松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2015年11月1日(日)
説教題「一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第10章7〜21節

イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。わたしは羊の門である。わたしより前に来た者は皆、盗人であり、強盗である。しかし、羊は彼らの言うことを聞かなかった。わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。――狼は羊を奪い、また追い散らす。――彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。」
この話をめぐって、ユダヤ人たちの間にまた対立が生じた。多くのユダヤ人は言った。「彼は悪霊に取りつかれて、気が変になっている。なぜ、あなたたちは彼の言うことに耳を貸すのか。」ほかの者たちは言った。「悪霊に取りつかれた者は、こういうことは言えない。悪霊に盲人の目が開けられようか。」

旧約聖書: エゼキエル書34:11~16

昨日は一〇月三一日でありました。私たちプロテスタント教会にとって、一〇月三一日というのは一つの記念日でもあります。ドイツではこの日は国民の祝日でもあります。「宗教改革記念日」として知られている日です。ただ、この呼び方は日本では「宗教改革」として定着してしまいましたけれども、英語では“Reformation of Church”と言いました。教会をリフォーム、つまり改革する。事柄としても、正確に訳した方がよく、「教会改革」と言った方がよいでしょう。

一五一七年のことになります。一〇月三一日、マルティン・ルターがヴィッテンベルクの町の門に、「九五箇条の提題」を掲げた日として知られています。当時のカトリック教会のあり方に対して、ルターとして思うところがあった。そこで、議論のきっかけになればと願い、これを掲げたのです。もちろん、最初から教会を改革して、カトリック教会とは別のプロテスタント教会を建てようと思っていたわけではありません。しかしこの出来事が教会を改革していくきっかけになった。そういう記念日であります。

そのルターは、様々な有名な言葉を残しましたけれども、ルターに由来すると言われているこんな言葉があります。「たとえわたしが明日世界が滅びることを知ったとしても、今日なおわたしはわたしのりんごの苗木を植えるであろう」。心に残る言葉です。

この言葉をめぐって、M.シュレーマンという人が『ルターのりんごの木』という本を出版しました。一九九四年のことになります。今年になり、この本が日本語に翻訳されました(棟据洋訳、教文館)。ルターのこの有名な言葉をめぐり、様々なことが論じられています。

例えば、この本の著者はドイツでアンケートを取りました。主に牧師たちや神学者たちに対してでしょうが、あなたはいったいこのルターの言葉をいつ頃、耳にするようになりましたか。そういうアンケートです。多くの人たちの答えは、一九四五年以降、もしくは一九五〇年代の初め、という答えでした。第二次世界大戦が終わった頃に、盛んに耳にしたり目にしたりするようになったと多くの人たちは言うのです。

もちろん、戦後になってから初めて生まれたというわけではありません。この著者もより詳細に調べ、言葉が出始めたのは戦争中だったと言います。ドイツの教会は、教会闘争と呼ばれる戦いの最中でした。ヒトラー率いるナチス・ドイツが幅を利かせ、教会にも影響力を及ぼします。ヒトラー支持の教会が増える中、明確に反対を示す「告白教会」というグループもできます。当然、迫害を受けます。そういう状況の中で、この言葉が出現するようになったと著者は考えるわけです。

そうなると、この言葉を初めて言ったのはルターではないのか。そこで、ルターの文献を探してみる。しかしその言葉に出会えない。懸賞金まで懸けてみても、誰も明確に見つけることができない。一九五八年のことになります。「牧師新聞」に次のような文章が載ります。「世界の破滅に直面してりんごの苗木を植えるというあまりにもしばしば引用される言葉は、ルターのものではない。あるシュヴァーベンの敬虔主義者が最初にそれを使ったのだ」。結局、この記事に対する明確な反対もありませんでした。どうやら、ルターがはっきりとこの言葉を使ったというわけではなさそうです。

それではシュヴァーベンの敬虔主義とは何か。シュヴァーベンはドイツの南西部にある、どちらかと言うと田舎の地方です。ベンゲルという修道院長がいました。一六八七~一七五二年にかけて生きた人です。この人が、聖書をもとにして何らかの計算をしたのでしょう、主イエスが再び来られる再臨の日が、一八三六年六月一八日と宣言しました。その宣言だけなら、なんでもないような宣言だったかもしれません。

しかしこの日が近づくにつれて、世界の有様が怪しくなってきました。一八世紀の終わりにはフランス革命が起こります。その後もフランスが安定しない中、反キリストの代表者とも言われたナポレオンが登場します。そのナポレオンの戦争がヨーロッパ中に飛び火をする。それに追い打ちをかけるように、大飢饉に見舞われたり、物質的欠乏が激しくなったり、そんな時代でありました。終末が来たらんとしている、そのような思いを人々が抱くような時代だったのです。

そのような中で、シュヴァーベン地方に終末を待ち焦がれる人たちが集まるようになった。これがシュヴァーベンの敬虔主義です。その人たちの中に、ルターのりんごの木と非常によく似た表現が使われました。ただ、第二次世界大戦中に使われた使われ方とはだいぶ違う表現です。第二次世界大戦中は、激しい戦争や迫害によって、「明日世界が滅びる」ということが強調されました。戦争や迫害による滅びです。

