松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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信じるためにはどうすればよいでしょうか?

 信じて信仰を持ちたいと思っていても、なかなか信じることができないような内容があったり、信じたくても信じ切ることができないことがあるものです。そのような悩みを乗り越えて信じるために、どうすればよいでしょうか?

 しかしそれは私たちだけの問題ではありません。聖書の中にも、信じたいと思いながらもなかなか信じることができない人物がたくさん出てきます。旧約聖書の創世記に、アブラハムとサラという夫婦が出てきます。神との間に、様々な約束を交わしました。その中でもなかなか信じることができなかったのが、年老いた二人に子が与えられるという約束でした。どのようにして二人は不信仰を乗り越えたのでしょうか。アブラハムはあるとき、神に外に連れ出され、星空を仰ぎ見ました。それを見て、信じるようになりました(創世記15:6)。空の星々を造られた神なら、年老いた夫婦に子を与えることがお出来になるだろうと考えたのかもしれません。サラもまた、あるとき、三人の客人を迎えることになりましたが、その中の一人は主なる神ご自身であったようです。「あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう」(創世記18:10)と言われます。後ろでこっそり聞いていたサラは、そんなことはあり得ないだろうと、ひそかに笑います。しかし笑ったことを客人から咎められ、恐ろしくなって必死に打ち消します。そうこうしているうちに、本当に子どもが生まれるのです。

 私たちが信じるためには、私たちの努力だけでは不可能です。アブラハムとサラもそうだったように、神に助けていただかなければなりません。主イエス・キリストもたくさんの癒しをなさいましたが、人間の不信仰との戦いでもありました。あるとき、自分の息子の癒しを求めた人が、「おできになるなら…」(マルコ9:22)と言って癒しを求めました。すかさず主イエスは、「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」(9:23)と言われます。そうすると、「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」(9:24)と父親は叫びます。この対話に、神を信じることの本質が含まれています。自分から信じるようになるというよりは、信じることができる信仰が与えられるように、願い求めるのです。

 主イエスはさらに、信仰を持つためには、聖霊の働きによらなければならないと言われます。「聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハネ14:26)。私たちが聖書を読んだり話を聞いたりして、理解したいと思ったことも、実は聖霊の働きによると言うのです。ためしに周りのキリスト者に、「あなたはなぜ信じたのか?」と尋ねてみても、なかなか合理的な答えを得られないでしょう。他宗教と比較してこれが優れた点だ、というようにキリスト教を選んだのではないからです。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネ15:16)と主イエスが言われる通りです。信仰は私たちが持つものと言うよりも、私たちに与えられるものです。与えられるように願うことが出発点なのです。

・創世記18:1-15(旧p.23)
・マルコによる福音書9:14-29(新p.79)
・ヨハネによる福音書14:15-31(新p.197)

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