松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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2017年12月10日(日)
説教題「自分の領分を知ろう」

説教者 本城仰太 牧師

新約聖書: コリントの信徒への手紙二 第10章12~17節

わたしたちは、自己推薦する者たちと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。彼らは仲間どうしで評価し合い、比較し合っていますが、愚かなことです。わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る、つまり、あなたがたのところまで行ったということで誇るのです。わたしたちは、あなたがたのところまでは行かなかったかのように、限度を超えようとしているのではありません。実際、わたしたちはキリストの福音を携えてだれよりも先にあなたがたのもとを訪れたのです。わたしたちは、他人の労苦の結果を限度を超えて誇るようなことはしません。ただ、わたしたちが希望しているのは、あなたがたの信仰が成長し、あなたがたの間でわたしたちの働きが定められた範囲内でますます増大すること、あなたがたを越えた他の地域にまで福音が告げ知らされるようになること、わたしたちが他の人々の領域で成し遂げられた活動を誇らないことです。「誇る者は主を誇れ。」自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです。

旧約聖書: ヨブ記42:1~6

皆さまは「橋頭堡」という言葉をご存知でしょうか。最近、私が学んだ説教の中で使われていた言葉です。あまり馴染みのない言葉と言ってよいでしょう。「橋」に、「頭」に、「保つ」という字の下に「土」という漢字を書いて「橋頭堡」と読みます。

これは軍事的な用語です。川を挟んで、味方と敵に分かれて戦いがなされています。川のこちら側が味方の陣地、川の向こう側が敵の陣地です。川には橋が架かっています。どのようにしたら勝利を収めることができるでしょうか。川を渡った敵陣に攻め込まなくてはなりません。しかしやみくもに攻め込んでも勝ち目はないでしょう。

そこでどうするか。川の向こう側の敵陣に、まずは「橋頭堡」と呼ばれる場所を作ります。「橋頭堡」の「堡」の字は、土や石で築いた小さな城、という意味があります。橋を渡った敵陣の中に、そのような場所を作るのです。小さな拠点です。そしてそれを足掛かりにして、敵陣の中に自分の陣地を広げていく。その結果、勝利へとつながっていくのです。勝利のために、「橋頭堡」を作り、それを広げていくことが鍵になるのです。

これは単に、戦いの時だけの話ではありません。例えばビジネスの世界でも、こういう話がなされることがあります。最初に小さな足がかりを作っていく。お客さんになりそうな人と、挨拶をしたり、名刺交換をしたり、そのような足がかりとなる「橋頭堡」を作っていくのです。そしてお付き合いを始め、小さな契約を取っていく。そのようにして陣地を広げ、最終的に大きな契約を勝ち取っていく。最初にいかに「橋頭堡」を作り、そこから広げていくかが鍵になるのです。

もっと話を広げたいと思います。神がこの世の中に「橋頭堡」を築いてくださいました。罪深い世の中です。天におられる神にとっては、この地上は神に敵対し、まるで敵陣のようなものです。しかしこの敵陣に攻め込んで勝利を収めるために、神は「橋頭堡」を築いてくださいました。それが、教会です。

本日、私たちに与えられたコリントの信徒への手紙二を書いたパウロもまた、敵陣に攻め込んでいきました。ギリシアのコリントの地へ、誰よりも早く一番に橋を渡って、敵陣に「橋頭堡」を築きあげました。それがコリント教会です。これはパウロにとって、誇りでありました。もちろん人に自慢するような誇りではなく、神がそのように私を用いてくださった、そのような誇りです。

パウロは「橋頭堡」である教会を建て、それを広げていく戦いをしていました。本日の聖書箇所の一五~一六節にこうあります。「わたしたちは、他人の労苦の結果を限度を超えて誇るようなことはしません。ただ、わたしたちが希望しているのは、あなたがたの信仰が成長し、あなたがたの間でわたしたちの働きが定められた範囲内でますます増大すること、あなたがたを越えた他の地域にまで福音が告げ知らされるようになること、わたしたちが他の人々の領域で成し遂げられた活動を誇らないことです。」(一五~一六節)。

ここでパウロが語っているのは、パウロの定められた働きの範囲内での働きが大きくなり、さらにその範囲が広がり、福音が広がっていくことが語られています。まさに「橋頭堡」をより堅固にして、さらに陣地を広げていく戦いのことです。

本日、私たちに与えられた聖書箇所には、この戦いのことと共に、誇りのことが関係してきます。先週、私たちに与えられた聖書箇所の八節のところにこうあります。「あなたがたを打ち倒すためではなく、造り上げるために主がわたしたちに授けてくださった権威について、わたしがいささか誇りすぎたとしても、恥にはならないでしょう。」(八節)。パウロは「いささか誇りすぎた」と言っています。いったい何を誇ったのでしょうか。

コリント教会の中で、何らかの内輪争いのようなものが起こっていたようです。それは、一二節のところを読めばわかります。「わたしたちは、自己推薦する者たちと自分を同列に置いたり、比較したりしようなどとは思いません。彼らは仲間どうしで評価し合い、比較し合っていますが、愚かなことです。」(一二節)。

