松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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礼拝は何をしているのですか?

 礼拝とは神を拝むことです。神を拝むとは、神が私たちの神であることを認めることです。私たちの何らかの行為や儀式が伴うことになります。旧約の時代でもそうですし、教会の礼拝もそうです。礼拝という言葉は、聖書の元の言葉であるギリシア語では「奉仕」や「仕える」という意味のある言葉です。英語では教会によって言い方の違いもありますがservice(サービス)と言うこともあります。日本語に訳すと奉仕となるでしょう。確かに礼拝は私たち人間の奉仕によって成り立っています。私たちが礼拝に参加します。讃美歌を歌います。祈りをします。献金を献げます。その他にも礼拝の中で、いろいろな役割の人がいて、それらの人の奉仕によって、礼拝が成り立っています。私たち人間が神に奉仕することによって、礼拝が成り立っていると言えるかもしれません。

 しかしそれだけでは礼拝を語り尽くしてしまうのは誤りです。奉仕と言ったときに、私たちから神への奉仕ももちろん考えられますが、教会の礼拝はむしろ、神が私たちになしてくださること(奉仕してくださること)が大事です。神が私たちを礼拝に招いてくださり、御言葉を聴かせてくださり、罪を赦し、祝福をもって送り出してくださるのです。そのことを忘れるわけにはいきません。

 礼拝では何が行われているのでしょうか。そのことを知ることによって、なぜ礼拝が大切なのかが分かってくると思います。教会によって礼拝のスタイルは様々ですが、松本東教会の礼拝を例に説明してみます。礼拝の最初に前奏がありますが、礼拝は招詞(招きの言葉)で始まります。私たちが自分の意志で礼拝に来たかもしれませんが、その背後で神が招いてくださっているのです。続いて讃美歌を歌います。礼拝に招いてくださった神をほめたたえるのです。主の祈りを祈り、使徒信条を告白します。私たちが何を信じているのか、もう一度新たに思い起こし、告白するのです。神の言葉である聖書が読まれ、祈祷が献げられます。祈祷では必ず悔い改めの祈りがなされます。一週間の生活を振り返り、神の御前で悔い改め(懺悔)をするのです。神の言葉である説教を聴きます。説教が礼拝の中核になります。神の恵み、赦しの言葉を聴きます。その応答として献金を献げます。献金は献身のしるしです。礼拝の最後に祝祷がなされます。これは祝福の言葉で、祝福をもって、一週間の生活へと派遣されていくのです。

 このように、礼拝は神と私たち人間との間で対話をするように双方向性を持っています。決して一方通行ではなく、生ける神と向き合うのです。一週間の生活で疲れや重荷を負ったり、罪に打ちひしがれたりしているときもあるでしょう。そのときに礼拝において、神と向き合い、自分を見つめ、もう一度原点に返ることができるのです。礼拝は「心を新たにして自分を変えて」(ローマ12:2)いただくことができる場所なのです。

・出エジプト記12:21-28(旧p.112)
・ヨハネによる福音書4:16-26(新p.169)
・ローマの信徒への手紙12:1-2(新p.291)

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