松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2015年11月22日(日)
説教題「この病は死に終わらず」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第11章1〜16節

ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村、ベタニアの出身で、ラザロといった。このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが病気であった。姉妹たちはイエスのもとに人をやって、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。イエスは、それを聞いて言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じ所に滞在された。それから、弟子たちに言われた。「もう一度、ユダヤに行こう。」弟子たちは言った。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」イエスはお答えになった。「昼間は十二時間あるではないか。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。しかし、夜歩けば、つまずく。その人の内に光がないからである。」こうお話しになり、また、その後で言われた。「わたしたちの友ラザロが眠っている。しかし、わたしは彼を起こしに行く。」弟子たちは、「主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう」と言った。イエスはラザロの死について話されたのだが、弟子たちは、ただ眠りについて話されたものと思ったのである。そこでイエスは、はっきりと言われた。「ラザロは死んだのだ。わたしがその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう。」すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と言った。

旧約聖書: イザヤ書25:6~10a

教会の暦としては、来週からアドヴェントに入ります。アドヴェントとは日本語では待降節と言いますが、救い主である主イエス・キリストが来られることを待つ季節。つまり、クリスマス前の数週間の時期ということになります。

教会の暦の中には、いろいろな時期があります。アドヴェントがあり、クリスマスがあります。春には主イエスのご復活を祝うイースターを迎えますが、その前に十字架での主のご受難を覚える受難節、受難週があります。五月か六月頃にはペンテコステと呼ばれる時があります。聖霊降臨日とも言いますが、使徒たちに聖霊が降り、神の言葉が語られ、教会が生まれた。教会の誕生日とも言われています。その後は夏から秋にかけて、聖霊降臨後第○○主日という時期が続いていきます。

もちろん、教会の暦はいろいろな暦がありますが、だいたいどの暦も一一月末から一二月初め頃が起点になっています。アドヴェントに入り、救い主である主イエスの到来を待つ季節。ここが起点になります。起点であるからには、一年のサイクルでありますから、ここが終点にもなるわけです。

教会の暦の終点には何があるか。教会によっては「終末主日」と呼んでいるところもあります。終末とは終わりの日のことです。主イエスは十字架に架かられ、復活され、その後、弟子たちと四十日にわたって共に歩まれましたが、天に挙げられました。天に挙げられた主イエスが再び来られる。それが終末であり、主イエスの再臨でもあります。そのことを覚える。それが終末主日です。

つまり、アドヴェントを迎えようとしているこの時期は、教会の暦としては初めでもあり終わりでもあるのです。クリスマスの主を迎えようとしている時期でもあり、再び来られる主を迎えようとしている時期でもあります。どちらも、主イエスが来られる、そのことを待っていることに違いはありません。今も昔も、私たちは救い主を待ち、迎えようとしているのであります。

ヨハネによる福音書から御言葉を聴き続けてきて、ついに第一一章に入りました。第一一章はラザロの復活の物語です。アドヴェントのこの時期、またクリスマスの時期に、私たちはラザロ物語から御言葉を聴きます。これは幸いなことであると私は思います。救い主を迎える。ラザロ物語もまた、救い主を迎える話です。病のラザロ、ラザロは病によって死ぬわけでありますが、ラザロとその姉妹マルタとマリアはどのように主イエスを迎えたか。救い主を迎えるとは、どういうことなのか。主イエスを迎えると、どうなっていくのか。そのことを聴きたいと願っています。

「ある病人がいた」(一節)。この物語はそのように始まります。元の言葉の語順としては、「ある病人がいた」、「ラザロ」、「ベタニア出身」、「マリアとその姉妹マルタの村」となります。まず、「ある病人」から始めているのです。

「ある病人がいた」。それだけだと、どこにでもある話です。ラザロがどんな病気だったかは分かりませんけれども、病気を抱えている人はどこにでもいます。病気で死にかかっている。それも私たちの身近にある話です。それだけだと、抽象的な、具体性に乏しい、どこか遠い話のように思えますが、名前が入ると、一気に具体的になってきます。「ある病人がいます」と話されるよりも、「教会員の○○さんが病気です」と言われた方が、より身近な話になってくるでしょう。

先週、東海教区の教職ゼミナールという集会が行われ、出かけてきました。教区内の多くの牧師たちが集まってきます。講演の際は、講師の話を静かに聴きますけれども、休憩時間などはいろいろな牧師たちと話をします。その中に、松本東教会のかつての牧師の方がおられました。私が最近の教会の様子をお伝えする。そうすると、その牧師から、「この人は今どうしているか」「あの人はどうなっているか」。そのような形で、次々と名前が出てきました。

限られた時間でしたので、そう多くを話すことはできませんでしたけれども、多くの牧師たちと話をした中で、その牧師とした話はやはり具体的でありました。他の教師とは、具体名を挙げての話にはなかなかなりません。「ある病人がいた」、それ止まりでしょう。しかしその牧師とは具体名で話すことができる。話もまた豊かになってきます。