パウロはそういうスタンスではないと言います。一三~一四節にかけてこうあります。「わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る、つまり、あなたがたのところまで行ったということで誇るのです。わたしたちは、あなたがたのところまでは行かなかったかのように、限度を超えようとしているのではありません。実際、わたしたちはキリストの福音を携えてだれよりも先にあなたがたのもとを訪れたのです。」(一三~一四節)。

パウロの誇りは、コリントに福音を携えて行ったことです。しかも誰よりも先にコリントへ行ったことです。神がそうなさったからです。パウロの誇りもそこにありました。別の地域のことを誇っているわけではありません。実際、パウロはこの後、ローマ教会に宛てて手紙を書いています。それがローマの信徒への手紙です。

パウロはまだローマには行ったことがありませんでした。それゆえに、今日の聖書箇所に見られるような誇りは、ローマの信徒への手紙では語られていません。この時点では、まだパウロの範囲外だったからです。神が与えてくださった範囲内で誇る、それが大事なことです。

一三節のところに、「神が割り当ててくださった範囲内で誇る」という言葉があります。ここで使われている「範囲」という言葉は、聖書の元の言葉では「カノン」(あるいは「キャノン」)という言葉です。この言葉は、もともと「物差し」、「基準」という意味です。何かを測るとお気に、物差しの基準と照らし合わせてどうかということを判断します。

やがてこの言葉は、聖書の「正典」という言葉になりました。聖書というものは、バラバラに出来上がったいろいろな書物がまとめられて収められています。今、バラバラと申し上げましたが、それらの書物を書いた人たちは、最初から聖書の中に収めてやろうと思っていたわけではありません。そうではなく、自分の書いたものが、思いもよらず、ずっと後になって聖書に収められることになったのです。その際に、どの書物が聖書に収められ、どの書物が聖書から除外されるのか、そのことが問題になるわけですが、その「物差し」、「基準」という意味で「カノン」です。

パウロはこういう「物差し」を持っていました。自分の物差しではありません。神の物差しです。この「物差し」を持っている時、この「物差し」で測る時に、私たちは限度をわきまえることになります。「橋頭堡」を作らずに、いきなり敵陣に攻め込むのではありません。別のところでなされている戦いに首を突っ込むのでもありません。神の「物差し」、「基準」が大事になってくるのです。

本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書はヨブ記です。ヨブ記にはヨブという人の話が記されています。大変、恵まれた人でした。多くの財産を持ち、家族にも恵まれていた人です。ところがある時、ヨブに突如、不幸が襲い掛かります。財産を失い、妻以外の家族全てを失い、ヨブ自身もひどい病にかかってしまいます。幸せの絶頂から不幸のどん底に落とされた人です。

ヨブはどうしたか。見舞いにやって来た三人の友人たちと議論を始めます。友人たちから、ヨブよ、お前にも何か悪いところがあったのではないか、と言われてしまいます。ヨブは反論します。私には悪いところは何もない。ひどいのは神さまだ。そういう不毛な議論が続いていきます。

そういう長々とした議論を経て、ヨブは語り尽くします。ヨブが沈黙することを覚えた時に、ようやく長い間、沈黙されていた神が口を開き、語り始められます。ヨブは自分の不幸の原因を知りたいと願っていました。しかし、神が口を開き、語られたのは、こういうことだけでした。

「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて、神の経綸を暗くするとは。男らしく、腰に帯をせよ。わたしはお前に尋ねる、わたしに答えてみよ。わたしが大地を据えたとき、お前はどこにいたのか。知っていたというなら、理解していることを言ってみよ。誰がその広がりを定めたかを知っているのか。誰がその上に測り縄を張ったのか。基の柱はどこに沈められたのか。誰が隅の親石を置いたのか。」(ヨブ記三八・一~六)。

神が語られたのは、私が世界を造った。お前はその時、何をしていたか。何もしていないではないか。お前は何も分かっていない。結局のところ、それだけの答えしか返ってきませんでした。

その神の言葉に対して、今日の聖書箇所のところで、ヨブはこう答えます。「あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。「これは何者か。知識もないのに、神の経綸を隠そうとするとは。」そのとおりです。わたしには理解できず、わたしの知識を超えた、驚くべき御業をあげつらっておりました。」(ヨブ記四二・二~三)。

結局、ヨブは何を知ったのでしょうか。自分の知りたかった答え、なぜ自分にこういう不幸が襲い掛かったのか。その答えは得られませんでした。しかしヨブは代わりにこういうことを知るのです。神の物差しの大きさを知った。同時に、自分の物差しの小ささを知った。ヨブは、自分の物差しを広げるように、なぜ、この不幸が襲い掛かったのか、そのことを知ろうとしました。それでもやはり自分の物差しは小さかった。広げようとしたけれども、神のところには届かなかった。

