松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2017年9月3日(日)
説教題「失われない誇り」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: コリントの信徒への手紙二 第7章2~4節

わたしたちに心を開いてください。わたしたちはだれにも不義を行わず、だれをも破滅させず、だれからもだまし取ったりしませんでした。あなたがたを、責めるつもりで、こう言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたはわたしたちの心の中にいて、わたしたちと生死を共にしているのです。わたしはあなたがたに厚い信頼を寄せており、あなたがたについて大いに誇っています。わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。

旧約聖書: イザヤ書60:14~16

コリントの信徒への手紙二から、御言葉を聴き続けてきました。本日、私たちに与えられた聖書箇所は、第七章の箇所になります。コリントの信徒への手紙二は第一三章までありますから、半分ほどが過ぎたところにいるということになります。ここまで半年ほどかかりましたが、残りの箇所を半年で御言葉を聴きたいと願っています。

今までの説教で申し上げてきたことですけれども、この手紙は複雑な構造を持っているところがあります。手紙を書いたパウロは、おそらく何度か書き直しをしたのだと思います。書き直しをする際に、途中を割るようにして、間に別の内容を挿入していったところがあります。

来週の聖書箇所になりますが、来週の第七章五節からの箇所は、第二章一三節からの続きの箇所であると言われています。だいぶ前の箇所になりますが、第二章の箇所と、第七章五節からの箇所をつなげて読むと、すっきりとつながることが分かります。そのように読んでみたいと思います。

「わたしは、キリストの福音を伝えるためにトロアスに行ったとき、主によってわたしのために門が開かれていましたが、兄弟テトスに会えなかったので、不安の心を抱いたまま人々に別れを告げて、マケドニア州に出発しました。」(二・一二~一三)、「マケドニア州に着いたとき、わたしたちの身には全く安らぎがなく、ことごとに苦しんでいました。外には戦い、内には恐れがあったのです。しかし、気落ちした者を力づけてくださる神は、テトスの到着によってわたしたちを慰めてくださいました。」(七・五~六)。

話の流れとしては明らかで、パウロが関係のぎくしゃくしてしまったコリント教会の様子を知りたいと思い、テトスを遣わしていました。ところが、テトスに会えると思っていたところ、会うことができなかった。コリント教会の様子が分からないわけです。不安の心を抱いたままだった。そして第七章に入り、テトスの到着によって、コリント教会の様子を知ることができ、不安が吹き飛んだ。第二章から第七章まで、そういう流れがあるのです。

今日の聖書箇所は、第七章四節までですが、まだテトスと再開ができていない状況です。第七章五節のところでようやく再開できるわけです。この段階では、コリント教会の様子が分からず、まだパウロの心は不安だったわけです。その不安の中で、第二章から第七章までの長い内容を書いていったのです。

今日の聖書箇所には、心を広くするとか、誇りにするとか、そういうことも書かれています。前向きで力強さを感じるような言葉です。しかしパウロの心の奥底は不安だった。だけれども、たとえ不安の中に置かれていたとしても、パウロが抱いていた確信があった。そのような聖書箇所になります。

今日の聖書箇所は、第七章二節から四節までの短い箇所でありますけれども、第六章の終わりの箇所からの続きの内容です。先ほどの手紙の構造に加えて、さらに複雑なことを申し上げるようで恐縮ですが、第六章の終わりのところと、今日の聖書箇所を読むと、すっきりつながるのです。

「コリントの人たち、わたしたちはあなたがたに率直に語り、心を広く開きました。わたしたちはあなたがたを広い心で受け入れていますが、あなたがたは自分で心を狭くしています。子供たちに語るようにわたしは言いますが、あなたがたも同じように心を広くしてください。」(六・一一~一三)。「わたしたちに心を開いてください。わたしたちはだれにも不義を行わず、だれをも破滅させず、だれからもだまし取ったりしませんでした。」(七・二)。

心を広くする、狭くするという内容でつながっていることが分かります。「心」という言葉がたくさん使われています。元の言葉では、一般的な「心」を表す言葉も使われていますが、感情を表す最も深い部分の「心」という言葉も使われています。「はらわた」と言った方がよいかもしれません。「腹を割って話をする」などという言葉もありますが、まさにパウロはコリント教会の人たちに、心を開こうではないか、腹を割って話そうではないかと呼びかけているのです。

