松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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救いとは何ですか?

 救いという言葉は英語ではsalvationと言いますが、もともとこれはラテン語のsalvareという言葉に由来します。この言葉の意味は「癒し」という意味です。人間を捕えている何かから癒されることになるわけです。またドイツ語の救いという言葉は、「解放する」「自由にする」という言葉に由来します。ですから私たちは何から癒されるのか、何から解放されるのか、何から自由にされるのかを考えなければなりません。それを考えることが、救いを理解することへ繋がります。

 この問いの答えは人それぞれであるかもしれません。死の問題に直面している人は、死からの救いを考えます。重い病気を患っている人は、病からの救いを考えます。生きる目的を失っている人は、生きる目的を見出すことで救われるでしょう。自分の心の弱さに苦しんでいる人は、強い心を持つことが救いであると考えます。旧約聖書の詩編は讃美歌として歌われることもありますが、もともとは信仰者の祈りでした。詩編38編では、様々な問題に苦しむ信仰者が、祈りを閉じるにあたって「わたしの救い、わたしの主よ、すぐにわたしを助けてください」(詩編38:23)と祈っています。

 人間は誰でも何らかの救いを求めています。最初は自分の力で何とかしようとします。それでも駄目なら、周りの人から助けてもらおうとするかもしれません。自分の力や他人の力を借りて、一時的に解決することはできるかもしれません。しかしすぐにまた同じような問題に陥ってしまいます。根本的な解決にはなっていないからです。人類の歴史上、救いへの努力がなされましたが、結局、人間は自力では救いに至ることができないのです。

 そんな私たち人間に救いが与えられたことを聖書は告げます。私たちのところに救い主が来られたのです。イエス・キリストの誕生は、救い主としての誕生です(ルカによる福音書2:11)。特に新約聖書はこの救い主を告げることに集中しています。「ほかのだれによっても、救いは得られません。」(使徒言行録4:12)とまで断言されています。イエス・キリストがすべての問題からの癒し、解放、自由を与えてくださるからです。特に「罪と死の法則からあなたを解放したからです」(ローマの信徒への手紙8:2)とありますように、聖書が取り上げているのが罪と死の力からの解放です。ですから、イエス・キリストは私たちの罪を背負われて、十字架にお架かりになったのです。十字架で死なれ、そこからお甦りになることによって、死の力に打ち勝ちました。これがなくしては本当の救いはありません。たとえこの世の問題が解決したとしても、それは一時的な解決であって、根本的な救いにはならないでしょう。私たちは洗礼によって、救い主であるイエス・キリストと一つに結び合わされることになるのです。

・詩編38(旧p.871)
・ルカによる福音書2:8-12(新p.103)
・ローマの信徒への手紙8:1-11(新p.283)

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