ヨブは最後に悔い改めます。「それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます。」(四二・六)。神さま、ごめんなさいと言うのです。不幸の原因は何も分かっていないのに、ごめんなさいです。神の圧倒的な物差しを知り、自分の小さな物差しをわきまえ、悔い改めたのです。

主イエスは「思い悩むな」と言われます。古い言葉だと「思い煩うな」です。主イエスは私たちの思い悩みが、私たちの物差しの範囲外で思い悩んでいることを、よく見抜いておられました。

主イエスが「思い悩むな」と言われた最後のところで、こういうふうに言われました。「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイ六・三四)。何でもかんでも、思い悩むな、ではないのです。明日のことは思い悩むな。つまり、今日のことは精一杯やりなさい、ということでもあります。しかし明日のことは、明日になったらまた思い悩むことになります。能天気に何もやらない、というわけではないのです。物差しの範囲内で、精一杯生きるのです。

同じ個所で、主イエスはまたこういうようにも言われています。「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」(マタイ六・二七)。昔の医学ですから、寿命を延ばすことは不可能だったのでしょう。自分が背伸びをしてもできないのに、そのことで思い悩んでいる様子が分かります。さらに、ここで使われている「寿命」という言葉は、「身長」と訳すこともできるそうです。子どもならまだ背が伸びますが、成長が止まってしまった大人は、もう背を伸ばすことができません。自分の物差しの範囲外のことにもかかわらず、一生懸命、身長を伸ばそうとして思い悩んでいる姿があります。

私たちの思い悩みも、そういうところがあることを、主イエスは見抜いておられました。私たちの物差しの範囲外のことを思い悩んでしまっている。私たちにできることは、物差しの範囲内で歩むことであります。

コリントの信徒への手紙二に戻りますが、パウロのスタンスは一三節のところによく表れています。「わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る」(一三節)、つまり、神の物差しで測り、その範囲内で誇るのです。

パウロという人は、ずいぶん大きな働きをした人です。ずいぶんいろいろな経験をした人です。各地に教会を建てて、伝道をしていきました。伝道をするための情熱も持っていました。語る言葉も、書く言葉も力がありました。ヘブライ語もギリシア語も堪能な人でした。私たちからすると羨ましいような、劇的な回心体験をした人でもあります。当時の人たちが羨むような、ローマの市民権も持っていた人です。

しかしパウロ自身は、それらがすべて神から与えられたものであることをわきまえていました。「あなたをほかの者たちよりも、優れた者としたのは、だれです。いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものがあるでしょうか。もしいただいたのなら、なぜいただかなかったような顔をして高ぶるのですか。」(Ⅰコリント四・七)。

むしろパウロは、それらを与えてくださった神のことを誇るのです。「「誇る者は主を誇れ。」自己推薦する者ではなく、主から推薦される人こそ、適格者として受け入れられるのです。」(一〇・一七~一八)。

パウロにとって、コリント教会へ誰よりも先にやって来て伝道したことは、神から与えられた使命でありました。神の物差しの範囲内です。ただ、パウロとしては、この範囲内が広がることを願っています。

「わたしたちは、他人の労苦の結果を限度を超えて誇るようなことはしません。ただ、わたしたちが希望しているのは、あなたがたの信仰が成長し、あなたがたの間でわたしたちの働きが定められた範囲内でますます増大すること、あなたがたを越えた他の地域にまで福音が告げ知らされるようになること、わたしたちが他の人々の領域で成し遂げられた活動を誇らないことです。」(一五~一六節)。

福音には限界がありません。地の果てにまで広がっていきます。もちろん一人の人間にできる範囲はあります。割り当てられた範囲があります。しかし人を超えて、時代を超えて、福音は広がっていくのです。

教会の暦としては、アドヴェントに入っています。アドヴェントは、日本語では「待降節」と言います。ただ、元のアドヴェントの意味合いからすると、私たちが待つのではなく、キリストが「到来」される、来てくださった意味の方が強いのです。

キリストが来てくださいました。罪深い世の中に来てくださいました。罪多き、敵陣深くに攻め込んできてくださいました。キリストが何をなさったのか。「橋頭堡」を築いてくださいました。その「橋頭堡」こそが、教会です。

松本東教会もそうです。私たちは「橋頭堡」に集められています。敵陣のただ中です。私たちは神の戦いを戦う者たちです。周りは敵だらけです。私たちの現実を見れば、そのことは明らかでしょう。主イエスも言われます。「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。」(マタイ一〇・一六)。そういう現実が確かにあります。

しかし神が私たちを用いてくださるのです。神の国を広げるために、その戦いのために、私たちを用いてくださるのです。教会の働きによって、私たちの働きによって、神が割り当ててくださる範囲が広がっていきます。敵陣の中に、神の陣地が広がっていきます。教会はまさにその戦いを戦っているのです。

主の年、二〇一七年、クリスマスの祝いの時です。今年も私たちの教会に、新たに加えられようとしている者たちがあります。仲間が加えられます。陣地が広がっていきます。今年のクリスマスが、忘れ難きクリスマスとなりますように。