されていた。後になって、あのとき私はああ言ってしまったけれども、実はこのような深い意味が隠されていた、後からそのことが分かるかもしれません。

ヨハネによる福音書の著者も、後から気付きました。カイアファの罪に満ちた発言が、実は大祭司としての預言であったことを。実は主イエスが人間の救いのために十字架で死ぬ、カイアファも知らないところで、そのことを預言していたのだと言うのです。

私たちにとって、知らないことだらけと言った方がよいかもしれません。そのときには気付かないことも、後になってから気付かされるのです。今日の説教の説教題を「知るを得ず、知るはただ」と付けました。これは、この後歌います讃美歌第二編五八番から取られたものです。

この讃美歌が生まれた経緯など、いろいろ調べようとしましたが、詳しいことはあまり分かりませんでした。ただ、元のタイトル、讃美歌の左上のところに書かれていますが、“Jesus has loved me wonderful Saviour!”という曲名の英語の讃美歌でありました。「イエスさまは私を愛してくださるすばらしい救い主!」とでも訳したらよいでしょうか。なぜそんなにも私を愛してくださるのか、分からないけれども、ただ分かっているのは…、そういうことを歌っている讃美歌です。

一番からの歌詞を追っていきたいと思います。「いかなれば君はかく、われを愛したもうや、知るをえず知るはただ、罪にそみしこしかた」。現代の分かりやすい言葉にすると、「なぜあなたは私を愛してくださるのか分かりません、知っているのは(私の)罪に染まった過去だけです」となります。

二番はこうです。「いかにしてみすくいに、われをいれたまいしか、知るをえず知るはただ、主のなやみとくるしみ」。現代語にすると、「いかにして救いの中に私をいれてくださったのか分かりません、知っているのは主イエスの悩みと苦しみだけです」となります。

三番はこうです。「いずこまでみてをもて、主はみちびきたもうや、知るをえず知るはただ、つねに近くいます主」。現代語にすると、「どこまで御手をもって主イエスが導いてくださるのか分かりません、知っているのはいつも近くにいてくださる主イエスだけです」となります。

四番はこうです。「いずれの日さかえもて、地にあらわれたもうや、知るをえず知るはただ、「そなえよ」とのみことば」。現代語にすると、「いつの日に栄光をもって地上に現れてくださるのか分かりません、知っているのは「備えていなさい」との御言葉だけです」となります。

この讃美歌の歌詞は、整った文体になっています。いずれの歌詞でも三行目のところに、「知るを得ず、知るはただ」という言葉があります。一行目と二行目に書かれていることはよく知らないのだけれども、四行目に書かれていることだけは知っている。知らないことと知っていることを明確に分けた、そのような讃美歌の歌詞になっています。

どうしてこの私を愛してくださるのか、どうしてこの私を救ってくださったのか、どこまでこの私を導いてくださろうとしているのか、いつの日に私の救いが完成するのか、それらのことは分からないけれども、主イエスが「すばらしい救い主」でいてくださることを知っている。分からないことがあろうとも、大事なことを知らされている。そのことを歌っている讃美歌です。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は、イザヤ書第五三章です。旧約聖書の中でもかなり有名な聖書箇所です。「主の僕」なる人が苦難と死を受けている。なぜ有名なのかというと、ここにイエス・キリストのことが表されていると、私たちが考えるからです。

さきほどはイザヤ書第五三章全体をお読みしましたが、その中の四節にはこうあります。「彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。」(イザヤ五三・四)。「主の僕」が苦しんでいるけれども、その実際のところの意味を、わたしたちはよく知らなかった、そのことが記されています。

八節もそうです。「捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか、わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。」(イザヤ五三・八)。同じ時代の者たちは誰もその意味を知らなかったということも記されています。

一〇節のところにはこうあります。「病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ、彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは、彼の手によって成し遂げられる。」(イザヤ五三・一〇)。人間が誰一人知らなかったこのことが、実は神のご計画であったことが告げられます。私たちは主イエスの十字架をここに見ます。主イエスの十字架のご計画を誰一人、私たちは知らなかったけれども、これは神のご計画であった。後から考えるとそうであったということが分かったのです。

ヨハネによる福音書に戻りますが、今日の箇所の五二節に「散らされている神の子たちを一つに集めるために」とあります。これが神のご計画です。一つに集められている現実が、今も続いています。それが教会の歩みです。主イエスの十字架のもとに一つに集められた、それが教会の私たちです。この神のご計画がなければ、私たちは互いに出会うこともありませんでした。今ここで一緒に礼拝をすることもありませんでした。

神のご計画は、当初、誰も知らなかったのです。カイアファも預言をしておきながら、自らは知らなかった。ヨハネによる福音書の著者も、後から気付いてこの福音書を書いた。私たちも知らなかったのです。後からこの神のご計画に自分が入れられていることに気付き、信じたのです。「知るを得ず、知るはただ」、私たちも多くは知りません。しかし、主イエスが命を捨ててまで私たちを愛し、救ってくださったこと、そのことは知っているのです。