松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

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罪とは何ですか?

 教会に来ると「罪」という言葉をよく耳にします。しかも教会の人たちは、自分たちが罪人である自覚しています。とても人が良さそう見えるのに、一体どういうことでしょうか。日本語だと少しわかりにくいかもしれませんが、日本で世間一般に言われている罪と、聖書が言っている罪は違うのです。英語では前者をguilt(あるいはcrime)と言い、法的な罪を指します。後者はsinと言い、神との関係が壊れてしまうことを意味します。『はじめてのカテキズム』(アメリカ合衆国長老教会著)にはこうあります。「問11 罪とは何ですか? 答え 神さまに心を閉ざし、神さまの律法に従わないことです」「問12 罪の結果は何ですか? 答え わたしたちと神さまとの関係は壊れてしまいました。わたしたち人間同士の関係も混乱しています」。

 具体的にどういうことなのでしょうか。聖書を読んでみましょう。聖書は神が天地をお造りになり、人間をお造りになったことが最初に書かれていますが、その後、たくさんの罪の出来事が記されています。聖書は罪の歴史が書かれていると言う人もいるくらいです。最初の殺人事件がすぐに起こってしまいました。アダムとエバの息子であったカインが弟アベルを殺してしまったのです。その直前のカインの様子がこのように記されています。「カインは激しく怒って顔を伏せた。」(創世記4:5)。これは神の御前での出来事です。すでにカインと神との関係が壊れてしまっていました。つまりカインは聖書の言う罪の状態に陥っていました。そのことが引き金となって、カインは殺人を犯してしまったのです。

 また別の話も読んでみましょう。イスラエルの国にダビデという王様がいました。優れた王様でしたが、ある時、大きな罪を犯してしまいます。自分の兵士の妻を権力で奪い取ってしまったのです(詳細は聖書を読んでください)。そのことを叱責されたとき、ダビデは罪を悔い改めてこのように言いました。「わたしは主に罪を犯した。」(サムエル記下12:13)。大事なのは、神に対して罪を犯したと言っていることです。たしかに周りの人たちに大変なことをしてしまったのですが、ダビデは神に対する罪をまず悔いているのです。

 カインやダビデは極端な例かもしれませんが、私たち人間は誰でも神との関係に破れがあります。神は私たちに「神を愛し、隣人を自分のように愛すること」を求めておられます。これができないことが、聖書の言う罪なのです。ですから人間は誰もが罪人です。もちろん罪を犯さないようにすればよいのですが、罪の力をあなどってはなりません。どうすればよいのでしょうか? 聖書は清い書物のように思われることもあるかもしれませんが、人間の罪に目を背けることはありません。しかしそれと同時に罪からの救いを語っています。罪を知ることは決して悲しいことではありません。イエス・キリストが私たちの罪を赦してくださり、罪赦された者として歩む幸いを、聖書は語っているのです。

・創世記4:1-16(旧p.5)
・サムエル記下11:1-12:15(旧p.495)
・ローマの信徒への手紙7:15-25(新p.283)

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