松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2014年10月5日(日)
説教題「キリストとの出会い」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: ヨハネによる福音書 第1章35〜42節

その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。

旧約聖書: サムエル記上 第16章1~13節

「何を求めているのか」(三八節)。主イエス・キリストが言われた言葉です。私たちは教会に来て、礼拝を献げています。教会に来るからには、何か求めているものが必ずあるはずです。もしかしたら、何も思い当たるものがないという方もあるかもしれません。しかし実は自分が求めているものが必ずあるはずです。それを探し出していただきたいと思います。ここでないと絶対に手に入ることのないものが、ここにはあるのです。

「何を求めているのか」(三八節)。これは、ヨハネによる福音書で主イエスの第一声です。主イエスの言葉が赤字になっている聖書もあります。その赤字がヨハネによる福音書で最初に現れるのが、この箇所になります。それぞれの福音書では、やはり主イエスの第一声に力が込めて書かれているといます。福音書を最初に書いた著者たちも、主イエスの第一声を書く際に、筆を持っている手に、いつにも増して力が加えられたと思います。

ヨハネによる福音書では、先週の聖書箇所のところに、すでに主イエスが登場していました。「その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。」(一・二九)。しかしこのときはまだ主イエスは何も語られていません。今日の箇所になって初めて主イエスが口を開く。「何を求めているのか」(三八節)。私たちから尋ねるのではなく、主イエスの側から聞いてくださるのです。

私たちはいろいろなものを求めます。主イエスがこのように聞いてくださるのですから、私たちは何を求めてもよいわけです。御嶽山の噴火に心を痛めておられる方も多いと思います。天気の良い、紅葉の盛りの週末、土曜日のお昼の時間帯でした。多くの人が絶景を見ながら、お弁当を広げて食べようとしたその時に、噴火が起こりました。なぜあのタイミングだったのか。そんな問いを抱いておられる方も多いと思います。そのことを尋ねてもよい。

あるいは自分自身が抱えている問題、悩み、苦しみなどを問うてもよい。人間関係や家族のことでもよい。主イエスがこのように聞いてくださるわけですから、何でも私たちは尋ねてよいのです。弟子たちも尋ねました。「どこに泊まっておられるのですか。」(三八節)。そうすると主イエスはお答えになります。「来なさい、そうすれば分かる。」(三九節)。

主イエスは自分のところに来なさい、と言われました。考えてみると、とても不思議な言葉だと思います。私について来いと言われるわけです。問いの答えが自分のところにある、その確信がないとなかなか言えない言葉だと思います。

自分のところに来なさいということで、私たちがすぐに思い起こすのは、マタイによる福音書第一一章二八節の言葉です。今日はこの後、聖餐が行われます。招きの言葉としても必ず読まれる言葉です。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ一一・二八)。愛唱されている方も多いと思いますが、多くの人の心を捉える言葉です。

この言葉に捉えられた一人の人をご紹介したいと思います。九月の初め頃になりますが、東海教区の伝道協議会が行われました。そこに講師として、姫路福音教会の川﨑善三先生という方をお招きしました。この先生は、「活水の群」というホーリネスの流れを汲むグループの理事長もされている方です。姫路福音教会も、またこの辺りでは飯田入舟教会と飯田知久町教会がその流れの中にある教会です。

この「活水の群」の創設者であるのが、柘植不知人という先生です。私はあまり詳しくこの先生のことを知らなかったのですが、伝道協議会のときに『ペンテコステの前後』という本を買いました。「柘植不知人先生自叙伝」というサブタイトルが付けられていますが、この先生の生涯のことが綴られた本です。

その本の中に、柘植不知人先生が救われたときの出来事を、ご本人がこのように綴っています。「私が救われたときは、大正二年(一九一三年)九月二十一日の午後十時でした。妹を尋ねて神戸の新開地通りを歩いているとき、マタイによる福音書一一章二八節の聖句が書かれた看板を見つけたのです。そのとき、私の心を引いたのは、「我に来れ」(わたしのもとにきなさい)という言葉でした。注意して読んでみると、キリスト教の伝道集会でした。私は、釈迦も孔子も道は説いたが、「我に来れ」とは言わなかった、さすがはキリストだ、大胆なことを言うものだな、と感じました。

そして、ひとつ聞いてみようと思い、天幕の会場に入り、忘れもしません、前から六脚目のベンチに腰をかけました。これまでの私は、この世のあらゆる苦痛を味わい、そのため宗教的に安心立命を求めてきましたので、宗教についてはかなりの素養を持っていました。ですから、もし説教者が、自分の知っている真宗より劣ったことでも言ったら、議論のひとつでもしてやろうと尊大に構えていました。」(三〇~三一頁)。

