松本教会 プロテスタント 日本キリスト教団松本東教会

facebook.png


HOME > オリーブの会テーマ一覧 > オリーブの会(旧約聖書と新約聖書の違い)

旧約聖書と新約聖書の違いは何ですか?

 聖書を手にすると、最初はその分厚さに驚くかもしれません。聖書を開くとすぐに2つに分割されていることに気付きます。およそ4分の3が旧約聖書であり、残りの4分の1が新約聖書です。内容としてはどう違うのでしょうか? 簡単に言うと、イエス・キリストが来られるよりも前が旧約聖書で、イエス・キリストが来られた後が新約聖書です。イエス・キリストによって、年号がB.C.(紀元前)とA.D.(紀元後)で分かれているように、聖書も2つに分割されているのです。

 最初の4分の3には「旧約聖書」という名前が付けられ、残りの4分の1は「新約聖書」と名付けられています。「約」というのは「約束」の「約」です。もう少しかしこまって言うと「契約」の「約」です。聖書を読んでいると、旧約・新約に限らず、「契約」という言葉にたくさん出会います。契約は二者の間で結ばれます。聖書の中では、神と人間との間で結ばれるのです。旧約聖書には何度か、神とイスラエル(あるいはアブラハムといった個人)との間で契約が結ばれます。一つ例を挙げましょう。エジプトの奴隷生活から抜け出し、目的地を目指して旅を続けているイスラエルに対して、神がこう言われます。「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。」(出エジプト19:5)。神はイスラエルを守り導く。人間は契約を守る。相互で約束が交わされるのです。その契約の内容は具体的には、出エジプト記第20章の十戒であり、もっと細かくしたものが、第20章22節からの「契約の書」です。

 これでめでたしめでたし、というわけにはいきませんでした。神は契約に忠実でしたが、人間が契約を破ってしまったからです(人間が契約を守れなかったことを「罪」と言います)。一方が約束を破れば、普通ならば契約破棄です。しかし神はそうはなさらず、新しい契約を結び直してくださいます。それほどまでに私たち人間のことを大切に思われているのです。そのために神の独り子、主イエスが遣わされました。

 主イエスは十字架にお架かりになる前夜、最後の晩餐の席でこのように言われました。「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」(マタイ26:28)。パンはキリストの体、ぶどう酒はキリストの血を表します。キリストが十字架で肉を裂き、血を流して下さったことによって、私たちの罪が赦されたのです。キリストが血を流す。私たち人間がキリストを信じる。これが新しい契約なのです。

 この新しい契約は、すでに旧約聖書の中でも預言されていました。イエス・キリストが来られ、十字架にお架かりになってくださり、罪を赦してくださった。キリストを信じる信仰によって救われるというのが新しい契約なのです。パウロが「人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました」(ガラテヤ2:16, 新p.344)と言っている通りです。

・出エジプト記20:1-21(旧p.126)
・エレミヤ書31:31-34(旧p.1237)
・マタイによる福音書26:26-30(新p.53)

ページの先頭へ