本日、私たちに与えられた聖書箇所もまた、そうであります。「ある病人がいた」。それだけで抽象的に話が進んでいくわけではなく、ラザロ、マルタ、マリアの名が入れられていく。こういう病を抱えたりするのは、私たちの家族や仲間でもあり、私たち自身でもあるのです。ですから、私たちの名前も入れることができる。私たちの話にもなっていくのです。

二節のところで、マリアのことがさらに具体的に紹介されます。「このマリアは主に香油を塗り、髪の毛で主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが病気であった。」(二節)。マリアのこの話は、第一二章に入ったところで記されています。

「過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」(一二・一~三)。

ここには、ラザロのことも、マルタのことも書かれています。マルタは給仕をしていたとあります。ルカによる福音書第一〇章のマリアとマルタの話を思い起こすこともできるでしょう。こういう三人の兄弟姉妹がいて、何番目の子どもかはよく分かりませんが、ラザロが病気で死にかかっていた状況でした。

三節のところで、二人の姉妹が主イエスのところに人をやって言わせます。「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」(三節)。この二人は、自分の兄弟ラザロが、ただ病気であるという事実を告げただけです。福音書の他の癒しの物語では、主イエスよ、どうぞ来てください。そのようにお願いしている話もあるのです。

しかしこの二人はそうではなかった。主イエスとの信頼関係があり、主イエスならば来てくださるはずだと思っていたのかもしれません。少し先の箇所ですが、二一節のところでマルタが「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょうに」(二一節)と言っています。やはり主イエスに飛んででも来ていただきたいと思っていたのだと思います。

しかし主イエスはすぐには来てくださいませんでした。四節にあるように、まずこう言われます。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」(四節)。

今日は特にこの四節に集中をしたいと思います。今日の説教の説教題「この病は死で終わらず」も、この節から取られたものです。ただ、日本語の聖書の翻訳の仕方で、だいぶイメージが変わってきます。私たちが用いている新共同訳聖書では「この病気は死で終わるものではない」となっています。かつての口語訳聖書では、「この病気は死ぬほどのものではない」となっています。これですと、ラザロの病気があまりたいしたことないように聞こえますが、しかしラザロはやはり死んだのです。

さらに古い文語訳聖書では「この病は死に至らず」となっていました。聖書によってだいぶニュアンスが違うことが分かります。「この病は死に至らず」。しかしラザロはやはり死んだのです。今日の聖書箇所の一四節でも「ラザロは死んだのだ」と主イエスが言われています。ラザロは死んだ。死に至ったのです。

日本語よりも、外国語の聖書の方が、単純な言葉が用いられていると言えるかもしれません。英語には様々な翻訳の聖書がありますが、古典的なものとして、キング・ジェームス・ヴァージョンという翻訳の聖書があります。一六一一年にイングランドにおいて出版されたものです。欽定訳聖書とも言います。ジェームズ国王がイングランドの民に英語で出版した聖書です。もちろん国王自らが翻訳をしたわけではありませんが、国王が聖書学者に命じて作らせたものです。優れた言葉遣いで、今でも多くの人に愛されている聖書です。

このキング・ジェームス・ヴァージョンの聖書では、この箇所が“This sickness is not unto death”となっています。“unto”という語が使われています。これは古い言葉で、今では“to”が使われるかもしれません。“to”というのは、そちらの方向に向かうというイメージですから、“This sickness”「この病」は“death”「死」に向かっていない、ということになります。元のギリシア語でも英語とほぼ同じ言葉遣いになっています。この病の最終目的地が死ではない、主イエスはそう言われているのです。

人間的に見れば、病になり、治ることももちろんあるわけですが、最終的に病は死で終わるように見えます。病の最後が死。このことを否定できない、正しい真理のように思えます。しかし本当でしょうか。この箇所のたくさんの翻訳を見てきましたが、いずれの翻訳でも、ニュアンスの違いこそはあれ、死が最後なのではないということを言っています。病の最終的な目的地が死なのではなく、その先がある。病の向かう先が、死ではなく、「神の栄光」(四節)なのだと、主イエスは言われるのです。

キルケゴールという哲学者がいます。一九世紀にデンマークに生きた人です。この人は哲学者であり、神を信じる信仰者でもありました。牧師になりたいとさえ思った時期もあるようです。この人が書いた本の中に、『死にいたる病』という本があります。

今、私たちが考えているのが、病が死に至るものなのかどうかということです。病が死で終わる。これはもしかしたら、慰めと言えるかもしれません。病による苦しみがあります。その長い苦しみの末に、ようやく死を迎えることができた。そのようなこともあるかもしれません。ここでは一見すると、ようやく死ねた。病が死で終わった。それで解決したと言えるかもしれません。

しかし本当にそうでしょうか。本当に死や病の問題が解決をしたのでしょうか。キルケゴールはこういう問題に取り組みました。『死にいたる病』の最初の序文のところで、キルケゴールはまずヨハネによる福音書第一一章を引用するところから、この本を書き始めています。