二節のところで語られている言葉を、反対側から考えてみますと、パウロはこのような非難を実際に受けていたということでしょう。コリント教会の一部の人たちから、パウロたちは不義を行っているとか、誰かを破滅させているとか、誰かからだまし取っているとか、そういう非難を受けていたのだと思います。破滅させるというのもすごい言葉ですが、実際にそのように非難されていたのを、このように弁明しているのです。決してそんなことはしていない、と。

普通なら、このような非難を受けるとどうなるでしょうか。人間は弱い者です。自分に対する批判に寛大であることはなかなかできません。普通なら、すぐに頑なになってしまいます。今日の聖書箇所の言葉で言うならば、心を狭くしてしまいます。最初は些細な非難だったのかもしれませんが、頑なになり、心が狭く、関係がさらに悪化してしまう。それが常だと思います。

ところがパウロはそれとは逆のことを言うのです。パウロ自身も自分はこころを広くしていると言う。あなたがたも私のようにぜひ心を広くしてほしい、そう言うのです。テトスがまだ帰ってくる前で、コリント教会の様子が分からなかったわけですが、パウロはそういうスタンスだったのです。実は、これが関係を回復する決め手となりました。

「わたしたちに心を開いてください」(二節)とあります。第六章一一~一三節にも同じような言葉があります。英語で、この言葉を読んでみますと、たいていの英語の聖書では ”make room for us” と書かれています。”room”というのは部屋ということですが、私たちのために場所をあけて欲しい、私たちのための余地をあけて欲しいということです。

心を広くするとはそういうことです。私たちの心の部屋に、相手のための場所があるかどうかが問われているのです。ある人が、パウロがコリント教会に対して手紙で訴えたいことは、これに尽きるとさえ言っています。

パウロの心の中にはコリント教会の人たちがいるわけですが、三節のところにこうあります。「あなたがたを、責めるつもりで、こう言っているのではありません。前にも言ったように、あなたがたはわたしたちの心の中にいて、わたしたちと生死を共にしているのです。」(三節)。「生死を共にしている」という言葉までありますが、パウロの思いとしては、不安の中であっても、いつもコリント教会の人たちを心に覚えていたということになります。

「生死を共にする」という言葉ですが、日本語では「生死」ですから、生きる、死ぬという順番でその言葉が出てきます。ところが元の言葉では、共に死んで、共に生きるとなっています。日本語とは順番が逆なのです。ある人がこのことを解説してこう言っています。死んで生きるという順番になっているのは、キリストと共に死んで、そしてキリストと共に新しい命に生きるからだ。そういう信仰がここに表されていると言うのです。

その通りだと思います。パウロがコリント教会の人たちと、関係がぎくしゃくしながらも、心の中に入れることができたのは、執り成しの祈りをし、手紙を書くことができたのは、コリント教会の人たちをそのように見ていたからです。キリストの死と復活により自分と同じ命が与えられている人たちと見ていたからです。パウロにはその確信があったのです。

教会では執り成しの祈りをします。水曜日と木曜日に祈りの会がありますが、讃美歌を歌い、聖書を読み、奨励がなされ、皆で祈ります。何を祈っているのか。いろいろな祈りがもちろんありますが、おそらく最もよく祈られている祈りは、教会のための祈りであり、隣人のための祈りです。自分のことというよりは、人のための祈り、執り成しの祈りです。執り成しの祈りは、隣人のために心の余地がないとできない祈りです。私たちの思いを広げ、隣人を覚え、祈りをしていきます。パウロもコリント教会へ手紙を書くだけではなく、日々、祈りに覚えていたことと思います。

パウロの心の中にあったコリント教会の人たちとは、今は関係がぎくしゃくしている中でした。今はまだ和解ができていない状況でした。そういう人たちが心の中にいた。単に不安だったというわけではありません。そういう人たちであったとしても、必ず和解することができると信じていた。それがパウロの抱いていた確信だったのです。

それにしてもなぜパウロはそこまで確信することができたのでしょうか。四節にこうあります。「わたしはあなたがたに厚い信頼を寄せており、あなたがたについて大いに誇っています。わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。」(四節)。