しかしシュヴァーベンの敬虔主義は、もちろん反キリストがやって来るという意味でも使われましたが、イエス・キリストがこのような中で再臨してくださるのだ、だから私たちは今日も木を植えようではないか、自分のなすべき務めを忠実にしようではないか、そういう意味合いとして使われたのだそうです。

「たとえわたしが明日世界が滅びることを知ったとしても、今日なおわたしはわたしのりんごの苗木を植えるであろう」。このような言葉は、案外、多くのところにあると言えるのかもしれません。この本を書いた著者は、さらに幅を広げ、古代ローマ帝国のキケロという有名な人が書いた文章の中にも、ほぼ同じような言葉が見られると言います。そうなると、この言葉は明らかにルターが初めて使ったというわけではない。危機の時代において、ルターという非常に権威ある人の名前とこの言葉が結びついたということになります。

しかしこの本はそこでは終わりません。ルターには由来しない、そうだとしても、果たしてこの言葉はルターの考えや神学とは相入れないのか、そのことまで問うのです。ルターは多くの人が聖書を読めるように、ドイツ語に聖書を翻訳しました。それまでは、今の私たちにとって信じられないことかもしれませんが、聖書は自分たちの母国語では読めなかった。古代から教会が大事にしてきたラテン語でしか、聖書は読めなかったのです。

ルターは教会の改革の一つの働きとして、聖書をドイツ語に翻訳をしました。そのルターが翻訳をした詩編第四六編三節が、非常にりんごの木と言葉が似ていると言われます。「それゆえ、わたしたちは恐れない、すぐに世界が滅びようとも、また山々が海の中に沈もうとも」(詩編四六・三)。

あるいは、ルターが作った讃美歌の中にも、りんごの木と似ている表現があります。ルターは音楽の才能にも大変恵まれていた人で、今日もルターの讃美歌を二つ、すでに歌いました。説教の直前に歌った二六七番は、ルターの讃美歌の中でも、最も有名なものと言えるでしょう。三番の前半はこう歌います。「あくま世にみちて、よしおどすとも、かみの真理(まこと)とこそ、わがうちにあれ」。

外国の讃美歌を日本語にするとき、歌うやすいように、日本語の歌詞を少し変えることがあります。しかしルターのもともとの作詞は、こういう意味だったようです。「たとえ世界に悪魔が満ちていて、わたしたちを貪り食おうとしようとも、わたしたちはさほど恐れることはない、それでもわたしたちは必ず勝利する」(『ルターのりんごの木』、一六二~一六三頁)。

こういうルターが生み出した言葉の中に、りんごの木の表現がきちんとあるわけです。ルターは教会を改革した人ですから、当然、様々な反対にも遭うわけです。恐れるように、悪魔が満ちているような、そんな思いに駆られたこともあるでしょう。しかしそのようなときに、「たとえ…でも」と言うことができる。「たとえ世界が滅びようとも」、「たとえ悪魔が世に満ちようとも」。

ルターに限りません、それは私たちも同じです。そこで何をするかです。「わたしは…する」。何をするのか。何よって生きるのか。「恐れずに、りんごの木を植えようではないか」、「恐れることはない。私たちは勝利をするのだから」。そういう言葉が言えるかどうか、ルターと同じように、私たちも問われているのです。

だいぶ長い前置きになりました。本日、私たちに与えられた聖書箇所は、ヨハネによる福音書第一〇章七~二一節です。先週は七~一八節から御言葉を聴きました。主イエスが羊である私たちのために、命を捨ててくださる良い羊飼いであるということを学びました。今週は改めて七節からお読みし、特に一六節、また一九~二一節に触れたいと思っています。

先週の説教をお聴きになられて、あるいは今日の聖書朗読をお聴きになられて、主イエスが羊と羊飼いの譬えを語られていますが、これは決してのどかな牧草の風景だけを思い浮かべるわけにはいきません。主イエスは繰り返し、命を捨てると言われます。羊飼いは羊のために命がけなのです。いや、命を捨ててくださるとまで言われる。ルターの讃美歌の中にあるような「悪魔」という言葉は出てきませんが、盗人、強盗、羊を見捨てて逃げてしまう雇い人、そういう言葉はたくさん出てきます。羊を襲う危険がいくらでもあるわけです。羊飼いが命を落とさなければならないほど、危険があるのです。

特に今日は一六節に集中をしたいと思います。「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。」(一六節)。

この一六節の言葉は、この前後の言葉と比べて、少し異彩を放つ言葉であるかもしれません。前の一五節でも、後ろの一七節でも、羊飼いが命を捨てるということが語られていますが、一六節にはそれらしい言葉は表面的には見られません。しかし羊飼いにとって、囲いの外側に行くこと、そして外から羊を見つけ出すこと、一つの群れに導いていくこと、これは命がけかもしれません。いや、本当に命がけだったからこそ、この文脈の中に置かれたと言えるでしょう。