「「この病は死にいたらず」(ヨハネ伝第十一章四節)。しかも、ラザロはやはり死んだのである。…彼は死んでいたのだが、しかもこの病は死にいたらないのである。…「復活にして生命」(第十一章二五節)なるキリストが墓に歩みよることは、それだけですでにこの病が死にいたらないことを意味しているのではないだろうか。」(飯島訳、九頁)。

キリストがラザロの墓に歩み寄り、「ラザロ、出て来なさい」(一一・四三)と大声で叫ばれます。しかしキルケゴールは、もしキリストがそのように叫ばなかったとしても、「復活であり、命である」(一一・二五)キリストがそこにおられるか、おられないかで決定的に変わってくると言います。さらにこのように続けていきます。

「人間的に言えば死は一切の最後であり、人間的に言えば希望があるのは生命があるあいだだけのことである。けれども、キリスト教的な意味では、…無限に多くの希望が死のなかにあるのである。したがって、キリスト教的な意味では、死でさえも「死にいたる病」ではない。ましてや、地上的な、現世的な、苦悩、困窮、病気、悲惨、艱難、災厄、苦痛、煩悶、憂慮、悲哀と呼ばれるもののすべてが、それでないことは言うまでもない。」(一〇頁)。

キリストがおられなければ、死が一切のものの最後になります。つまり、病は死に至って終わりであるわけです。しかしキリストがおられれば、死のなかにすら希望がある。まして、死以下のすべてのもの、苦悩、病、悲惨などはすべて見方が変わってくると、キルケゴールは言うのです。

キルケゴールは子どもと大人に譬えてこのことを言います。子どもはいろいろなものを恐がります。しかしだんだんと大人になると、子どものときに恐がっていたものを恐がらなくなります。大人は本当に恐るべきものが何であるかを知っているからです。それと同じように、キリスト者も信仰を得ると、本当に恐るべきものを知るのだとキルケゴールは言います。それが「死にいたる病」なのです。

『死にいたる病』の第一部は「死にいたる病とは絶望のことである」となっています。第二部は「絶望は罪である」です。このような二部構成でこの本が書かれています。キルケゴールは、絶望について、主に三種類の絶望を挙げています。ここでそれを長々と説明する時間はありません。ただ一言だけ言うならば、絶望は絶望でも、私たちが普通に考える絶望だけが考えられているわけではありません。自分をまったく見失っている、どうあるべきなのか全く分からない、これももちろん絶望です。

しかしそれだけではなく、逆に自我を張る。自己主張をし続ける。己が主人となる。しかしそれももろくも崩れ去る、おとぎ話のようなものを築いているに過ぎない。それも絶望であるとキルケゴールは言います。キルケゴールの言葉を借りて言うならば、これら三種類の絶望はすべての人間に及んでいる普遍的なものであり、それゆえに人間は罪に堕ちていると言えるのです。

この絶望という病が、死に至る病なのです。人間が自らを救うこともできないし、他の人間が救うこともできません。ここから救われるために、「この病は死にいたらず」「この病は死で終わることがない」と宣言する方がどうしても必要されます。それによってしか救われる道がないのです。キルケゴールが『死にいたる病』という本を、ヨハネによる福音書第一一章の引用から始めた理由がここにあります。キリストこそが死、病、苦悩、それらのゆえに生じる絶望から救い出してくださる救い主なのです。

「この病気は死で終わるものではない」(四節)。終わらないので、当然、言葉が続いていくことになります。「神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」(四節)。「それ」とは何か。病のことです。ラザロの病によって、神が栄光を受ける。神の子である主イエスが栄光を受ける。そう主イエスは言われているのです。

栄光を受けるとは、言い換えると誉れを受けることです。聖書の中には、光を受けるようなイメージで語られることもあります。大胆に言い換えれば、スポットライトのように光が当てられることです。ラザロが病になりました。死にました。その死を、絶望を、主イエスが代わりに引き受けてくださった。主イエスの十字架がそれです。主イエスがラザロに変わって死なれ、絶望を引き受けてくださり、救い主になってくださいました。そのことによって、神が誉れを受ける。スポットライトが当てられるのです。

このことの意味をよく考えてみたいと思います。「ある病人がいた」とこの物語は始まります。ラザロ、マルタ、マリアの名前が入りますが、私たちの名前を入れてもよいわけです。私たちが病を抱える。この病という言葉は、弱さとも訳せます。私たちが病や弱さ、死や絶望を抱える。そこから救ってくださる救い主が、十字架にお架かりになった主イエスです。

この物語は私たち一人一人の救いの物語になります。私たちが救われることによって、神が栄光を受けるのです。主イエスが十字架で死んでまでして、罪人の私たちを救ってくださった。「イエスさまごめんなさい、神さまありがとう」、私たちはそのように言います。このときにスポットライトが当たっているのは、私たちではありません。スポットライトがまばゆいばかりに当たっているのは、主イエスであり、神なのです。

私たちは確かに死を抱えています。病を抱え、罪を抱え、絶望を抱えています。それらの弱さを抱えています。しかしそれらすべてが神の栄光を現すために用いられる。私たちが抱える弱さは弱さのまま終わることはないのです。「この病は死で終わらず」。神の栄光を現すものへとつながっていくのです。