ここに「誇り」という言葉が出てきます。誇りとは何でしょうか。人間が抱いているような誇りのほとんどは、ほとんどが消えてなくなるものだと言ってもよいでしょう。たとえずっと持っていると思えるような誇りでも、人間の死後にまで持って行くことはできません。

パウロも誇りという言葉をよく使います。同じ第七章の箇所ですが、一四節にこうあります。「わたしはあなたがたのことをテトスに少し誇りましたが、そのことで恥をかかずに済みました。それどころか、わたしたちはあなたがたにすべて真実を語ったように、テトスの前で誇ったことも真実となったのです。」(七・一四)。「少し誇った」という面白い表現が出てきますが、結果的にパウロが誇った通りになったという結果も記されています。

いろいろな誇りが語られているようですが、最終的にパウロが言いたい誇りとは何なのか。コリントの信徒への手紙一でも二でも、共通の言葉が出てきます。それは、「誇る者は主を誇れ」(Ⅰコリント一・三一、Ⅱコリント一〇・一七)という言葉です。結局、聖書で語られている誇りは、主キリストを誇ることへとつながるのです。それがキリスト者の誇りです。

コリントの信徒への手紙一と二では、実は誇りの問題が多く出てきます。コリント教会の人たちが誇っていたのは、人間的な誇りです。例えば、自分たちが知識を持っている。そのことを誇る。知識を持っていない人を見下したり、知識があるから何をしても自由だと勘違いしたり、そういう問題がたくさん起こっていたのです。人間の誇りというのは、しばしばこのような問題を引き起すものです。

パウロはそういうコリント教会の人たちに、人間的な誇りを誇るのではなく、キリスト者は主イエスを誇ろうと言うのです。簡単に言ってしまえば、人間の誰かがすごいね、と言うのではなく、イエスさまってすごいね、と言うことです。そのように主イエスを誇ることができる。それがキリスト者の誇りです。

パウロはコリント教会の初代牧師でした。今は離れていますが、コリント教会の人たちを誇ったと言っています。それもキリストへの誇りへとつながっていくのです。私もパウロと同じように、牧師として、教会を誇る、教会員を誇るということができます。

来週、教会設立九三周年の記念の礼拝を行います。三年前、九〇周年のときに、松本東教会のかつての牧師たちに、『おとずれ』に文章を寄せていただきました。その文章の中で、「松本東教会は、私たちの誇りです」というタイトルで寄せてくださった文章があります。そこでははっきりと、松本東教会が今でも自分の誇りだし、新たに赴任した教会も、そこに御言葉を聴く群れがあり、仲間たちに支えられ、自分の誇りの教会となった、というようなことが書かれています。

その誇りは、人間から生まれていった誇りではありません。自分がこんな立派な教会を作った、自分で自分を誇るようなことではないのです。そうではなく、ここで共に御言葉を聴き、共に祈り合い、共に生かされている、神がこの教会を建ててくださっている、その誇りです。イエスさまってすごいね、という誇りです。

それがキリスト者の誇りです。牧師だけではありません。すべてのキリスト者が言えることです。教会を誇ることができる。教会員を誇ることができる。牧師を誇ることができる。それらの誇りというのは、すべて主イエス・キリストを誇る誇りへとつながっていくものなのです。

今日は歌いませんが、讃美歌一四二番は主イエスの受難の讃美歌ですが、一番と二番はこのように歌います。「さかえの主イエスの、十字架をあおげば、世のとみほまれは、塵にぞひとしき」、「十字架のほかには、ほこりはあらざれ、この世のものみな、消えなば消えされ」。

主イエスの十字架のみが誇りであり、他のものは無に等しい、そうはっきりと歌います。この讃美歌の歌詞は、もちろん聖書がもとになっていますが、同じパウロが書いたガラテヤの信徒への手紙にこうあります。「しかし、このわたしたちには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」(ガラテヤ六・一四)。

パウロがこう断言しているほど、教会のどの場面を切り取ったとしても、キリストの誇りが出てきます。今、このように御言葉を聴いている時も、祈りの会で執り成しの祈りをしている時も、教会堂という場所を離れて一人でいる時にも、キリストを誇る誇りに溢れているのです。イエスさまってすごいね、という誇りに生きることができるのです。