この後の展開をあまり詳しくお話しする時間はありませんが、このときの説教者が語ったのは、第一に神の存在、第二に人間に罪があること、第三に罪の赦しと救いについてであったようです。柘植不知人はこの話に心を打たれて、すぐにその場で決心をして、洗礼を受けて、その後は伝道者として歩み始め、「活水の群」という教会のグループができたのです。

「我に来れ」。この言葉に心惹かれるものを感じた人は多いでしょう。本日、私たちに与えられた聖書箇所の言葉も、これとほぼ同じです。「来なさい。そうすれば分かる。」(三九節)。主イエスがご自分の方へ来なさいと言っておられるのです。キリストとの出会いがこのようにして与えられました。

二人の弟子たちは、「何を求めているのか」(三八節)という問いに対して、「どこに泊まっておられるのですか」(三八節)と尋ねました。なぜそのようなことを尋ねたのでしょうか。はっきりとその理由は書かれていませんが、三九節後半にこうあります。「そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。」(三九節)。主イエスが泊まっている場所を知っただけではなく、その場所に一緒に泊まった。もっとたくさんの話を聴きたい、二人の弟子たちはそう思ったのだと思います。

この箇所に関して、改革者のカルヴァンがこのような注解を書いています。「この時間の状況から、わたしたちはこう結論することができる。このふたりの弟子は、キリストの教えをさらに聞き、もっとよく知ろうとするはげしい熱情にかられていたので、その晩どこに泊まるかという心配はしていなかったのである、と。わたしたちは大部分、およそかれらとは似ていない。それというのも、一日のばしにのばしてばかりいて、キリストについて行く決心もいっこうにつかないからである。」(『ヨハネ福音書注解』、五三頁)。

確かにカルヴァンの言う通りかもしれません。私たちは主イエスの泊まっているところを知り、そこへ押しかけて、主イエスのところに泊まるでしょうか。この「泊まる」という言葉ですが、ヨハネによる福音書の中で、あるいは新約聖書全体と言ってもよいのですが、重要な言葉です。例えば、ヨハネによる福音書第一五章に、ぶどうの木の話が出てきます。主イエスがぶどうの木であり、私たちが木につながっている枝であることが語られる。主イエスはこう言われます。「わたしにつながっていなさい」(一五・四)。「泊まる」と同じ言葉です。つながっている、留まるという意味のある言葉なのです。

二人の弟子たちが主イエスの泊まっているところへ行きました。しかしそれは昔話ではありません。柘植不知人が「我に来れ」という言葉に惹かれて天幕へ入っていった。そして私たちが何らかのことをきっかけにして、教会の中へ入っていった。一晩中、主イエスのところに留まった二人の弟子たちと同じことが、私たちにも起こっているのです。私たちも主イエスのところで、たくさんの話を聴くのです。

主イエスから話を聴いていくうちに、聴いている者たちに変化が起こります。私たちも教会で御言葉を聴き続けるうちに、少しずつ変えられていきます。信仰を持たぬ者から信仰を持つ者へと変えられます。柘植不知人もそうでした。そしてここに出てくる弟子たちのそうだったのです。

二人の弟子たちは、最初、主イエスのことを「ラビ」と呼びました。「ラビ‐『先生』という意味‐どこに泊まっておられるのですか」(三八節)。それが四一節では、「メシア」と変わっています。「わたしたちはメシア‐『油を注がれた者』という意味‐に出会った」(四一節)。

ラビとメシア。いずれにも、きちんと説明が加えられています。これはこの福音書を書いた著者自身が記した説明です。ラビというのは、先生という意味です。ヨハネによる福音書でも何度か、ラビという呼び方が出てきます。主イエスの弟子たちが、何らかの質問をする際に、ラビという呼びかけをしています。あるいは、主イエスのところにこっそりとやってきた議員のニコデモも、ラビと呼びかけています。主イエスから教えを請う思いがあったのでしょう。

それに対して、キリストとは、油注がれた者という意味です。本日、私たちに合わせて与えられたサムエル記上の箇所にも、油注ぎの話が記されています。「エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。サムエルは立ってラマに帰った。」(サムエル上一六・一二~一三)。

このとき、イスラエルの王にはサウルという人が立てられていました。この人も油を注がれて王として任職された人です。しかしサウルが斥けられて、次の王としてダビデが王に立てられることになり、このとき油注ぎがなされているのです。このようにイスラエルでは、王となる人に、また祭司となる人に、預言者となる人に、油注ぎの任職式が行われたことがあるのです。

