松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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讃美とは何ですか?

 讃美という言葉を聞くと、すぐに思い浮かべるのは讃美歌だと思います。讃美歌を歌うことは、神さまを讃美すること。讃美歌の歌詞は、神さまをほめたたえている言葉。その言葉に、メロディーをつけて歌っているのが讃美歌です。讃美とは、神さまをほめたたえることに他なりません。

 少し噛み砕いて言うと、讃美をすることは、コンサートが終わった後に拍手することにどこか似ているところがあると思います。コンサートのお客さんは舞台の上から流れてくる演奏を聴きます。その演奏がすばらしかった場合、大きな拍手がいつまでも鳴り止みません。たとえ拍手がなかったとしても、それはすばらしい演奏であることに変わりはありません。しかし演奏をしてくれた人に、感謝の思いをこめて、拍手をするのです。拍手をするのは、ごく自然なことだと思います。

 神さまへの讃美も、これと同じです。神さまがすでに私たちにしてくださったことがある。そのことを思い起こして、人は神を讃美するのです。旧約聖書の詩編は、たくさんの讃美に満ちています。長い歴史の中で、詩編の言葉はメロディーがつけられて、讃美歌として歌われたこともありました。その詩編の中で、「主を賛美するために民は創造された」(詩編102:19)と記されています。私たち人間の造られた目的が、讃美をするためだと言うのです。この詩編は「心挫けて。主の御前に思いを注ぎ出す貧しい人の詩」(102:1)とあります。イスラエルは国が滅びて、遠い異国に連れて行かれるバビロン捕囚を経験しました。しかし神がそこから救い出してくださった。「捕われ人の呻きに耳を傾け、死に定められていた人々を、解き放ってくださいました。」(102:21)。この詩編の詩人は、神がしてくださったそのことを思い起こし、讃美をしているのです。

 新約聖書の時代になり、あるとき主イエスが十人の重い皮膚病を患っている人の癒しをされました。重い皮膚病が癒されているのが分かったのは、主イエスから離れてしばらく経った後のことでした。十人のうち、たった一人だけが主イエスのもとに戻ってきます。「その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。」(ルカ17:16)。この人もまた、神が自分にしてくださったことへの感謝を込めて、大声で賛美しているのです。

 私たちはイエス・キリストによって救っていただいたものです。救われた者としてのふさわしい歩みがあります。新約聖書のいろいろな箇所で、救われた私たちがどのように生活すべきかが書かれていますが、コロサイの信徒への手紙もまたその一つです。「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい」(コロサイ3:16)とあります。その言葉が満ちあふれて、賛美が出てきます。「知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい」(3:16)。これこそ、私たちが賛美するときの心を表わしている言葉なのです。

・詩編102(旧p.938)
・ルカによる福音書17:11-19(新p.142)
・コロサイの信徒への手紙3:12-17(新p.371)

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