囲いという言葉があり、中にいる羊と外にいる羊がいると言われています。聖書のことを解説してくれる注解書を読みますと、この中と外は、例えば教会の中と外のことであると書かれていたり、中の羊と外の羊は、ユダヤ人と異邦人を表しているというようなことが書かれています。

ヨハネによる福音書第一一章に、やがて御言葉を聴くことになりますが、ラザロの話が記されています。ラザロが病で死んでしまい、姉妹であったマリアとマルタが泣き悲しんでいる。主イエスがラザロのところに赴き、ラザロを蘇らせます。その出来事の直後、このようなことが記されています。少し長い引用になりますが、第一一章四五節から五二節までをお読みします。

「マリアのところに来て、イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。しかし、中には、ファリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。そこで、祭司長たちとファリサイ派の人々は最高法院を召集して言った。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。」彼らの中の一人で、その年の大祭司であったカイアファが言った。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。」(一一・四五~五二)。

ラザロの復活で、多くの人が主イエスを信じるようになる。そうなるとローマ帝国の軍隊がやって来て、我々みんなが滅ぼされてしまう。そういう声があがる中、大祭司であったカイアファという人が、一人が死んで、国民が滅びない方が良いではないかと言います。つまり、主イエスを犠牲にすれば、我々は助かると言ったのです。カイアファはそういう意味で言ったのです。

ところが、実はこの何気ないカイアファの言葉に、さらに深い意味が込められていたと言うのです。「これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と言ったのである。」(五一~五二節)。

主イエスが十字架で犠牲になる、それは単にイスラエルの人たちを救うだけでなく、「散らされている神の子たち」をも救うことになる。一つに集めることになる。カイアファも知らなかったそういう深い意味が込められていたのだと、ヨハネによる福音書を書いた人は、言うのであります。つまり、主イエスの十字架での死は、囲いの内側だけのためではない。囲いの外側にも、すべてのところに及ぶと言うのです。

再び一六節に戻りたいと思います。ある説教者が、一六節の語順がとても大事であると言っています。私もそう思います。まず、この言葉で始まります。「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる」。そういう羊がいるということがまず語られます。囲いに入ったから私の羊、囲いに入っていないから私の羊ではない、そういうことではないのです。囲いの内外にかかわらず、私の羊がいる、そう言われるのです。

続いて、「その羊をも導かなければならない」と主イエスは言われます。良い羊飼いは囲いの外へと出かけて行きます。そして、「その羊もわたしの声を聞き分ける」。外の羊も主イエスについて来て、囲いの中に入って行きます。最終的に、「こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる」。こういう順番なわけです。内にも外にも、主イエスの声を聞き分ける羊がいる、それがすべての出発点です。聞き分ける羊は一人の羊飼いのもとで一つになる。それ以外のところでは、分裂をしてしまうのです。

実際に今日の聖書箇所の一九~二一節のところでは、ユダヤ人たちが分裂してしまっています。「彼は悪霊に取りつかれて、気が変になっている。なぜ、あなたたちは彼の言うことに耳を貸すのか。」(二〇節)と言う者もいれば、「悪霊に取りつかれた者は、こういうことは言えない。悪霊に盲人の目が開けられようか。」(二一節)と言う者もいたのです。

来週の聖書箇所になりますが、別のユダヤ人たちに対して、二六節のところで主イエスはこう言われています。「しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。」(二六節)。主イエスの羊ではないために、御声を聞き分けることができないのです。主イエスの羊であれば、主イエスの御声についていく、従っていく。主イエスの羊であるかどうかが分かれ目なのです。

ルターも偉大な人物として知られていますが、ルターもまた主イエスの御声を聞き分けた人です。ルターは、りんごの木の言葉がルターにかぶせられた、それほど偉大な人です。ドイツ語の翻訳聖書も作りました。教会を改革した。結果的に、カトリック教会とプロテスタント教会ができることになりました。プロテスタント教会はさらに多くのグループを生み出しましたから、もっと多くの複数の群れになってしまった。そんな評価もあるかもしれません。

しかしルターの改革運動をきっかけにして、様々な改革が起こりました。プロテスタント教会だけではありません。カトリック教会も、対抗宗教改革などと言われていますが、教会を改革する運動が起こった。どの教会も、主イエスの言葉をきちんと聴こう。主イエスの御声に従おう。主イエスの羊として歩もう。そう考えたのです。

一五一七年一〇月三一日、ルターが町の門に掲げた「九五箇条の提題」の最初にこうあります。「一.私たちの主であり師であるイエス・キリストが、「悔い改めなさい…」と言われたとき、彼は信じる者の全生涯が悔い改めであることをお望みになったのである」。ルターは何よりもキリストの御声を聴いた人です。聴いて聖書の伝える原点に戻ろうとした人です。主イエスは悔い改めよと言われている。もう少し補って言うならば、悔い改めて、罪赦されて、私の羊として生きよ。生涯にわたってそのように生きよと言われるのです。

私たちも迷える羊でありました。囲いの外にいた羊です。神から離れ、迷える羊になり、傷つき、罪を抱えた羊でありました。その傷が癒されるように、羊飼い自らが命を投げ出し、傷を負ってくださったのであります。