このメシアという言葉が、ギリシア語になり「キリスト」、油注がれた者になりました。来週の聖書箇所になりますが、四九節のところに「ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」」(四九節)とあります。イエスというお方は、まことの王であり、まことの祭司であり、まことの預言者である。だからこそ救い主である。そういう意味が込められているのです。

二人の弟子たちは最初「ラビ」と言っていましたが、一晩中、主イエスから話を聴くことによって、このお方が単なる「ラビ」ではなく、「メシア」「キリスト」「救い主」だと分かった。そのように変えられていったのです。

このようにして、キリストと出会い、キリストのところに宿り、キリストを救い主と知るように至った弟子たちです。柘植不知人も、紆余曲折を経て、「我に来れ」という看板に出会い、説教者に出会い、キリストを知って信じるに至った。私たちもそうです。何らかのきっかけがあって、教会に来てキリストを知り、信じるようになった。何の前触れもなく、私たちはキリストに出会ったように思っているかもしれません。しかし本当にそうでしょうか。私たちにいろいろな導きがあり、私たちの前にキリストを知っている者たちがいて、その人たちを通して、私たちはキリストに出会ったのです。

今日の箇所には二人の弟子たちが出てきます。一人はアンデレという名前です。もう一人は無名の弟子です。ヨハネによる福音書を読み進めて行くと気が付くことですが、無名の弟子がいることが分かります。「イエスの愛しておられた弟子」という表現も出てきます。やはり名無しです。これがヨハネではないかと考えられています。

今日は特にアンデレに注目してみたいと思います。主イエスの弟子の一人であり、ヨハネによる福音書の中で、三回登場している人物です。今日の箇所がまずその一つです。兄弟であるペトロを主イエスのところに連れて来る役割をしています。二回目は、第六章八~九節です。「弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」」(六・八~九)。このときもアンデレは一人の少年を主イエスのところに連れて行っている。

三回目は、第一二章二二節です。二〇節からお読みしたいと思います。「さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポは行って、イエスに話した。」(一二・二〇~二二)。このときもまたアンデレは主イエスのところにギリシア人を連れて行っているのです。

この三つの箇所に一貫しているアンデレとは、人を主イエスのところに連れて行った人として描かれていることです。アンデレは人を主イエスのところへ導くのが上手な人だったのです。

私たちが主イエスを信じ、洗礼を受けるとき、周りの方々の影響も大きいと思います。牧師と接するわけですが、接するのは牧師だけではありません。周りの方々と接し、話を聴いたり、それこそ連れて来られたりします。

ペトロはアンデレに連れて来られました。キリストに出会った。そして出会って、キリストから岩というニックネームをいただきました。シモンは本名、ペトロはギリシア語で岩、ケファもアラム語で岩です。ペトロも突然、キリストに出会ったようではありますが、突然ではないのです。出会いが少しずつ備えられたのです。

ペトロもそうですが、考えてみるとアンデレもまたそうでした。アンデレは洗礼者ヨハネの弟子でした。洗礼者ヨハネがまず主イエスのことを知り、そしてアンデレが知り、ペトロが知った。洗礼者ヨハネ、アンデレ、ペトロという流れがあるのです。

「見よ、神の子羊だ」(三六節)と洗礼者ヨハネは言っています。それを聞いて、アンデレは主イエスの弟子になりました。自分の師匠を、洗礼者ヨハネから主イエスに鞍替えしたとも言えます。しかしアンデレが洗礼者ヨハネを見限って鞍替えをしたというわけではないでしょう。おそらく洗礼者ヨハネ自身がアンデレたちに勧めたのだと思います。あなたたちはもう本物の救い主に出会った。だからいつまでも私について来る必要はない。あなたがたがついて行くべきなのはあのお方だ。そう勧めたのだと思います。

「何を求めているのか」(三八節)、このお方はそのように私たちに聞いてくださいます。私たちが何らかのものを求める。そうするとこの方は「我に来れ」、自分のところに来なさいと言われる。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。」(マタイ一一・二八)と言ってくださる。

私たちはどうしても背負いこんでしまう重荷があります。私たちに重くのしかかってくる問いを抱えています。その私たちの重荷のすべてを代わりに背負ってくださり、この方が十字架に架かってくださった。このお方がイエス・キリストです。このお方が私たちの救い主です。「来なさい。そうすれば分かる」(三八節)。その行く先にあった答えが、この答えだったのです。